イルカ38景


10:中忍



 カカシの身体が宙を飛び、壁にめり込む。 もう何度目だろう。 カカシはそれでも諦めずに立ち上がって向かってきた。

「カカシさん、もう止めましょう。 無駄です。」
「あれ、イルカ先生、やっと口利いてくれた」

 剰えニコリと微笑みさえし、カカシはまたクナイを構えた。 制御系のある胸のパネルを狙っているようだったが、実は少し前から増強モードを解除していた。 今はスーツの重さを相殺するだけの機能しか果たしていない。 なんだ俺って結構上忍とも渡り合えたりするんだ、とちょっと溜飲を下げたイルカだったが、それは勘違いである。 イルカは自分の重量がスーツの分増えているのを忘れている。 慣性が発生するので力がマシン的に増幅されていなくてもイルカの力よりは強い。 それともう一つ。 装甲が人間より遥かに硬い事も忘れている。 それはカカシより随分と有利だろう。 ついでにもう一つ言うとするならば、バランサーが切られていない。 バランサーは全身各所にある関節に仕込まれており、これを装着者の意思で切るような場面が開発者に想定できなかったため中央制御ができない仕組みだった。 要するに、この重い鎧を着たまま生身の人間がバランスを取るのは至難の業なのである。 イルカはそれを知らなかった。 それどころか、このままパネルを傷付けられてもし暴走でもしたら、カカシを殺しかねない、と随分上から物を見た考えさえ湧いていた。 実際は、何かの弾みでコントロールが暴走した場合は問答無用でアボートするようにできている。 装着者、即ちイルカが行動不能に陥るだけだ。 だが、そんな事はどうでもいい。 この些細な自信がイルカの頑なな気持ち、をほんの少しだけ解してくれたことが重要なのだ。 とにかくイルカはカカシに口を利いてしまった。

「そんなブッサイクなスーツ着ちゃって、アンタそれでも忍ですか」
「時と場合によるんです」
「それとも何? それって俺から身を守るためだけに着てるとか言う?」
「そ…その通りですっ」
「ふーん」

 カカシはニヤリといやらしく嗤った。 なにかえげつない事を考えているに違いない。 イルカは身構えた。 だがカカシの方は戦闘態勢を解いてぶらぶらと歩き出してしまった。

「ふーん、イルカ先生、そんなに俺に触られたくないんだ? あーんなに気持ち良さそうだったのにね」
「な、何言ってるんですっ セクハラですよっ!」
「とーんでもない、事実を言ってるだけですよ。 一月半前、俺の下でアナタあんなに喘いで悶えて達ったじゃない。 忘れちゃったの?」
「言うなっ!」

 怒りに任せてイルカがブンと蹴りを繰り出すと、カカシはほんの小さな動作だけでそれを交わした。 紙一重の差でスーツで幾分延びているはずの足先を避け、更に驚くべき動体視力でそれをしっかり見ているカカシ。 イルカは普通なら見ることさえ適わぬその神業的動きを、機械の助けによって得たバランスで見ることができた。 この人には敵わない、なんて美しいんだ。 感嘆する気持ちさえ湧き出して、無性に悲しくなった。 憧れていた。 気さくに声をかけてもらえて嬉しかった。 好きになるのなんか一瞬だった。 それなのに…。

「あんなの、男だったら誰でもなる生理反応じゃないか! 無理矢理犯しておいて恋人面するな!」
「あれ〜、合意でしょ? 俺はそのつもりだったけどなぁ」
「何言ってんだ、拒否しただろ?! アレは強姦だ!」
「アンタ嫌だって言ったっけ? 言ってないよね?」
「命令なら従うと言ったんだ! アナタ命令にはしないって言ったじゃないか!」
「そうだよ、唯の処理じゃない。 俺はアンタを抱いたんだ。 アンタは俺に抱かれて感じて達った。 セックスしたんだよ、これ和姦だよね?」
「違うっ!!」
「違わないよ。 俺の手が覚えてる。 アンタはこの手で何度も達った。 それと俺のコイツもちゃんと覚えてるよ。 アンタの中は狭くって熱くってうねってて…」
「言うな言うな言うなぁっ!!」

 艶かしいポーズで自分の股間をスルリと撫でてみせるカカシに、イルカ自身もあの夜の事を思い出して、カーッと熱くなる頬と共に全身がカッカして震えだすのを止められなくなった。 その上、カカシのソコが既に形を成しているのが目に入り、カカシがこんな状況でも自分に欲情していると判ると、自分の男の部分も反応してきてしまって尚焦る。 硬いスーツの中で窮屈さに思わず呻きさえ漏れ、脂汗を掻きながらブルブル震えてカカシを睨むと、カカシは面白そうにそれを遠巻きに見ていた。

「あれれ? イルカ先生、なんか具合が悪そうですよ? 大丈夫?」
「うう」

---男が着る事考慮して作ってんのか、このスーツは!

