イルカ38景


36:イルカ先生真面目な人だから…



「うぉっほん、で、アンタらいったいここで何してんの?」
「なにって…見たとおり」
「セックス?」
「オメェは黙ってろッ」

 来たのは銀髪の男一人だった。 できれば黒髪の男の方と話したいなーと思いその旨伝えると、「事後のマイハニーの艶っぽい顔なんて誰にも見せられまっしぇーーーんッ」と叫ばれ拒否られた。 「しぇーーん」てなんだ「しぇーん」て!と内心突っ込みつつも、頬を上気させ鼻の下を伸ばした銀髪男の満足そうな顔を見ると何も言えなくなり、仕方ないと諦める。

「えっとぉー、俺達ぃー、休暇でぇー」
「語尾を伸ばすなッ 語尾を! 女子高生か、アンタ」
「だってぇー」
「だってぇー、じゃなーーいッ」
「お頭ッ 落ち着いてッ」

 話にならん。 やっぱ黒髪の男呼んで来て。

「やっぱ、あっちの彼と話させてくんない?」
「だめッ そんな事言ってぇ、気だるく余韻に震えるイルカ先生をそのヤーらしい目で視姦するつもりだなぁーッ」
「イルカ先生って誰だよ」
「イルカ先生はオレのハニーだッ」
「あの人”先生”なんだ!」
「そっ! 萌えるっしょ?」
「うんうんっ」
「バカッ」

 パカパカーンっと子分Aの頭を叩くついでに思わず銀髪頭にも一撃入れてしまい焦る。 この男、バカっぽそうに見えているが、何処とはなしに只者ではない雰囲気が漂っていて、それも今まで近付けないでいた要因だった。 だが、恐る恐る相手の様子を窺い見ると、学校の先生に叱られてショゲル小学生のように子分Aと二人並んで項垂れている。 溜飲が下がるってこういうこと?みたいな爽快感に、寂しくなった頭髪を爽やかな風が揺らした気がした。

「ここんとこ、俺達の張った罠が壊されたり外されたりしてんだけど、アンタら知らん?」

 ちょっと強気になって単刀直入に聞いてみる。

「知らなーい」
「あっそう」

 でもやっぱり、それ以上は強く突っ込めないんだなこれが。 銀髪男は不貞腐れたように口を尖らせてソッポを向いた。 その脇で子分Aが伸び上がったり屈んだりして、銀髪の向こう側の大岩の影からチラチラと覗く白い足の先を何とか見ようとでもしているのか、ソワソワと落ち着かないのでこっちまで落ち着かない。 気がつけば、銀髪野朗は子分Aの視線の先々を塞ぐようにやはり、伸び上がったり屈んだりしている。 まるでちょっとづつズレて踊っているダンサーみたいだ。 鬱陶しい。

 パカパカーーンッ

「いってぇー」
「痛いっすよ、オヤビン」
「あ、すまん、つい。 ってーか誰がオヤビンじゃッ」

 あんまりウザイので気がつくとまた二人の後ろ頭を殴りつけていた。

「とにかくね、アンタらも罠には近付かないでね」
「はーいッ」
「怪しいヤツを見かけたら教えてくれると助かるな」
「はーいッ」
「いいお返事ね」
「はーーーいッ」

 コイツほどかわい子ぶりっ子が似合わない人間も珍しいと思いつつ、じゃあねと退散しようとしているのに子分Aのヤツが「あっ」と叫んでピョンピョン飛び跳ねた。

「あの人、起きたみたいだよっ ほらほら」
「あ、ほんとだ! 見るなよっ オレのイルカ先生をぉ、もーっ」

 もーもーと牛さながらにぶー垂れつつも、銀髪男は「イルカ先生ぇ〜〜」と甘えた声で叫ぶなり飛んで戻っていった。 黒髪の男「イルカ先生」は、もそもそと上着を羽織りながらも銀髪を牽制している。 やはりアイツが一方的にサカッているに違いない。 だって「イルカ先生」は”先生”なんだし、良識的に見えるし、話もアイツよりは通じそうだ。 その「イルカ先生」とやっと話せそうな雰囲気に胸を撫で下ろす。

