イルカ38景


31:両親




 ご飯を食べましょ。 一緒に食べましょ。 おトトのお骨を取ってちょうだい。 熱くないようフゥフして…。


 イルカは買ってきたサンマを一尾焼いた。 カカチは小さいので自分の分を少し分ければいいだろう。 飯は杯に盛ってやろう。 汁はぐい飲みによそってやろう。 具の豆腐の賽の目はいつもよりうんと細かく。 箸は楊枝でいいかしらん。 喉を突かないように先を潰そう。

『んまっ!』
「零すなよ」

 小さい生き物が何か一心に食べている様っていうのは、どうしてこうかわいいんだろうな。 イルカは自分の箸を止まらせてカカチがサンマと格闘する様子に見惚れた。 よほどお腹が空いていたのか、うぐうぐと小さく喉を詰まらせながら脇目もふらずに口を、手を動かす。

---ほんとに生きてんだなぁ、こんなにチビっちゃくても

 感慨に耽りながら缶ビールを一口煽り、自分の皿に向かおうとすると、カカチが甲高く叫んだ。

『うぐっ お、むぐむぐ、おめも、もむ』
「食ってから喋れ」
『おむ、俺も、うぐうぐごっくんっ 俺もビール!』
「子供はダメッ」
『お、俺様は子供じゃない!』
「小さい子はダメ」
『ビ〜〜ル〜〜』
「めッ!」

 ほれオマエは麦茶な、とコップ代わりのペットボトルのキャップに注いでやりつつ「コイツいったい年幾つなんだ?」と思うが400歳とか言われそうで聞かないことにした。 妖精さんの平均年齢なんて知らない。 だからと言ってビールをやるつもりも無い。 こんな小さい体にアルコールを入れてもしもの事があったらどうする。

『自分だけズリィぞ』
「大人はいいんだ」
『俺様のほうがアンタより年上だ!』
「へいへい、でもダメ」
『ケチッ』
「うっせー、さっさと食え」
『ビールが無いと食が進まないよぉ』
「お残しは許しまへんで〜」

 お残しはだめよ。 大きくなれないわよ。 強くなれないわよ。 たんとお食べ。 好き嫌い言わずにお食べ。 大きくなって忍になるのでしょう? イルカ…

「たくさん食べて大きくなったら飲ましてやろう」
『けッ 嘘吐きぃっ どうせ俺様がこれ以上大きくならないとでも思ってるんだろう?』
「大きくなれるのか?」
『なれる!』
「ほー、そうか。 なら今度見せてもらおう。 でも今は食事の時間だ。」
『むーむー』
「要らないなら俺が貰うぞ」
『あっ 食べる食べるっ』

 子を育てるというのはこんな感じなのだろうかと、胸の底の方に沸々と湧いてくる何とも言えない感情を、イルカはサンマと共に噛み締めた。

               ・・・

 髪を洗って。 濡髪拭いて。 拭いたら結って。 頭を撫でて。 縁側で夕涼みしましょ。 花火を見ましょ。 高い高いして。 肩車をしてちょうだい…。


『お、おいっ おわっぷっ ちょっ 溺れるって』
「あーー、悪りぃ悪りぃ」

 湯船に放り込んだらカカチはいきなり溺れた。

「オマエ、泳げないのか? 妖精のくせして」
『妖精は全員泳げるんですか?』
「ウン・ディーヌとか?」
『水の精だろ、そりゃ!』
「だから、水の妖精だろ」
『妖精と精霊はちゃう!』
「違わないだろ、妖精は人型の精霊だろう?」
『精霊は物に宿る魂で、形が無くて宿った物から離れられないモンだろ? 妖精は単体で動けるし、一人で生きてんだよ。』
「だからー、人型で単体で行動可能な精霊だろう」
『違うーっ』
「どこがーっ」

 長湯をするとのぼせるぞ。 湯船で泳いだりしちゃ母さんに叱られる。 そら、今日は髪を洗ってあげるから。 イルカは背中を流しておくれ…。

「とにかく! 泳げないんだな?」
『泳げる!』

 バカにすんなっ とカカチは見事なクロールを披露してくれた。 だが風呂桶の縁から縁へ一往復に挑戦中にやはりぶくぶくと沈みだしたので、イルカは慌てて摘まみ上げた。 のぼせたらしい。

「湯の中で泳ぐから」
『う〜〜』
「ほれ、水」
『う〜っ っっっっっつ、冷めてっ ひ〜』
「あーー、悪りぃ悪りぃ」
『…アンタ、態とやってるだろ? そうだろ?』
「まさかー」
『やってる! ぜってぇやってる!』

 ほら、髪を洗ってやるから機嫌直せよ、と全身を真っ赤にのぼせ上がらせたカカチを石鹸の蓋に入れ、注意深くシャンプーをする。 目に泡が入らないように。 でも隅から隅までちゃんと洗えるように。 父さん、そんなにゴシゴシしたら痛いよ。 お湯を掛ける時は言ってね、絶対言ってね、いきなり掛けないでね、約束だからね…。

『わっぷっ…』

 ザバザバザバーっと盥の湯を頭からぶっかけると、カカチは見ていて面白いくらいジタバタした。

『し、死む、死むーっ』
「あははははっ ”死ぬ”、だろ」
『もっと労われー、バカーッ』

 笑過ぎて涙が出た。 いや、シャンプーが沁みたのかもしれない。

               ・・・

 川の字で寝ましょうね。 父さんは左。 母さんは右。


 寝床を一緒にするのだけは止めようと、イルカはカカチの寝床を態々立派に設えた。 もちろんジョークで、契った新聞紙詰めの箱を見せたりして少しカカチをからかってから、タオルを何枚か使ってフカフカの気持ち良さそうな寝床を作ってあげたのだ。 でもカカチは、イルカの布団の端っこで寝るからいいと言い張った。

「ほほー、俺様の布団に一緒に寝て、明日まで命があるかどうか見物だな」
『…アンタ、そんなに寝相悪いのか?』
「おう、自慢じゃないが俺の寝相はインド象をも蹴倒すぞ」
『う…受けてた、立ってやる!』
「まぁ無理すんな、ほら、フカフカだぞ」
『なんか…猫ハウスみたいだな』
「そ、モデルがそれだから」
『やっぱりーッ』

 キーッ と喚くカカチを摘み上げては猫ハウスに落とし、またイルカの布団に果敢にアタックしてくるのを摘まんでは戻した。 一緒に寝たりしたら、それこそもう俺は…。


 髪に父さんの手。 胸に母さんの手。 自分の両手に二人の手。


 世の中に、失くならないモノなんてないんだ。






すみません。これは続き物です。20→09→01→31→05→24→33→27→35 の順番です。
 戻る→01:ナルト
 つづく→33:手



BACK / NEXT