 張り詰めた股間に動きもぎこちなくなり、もう戦闘どころではない。 イルカはついにその場に蹲って体育座りをし、膝の間に顔を埋めた。 カカシもクナイを放ると、そっとイルカに近寄って顔を覗きこんできた。

「みんなアナタが悪いんです。 いきなり来て、いきなり足開けって… 俺は」
「だって、アンタ俺と目も合わせてくれなかったじゃない。 そのくせ営業スマイルだけは顔に貼り付けて、胸糞悪いったら!」
「だってアナタ言ったじゃないかっ 中忍風情が口出しするなって!」
「中忍風情なんて言ってませんよ?」
「同じことだ!」
「なんだ、そーんな事でいじけてたんですか? 俺、てっきり嫌われたかと」
「アナタなんか嫌いですっ」
「嘘々、アンタの善がり顔見た時俺、確信したもんね。 アンタは俺が好きだ。」
「善がってなんかいないっ! アンタなんかだいっきらいだぁっ! あっち行けっ!」
「もうそんな事言わないで、そんな無粋なスーツ、さっさと脱いじゃいましょうよ。 きついんでしょ? アソコが」
「きっ… きつくなんか… もう、もう放っといてくれっ 俺に構うなっ」
「嫌だね。 俺だって37日も我慢したんだ、もう限界。 郭にも行かないで毎日ここへ来てたんだよ? みんなアンタのためじゃない」
「それはアンタが勝手にした事だろ! だいたいなんで37日も掛けたんだ?! アンタなら簡単だったはずだ!」
「あー、それはまぁほれ、アナタにちょっと悪い事したかなって、俺としても反省したって言うか、アレですよ、懺悔のつもり?」
「どこが!」
「アンタも毎日俺が通ってきて、少しは嬉しかったんでしょ? 俺の気持ち、嘘じゃないって判ったでしょ?」
「アナタの気持ちなんて………一言も聞いてないですよ…」
「え? そうだっけ?」

               ・・・

「…」
「ばかっプルだな、唯の」
「ああ、ばかっプルだ」
「帰ろっか」
「おう」

 モニターに釘付けだったイルカの同僚達は、どこか黄昏て帰り支度を始めた。 モニターの中では、もう我慢できん早く脱げ、いや脱げないんです、どうやったら脱がせられるんだ、パスワードが必要で、なんて設定したんだ、いえ俺が設定したんじゃないから判らない、アンタばかですか、ええどうせバカな中忍ですよ、というばかップルな会話が延々と続けられ、それがスピーカーから垂れ流しになっていた。

「なぁ、アオイの奴は?」
「とっくに逃げた」
「じゃあ、あのスーツどうやって脱がすんだよ」
「知るか」
「イサヤは? アイツならアオイの考えそうな言葉、判るんじゃねぇの?」
「アオイと一緒に帰ったよ」
「うーむ」
「いいから放っとけ、犬も食わん」
「ま、カカシ上忍ならなんとかするか」
「そうそ」

 皆、ゾロゾロと職員室を後にした。 後には虚しく響くスピーカーの声と、モニターの中で必死にバトル・スーツと戦う二人の姿が映し出され続けて…

 ≪痛い、痛いですよ、カカシさん、無理に引っ張らないでください≫
 ≪もう! このこの!≫
 ≪何かパスワード考えた方が速いんじゃ≫
 ≪誰が考えたのよ≫
 ≪アオイですよ≫
 ≪ああ、彼ね。 昨日俺んとこ来ましたよ≫
 ≪え? なんで?≫
 ≪いい加減、なんとかしろって、言われましたよ≫
 ≪…そうだったんだ≫
 ≪ええいくそっ 開けぇゴマ!≫
 ≪それは無いんじゃ…≫
 ≪いいからアンタもなんか考えなさいよ、開けぇ栗!≫
 ≪開けぇ、から離れた方がいいんじゃ…≫
 ≪ぼけた事ばっか言ってると雷切お見舞いしますよ! 開けぇ梨!≫
 ≪ミノフスキー粒子撒いたんで無理です、味噌トンコツチャーシュー麺!≫
 ≪…アンタ、俺より酷いよそれ≫
 ≪中忍の考えは中忍にしか判らないんですっ 塩ワカメ葱ラーメン!≫
 ≪中忍中忍って、アンタこそ階級と肩書き玄関に置いてきなさいよ、開けぇ葡萄!≫
 ≪ん、脱げないっ カカシさん、脱げません、早く脱がしてくださいっ 中玉葱増し海苔増し醤油チャーシュー!≫
 ≪泣かないで、イルカ先生っ うおお!堪らん! 開けぇパパイヤ!≫

     :

 不毛である

 だがこの時、誰もが忘れていた。
 ドリーのコード・レッドを解除することを…





すみません。これは続き物です。08→21→10→12 の順番です。
 戻る→21:アイツらはもうアナタの生徒じゃない
 つづく→12:理屈じゃないのさ!



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