バヨリン
-Violin-
10.Agnus Dei(神の子羊)
「あっ ああっ ね、ねねねねね、わわっ」
「おい、この恥ずかしいオッサンなんとかしろよ」
「いやよ、あんたが連れてきたんでしょ、あんたがなんとかしなさいよ」
「俺がこんなの連れて来る訳ないだろッ! おまえが連絡したんじゃねぇのか?」
「それこそする訳ないわよっ」
「あーーーっ」
ガラスにへばり付いて奇声を上げる金髪碧眼の、オヤジと言うには少しばかり若いこの男に、自分達は先程からずっと振り回されてほとほと疲れていた。 この”狼少年”に、最初の裡は一々付き合って一緒にガラスにへばり付いてしまったのだ。 だが今はアスマ共々他人の振りをしている。 もう遅いとは重々承知の上で。
「あ、ああ、またあんなことっ ねぇねぇ紅ちゃん、見てよっ」
「ちゃん言うなっ」
「いたっ 痛いなぁ、紅ちゃん、なんか怒ってる?」
「もう、どうにかして」
「先生、いい加減座ってくれよ、悪目立ちし過ぎだよ」
「アスマ君、煙草、吸いすぎだよ」
「話きけよっ くそオヤジッ」
「って、ああああッ カカシ君ったら土下座!」
「ナニ?!」
「どれどれ」
うっかり二人してまたガラスに張り付いた。 バカみたいだがもうどうとでもなれだ。 下のカフェのテラス席には、カカシとイルカが向かい合って座っていた。 もう小一時間ほど話をしている。 自分達二人は、事務所が近いこともあり、カカシが一人で待っていた時からこの特等席で見物を決め込んでいたのだが、途中イルカが現れたと同時にこのアホオヤジがこの喫茶店に乗り込んできて勝手に同席してしまったのだ。
「なんだ、ただテーブルに手ぇ付いてるだけじゃん」
「ありゃあ土下座とは言わんぜ、先生」
「でも、だって、カカシ君が、あのカカシ君が人に手を付くなんて!」
「まぁな」
「有り得ないわよねぇ。 でも、イルカちゃんには違うのよ、せんせ」
ほら、ちょっとは落ち着いてコーヒーでも飲んだらどう?と取り敢えず言ってみるがほとんど放置だ。 言っても無駄だと判っている。 この金髪男のカカシ・ラブ振りは病気と言っていい。
「ああッ 手、手握った! カカシく〜ん、そこだ、がんばれッ」
「手握ったって? じゃあもうすぐ終わるな」
「ふぅーッ やっと収まるのね。 長かったわ、なんだかんだで」
「これでヤツも正気に戻るか」
「ダメよッ 暫らく呆けて使えなくなるって思ってた方が正解ね。 イルカちゃんも受難よねぇ」
「あ、あれ、あれあれあれあれ、どっか行くよ、ねぇ紅ちゃん、ふたり、どっか行っちゃうよ」
「あら」
「ほほー」
「手引っ張っちゃって、か〜わい〜わね〜」
「イルカのヤツ、顔真っ赤だぜ」
「ねぇねぇ、どこ行ったの、ねぇ、何しに行ったの? あの二人仲直りできたの?」
「できたでしょ、じゃなきゃあのイルカちゃんが手なんか握らせるもんですか」
「仲直りしたらやるこたぁ一つだよなぁ?」
「そうよねぇ」
「態々自宅のそばで待ち合わせした甲斐があったってもんだぜ」
「まったくねぇ」
おっほっほっと口元に手の甲を当てて笑ってみたが、誰も突っ込んでくれないので仕方なく金髪オヤジを振り返ると、カカシの養父は呆然として二人が去った後のカフェテラスを眺めていた。
「………」
「あら、珍しくショック受けてるわ」
「おい、せんせ、せーんせ、大丈夫かぁ?」
「カカシくん…」
「もうアイツも25だぜ。 そろそろアンタも子離れしろよ」
「そうそ、結局また海野さんに負けたのよ」
「なぁに、それ? 紅ちゃーん」
「ふんッ」
みんな知ってるんだから、と睨んでみても、このお惚けオヤジは碧い目を潤々させるばかりだった。
・・・
灼熱の肉棒が容赦なく穿たれ、それぞれが意思を持ってでもいるかのようにカカシの両手が体中を這い回る。 握らないで、扱かないで、そんな風に先を抉らないで。 嚢を揉みこまれる辛さに身悶えしても、乳首を抓られる痛みに苦痛の声を上げても、中で暴れまわるカカシの熱が何もかもを飲み込み、攫っていってしまう。 ドクドクと体の奥に注がれるカカシの熱情。 それに背を震わせて喘ぐと、カカシはまだ萎えない自身を強引に引き抜き、代わりに指を突っ込んできた。 グチグチと粘液質の音が後ろからする。 いやだ、掻き回さないで、そこ押さないで、それ以上奥はいやだ。 懇願、哀願、そして唯の嬌声。 ああ、ああ、と自分の声が広い部屋に反響して、とても居心地が悪かった。 背中を押さえつけられ、ただシーツに伏せて手元の布を掻き毟り噛み締め、カカシのもう片方の手が自分の中を犯すのに満足する時を待ちながら啜り泣く。 肩のカカシの手が離れたと思った瞬間、両手で尻を鷲掴まれ開かれて、またカカシが入ってきた。 ひくりと喉が鳴ったが声は出ない。 太い、苦しい、熱い。 幾らも埋まらない裡にカカシの手が腰の両側に掛かった。
