バヨリン
-Violin-
3.Viola
コンコンコン ケホケホケホ
咳が止まらなかった。 発熱した体で咳をすると、体力が奪われて辛かった。 イルカはオーディションの帰りで、一人電車に揺られていた。
外は雨が降っていた。 冷たい雨。 傘を持っていなかった。 オーディションはまた皆だめだった。 ひとつは最終審査まで残ったのだが、やはりだめだった。 両手に荷物をいっぱい掛けて道を急ぐ。 今日は水曜だからカカシは居ない。 でも雨に濡れるから小走りに歩いた。 11月に入っていた。
熱は一昨日あたりから徐々に高くなり始めていた。 もう扁桃腺は胡桃のようになっており、何も喉を通らなかった。 痛くて、唾を飲み込む時でも一大決心が要る。 咳も先週からずっと止まらなかった。 胸がヒューヒューと隙間風のように鳴る。
苦しいな
早く家に帰ってベッドに潜り込んで眠りたい。 父の形見の濃紺のダッフルコートが雨に濡れ、ドッシリと重たくなっていた。 はぁはぁと短く浅く呼吸をし、家の玄関が見えてきた時は熱で頭がぼーっとしていた。
あともう少し
あともうちょっと
玄関の鍵を開け、濡れたまま廊下に雪崩れ込む。 急に気が抜けてその場に座り込むと、もう体は動かなかった。
鍵を掛けなきゃ
だがユラユラと視界がぼやけ出し、そのまま意識が無くなった。
・・・
気がつくと、自分の部屋のベッドに居た。 頭には濡れタオルが乗っている。 イルカの家は古い借家だったが、メゾネット・タイプの洒落た造りで、1階にはお稽古場にしている居間と台所、2階にはイルカのベッド・ルームと簡易バスルームがあった。 自分で階段を登った覚えが無い。 着替えた覚えも無かったが、ちゃんと自分のパジャマを着ていた。
「目が覚めた? イルカ先生」
カカシの声が聞こえた気がした。 声の方に頭を巡らそうとするとズキリと芯が痛んで思わず顔を顰める。
「辛い? だいじょうぶ?」
「カ…」
目の前に顔を突き出してイルカを覗き込んできた人の名を呼ぼうとして息を吸い込んだ途端、ヒュッと喉が鳴り激しく咳き込んでしまう。
「ゲホッゲホッゲホッ」
「喋らないで、少しうつ伏せて」
カカシはそう言うと、イルカの肩を掴んで体を反転させ、背中をそっと擦ってくれた。
「心配で見にきたんです。 そしたらイルカ先生、倒れてるんだもん、俺」
カカシの声が泣きそうだった。
「隣のおばちゃんに聞いて、近所のお医者さんにも来て看てもらいました。 イルカ先生、あんまり無理しちゃだめじゃないですかぁ」
先生がかなり過労しているって言ってましたよ、とベッド際に蹲ってイルカの手を握ってきた。 カカシの手は冷たくて気持ちよかった。
(ごめんなさい、ありがとう)
そう言ったつもりだったが声が出なかった。 息だけの声だったけれども、カカシには聞こえたようだ。
「許しませんよ! イルカ先生。 今日から暫らく俺が看病しますからね」
(だめです、カカシさんだって仕事が)
「しのごの言わないっ」
カカシは本当に怒っているようだった。
それから三日三晩、カカシは泊り込みでイルカの世話をした。
・・・
「や… い、いやぁ… あ、うん…」
カカシの手淫は容赦がなかった。 元々淡白な上に病み上がりの体なので反応の兆しのないイルカに焦れて、カカシはあろうことかアナルに指を潜り込ませてきた。 それだけでも信じられないのに、体の中のある箇所をカカシの指に押されると、体が自分の意思を離れてビクリと引き攣り、カカシの手の中の自身もピクリと反応しだしてしまった。 後はなし崩しだった。 カカシは、我が意を得たりとイルカを嬲り、何度も達かせられて喘がされた。
「カ、カカシさん、もうやです、うん、ん、やぁ」
「イルカ先生、声が掠れてて色っぽい」
カカシの声が興奮を伝えてきた。
「あッ な、なに、や、やめッ」
ネロッと生暖かい湿ったものに自身を包み込まれて愕然とする。 カカシがイルカを口に含んで吸い上げていた。 手とは違う圧迫感と触感に体が震える。 信じられなくて恥ずかしくて、イルカは両手で顔を覆って身悶えた。
「んんー、んーー、んっ」
ゴクリと嚥下する音が耳をも犯す。
信じられない…!
