イルカ38景
22:受付
「また来ますねーっ」
「おおー、待ってるぜー」
「イルカちゃーん、きっと来てねーっ」
「俺達みんな待ってるからねーっ」
イルカが河畔を半周ほど回った所でこちらに手を振る。 村の若い男達が殆ど全員それに手を振り返していた。 な〜ぜ? 危機管理だけじゃなく、性倫理の啓蒙もしなきゃだよ。
「俺もまた来ますねーっ」
銀髪男がイルカの声音を真似てやはり手を振る。
「「「ぜってぇー来んなーーーっ」」」
返す声が期せずして揃う。 そして一斉に笑う。 湖の向こうでも笑い声が上がっていた。 な〜〜ぜ? 長閑だ。 なんてのどかなんだ。 なんでオマエらそんなに暢気なんだ。 オリャーもうへとへとのヨレヨレだぜ。
朝訪れた彼らは、いつも通りの彼らだった。 イルカは真面目そうな顔で礼と楽しかった旨を伝えてきた。 銀髪には軽い感じでニヤニヤと笑われ、「覗き賃貰わなきゃー、高いですよぉ俺達ぃ」とおどけられた。 イルカがいつものようにその銀の頭をポカリと恕突く。 どこにも暗い影も恐怖の空気も無かった。 アレはきっと夢だったんだ、きっとそうだ。 俺は寝ぼけて夢を見た。 そうに違いない。 これを現実逃避と言う。
「お世話になりました」
「おう、こっちこそ助かったよ」
頭を下げるイルカに、明るく返事まで返して。 だが内心では「早く帰れ〜、早く帰れ〜」と念じていた。 ニコニコ屈託なく笑うイルカの斜め後ろに、まるで大名の警護でもするかのようにそっと寄り添い、銀髪の男も笑っている。 なんだよ! 俺がソイツに何かするとでも思ってんのか? できるわきゃネェってオマエらが一番判ってんじゃねぇのか?
「もう来んなよ」
だが、うっかり漏らした本音に、二人は同時にちょっとだけ哀しそうに笑った。 脳天気の見本のようなイルカも、この時だけはこの銀髪男と同質の空気を纏っている事を覗かせた。 昨夜の恐怖が甦る。 誰が解るだろう、この恐怖を。 その元凶が目の前にいるんだぜ? だが、そんな俺の顔の所為なのか、イルカが黙ってしまって少し俯き、そしてそんなイルカの哀しそうな横顔を後ろから見つめ、銀髪男が見たことも無いような心底哀しそうな顔をした。 それを見た時の罪悪感を、誰が解るだろうか。
・・・
兎にも角にも、そんな事柄一切を一人胸に秘め、二人が遠くに消えるまで見送った翌日のことだ。 村ではちょっとした波紋が広がった。
自分は村長として、村が平常を取り戻すことだけを願い、子分共を叱咤して今まで以上に守りを固めた。 自分達の村は自分達で守らにゃならん。 そうやって何とか自衛してきた、小さいながらも堀と外壁を備えた独立城塞都市なのだ。 誰に教わった訳でもなく書物を学んだ訳でもなかったが、独自の防御を凝らして今までやってきた。 外敵用に張り巡らせた罠も、狩猟用の物を改良したに過ぎなかったが、堀の回りを更に取り囲むように設置した。 そうやって、賊や忍崩れの夜盗から自らを長年守ってきたのだ。 取り立てて強敵に襲われる不運もなく、だから気が付かなかったのかもしれないが、自分達は随分とよくやっていると思っていた。 そこへ彼らが来たのだ。 来て、石を一つ投げ込んで行きやがった。
「子供らが?」
「へい」
「どう違うって言うんだ?」
「それが」
罠の張り方が違うと言って、大人に意見した子供が一人二人ではなかった。 訳を聞けば、人間用の物と動物用の物とでは自ずと張る場所、位置、向きなどが違う。 より効果的に夜盗などの足を止めたければ、こうこうでなければならない、と理路整然と述べられて、親や兄なども二の句が告げなかったと言う。
それだけではない。 堀と外壁を備えた都市防御のイロハを滔々と述べ、堀や壁の修繕や出入り口の管理に口出しをしてきた。 親達が閉口したのは言うまでも無い。
「あのイルカ先生は、オマエ達にそんな事を教えていたのか?」
「そうだよ、あと体術とかも教わったよね」
「体術はドクタ・ケーの方が断然すごかったけどね」
「そうそう」
「イルカ先生がぁ、こんな風に組み手をするとぉ」
「ドクタ・ケーがぁ、こうやってこうやってバシィってイルカ先生を投げてさ」
「そんでこう馬乗りになってぇ」
「ああ〜〜ん、イルカ先生ぇ〜〜
wって!」
そこまで実演して見せた子供が組み敷いた子供の上で腰をカクカクと振ったので、双方の親が慌てて止めに入ったのも言うまでも無い。
「ななななんてこと教えてったんだ、あの二人は」
「まったくだ」
口々に罵りつつも内心は、今この子達と組み合ったら絶対投げ飛ばされると思ったことは、それぞれの胸の内に秘められた。
「いったい、あの二人は何者だったんでしょうねぇ? オヤビン」
「オヤビン言うなッ 俺が知るかっ 教えてもらった事はそれとして、もうアイツらの事は忘れろ! いいな!」
「へーい」
・・・
ヤツらが何者かなんて、きっと知っちゃあいけないことなんだ、と思ったが口にはしない。 自分はそんなにアホじゃあない。 だが、あろうことか彼らがどこの誰なのか、この村長自ら調べにゃならん日が来るなんて誰が考える? 俺は反対したんだ。 いくらきちんとした危機管理や自衛手段を学ぶ事が必要だからって、いくらイルカが優秀な先生だからって、漏れなくあの銀髪がオマケに付いてくるってオメェら解ってんのか? 俺は真っ平ごめんだぜ。 それなのに、ああ、それなのに… 俺はなーんでこんな所に来てんの?ねぇ。
「これ、お願いします」
「はーい、人探しですね? お任せください!」
そこは、村から最も近く、隠れ里の中でも良心的だと噂の木の葉の隠里の任務受付け所だった。 広い部屋に長机一つ。 横並びに受付け嬢ならぬむさ苦しい忍服の男が二人と、絶世の美女一人。 何故か美女の前だけ列が無かったので首を傾げつつもそこに真っ直ぐ進んでいくと、あたかも勇者を称えるが如く周囲がどよめくので更に首を傾げなければならなかった。 だがもう引き返すにも不自然なので、ちょっとビクビクしながらも依頼書を提出すると、どこか凄みがありはしたがニッコリと美しい笑みでもって受け取られる。 なんだ普通じゃないかと思っていれば、だがその美女の顔は、依頼書の内容に目を走らせるなりドンドンと険しくなっていき、書類を持つ手もプルプルと震えだしたではないか。
おおおお俺、なーんか間違ったべや?
