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「イルカ先生の嘘吐きっ 日本人だってゾンビみたいなヤツ居るじゃないっ チャカとかドスとかもーっ 訳わかんないっ お気軽に発砲してくるわ日本刀振り回すわ、肋折ったくらいじゃ全然平気だし、喧嘩慣れしてるし、顔恐いし、もーっ やんなっちゃうっ!!」
もう間に合わないかとすんごく焦った。 だって、思いの外頑張って抵抗してくる一団が居て、中々通してくれなかったのだ。 後で、それがヤクザ屋さん達なんだって聞いた。 おーっ あれが彼の有名なヤクザ屋さん! ジャパニーズ・マフィア! 頬に傷が有るだけじゃないんだな。 イルカ先生は「マフィアとは違います、極道です」って言ってた。 なんか”道”があるらしい。 でも、あん時ぁそりゃあ焦ったんだ。 だからイルカ先生の顔見るなり思わず愚痴っちゃった。 もう一瞬遅ければ、彼はトリガーを引いて、あの糞爺の頭を吹っ飛ばしてしまっていただろう。 1弾だけ彼に許した自分の所為ではあるのだけど、悩んだ挙句の選択だったのだ。 イルカ先生の持ち銃シグは、誤動作の少ない良い銃だ。 デコッキングすればチャンバーに装弾されたままでも懐に入れて持ち歩けるほど、安全装置の信頼性も高い。 雇い主が雇い主なので、相手が銃で武装している事は十中八九確実だったが、かと言って弾丸を回収している暇はないだろうし、彼の銃はなるべく使って欲しくはなかった。 彼の顔付にも、1発有れば足りると如実に決意が現れていた。 もし彼が、途中でシグを使わなければならないような事態に陥ったら、なんとしてでも駆けつけるつもりでいたし、そんなこんなでギリギリ目を瞑った1弾だったのだ。 自慢じゃないが、耳は良い方だ。 因みに目も鼻も良いんだけどね、えっへん。 案の定シグの銃声は一度も聞こえてこなかったが、他の銃声が何発かしたので居ても立ってもいられなかった。 いろんな意味で間に合ってよかった、と心底ほっとして改めて彼を見たら、ポカンと俺を見上げて固まっていた。
「イルカ先生?」
肩を掴んで揺すろうとしたら、彼はビクッと大きく跳ねて、俺から1・2歩後退って離れた。 顔が紙みたいに白かった。 しまった、この状況ってまた俺が彼のこと裏切ったみたいな感じになっちゃってないか?
「カカシっ 早くそいつを捕まえろっ いや、殺してしまえっ 早く!」
「うるさいよ」
ドウッ ドウッ ドウッ
みーんなコイツの所為だっ とデザートイーグルを取り出して、俺が来てからずっとガタガタ煩く喚いている元クライアントの糞爺の顔のすぐ横辺りの壁に、44マグナムを3発撃ち込んでやったら「ひぃ」と悲鳴を上げてやっと大人しくなった。 別に頭に撃ち込んでもよかったんだけど、それはやっぱりイルカ先生の了解を取らないとな、と思ったんだ。 だって、5年間もこの爺を殺すことだけ考えて生きてきた彼の最後の美味しい瞬間を、勝手に横取りしちゃあ拙いもんね。
「な…なにするんです!」
イルカ先生は物凄い吃驚した顔をして、後退った分飛びつくように俺の側に来てくれた。
「撃っちゃダメですっ」
また逃げられる前に取り敢えず捕まえとこうかな、と手を伸ばしたら、今度は凄い怒った顔して怒鳴った。 声はなんだか掠れていたし、唇も震えていたみたいだったけど、俺のこと非難しているのは一目瞭然だった。
「えー、殺してないよぉ なにがいけないのー」
「だめ、判らない」
一応気を使ったつもりだったのに怒られたので、不服を申し立てたんだけど、イルカ先生は頻りに首を振って俺のこと遮るから益々ぷーと膨れていると、今度は自分の右耳を指して何か手振りで訴えてきた。
「今、こっちの耳聞こえないから、ゆっくり喋って、こっち側で」
「え? 聞こえないって…… うー撃たれたのっ?!」
