イルカ38景


38:木ノ葉



「まさかアンタらが木の葉の忍衆だったとはなぁ」

 ”綱手さま”というあの美女は、なんと木の葉の火影だと言う。 世の中見た目じゃ判んねぇもんだ。 どうりで彼女の前だけ列ができてなかった訳だ、と隣を歩く銀髪イカレポンチたけカカシの頭のタンコブを見遣る。

「まぁ休暇中だったもんで、やたらに名乗ると色々その、支障が」
「そうかもしれねぇな」

 実際、木の葉のはたけカカシと名乗られていた日にゃあ、自分達だってあんなにノホホンと構えてなぞいられなかった。 うみのイルカの名は知らなかったが、それでも木の葉の忍と知ったらそれなりの対応をしていたと思う。

「イルカ先生、あの通り真面目な人だから、どうしてもアナタ達のこと放っておけないって言い張るし、うっかり名乗っちゃうし。 俺は俺で、せっかく二人きりの休暇だから面倒事は避けたかったしで。」
「で、あんな悪戯じみた真似をして村に入り込んだって訳か?」
「はぁまぁ。 すみませんでした。」
「いや、その事はいいんだが…」

 空恐ろしかった彼らの雰囲気も、正体を知ってみれば然も有りなんと納得し、なんとなくこんなもんかなと恐くもなくなったりして、俺もだいたいいい加減だ。

「でも、ご依頼の件を伺って、俺達のした事も強ち無駄じゃなかったかなって判って嬉しいですよ」
「まぁな。 オマエさんらのお蔭で俺達も色々と意識改革できたってわけさ。 だが、アンタら忙しそうだな。」
「ええ、ちょっとね」

 ははっと後ろ頭に手をやり笑うカカシは、任務帰りだとかで幾らか薄汚れてくたびれていた。 受付けのイルカも、持ち場を離れるわけにはいかず、付き合えない事を頻りに残念がり謝っていた。 例の旅行も、忙しくなるからとその前に入れた”最後になるかもしれない”旅行だったと、少ししんみりした様子で言っていた。

「でも、俺達じゃなくっても木の葉の忍は皆優秀ですから、誰が赴任してもアナタ達のご期待に副える働きをお約束しますよ」
「ありがとよ。 今回はそれで我慢しとくわ。 オマエさんらも暇になったらまたきっと来てくれよな。」
「ありがとうございます。 でも、ちょっと当分は無理みたいです。」
「…世の中そんなに危ない情勢なのか?」
「ああ… いやぁ、まぁそのぉ、アレはイルカ先生を休暇に連れ出すのに吐いた方便だったんですけどね」
「そういや、オマエの所為で瓢箪から駒が出たって火影が怒ってたなぁ」

 強ち方便ってだけじゃなかったって訳だ、とカカシの苦笑いする顔を見る。 この男、さっき受付け所でその事に話が及んだときのイルカの脇にしっかり着いて、あの時みたいにまるで大名でも守るように彼をそっと支えていたっけさ。 泣きそうだったな、イルカのヤツ。 忍のくせに何だかかわいいヤツだ。 気持ちが駄々漏れってかんじで、つい世話焼きたくなるって言うか…おっと、いけねぇいけねぇ、それでうっかり懐に入れてしまったのだったっけな。

「オマエさん、ああいう時こそいつもみたいにヤツをむぎゅーっぶちゅーってやるべきだったんじゃねぇのか?」
「ふふ、やだなぁ、村長さんったら」

 さすがに火影の前ではできねぇか、と追い討ちをかけると銀髪男はその銀の髪をワシワシと掻いて照れたように笑った。 この男も、あの時よりここ木の葉で見る今の方が何だかかわいく見える。 なぜだろう?

「ああいう時のイルカ先生にはね、できないんですよ。 あの人ほら、気丈な時は俺の事パコーンってやってくれるでしょ? でも気弱になってるとダメだから。 そんな事あの人に人前でさせらんないし。」
「ふーん」
「…なんですか、ふーんって」
「いや、心底ヤツに惚れてんだなって思ってな」
「惚れてますよぉ、そりゃもう。 世界を敵に回してもいいくらい!」

 そりゃ大袈裟だなと笑うと、いいえ本当です!と、はたけカカシは真面目に言い張った。 ああ、知ってるよ。 俺はこの目で見たからな、あの夜のアンタらの愛し合う姿を。 そう内心で思って頷いていると、カカシは呟くようにポツッと語り出した。

「俺ね、あの人の事、姑息な手段で手に入れたんですよ。 それで俺、あの人を凄く怒らせちゃったし、傷付けちゃって…。 でもね、何とか判ってもらえて今みたいに付き合ってもらえるようになったんです。 だから絶対あの人には誠実でいたいし、守りたいんですよ。 失いたくない。」

