イルカ38景


20:混ぜご飯



 おわっ…

 授業から戻って職員室の自分の席に戻ってみると、机上に変なモノが居る。 多分生き物…だよな、動いてるし。 でもこんなの見たこと無い。 よ、妖精さんかな、あははははっ ……… んなわけねぇだろっ! バカバカバカバカバカ俺のバカッ!

「ど…どうかなさったんですか? イルカ先生」
「え、や、なんでも…ないです」

 自分の頬を自分でパチパチ張っていると隣の同僚に怪しがられてしまった。 いえ、怪しいのは俺ではなく、この小さい生き物なんです。 見てみてください。 これいったいなんでしょう?

「あ、あのー」
「はい、なんですか?」
「あのー、これなんですけど」
「はぁ、どれですか?」

 隣の同僚の女教師が椅子を寄せ、体も寄せて覗き込む。 ドキドキ。 たったこれだけでも胸の動悸が高まる俺は、彼女居ない暦25年の25歳。 はぁ…

「…」
「…」
「で?」
「は?」
「どれのことですか? 教材ですか?」
「は、や、あの、えーと…これ、なんですけど、ね」

 小さすぎて見えネェってことないよな?それとも俺の机が汚すぎて判んないとか?と雑然とした我が机上を見遣りつつその人間の掌大の生き物を指すと、彼女は「ああ」と言って手を打った。

「かわいいですね!」
「そ、そうですか?! やっぱかわいいですか? でも、これ」

 何なんでしょうね?と問おうとした時、彼女は続けてこう言った。

「そうですね、でもちょっとブサイクかな。 ぷぷッ 生徒の作品ですか?」
「は………」

 彼女の指は、その生き物の少し左横を差していた。 それは生徒が俺の誕生日プレゼントだと言って手作りしてくれた木彫りの…木彫りの…な、何かだ! ブサイクなんて失礼な! これでも心を込めて作ってくれたに違いないのに!と少し憤慨するも言葉にできないイルカ独身25歳。

「いえ、それじゃなくってこっちの」
「ああ、『木の葉アカデミー初代校長著 教育概論』、これいい本ですよねぇ! 私も読みましたよ」
「え、えーと、それでもなくってその前の…」
「…は? どれですか?」

 彼女が益々身を寄せて体ごと覗き込んできたので少しこっちが体を逃がし、でも是非見てもらいたいと我慢していると後ろから別の声が掛かった。

「おい、イルカ。 姑息な手で我等がチズルちゃんと急接近たぁ見過ごせネェな!」

 昔からの悪友で同僚の男だ。

「ち、違うって、オマエもこれ見てみてくれよ」
「なーにが違うって…どれ?」
「これ」
「教育概論?」
「その前だって!」
「ねぇ? なんか見えます? このブサイクな人形…?しか私には見えないんですけど」
「だよなぁ」
「これ! これだって!! 痛てッ」

 これこれと、もし人間に対してしていたならかなり失礼な人差し指を突きつけるという行為をその生き物の顔らしき辺りに行っているとガブリと噛み付かれた。

「どうした?」
「いやだ、イルカ先生。 血が出てるじゃないですか」

 偶には机の上整理したほうがいいですよ、と彼女は自分の机からティッシュを一枚取って渡してくれ、俺の机の右端、教育概論の少し斜め右前に置いてあったテープカッタを左側に除けた。

「あ、それは右側にあるほうが便利なんです」
「でも、右手は動き回るし、今みたいに怪我するでしょ?」
「そうだそうだ、姑息だぞ、オマエ」

 まだ言うか、違うって、これは

「これは…」

 これはコイツが噛んだんだ!と言おうとして止めた。 二人にはどうも見えてないらしいと、やっと解ったからだった。

               ・・・

 よくよく観察してみると、そいつは小さいながらも人型で、しかも余り思い出したくない人物に瓜二つだった。 銀髪、隻眼、人を小ばかにしたような薄い唇は片方だけ上がっている。 それにどうしてスッポンポンなんだ? 小さいからって公序良俗に反しないとは言えないと思う。

