バヨリン

-Violin-



               11.In paradisum(楽園にて)


 カカシは最中一度も「愛している」と言わなかった。 前はまるで免罪符のように、愛している愛していると耳元で囁かれた。 だが昨夜は、ただ名を呼ばれ、呼び返しただけだった。

 防音の効いたカカシのマンションの部屋で抱かれた後、イルカはカカシが如何に今まで自分を労わり、回りに気を使って自分を抱いていたかを知った。 そしてカカシの激情が、如何に底の知れない激しいものだったのか、如何に一途で直向きに自分にだけ向けられひたすら注がれていたのかを知った。 カカシと向き合って話してから、ここに連れて来られて性急に求められ、一月の空白を埋めようとするかのように激しく抱かれながら思った。 欲望に忠実になったカカシの抱き方は、こんなに激しいんだ。 こんなにも切ない目をして俺を抱くんだ。 こんな目をして自分を見る人を、どうして自分無しでも平気でいられるなどと一時でも思ったのか。 それは謙虚さでも自信の無さでも何でもなく、ただ自らの保身のための逃げだったと判った。 傷つけられたと自分が感じた以上にカカシが傷つき、自分を責め続けていたかも知り、カカシが父親のように精神のバランスを崩さなかった事を、紅やアスマに感謝した。
 父親に性格も才能もそっくりだと、カカシの養父は言っていたが、自分の父もこんな風にカカシの父親に求められ、激情をぶつけられたのだろうかと、どちらかと言うと穏やかでちょっとぼんやりした所のあった父を思い出し、自分が父似であることを自覚した。 そして、父が母を裏切った事を許した。 今更だが、今知ったのだから仕方が無い。 母さん、ごめんなさい、と心の中で手を併せる。 でも俺、父さんの気持ちも判るよ。 あんな目で見つめられ、あんなに激しく求められたら、その人の本気を知らない訳にはいかない。 後は自分自身の気持ち。 母さん、父さんと俺を許して。 母さんへの愛が偽りだったという訳ではないんです。 ただ、出会ってしまったら惹かれ合う運命の相手というのは、きっと居るんです。 父さんにはそれが、はたけサクモという人だっただけ。
 サクモという人がどのような演奏をしていたのか無性に知りたくなった。 彼がどんな人物だったかはカカシの養父に語られた以上には判らないが、演奏を聴いて感じることができると思った。 そして、母が父のCDを捨てた想いも理解した。 後で専門店を捜してみようと思う。 きっと残っているはずだ。 そしてカカシのCDと聞き比べてみようと思った。 不思議な縁だ。 カカシは何も知らないのに、と隣で眠る銀色の頭を見遣る。

「眠れないの?」
 眠っているとばかり思っていたカカシの瞳が暗闇の中で光り、ちょっと驚いた。
「いいえ、今目が覚めたんです」
「体、辛い?」
「そうじゃなくて、そうなんですけど…」
 と顔が火照るのを感じながら首を振り、ゆっくり長い腕を自分に回して抱き込んでくるカカシに身を任せて、その胸の鼓動を聞く。
「夢を見たので」
「夢?」
「はい、小さい頃の」
「イルカ先生の小さい頃かぁ、かっわいいだろうなぁ、今度アルバム見せてください。」
「アルバムって無いんです、すみません」
「ふーん、でも俺も無いや」
 あっさり諦めたカカシに笑みを零し、感慨深く自分達のこれまでを思った。
「俺、カカシさんと付き合い始めた頃、読んだ本とか聞いた曲とか殆ど同じだったから、おんなじような人生歩いてきたのかなって思ってたんです。 でも、カカシさんが有名なチェリストだって判った時、とんだ勘違いだったって…。 でもやっぱり、あなたと俺は似たような経験や思いをして生きてきたのかもしれませんね。 今はそう思います。」
「先生に俺のこと、聞いたの?」
 カカシの左頬の傷をそっと撫でながら自分の思いを話すと、カカシはその手を掴んでちゅっと接吻けをした。
「はい、少しだけ」
「じゃあ俺の親父のことも?」
「はい」
「俺は、イルカ先生を置いて絶対自殺したりなんかしないからね。 でもイルカ先生が先に死んじゃったら俺も後追います。」
 嗚呼!
 と、自分の胸を打つ鼓動を聞く。
 それと同じ事を、きっと父も言われたに違いない。
「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
 訝し気に問うカカシの視線を避けて、その温かい胸に逃げ込む。
 今のは、父の代わりに自分がサクモに言ったものだ。
 彼の哀しみ、彼の後悔、彼の絶望
 カカシに同じ想いは決してさせない、と密かに誓う。
「もっかい、いい?」
 胸に頬を摺り寄せていると、カカシが肩を掴んできた。
「あした、事務所に顔出すんじゃなかったんですか?」
「出すよ、イルカ先生も連れてく」
「じゃあ、歩ける程度にしてくださいね」
 イルカの答えを待たずに手を這わせ出していたカカシは、ふふっと含み笑った。
「了解」