今度こそ彼の両肩をガシッと捕まえていた。 真っ直ぐ顔を覗き込む。 右頬に火薬の痕が薄っすら散っていた。 ショックで頭がふらふらした。
「痛っ」
「怪我は?!」
「ないっ 無いです。 でも鼓膜が」
「こまく…って耳?」
---イルカ先生が撃たれた…
俺の知らないとこで。 死んでたかもしれない。 怒りが込み上げてきた。 顳がドクドクと脈打つ。 足とか腕とか、一応覚悟はしていたつもりだったのに、現実に顔の間近で撃たれた彼を目の前にして頭に一気に血が登った。 目を見開いて俺の顔を凝視している彼の顔が目に入る。 俺、今どんな顔してんだろう。 怯えているのが判ったけど、どうにも収まらなかった。
「…どいつ? どいつが撃ったの? アイツ?」
物凄い低い声が出た。 部屋の入り口に倒れている黒服の男を指差すと、彼はふるふるっと首を振ったので、じゃあこの糞爺かっ と思った時にはもう銃を構えていた。
「こ…んのファッキンじじぃがぁっ よくもイルカ先生を撃ってくれたなぁぁっ!!」
ドウッ ドウッ ドウッ ドウッ
怒りで我を忘れるってあるんだな。 気がついたら、さっきとは反対側の爺の顔のすぐ横の壁に向けて44マグナムを4発撃ち込んでいた。 すごい、俺! 頭に撃ちこまなかったよ! 偉いよ俺! 爺はクタっと失神した。 ついでも失禁もしたらしかった。 ムカッときて残りの1発を股間に撃ちそうになったのを、やっとの思いで我慢した。 コイツを殺る時用に取っとかなきゃいけない。
「やめてっ 止めてくださいっ カカシさんっ」
呆然としていたイルカ先生が、ハッとしたように俺の腕にしがみついてきた。 顔が必死だった。 恐いの我慢してる感じありありで、俺もハッとなった。 ドードー、落ち着け俺。 イルカ先生、恐がってるじゃないか。 それに、コイツの魂を取るかどうかはイルカ先生が決めることだ。
「ごめん、つい」
「アナタの銃使ったらダメじゃないですかっ」
---え? そこ?
そこなんだ。 色々葛藤して我慢したっていうのに、イルカ先生ってやっぱ想定外だ。
「あ、これね、いいのいいの。 この糞爺に用意させた銃だから」
「え? アナタの銃じゃないんですか?」
「ち、違うよ! 俺の銃じゃないよ! やだなーもーっ」
冗談じゃない。 こんな銃、ガン・マニア向けのコレクターズ・アイテムみたいなもんだ。 重いしデカイし反動大きいし、37口径ならともかく実戦向きじゃない。 そりゃあ俺は片手で撃てるよ?撃てるけど、もっと使い易い銃使うもん。 この爺が何をトチ狂ったかこんなの寄越したんだ。 糞ガン・マニアめっ 何勘違いしてんだまったく。 イルカ先生に妙な誤解されちゃったじゃないかっ もーっ 恥ずかしーなーっ
「この銃から足が付くとしたらこの爺さんだからね、最初っからどっかそこら辺で撃っちゃうつもりだったんだ。 だからイルカ先生も、撃つんだったらこっちで撃ってね。 あと一発残ってるよ。 見た目ほど反動来ないから、両手できちんと構えて至近で撃てば大丈夫、当たるよ。」
恥ずかし紛れに早口で捲くし立てて、はい、とイルカ先生に銃を手渡すと、イルカ先生はまたポカンとして銃と俺の顔を見比べた。
「あの…」
「でも、その前に俺、聞きたいことがあるんです」
イルカ先生は両手でデザートイーグルを握ったままコクンと頷いた。 いや、ただ唾を一回飲み込んだだけかもしれない。 でも、そのまん丸に見開かれた両目でじっと見上げて、俺の言葉を待ってるみたいだった。 ねぇイルカ先生、返答によっては先生の代わりに俺が殺る。 どんなにブーブー言われても、暴れられても、最悪アナタを縛ってでも俺が…
「イルカ先生さー、コイツ殺ったらその後自首するつもりでしょ?」
「あ、当たり前ですっ」
「やっぱりー。 じゃあサせらんなーい。 俺が変わりに殺ったげる。」
「なに言ってるんです?! この人を殺ろうが殺るまいが、ここまでシタんですから自首はしますよ、俺はっ!」
「ええーーーっ?!」
なにそれなにそれ?!