こんなこと、こんなこと…
どうして
どうしてこんな事になってしまったのか。 それは、カカシの執拗な接吻けのお強請りにイルカが負けて、でもカカシに病気を移したくなくて、口以外ならキスしてもいいと言ってしまったからだった。 カカシはこの所、唇だけでなく頤や首筋にまで唇を這わすようになっていたので、そんなつもりだったのだ。 だが、カカシはニィと笑って「ほんと?」と聞いた。 体を拭いてくれていた時だった。
最初は頬や耳の辺りだったのだ。 それが首筋を辿り、鎖骨を舐められ、パジャマの前を開かれて乳首にペロリと舌を這わされた時、イルカはさすがに制止の声を上げた。
「カ、カカシさん、なにを?」
「口以外にキス」
「でも、でも」
「イルカ」
急にカカシが雄の顔をして名前を呼び捨ててきた。 心臓がドキリと大きく打つ。
「愛してる」
言うなりカカシは無言でイルカの体中に唇と舌と指を這わし始めた。
お風呂も入ってないのにと、もう少し待ってと訴えた。 だがカカシは止めなかった。 恐い、やめてと懇願したが、前のように怯んだりしなかった。 その裡イルカの方が、意味のある言葉を紡げなくなり、ただ喘ぐばかりとなってしまった。 カカシの片手がイルカを掴み、もう一方の手がアナルを犯す。 もう何本指が入ってるかなんて判らなかった。 ただ叫ぶように喘ぎ、啜り泣き、身を捩った。
「イルカ、愛してる、全部欲しい」
ズルッと指が一気に抜けていき、背筋がヒクッと仰け反った。
「あうっ うう、あ、あ、ああ…」
硬く、熱く、太いものが宛がわれ、ゆっくりゆっくり体の中に入ってくる。
「う、うん」
「痛い?」
コクコクと頷くが、カカシは身を進めることを止めない。 限界まで開かされた腿を掴む手は、今度はイルカの腰を掴んで揺すり上げてくる。
「あー、あ、あーー」
「イルカ、イルカ」
手が肩に達し、ぐぐぅっとカカシが身をイルカの上に沈めた。 そしてやっと動きを止めた。
「あ、はっはっ んん」
「やっと、やっと俺のものにできた。 イルカ、愛してる。 全部俺のモノだ。」
「カ…カシ、さん」
目は涙で滲んでよく見えなかった。
「イルカ」
ぐっと首の後ろに腕を回され、隙間無く抱き締められて接吻けられる。 激しく、何もかも奪い尽くそうとするように貪られた。 そしていきなり体の中を抉られた。
「う、んんーっ」
口を塞がれたままぐっぐっとカカシの律動が体の奥を抉り、突き刺し、突き上げる。
苦しかった。
女のように男に足を広げ、体の内部を男の象徴で犯されて、甲高い甘えたような喘ぎ声を自分が上げている事が信じられなかった。
自分の上で「愛してる」と言う言葉と名前を熱病に侵されたように何度も繰り返し、身体の中を縦横無尽に突き荒らすカカシが、恐かった。
言い知れない快楽の波が、自分の内から湧きあがってくるのが
恐かった。
・・・
「せっかく治ってきていたのに、また熱がぶり返しているじゃないか。 カカシくん、何か無理をさせたのかね?」
往診にきた近所のお医者さんが首を捻る。
「バイオリンの練習を、ちょっと…」
カカシが黙っているので、自分で慌てて言い訳をした。
「声もまた枯れてるし。 イルカちゃん、もう無理しちゃいけないよ」
「はい」
初老の町医者は白い髭を頻りに弄りながらアレコレと注意を繰り返し、お薬を出していってくれた。
「イルカ先生」
先生が帰るとカカシが難しい顔をしてベッドの端に座る。
「俺とこうなったこと、後悔してる?」
「いいえ」
正直、体中の関節が軋み、カカシを受け入れた場所も疼くように痛んだ。 熱も出て体がだるい。 でも後悔はしていなかった。
「でも、知られたくはないんだね?」
「カカシさん…」
さっき先生に言い訳したことを詰っているのだろう。 カカシの眉が寄っている。 悲しい時、心に引っ掛かる事がある時、カカシはこういう顔をよくした。
「もし生徒さんの親御さん達に知れたら、きっともうここへは来させないと思います。 俺、子供達にバイオリン教えるの、好きなんですよ。 止めたくない。」
「わかってます。 ただの俺の我侭です。」
カカシはそう言うと、優しく髪を梳いてくれた。
それから、木曜の晩にはカカシが泊まっていくようになった。 いつもは”イルカ先生”と呼び礼儀正しく優しいカカシが、ベッドに自分を呼ぶ時、ベッドの中で自分を愛してくれる時には”イルカ”と呼び捨てる。 その時の荒々しさ、猛々しさがまだ少し恐かったが、同時に心臓をぎゅっと握られるような感覚を覚え、ドキドキと高鳴ってイルカ自身の高まりを伝えてくる。 こんなに求めてくれる人は今までいなかったから、イルカもそれに応えたかった。 お稽古は、それでもなんとか続けていた。 カカシはどうかするとずっと引っ付いていたがったけれども、カカシさんと合奏するのが楽しいから、と言うと付き合ってくれた。 時々、町へ連れ立って夕食の買い物に行く事もあった。 町の人達には、仲がいい兄弟のようだと言われるようになっていた。 ずっと一人ぽっちだったイルカの事をよく知る人達は、いいお友達ができてよかったねぇと、言ってくれた。 それに少しだけ後ろめたい気持ちになりながらも、イルカは嬉しかった。
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