「まぁ、これだけ小っちゃけりゃ問題ないか」
『なーにが小さいって? 失敬な!』
「お…オマエ、喋れるのか?!」

 ソイツの股間をしげしげ見つめて漏らした感想にキーキー声で反論されて、思わず声を上げてしまい辺りを見回し溜息ひとつ。 今は自分だけが空き時間らしく、丁度職員室には自分以外に誰も居なかった。

『当然だ』

 腕を組んで尊大に踏ん反り返る様よ! 益々ヤツに見えてくる。 そこである事にハタと思い至りちょっと冷や汗が滲み出て、それでもマサカだよな、と確認してみることを止められなかった。 今思うと凄い勇気だ。

「アナタ、まさかとは思いますが、はたけ上忍の変化とか言います?」
『まさか』
「そ、そうですよねぇ! まさかですよね!」

 思わず知らず敬語になり、些か釈然としないながらもホッとした。 だって俺、あの人苦手。 こないだだって俺が出過ぎたとは言え、衆人環視の下で派手に遣り込められてしまって、えらい落ち込んだばかりだもん。 できればもうこれから一生お近付きになりたくない。 まぁ、あの人と俺とじゃあ天上人と庶民以上の差があるんだし、受付け以外での接点も無い。 このまま普通にしてたら全然大丈夫、何の関わりも無く生きてけるよ、ウン。 ナルトと離れるのは寂しいけど…

『おい』
「一楽とかでたまに会えればいいんだもん」
『おいってば』
「…は、はい」

 だから何で敬語?俺ってば。

『俺様は腹が減っている』
「はぁ、さいですか」
『腹が減っている』
「へぇ」
『腹が減っている!』
「ほぉー」

 お、おもしれぇ…うぷぷぷ。 江戸の敵を長崎で討っちゃいけネェよ?いけネェけど、これってかなり鬱憤払いになる! ああ俺ってこんな肝っ玉の小せぇヤツだったんだそうなんだ、ああショック、でも止めらんネェ。

『腹が、減っていると、言ってるん、だぁーッ!』
「…」

 その小さい生き物は、何か回し蹴りのようなモノをさっき噛んだ指目掛けてカマシテくれたが、ぽくっと当ってびょんと跳ね返りボテッと落ちた。 痛くも痒くもない。

「なにヤッテるんすか?」

 だから何で敬語よ俺?

『なんか食わせろって…言ってるんだぁ〜』
「お、お、お?」

 最後の方は声も震えてシオらしく、その生き物はぴぇ〜っと泣き出した。 小さい顔を小さい手で覆って、オーイオイオイと泣くその姿よ! 俺はあの憎たらしいヤツのことは終ぞ忘れて、うっかりソイツをかわいいと思ってしまった。

「よしよし、じゃあ今日は残業しないで帰ってなんか作ってやるよ、何が食べたい?」
『混ぜご飯』
「…は?」
『まーぜーごーはーんーッ!』
「おい、オマエ」

 そこまで聞いて今度は自分が腕を組み踏ん反り返って宣言する。

「いいかよく聞け、俺の家に厄介になるつもりならな、「混ぜご飯」なんてメニュは未来永劫我が家の食卓には登らないと心得よ!」

 剰え、わーはっはっはっはっと高笑いをすれば、それまで蟠っていた鬱憤は全て霧と散じた。 ああ、なんて気分がいいんだ! いいよいいよ、飼ってやるよ、俺は心優しいイルカ25歳独身男。 家は職員官舎でペット禁止だけど、コイツくらいなら隠して飼えるだろう。 なんせ俺以外には見えないみたいだし、鳴き声も煩いほどじゃあない。 それで毎日ちょびっとづつイビって…いやいや、”可愛がって”やろうじゃないか! あーはっはっはっはっ

「イ、イルカ先生? どどどうかなさいました?」

 気が付けば、戻り始めていた他の職員が怯えた顔で遠巻きに俺を見ていた。




すみません。これは続き物です。20→09→01→31→05→24→33→27→35 の順番です。
 つづく→09:額あて



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