「なにそれ?! コイツ殺んなきゃいいじゃん別にぃ」
「怪我人も出しました。 住居不法侵入も、それから窃盗も。」
「そんなのいーじゃーんっ」
「だめですっ」
「じゃ… じゃあ俺はどーすんの?! 俺のことどーしてくれんの!! 一緒に居らんないじゃんっ!!」
「アナタが…その…セックスしたいなら、自首を何日か後にしても」
「そんな事言ってんじゃないよっ!!!」
だ、ダメだ、止まんない。 イルカ先生に怒鳴っちゃう。 イルカ先生、また目を丸くして驚いてる。 また恐がらせちゃう。 でも、でも、だってイルカ先生が俺のこと置いてっちゃうって…そんなの…
「そんなのヤダもんっ さっき、俺のお願い聞いてくれるって言ったじゃんっ イルカ先生の嘘吐きーっ」
「あの…でも、捕まる前に自首したいですし、できるだけお付き合いはしますけど」
「自首を止めてって言ってんのーっ」
「それはできませんっ」
「だ、だったら俺も自首するーっ!!」
「はぁっ?!」
イルカ先生も俺と同じくらい声を張り出した。
「な…なにバカなこと…、アナタが自首しても同じ監房に留置されたりしませんよ絶対っ それにアナタの場合、唯じゃあ済まないでしょう?」
「うっ… そうだよ、唯じゃ済まないよ。 俺、俺、きっと本国に送還されちゃう… そんで禁錮300年とか言われちゃうんだ。 もう一生イルカ先生に会えなくなっちゃうぅ うううう〜っ」
想像しただけで滂沱の涙が溢れ出た。 でも、イルカ先生が自首しちゃうんなら俺だけ逃げても同じことじゃないか。 イルカ先生だけ塀の中なんて嫌だ。 絶対いやだーーっ
「いいです、もー、ぐすんっ 俺、300年監獄の中からアナタを想って暮らしますぅ。 そんでパパラッチが来たら「イルカ先生、アイ・ラブ・ユーッ」って叫んでやるっ」
「パ?」
「パパラッチ」
「な、ななななんでパパラッチ?」
「前にー、休暇のとこパパラッチされたんですぅ。 俺が捕まったら絶対取材に来るって言ってたもん。」
「…はぁ」
「パパラッチだけじゃないよっ 俺、結構有名人だから世界中からTVの取材クルーとか来るもんね。 そんでインタビューとかされちゃうんだもん。 BBCとかー」
「BBC?! BBCは来ないんじゃ」
「来るもんっ! イギリスのパパラッチだったからきっと来るっ BBCだけじゃないよ、ABCもCNNも来るもんっ そしたら俺、「イルカ先生、愛してます」って言うもんっ そんでいつかアナタの耳にも入って、俺がいつもいつまでもアナタのこと好きだって判ったら、アナタもちょっとは俺のこと思い出してくださいねーっ うう〜〜っ」
「いや、来たとしても囚人に直接インタビューなんてできないんじゃ」
「そこなの?! 突っ込むとこソコ?! 酷いよ、イルカ先生。 弁護士が居るもんっ そのくらい出来るもんっ」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ…い、いやいやいや、そういう話じゃなくって」
「そういう話だよっ! 俺、絶対言うもんねっ 世界中に言ってやるぅっ RTR(ロシア、エル・テー・エル)にもF2(フランス、ドゥ)にもTVE(スペイン、テー・ベー・エー)にも、そだ! 日本で捕まったんだもんきっとNHKも来るよっ 「日本の海野イルカ先生のこと想って一日10回オナニーしてます」って大声で」
「わ、判りましたっ!!」
判りました、逃げましょう。 イルカ先生はそう言った。 さぁ早くって。 顔が真っ赤だった。 日本語で言うところの「二つ返事」ってこんな感じ?と、感慨深かった。 遠くでサイレンの音がしてた。 爺のことはすっかり忘れてた。
・・・
イルカ先生は本当に自首する以外に考えてなかったみたいで、その後はまるで頼り無い子供みたいだった。 耳が不自由だったこともあってか、俺に言われるがままに旅券だけ持って、手を引かれるがままに付いて来た。 耳の方は、思ったより大したことはなくって、3日くらいで元に戻った。
