イルカ38景


29:瞳



「どうしたんだ?」

 翌朝、アカデミーの玄関前は黒山の人集りになっていた。

「お、アオイ! 待ってたんだよ〜」
「ドリーだよ、ドリーが中に入れてくんないんだ。 目が真っ赤なんだよ〜」
「おまえらまさか、昨日あのまま帰ったんじゃないだろうな?!」
「え? あのままって?」
「コード・レッドを解除してきたかって聞いてるんだ!」
「あ…」
「忘れた」
「!」

 アオイはその場に蹲った。 普段は青いアカデミーの正面玄関にあるドリーの監視アイが、コード・レッドを表す赤色を灯していた。 もうダメだ。 一生中には入れない。 アカデミーは今、コード・レッド、対上忍用バトル・モード全開で、入ろうとする者全員を排除しにかかっているのだ。

「で、でも、おまえなら何とか解除できるんだろ?」
「いや、外からの命令は受け付けない。 当たり前だろ? 外敵からアカデミーを防衛・迎撃するシステムなんだぞ」
「そ、そっか」
「俺、言っただろう! ドリーに解除命令出してから帰ってくれよって」
「だだだって、俺達出る時は何でもなかったぜ、なぁ」
「ああ、するっと出られたぜ」
「だから、当たり前だろう! 外敵じゃないんだから!」
「外から電源切るとかできないのかよ」
「非常時の自家発電が起動するだけだ」
「じゃあじゃあ、えっと他の上忍呼んで来るってのは?」
「綱手さまに知られたいのか?」
「うっ… そそれはちょっと」
「とにかく! もう少し俺達で何とか頑張ってみるしかない。 子供達には今日は外で演習ってことにして…。 ああ、それにしても! なんてことしてくれたんだよ。 ドリーはそんじょそこらのAIじゃないんだぞ? そりゃあもう賢くって学習機能も充実していて…」
「ア、アオイ? すまんっ 俺達あの後ちょっと脱力するモノ見ちゃってさ」
「そうなんだよ、ころっとおまえに言われた事忘れるくらいイヤ〜なもの見ちゃってさ」
「みんなイルカとカカシ上忍が悪いんだよ」
「そうだ! あの二人は? あの二人はまだ中に居るんじゃないのか?」
「え… それはぁ俺達にはちょっと」
「ドリー! 中にイルカはまだいるか?」
≪只今コード・レッド発令中 外部カラノ命令ハ受付ラレマセン≫
「判った。 じゃあ… 俺達はコード・レッド対象者ハタケカカシ上忍の手から海野イルカ中忍を救出に来た。 中に入れてくれ。」
「おおっ うまいぞアオイ!」
≪コード・レッド発令中ハ何者モ入レル事ハデキマセン≫
「ああ(がっかり)」
「う、じゃ、じゃあ、海野イルカ中忍の安否確認だけでもさせてくれ。」
「おおっ?」
≪…了解シマシタ ウミノイルカ中忍ハ コード・レッド対象者ハタケカカシ上忍トトモミ 闘技場ニイマス≫
「そ、そうか。 それで、イルカからコード・レッド解除要請があったはずだが」
≪本日0425時ニ ウミノイルカ中忍本人カラ コード・レッド解除命令ガ出サレマシタガ 拒否シマシタ≫
「4時までやってたのかよ」
「なぜ拒否なんだ?」
≪ウミノイルカ中忍ハ コード・レッド対象者ハタケカカシ上忍ニヨリ 体内ニ異物ヲ注入サレタ模様 コレヲ以ッテ ウミノイルカ中忍ヲ コード・レッド対象者ハタケカカシ上忍ニ汚染サレタ者ト判断シ ウミノイルカ中忍モコード・レッド対象者トミナスモノト決議サレマシタ≫
「注入…」
「注入…」
「注入…」
「…」
「決議ってなんだよ?」
「ドリーは一人じゃないんだ。 三人居るんだよ。 全ての決定は合議制なんだ。」
「もしかして…、女性としてのドリー、妻としてのドリー、母としてのドリーとか言う?」
「いや、ドリーの三人の人格は… い、言えない…」
「き…気になるじゃんか!」
「とにかく! 今はそんな事じゃないだろ! ドリー、その注入されたモノは別に毒物とかじゃないんだ。 それに、アレだ、うん、何て言うかその、お、オケツから注入された場合はだな、摂取されないんだ、うん、だからイルカは大丈夫。 イルカの命令を受け付けてくれよ」
「おおっ!」
≪ウミノイルカ中忍ヘノ異物注入ハ 計6回ノウチ 1回ハ口カラ行ナワレテイマス ヨッテ摂取サレタモノトミナシマス≫
「6回…」
「6回…」
「口から…」
「… ド、ドリー、あのな、それはセックスだ。 愛の行為なんだよ。 だから汚染とかそういうんじゃないんだ。 おまえには判らないかもしれないが、あの二人がシタってことはあのスーツ脱いだってことだろ? その時、お互いに「好き」って言ってたろ?」
「あ、パスワードってお互いに好きって言い合うことだったのか?」
「ベタだなぁ、おまえ」
「うるさいよ! なぁドリー、言ってたよな? それが愛しあってる証なんだ。 愛し合う行為はだな、危険じゃないってことであって」
≪音声記録検索終了シマシタ 昨日2330時 コード・レッド対象者ハタケカカシ上忍カラ1回 ソノ直後ニウミノイルカ中忍カラ1回 ソノ後モ数回ニ渡リ 「スキ」ト発音サレテイマス 合議ノ結果 コレヲ精神汚染ト判断シ ウミノイルカ中忍ノコード・レッド対象者トミナシタ時間ヲ2330ニ繰上ゲマシタ≫
「な…!」
「ああ(落胆)」
「ドリ〜〜! 頼むよ〜」
「先生達、朝から皆で何してるんだ、これ?」

                ・・・

「という訳だから、木の葉丸君、今日は外で演習ね」
「ええっ 中に忘れ物したから早く来たのに、俺そんなの嫌だぞこれぇ。 一回中に入るぞこれぇ」
「そんなこと言ってもね、入れないんだよ。 危ないから近寄っちゃだめだよ」
「そうだぞ、木の葉丸君は知らないかもしれないけど、今ドリーはとっても危険な状態なんだ」
「先生達こそ何にも知らないんだぞこれ。 ドリーはウィットなジョークが好きなおちゃめなヤツだぞこれ。」
「ウィットなジョークって…」
「オチャメって…」
「木の葉丸くん…」
「おい、ドリー! いい加減にするぞ、これぇ!」
≪…≫
「だめだよ、ドリーは今上忍用の迎撃モードになってるんだから。 君の言うことなんか聞かないよ」
「外の誰の命令も聞かないよう、プログラムされてるんだよ」
「命令は聞かないかもしれないけど、説得は聞くぞこれ」
「せ…?」
「…っとく?」
「こら、ドリー。 冗談は引き際が大事だって、俺達いつも教えてるはずだぞこれぇ。 やり過ぎはシャレにならなぞこれぇ」
≪了解 コード・レッド解除シマス≫
「!」
「!」
「!」
「修行が足りないぞ、ドリー。 あ〜あ、朝から疲れたぞ、これぇ」

 ドリーの警戒色をした瞳は、一回瞬くように点滅すると、青い通常モードに戻った。




これは「12:理屈じゃないのさ!」の後日譚です。
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