 育った環境も違うし性格も正反対だ。 だけれども自分達は、同じ痛みに涙し、同じものを渇望し、同じものに同じような感動を抱き、同じ道を選んだ。 不思議だ。 カカシに体を開かれながら思う。 出会いは不思議。

 乳首を捏ねられ、唇で吸われる。 ぺチャぺチャとしつこく舐られて体が疼き出した。
「ね、この目の事は?」
 愛撫を施しながらカカシはまた問うた。
「…いえ、それは」
「聞きたい?」
「聞いて…いいんですか?」
「イルカ先生」
「はい」
「俺のこと、もっと知りたがって」
 その目は縋る子供の目だった。
「…カカシさん」
「はい」
「その目の傷は、どうして付いたんですか? あっ」
 その時、カカシが萎えた自分に指を這わせてきた。
「カ…カシさん、今は、話を…、ん」
「この目はね」
 あ
 カカシの指
 入ってくる…
「俺の親友の目なんです」
「え…」
 昨夜散々達かされたイルカが反応しないと知るや、カカシはその指をもっと奥に忍び込ませてきた。 そこは事後にカカシの同じ指で清められていたのだが、粘膜が充血し火照っていて、痛みと共に快感の余韻を蘇らせた。
「い、…うん」
「痛い?」
 コクっと頷いた。
 頷いたのに…
 あ
 ああ
「カカシ…さ…」
「この目ね、移植されたんです。 そいつから」
「え、んっ」
「俺と一緒に事故に遭ったのに、俺は左目だけ失って、アイツは死んだ。」
「んぁっ あ、じ…こ?」
「うん、落盤事故。 行っちゃいけない所で遊んでたの、俺達。 気がついた時は病院のベッドで、もうこの目があった。」
「目が…、あ、赤い、のは?」
 はっはっと息が切れてくる。
 顳を汗が伝う。
「アイツ、興奮すると目が赤くなる体質だったんです。 オームみたいだって、よく苛められて…。 事故に遭った時、アイツは大きな岩の下敷きになっていて、俺に言った。 おまえは生きろって」
 呼吸を忘れた。
 カカシを凝視する。
「俺達、同じ孤児だった。 …息して、イルカ先生」
 ヒュッと喉が鳴り、再開した呼吸に咽ると、体内のカカシの指が強烈に意識された。
「あ、はぁっ、はぁっ」
「痛い?」
「痛…いっ」
「これは?」
「あっ」
 そこを押されて、衝撃にぽんっと背中が浮いた。
 カカシが下半身に沈み込んで行く。
 いつの間にか立ち上がっていた自身も握られる。
「いやっ」
「俺がマスコミに過去を漁られた時、その事故の事も暴かれた。 有名な演奏家の息子の命と普通の子供の命の重さは違ったのかと、有る事無い事書かれた。」
「いやぁ、いやーーっ」
 前立腺を容赦なく擦られ同時に立ち上がった自身を扱かれて、イルカは呆気なく白濁を飛ばしていた。
「はぁ、はっ あ… うん」
「俺はその時思い知りました。 俺はマスコミのビンゴブックに載ってしまったんだって。 あなたを見た時…」
「カ… カカシさん…」
「いえ、あなたを見つけた時、やっと見つけたと思った。 そしてすぐにその時の事を思い出した。 だから、絶対ヤツラには渡さない、絶対守ってみせるって、心に誓いました。」
 カカシの既に猛った熱が押し当てられた。
「痛い?」
 今度はイルカは首を横に振った。
 まっすぐカカシの顔を見上げて、短く、だが鋭くはっきりと二度、三度。
「イルカ先生の目、吸い込まれそう」
 ぐっとカカシの体が進む。
「うっ ふっ あ、ああ…」
「辛い?」
 辛い
「いいえ」
「苦しい?」
 苦しい
「いいえっ」
 顔を覗きこんで囁くように問うカカシの、その頬をガッと掴む。
「俺はっ 俺は…、あなたに守ってもらわなくても、だいじょぶ、です。 あなたよりずっと強いって、皆言ってくれます。 今度あなたが、自分を殺したら、俺、今度こそ、別れますっ」
「イルカっ」
「ああっ ああ、ああっ」
 カカシがいきなり突き上げてきた。
 言葉が足りないと思う。
 ふたりとも。
 痛みに視界が霞んでくる。
 体の力が抜けない。
 息が、できない。
 落ちる、そう思った時、カカシが律動を収めて縋り付いてきた。
「イルカ先生、俺を捨てないで」
