イルカ38景
01:ナルト
「ぎゃははははっ 似合うぞ、カカチーッ!」
『く…』
”屈辱”とその顔には書いてあった。 ああ、なんて気持ちのいい!
『女物のぉ、それもなんだ!このヒラヒラはぁ!』
「い、いいじゃないか…うくくくっ かわいいぞ」
『俺様はこんな物着なくてもラブリィだ!』
「そ、そうだな! あははははっ すっげぇ似合ってる、なんか、なんか」
『なんか何だ?!』
「…いや」
なんだかあの人に女装させたみたいだと、そう言いそうになって、自分はどうしてこんなにあの人に拘っているのかな、もういい加減忘れてもいいじゃないかと、関係無い人なんだもの自分ばっかりこんな何か惨めだと、ちょっとまた凹む。 でも、目の前にこんな似ている顔があるのが悪い。
『だいたい、そのカカチってのはなんだ! 俺様の名はそんなへなちょこな名じゃないぞ!』
「…オマエ名があるのか? ほんとは何ていうんだ?」
『オマエなんかに教えない!』
「む」
かわいくない。 せっかく、いつまでも”オマエ”じゃ都合が悪かろうと付けてやったのに。 まぁ適当につけた…いや、多分にコイツが似ている彼の人の名をできるだけへなちょこにもじった名であることは確かだったが。 目の前にある忘れたい過去とともについて来る顔。 このままじゃあ忘れたくても忘れられない。 もしかしてこういうのを”トラウマ”って言うのかな。 でもだったら、トラウマ克服のためにもこの”顔”を克服せねば! そうだ、名前だって似たようなの付けてこの顔とセットで毎日見てたら、逆に慣れてなんでもなくなるかもしれないじゃないか。 笑って過ごせるようになるかもしれないじゃないか。 あの人が受付けに来る度にピリピリしなくて済む様になるかもしれない。 そうなのだ。 あの一件以来、カカシ上忍が受付けに来る度に妙に緊張してしまうのだ。 そんな自分がとても嫌だった。 相手が全然普通なのが余計に悔しくて、悲しかった。
「じゃあ、なんて呼んだらいいんだよ」
『カ…カカチでいいよ、でも』
「でも?」
『でも、その名前ってアンタの嫌いなヤツのを一字変えただけだろ? そんなの嫌じゃないのか?』
「ふふ、ばーか」
『な、なにがバカ? 俺様はこれでも気を使ってだなー』
「へへーんだ、なにペットのくせに気なんか使ってんだよ! チビのカカシだからカカチだよっ これからオマエをイビって憂さを晴らすんだもんよ。 似てる名じゃないと気分出ないだろ?」
『ひでぇ…、セッコイ性格してんなー、アンタ』
「ふんっ せこくて悪かったな!」
掌に乗るようなヤツに気を使われて、イルカは少し切なくなった。 確かに俺はコイツより形はでかい。 でも心は狭ぇなぁ。 ああ自分でヤンなるさ。
「ほら来い。 帰るぞ。」
ピンクのレースひらひらのワンピースが妙に似合う銀髪の小さな頭を指先で小突くと、ぷんっと膨れっ面をしていたカカチはそれでも手に乗っかった。
『もうあの汗臭い額宛はごめんだからな。 肩に乗せろ。』
「なにナマイキな口利きやがる」
言いながらそっと肩に乗せると、カカチはスカートの裾をぞんざいに捲り上げて座り込み、小さな手でイルカの後れ毛を掴んだ。 その仕草に胸の内がきゅんとくる。
「落ちるなよ」
『誰に言ってる』
おうちへ帰ろう。 夕焼けに染まるオレンジ色の街並み。 誰かとそんな風に家路に就くこと自体、最後にしたのがいつだったか思い出せないくらい久しぶりで、やっぱりそれだけで胸がキュンとなった。 その時になって急に、もしかして失敗だったかなという気持ちが湧いた。 猫でも犬でも、極力飼うことを避けてきた。 小さい生き物は自分より早く逝く。
---でもコイツは妖精だもんな、妖精は人より長生きさ
「うん、きっとそうさ」
『なにが?』
「ナントカは世に憚るってな」
『なんだそりゃ』
「ぃてっ 痛てーなー、もう。 おりゃっ」
『おわっ』
「痛ってっ 離せ、こら」
”ナントカ”の部分に入る言葉を知っていたのか、カカチが掴んだ後れ毛を思い切り引っ張ったので、お返しに肩をブンブン振り回してやると余計にぎゅうぎゅう髪を掴まれた。 楽しい、ヤバイ、楽しいよ…。
「よーし、今日はサンマだーっ」
『サンマ? なら俺いいv』
「お? サンマ好きか?」
『好きー!』
「なら納豆にしよっかな」
『!』
途端に耳元で上がるキーキーという喚き声にアハハハハと笑い、イルカはもう少しこの小さい生き物を苛めて過ごそうと思い決めた。 優しくなんかしてやらない、そう思い決めた。
・・・
『なぁ、そのはたけナントカ言う上忍のことは…どうしてそんなに嫌いなんだ?』
「意地悪されたんだ」
『い…意地悪って、ど、どんな?』
「大勢の前で意地悪言われた」
『…どんな?』
「オマエには関係無いよ」
『でも…その…ちょっと気になるじゃんか』
「俺のな、大事な生徒をな、潰してみるのも一興だって言ったんだ、あの人」
『そ…れは、言葉の文ってもんじゃないのか?』
「まぁそうだろうな。 でも、ナルトは…あの子は、マジでそういう目にばかり遭ってきた子なんだよ。 だから俺、許せなかったんだ。 ああ、この人もおんなじなのかってさ。」
『…』
「ちょっと信じてたんだ、あの人ならナルトをそんな風には見ない、大丈夫だってさ」
『ソイツは…本当にそういうヤツなのか?』
「いいや、違うだろ。 あの人は多分、俺よりナルトをちゃんと見てる。 実力も買ってくれてる。 そうだよ、言葉の文だったんだよ、判ってる。 でも俺は…」
『俺は?』
「寂しかったんだ、ただそれだけだよ」
『…』
「言っただろ、オマエが気にする事じゃない。 俺はつまらない事でウジウジするセコーい男なんだよ!」
『セコイってゆーか、ガキくせぇヤツだな』
「にゃにを〜ッ」
イルカ、せこい男25歳独身、彼女居ない暦25年。 ついに見えないお友達と会話するようになってしまったと周囲から心配されるに至る彼の数日間の(セコい)心の葛藤を知る者は、この時はまだ居ない。
すみません。これは続き物です。20→09→01→31→05→24→33→27→35 の順番です。
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