やっぱり田舎モンがこんな所きて依頼なんかしちゃだめだべか?
と普段使いもしないどこかの訛り言葉炸裂して内心怯えてしまった。 それほど雰囲気に鬼気が迫っていた。 依頼はただの人探しだ。 一方の名は一応判っているが一方は人相と変な明らかに偽名しか判っておらず、村一番の画才の持ち主に似顔絵を描いてもらってきたのだ。 かなり良い出来だと思う。 そっくりとまではいかなくても特徴をよく表していると思うし、もし本人が目の前に居れば、知らない人でも同一人物だときっと一目で判るはず。 もし本人が目の前に居れば…
「こ…この、探し人ですが…、何か不始末でも遣らかして…それでお探しとか?」
「いや、不始末というか、ちょっと色々ヤッテはくれましたけど、決して悪い意味で探しているわけじゃ」
眉間に皺を寄せて声を絞り出すように問うてきた美女に驚きつつもそう答えると、美女はあからさまにホッとした。 な〜ぜ?
「そ、そうですか… それ…で、人相だけで名前は判っていないようですが」
「いえ、こっちの黒髪の方は一応”うみのイルカ”という名前だと」
「ちっ バカがっ! 本名使いやがって」
「は?」
「いえいえいえいえいえいえ」
おほほほほほ、と口に手を当てて笑い、冷や汗を流す美女。
「あ、あの…こっちのもう一人がこの人のこと”イルカ先生、イルカ先生”呼んでましたから、多分職業は教師かと」
「はい?」
「バカっ 引っ込んでろ!」
「え?」
「あ、あれ?」
”イルカ先生”と連呼した時だ。 隣で長蛇の列を忙しげに捌いていた忍服の男が何故かひょいと首を突っ込んできて、そしてその顔が良く見れば…
「え、イルカ?」
「あ!」
「あ!!」
「あーーーっ」
口をあんぐり開けてその顔を指差し叫べば、男は椅子を蹴って立ち上がり、美女は頭を抱えて嘆息した。 忍服と額宛をしていてそれまで全然判らなかったのだが、それは確かにあの「イルカ先生」だった。 あの黒髪のチョンマゲも、あの鼻の傷も、あの黒い瞳も確かにイルカ!
「あああアンタ、なんでここに?!」
「村長さんこそ、どうして?!」
「アンタ、忍者だったのか? どうりで!」
「あああああのあの、その節はどどどどうもお世話に、あのその」
「オマエ達… 休暇中に何をやったー?」
「いいいいえっ 滅相も無い綱手さま、おお俺達は、ちょっとあの」
「じゃあ…じゃあアノ銀髪イカレ野朗ももしかして木の葉の忍か?」
「こんな探索依頼を出されるような何をやったと聞いておるーっ!」
「綱手さま、お、落ち着いてくださいっ 俺達、ほんとにあの…ちょっと、ほんのちょっとだけ公序良俗に、その」
「カーカーシーはーどーこーだー?」
「はーい、俺はここですよ〜
w イッルカ先生ぇ〜、アナタのはたけカカシ、只今帰りました〜ってアレ?」
「はたけ…カカシ? ってアノはたけカカシ? 写輪眼のカカシ? コピー忍者のカカシ? ”カ”の続きってカカシだったの?」
「あっれー、村長さんお久しぶり〜 どったの?」
「どったの? じゃなーいッ 二人ともそこになおれーーっ」
「ぎゃ〜〜っ 綱手さまーっ お許しをーっ」
ドクタ・ケー改め”はたけカカシ”は、黒覆面に額宛を斜め掛けという顔のほぼ80%ほどを隠した装束をしていたが、雰囲気は将にあの変態銀髪野朗だった。
すみません。これは続き物です。28→04→36→25→22→38 の順番です。
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