 ずるいっ
 ずるいずるいずるいっ
 銀の髪が胸で小刻みに震えている。
 それをガシッと掴んで引き寄せて、左の瞼に接吻けた。
 バカな人。
 父さん、サクモさんもこんな風だったの?
 俺、バカな子ほどかわいいみたい。
「あっ あうっ」
 イルカの接吻けに応えようとしたのか、伸び上がってきたカカシが中でイルカを大きく抉り、イルカはカカシの接吻けを拒むように仰け反った。 カカシはイルカの晒された喉元に噛り付くと、ギシギシと一頻り体を揺すり上げ、それから肩を掴んで今度はイルカの体を押さえ込んだ上で更に伸び上がる。
「イルカ先生ぇ」
「ふっ はっ カ… カカ… さん」
「捨てないでよぉ」
「ばかっ」
「う〜〜」
「これじゃ、あした、歩けない」
「もう一日休も?」
「…ばか」
「う〜〜〜」
 またカカシが体を揺すり出した。
 もう体の力はすっかり抜け落ちていて、イルカは柔軟にカカシを迎え入れ、感じ出した。
「感じてきた?」
「は、ん、ば、ばかっ」
「イルカ」
「ずるいっ」
「愛してる」
 縒りを戻して初めて言われた。
「ばか…」
「イルカ先生ぇ」
「俺も愛してますから」
「からってなんですかぁ」
「あ、ああっ」
 カカシがグルリと腰を回した。
「ふっ も、もう無理」
「あした、休んで」
「だ、だめ」
「ねぇイルカ先生、俺のこと…」
「?」
 そこで言葉を切って黙ってしまったカカシを訝しく見上げると、そこには唇を噛んだ苦しげな顔があった。
「カカシさん?」
「最初にイルカ先生にキスした時、誕生日に託けた。 俺、本当はイルカ先生、しょうがなく俺と付き合ってるんじゃないかって…」
「バカですね」
「うう〜〜〜〜」
「俺、あなたが好きです。 多分、最初に会った時からずっと。 好きで好きで堪りません。 好きだからあの時逃げました。 あなたの将来を壊すのが俺になったらどうしようって、恐かった。 あなたのした事を知った時も、ショックだったけど、でも好きだったんです。 どうしようもなかった。 自分がおかしかった。 バカだと思いました。 夜になると、あなたを思って体が疼きました。 俺は…、あ、ああっ」
「続けて」
 ゆっくり律動を再開して、カカシはうっとりと見下ろしてきた。
「俺は、あなたが、あなたに…」
「俺に?」
「紅さんや、アスマさんが居て、だから、ああっ  お、俺なんか、居なくても大丈夫だって、思って、それで」
「それで?」
 カカシは、膝立ちになるとイルカの片足だけ肩に担ぎ、イルカの体を横向きにして更に腰を押し付けてきた。
「うあっ あ… ああ・・・ 深い、です、カカシさ…」
「もっと深く繋がるから。 それで?」
「あ、そ…れで、俺、哀しくて… う、うう、あ、そこ、や」
「哀しくて、どうしたの?」
 直角に交わると、信じられない奥にカカシの先端が当ってブルブルっと体が震えると同時に熱くなった。
「あ… う…」
「すごい、イルカ先生、また勃ってきたよ」
「あうっ」
 カカシがそこを握った。 そして先端の滑りを全体に塗りこめるように大きくゆっくり扱きながら、腰を波打たせる。
「あ… ああ… た、たすけ、て…」
「哀しくて、それでどうしたの? イルカ先生」
「死んじゃう、カカシさん、だめぇ」
「どうしたの? 俺から逃げて、あの後どうしたの?」

 イルカ

「あ、あなたを、愛してるって、気付いた…」

 律動
 激しい
 たすけて
 苦しい
 ああ
 ああ
 あああああ

「カ…カシィ」
「イルカ」
「カカシ、カカシ」
「俺のイルカ」

 あああーーーーっ

 目の前が真っ白になった。
 出会いは不思議。
 名前を呼ばれただけで、絶頂に導かれる。
 出会いは不思議。
 体の中で弾ける熱さまでもが愛おしい。

 父さん…

 何故か、父の笑顔が脳裏に瞬いて消えた。
 カカシの逞しい腕が自分を掻き抱き、接吻けられて
 後は覚えていない。




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