「すみません、俺達あの」
「イルカ先生ぇ、体だいじょうぶですかぁ? 寝てていいのにぃ」
「あ、アンタが”イルカ先生”?」
「はい、うみのイルカです。 俺達、休暇でここへ来て、キャンプを張らせてもらってるんです。 勝手にすみません。 なにか不都合でも?」
「ああーん、もーイルカ先生ったら真面目なんだからー。 そんなフルネーム名乗んなくってもいいのにぃー」
「キャンプに関しては別に不都合は無いんだけどね…。 で、この煩い人はなんて呼んだらいいの?」
「あ、この人はカ、うむむっ」

 カ?

 うみのイルカと名乗った黒髪が銀髪を差してその名を口にしようとした瞬間、目にも止まらぬ早業で銀髪男は「イルカ先生」の口を自分の口で塞いだ。 この「イルカ先生」が、人前で抱き締められ接吻けられる事に恥じらいと抵抗を示したのには心底ほっとしたもんだ。 でもジタバタと暴れてみても全然役にたってないのがちょっと悲しいところか。

「オレはDr.Kです、ドクター・ケーとお呼びください」
「アンタ、お医者なの?」
「うんにゃ」

 なんだそりゃ。 それに「うんにゃ」ってなんじゃ。 それが年上の者に対する受け答えか? と思った時、パカーーンッと小気味のいい打撃音が響いた。

「痛ったぁーッ 痛いですぅ、イルカ先生ぇ」
「当たり前ですっ 目上の方に失礼ですよ、カ…えっと、ドドドドクタ・ケー」

 さすが”先生”! 叩き方が堂に入っていると感心したのも束の間、名前を呼び損ねて言い直した彼の銀髪男の顔を僅かに見上げる瞳がほんの少し揺らぎ、頼り無げな顔付が一瞬だけ浮かんで消えた。 それを目聡く見ていた自分は、この二人の力関係を見た気がした。 一見、この”先生”に銀髪が尻に敷かれているのかと感じたのだが、どうやら主導権は確固として銀髪にあるようだ。 そこらへんがネコとタチの決め手なのか?などと下品な考えにまで及んだ頃、二人は並んで頭を下げた。

「すみません、失礼ばかり。 俺達出ていった方がよければ余所に移りますので」
「い、いやいやいや、そういう訳じゃないのよ。 でもね、あのー」
「? はい?」

 くるっと真っ黒い真面目そうな瞳がまっすぐじっと見つめてくる。 やりにくいなぁ。

「あのさ、アレよ、夜はいいのよ夜は、ね? でも真っ昼間っからはやっぱちょっと困るってゆーか」
「あッ………」
「えーーーッ」

 真っ赤になって俯く黒髪と不服そうにぶーぶー言い出す銀髪を見比べて、溜息以外に何ができるってゆーのか?

「それとね、アンタ達この辺の罠とか触ってないよね?」
「は、はいっ 俺達がやりましたッ すみませんッ!」

 余りにも居心地が悪くなって思わず話を逸らすと、「イルカ先生」は渡りに船と飛び付いたのか銀髪が制する前に今度は肯定の返事をしてしまっていた。 やっぱりコイツらだったのか。

「ああーーーッ もーイルカ先生ったら真面目すぎぃー 黙ってりゃ判んないのにぃ」
「ごめんなさい、俺、どうしてもあの罠が、う、うむッ」

 あの罠が?

 もうそこまで言っといてそれはないんじゃない? とまた口を塞がれて言葉を奪われた「イルカ先生」と、ついでにとばかりに接吻けを深くする銀髪を恨めしく眺める。 いい加減にしやがれ。 剰え銀髪は、息が切れて喋れない「イルカ先生」を抱き締めたままシレっと白状してきた。

「俺達、弄ってて壊しちゃいましたー」
「アンタ、さっき知らないって」
「そんな嘘言ったんですか?!」
「だってぇー」
「だってぇー、じゃありませんっ」

 パカーーーンッ

 森にイルカ先生渾身の一撃が炸裂した音が響いた。




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