「いやーっ」
自分の叫び声が部屋中に木霊した。 カカシの部屋、広く高い天井、大きなベッド。 ずずずずっと奥まで入り込む強烈な圧迫感。 間髪を入れずに襲ってくる注挿による摩擦の衝撃。 ガクガクと体が揺すられ、目の前のシーツを必死で掴む。 グルリと大きくカカシが腰を回すと、一瞬の自分の体が浮くほどだった。 徐にカカシの片手が前に回り、イルカを強く掴んでゆっくりゆっくり扱き出す。 激しく早い突き上げと非同期のその動作に、イルカは呼吸をするタイミングをすっかり乱されて喘いだ。 嫌だ離してと泣き叫んで体を捩る。 その度に中のカカシを締め付けるのか、カカシも何回もイルカの耳元で呻き声を上げて体を震わせた。 背中越しに感じるカカシの腹筋の痙攣。 ああカカシが感じている。 そう思っただけで体温が上がり、アナルの中がザワザワと顫動した。 そしてカカシが呻く。 その繰り返し。 だが、荒く続けていた呼吸の所為なのか、カカシの激情の所為なのか、頭の中でチリチリと音が鳴り始め意識が薄れだした。 すると中にカカシを受け入れたまま体が反転させられた。 片足の足首を乱暴に掴まれ持ち上げられて、四つに這わされていた足をガバッと開かされ、そのままグルッと捻られる。
「うあっ あ、あう、うう」
中の襞が捩れる感覚に激しく全身を引き攣らせ、イルカは果てた。 達した余韻に震えているせいか、仰向けになって返って気道が狭窄したのか、呼吸が苦しくて胸が大きく上下する。
「…カ、イルカ」
朦朧とした意識の隙間を縫うようにカカシの呼び声が耳に届いたが、反応する事はできなかった。 途端にパンッと頬を張る衝撃に脳が揺すぶられ、目を見開くと、すぐ目の前にカカシの顔があった。
「舌出して」
なに?
何をどうしろって?
「舌、出して、 出して!」
何が何だか判らないままカカシに向かって舌を差し出す。 それをカカシの舌が向かえ、空中で一頻り互いの舌を舐め合った。 いやらしい。 いやらしい音、いやらしい感覚。 あらぬ所で繋がるよりも数倍いやらしく感じるのは何故だろう。 唾液が垂れて顎から首まで濡らしていく。 汗まみれのイルカだったが、それでも互いの交じり合った唾液は粘性が高いのか違った感触をイルカに与えながら這うように流れていった。
「うん、ん、んん」
イルカは取り付かれたようにカカシの舌に自分の舌を絡めた。 だるい腕を上げてカカシの首に縋り、もっともっとと接吻けを強請る。 だが主導権はカカシにあり、上から覆い被さるようにイルカの唇まで齧り付き、舌を吸い上げ、口中を荒らしまわるカカシの舌に翻弄されて、イルカはまた朦朧としてきた。 すると体の中の楔がズンと奥を突き上げる。 そしてそのまま律動が刻まれ、徐々に激しさを増し、併せた口元で歯がガチッガチッとぶつかり合って鳴った。 汗で滑るカカシの肩に必死で縋る。 一際強く深い突き上げと共にカカシの呻き声が耳元であがり、ドクッドクッと脈打つカカシ自身を感じた。
「熱い」
カカシが呻く。
熱いのは自分だ。
中に放たれたカカシの激情が熱い。
「イルカ」
顔を上げて覗き込んできたカカシが名を呼び、片手で顎を掴まれて荒い接吻けが与えられた。
「イルカ」
口を離す度に名を呼び、更に激しく貪れらる。 首の後ろに腕を回されガッチリ固められると、互いの体が隙間無くくっついて心地よかった。 中にはまだカカシが居る。
「カカシ…」
次に口が離れた時、今度は自分が名を呼んでみた。
声は掠れて吐息のようだった。
その瞬間、ドクリと脈打つ存在が質量を増し、首筋でカカシが唸った。
「イルカ…、壊されたいのか」
見上げると、燃えるようなカカシの色違いの双眸と出会う。
自分の返事が待たれる事はなかった。
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