「あの、着替えの服とか、歯ブラシとか」
「いいですよ、そんなもん」
向こうに着けば俺のがあるし、熱帯だし当分服着せる気無いし。
「あの、でも俺、学校の仕事とか全然…どうしよう…」
「大丈夫だいじょーぶ、アスマが何とかしてくれますって」
今更なに言ってんですか、自首したら同じでしょうに。 まったくもー、かわいんだからv
「あの、カカシさん、俺…」
「大丈夫、俺が居ますよ、ね?」
あーこの台詞、言いたかったんだー。 もーチョー感激っ イルカ先生、頼りなーく俺のこと見上げて、コクって頷いた。 あーんっ か・わ・い・いーーっ 今すぐこの場で押し倒しちゃいたいっ
「イ、イルカ先生、ちょっと黙ってて、お願い」
もうこれ以上はダメ、我慢の限界。 ついこないだまでちゃーんと我慢できてたのに、一回線越えちゃうとダメなんだ全然我慢できないほんと男ってバカ。 でも、イルカ先生の為だ。 できるだけ顔見ないようにして、なるべく声も聞かないようにして。 とにかくアッチに着くまで我慢がまん。 そう念じて数時間。 途中、偽造旅券とかも調達しなくちゃならなかったし、実弾(現金)も用意しなくちゃだったし、かなりモドカシイことになっちゃったりしてたけど我慢した。 なんて偉いんだ、俺。 でも、その間イルカ先生に対する態度がちょっと無愛想すぎたみたいで、何か勘違いされちゃったみたいで、彼はすっかりしょ気て落ち込んでいたらしかった。 これも後で聞いた。 ごめんね、イルカ先生。 俺、頭ん中煩悩でいっぱいで、気が回んなかった。 それに、着いた途端ベッドに連れ込んで我慢した分爆発するみたいにヤっちゃったから、失神したイルカ先生を抱いてシャワーした時、気がついた彼にすごくビクッとされて泣きそうな顔されて、それでやっと気付いたんだよね。 耳だって聞こえ辛くて不安だったろうに、優しくなかったかも。 う〜、ごめんっ ほんとごめん、許して。 でも…その泣き顔がかわいくって、シャワー浴びながらまたヤっちゃったんだけども、ね(汗)。
***
あー、思い出したらまた勃ってき…いやいやいや、泣けてきた。 そもそも俺、イルカ先生に一度も好きって言われてないんだもん。 俺は何回も好き好きって言ったけどさ、イルカ先生は胡散臭そうな顔ばかりだったし。 しょうがなくついて来たのかもって思ったら、恐くて聞けないしさ。 だいたい、最初のセックスってあれ、イルカ先生にとっては唯の色仕掛けだったんだもんな。 今だって俺が強引に迫っちゃうから拒めないだけかも… う〜(泣) でも、す、少なくとも嫌われてはないと思うんだ。 …けど、好きでもないかもって思うとやっぱり泣けてきちゃう…。
「うう〜」
誰も居ないんなら大声で泣いたっていいよな。 もう泣いちゃえっ だって、イルカ先生、居なくなっちゃった。 俺、置いてかれた…
「うわーーんっ」
「カカシさんっ」
その時バンっとドアが開いてイルカ先生が飛び込んできた。 吃驚して涙も引っ込んだ。
「カカシさん、た、たいへん… カカシさん?」
し、しまった、泣いてるの見られちゃった? ごまかせ、ごまかすんだ。
「泣いてたんですか? どうしたんですか?」
「な、なな泣いてなんかないよっ ちょ、ちょっと目が痛くって」
「目が? 左目? 大丈夫ですか?! 病院に」
「だい、じょーぶ、大丈夫です、ぜんぜん」
イルカ先生ぇ、帰ってきた。 うー、嬉しいよー(泣)。
「でも、目がすごく潤々してるし、まだ痛いんじゃ?」
「痛くないない、痛くないです。 それよりイルカ先生、さっき何かたいへんって」
「あっ そうだ!」
イルカ先生はハッとして手に持っていた白い封筒を上げた。
「こんなものが」
恐々差し出してきたその封書は、なんだかどっかで見たような気がした。
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