 そんな事、なんで俺なんかに言うかな? それとも単なる独白か? まぁ人間、口に出してみて納得できるってところがあるし、”はたけカカシ”でもそんな弱気になる時があるって判って、ちょっと何だかほっとするみたいな。 どんな”姑息な手段”だったかは、聞きたいけど聞かぬが華なんだろうな。 ああでも聞きたい。

「アイツをあのまま守りたいって?」
「そうです」
「そりゃ難しいなぁ」
「ええ、そうなんです」

 はたけカカシは、全く以ってその通りだと言うように、深い溜息を吐いた。 だから俺はこの恋する若者にちょっと訓戒を垂れてやろうと思った。 倍は生きている年の功ってやつだ。

「いいことを教えてやろう。 アイツをあのままホヤホヤと笑わせておきたいならな」
「は、はいっ」

 うん、なかなかイイお返事。 あの”はたけカカシ”が立ち止まって直立した。

「オマエさんがな、今日みたいに無事でヤツの元に還ってきてやればいいんだよ」
「…えーっと… それだけ?」
「そ、それだけだ」

 うーん、と片手の人差し指を頬に当て小首を傾げるはたけカカシを見て、やっぱりコイツほどかわ子ぶりっ子が似合わないヤツは居ないと、改めて思った俺だった。

「イルカにもな、いい事教えといてやったから、楽しみしとけよっ」
「へー、何て教えたんですか?」
「そりゃあ後のお楽しみだ」
「ええーっ 教えてくださいよーっ もったいぶらないでぇ」
「語尾を伸ばすなっ 女子高生か!」
「ええーっ だってーっ」
「だってー、じゃないっ」



 イルカにイイ事を教えた時の会話はこうだ。

「アンタは先生としちゃあ最高に優秀みたいだけどな、あの男はアンタの生徒みたいに叱ると褒めるだけじゃあ操れねぇぜ。 いいか、ああいう男はな、もっと色々手管を使わなあかん」
「手管…ですか?」
「そうだ、まずな」
「はいっ」
「拗ねる、甘える、我侭を言う、コレだ!」
「す…すすすす拗ねって…それ逆効果じゃ?」
「ちっちっ 判ってネェなぁ。 だからアイツにヤラレ放題なんだよ。 いいか、まず主導権を握るんだ、これ絶対。」
「でも…俺とカカシさんじゃあ、ちょっと無理がありますよ。 それに拗ねるとか甘えるとか、いい大人の男が…」
「なんだよ、俺達んとこに居たときゃあ、あんなにイチャイチャベタベタしてたじゃねぇか」
「あ、あの時は…ですね、休暇中は絶対嫌だって言わないって約束してたから」
「ほほー?」
「あの…ほら、アレですよ。 もう最後の休暇かもしれないし、どっちかが求めたら必ず応えるって…約束してて、それで…」
「ほーほー」
「もうっ やだな、村長さんったら」
「いやいや、中々ええモン見せてもらったよ。 アンタらのお蔭で俺達の村じゃあ多分、来年の春はベビーラッシュだぜ」
「…ほんとですか?」
「おう、煽られちまってたいへんよ? 責任とってまた遊びにきてくれや」
「は、はぁ… できたら」
「なんだよ、素気ねぇ返事だな」
「すみません」

 力無く笑うイルカを見て、やっぱりコイツ放っておけねぇとか思っちゃう。 銀髪野朗の気持ちがなんとなく判ってしまった。 だからあの銀髪の喜ぶ事を、この鈍感ちゃんに教えてやろう。

「まぁいいや。 落ち着いたら来てくれよ。 みんな待ってるし」
「ありがとうございます」
「それじゃあ最後に、最終兵器を教えて進ぜよう」
「え、まだあるんですか?」
「うむ」

 たまに、いいかたまにだぜ?
 オマエからアイツにオネダリしてみろよ
 アイツ、きっとぶっ飛ぶぜ!

「あっはっはっはっはっ」
「…」

 と、目が点になったイルカに別れを告げてきたのが数分前。 「おおおおねおねオネダリ…ですか? オネダリねぇ」と口の中で復唱していたっけ。 さてさて、実践はいつになるやら。 と目の前で両手をお祈りポーズに組んで期待の篭った瞳(片目だが)で見つめてくる”はたけカカシ”を感慨を込めて見返す。 なんだかマジでかわいく見えてきた。 幻影か、ヤツの後ろにパタパタ振れる尻尾まで見える。 ヤバイヤバイ。 もうトットと村へ帰ろうっと。 イルカ、成功を祈る。




すみません。これは続き物です。28→04→36→25→22→38 の順番です。
 戻る→22:受付



BACK / 目次