同居人求む
- RoomMate -
7
暗闇に溶ける黒装束で、風に髪を靡かせて遠くを見つめるその人を見た。
---同業者か
常人は決して立たない場所に立つその人は、次の足場までの距離とタイミングを計っているのか、じっと前方を見つめていた。 顔だけが白く夜空に映えていた。 引き結ばれた口元が固い意志を表しており、一点を見つめる双眸が確固たる目的を持って行動している事を物語っていた。 そして、ほんの一瞬しかそこに居なかったその人を、同じ高さに居る自分だけが見ることができた。
---なんて美しい
青臭いガキの頃でさえ感じたことのない感動を覚えた。 それが恋に落ちた瞬間だった。
Single, White, Male
「じゃあ俺、ゴミ出ししてそのまま出勤しますんで」
「はーい、いってらっしゃーい」
---くふふ、なんか新婚さんみたい、きゃっ
隣から隣へ引っ越して一週間。 頬は緩みっぱなし、鼻の下は伸びっぱなしだった。 あー幸せー。 イルカ先生、かわいいし、かわいいし、かわいいんだもん。 笑顔がもーチョーかわいいし、仕草も喋り方もラブリィだし、ほんのちょっとの事で赤面するし、1m以内で立って話してると、そう例えば台所で並んで料理とか洗い物とかしてると、顎がこうちょこっと上がってさー、見上げてくる瞳がちょっと潤っとしてて、唇が…う〜〜っ 10秒以上見詰め合ってるとキスしちゃいそうで危険だ、俺。
「さーて、洗濯物干しちゃおっかなー」
ふんふんー、ふんふんふんー、鼻歌だって出ちゃうぜ。 日本は湿気が多いけど、今の季節が一番過ごしやすいかもしれない。 梅雨に入ってしまうと後はもう高温多湿のモンスーン気候に「アジアだなぁ」と感じるばかりだから、今のうちに冬物を全部洗濯しておこう。 シーツも夏物に取り替えよう。 これからイルカ先生と二人、楽しいことばかり。 楽しいことばかりだ。
カカシはベランダで両膝を着くと、床に額が着くまで蹲って暫らくじっと涙を堪えた。 彼と暮らすことができて、天にも昇る気持ちだ。 今はこれ以上何も望まない。 ずっと唯のルームメイトでいい。 毎日彼の笑っている顔が見られればそれでいい。 クライアントには俺が側で見張っていると、探し物は引き続き捜索中、見つかり次第速やかに確保しますと、そう言ってずっとタラタラ待たせておけばいいんだ。 頬を濡らした涙を手で拭うと、微かにコンシーラの色が指に着いた。 しまった、直しとかなきゃ。 うっかり忘れて過ごしてたら、このまま夕方まで居そうだよ、俺。 カカシは立ち上がって自室へ行こうとリビングに足を踏み入れ、そこに居た人影に心臓が一瞬止まったのを感じた。
「イルカ先生…」
「あ、カカシさん、俺ちょっと忘れ物…しちゃって…」
---見られた!
彼の見開かれた黒い目が、止まった心臓を更に突き刺し、抉り、引き裂いた。 カカシは慌てて左手で目を覆ったが、もう何もかも遅いことは明らかだった。
「ご、ごめんっ 吃驚した? 昔の傷なんです、気にしないでください」
「あの…俺…」
「勘違いしないで、別にヤクザじゃないよ、俺」
「いえ、そんなことは」
「小さい頃不注意で怪我しただけなの、コレ。 ほんと、もう痛くも痒くもないんだけど、見た目アレでしょ? みんな恐がるから普段は化粧で隠してるの。 あの、恐い?」
「いえっ ぜんぜん。 ただちょっと…驚いて」
俺こそごめんなさい、とイルカは軽く頭を下げて飛び込むように自室へ消えた。 彼の部屋はこのリビングの隣合わせにある。 しばらくバタバタと音がして、何かを手に持ったイルカが再び姿を現した時はもう、いつものイルカだった。
「すみません、驚かせて」
「いえ、全然。 カカシさんこそ気にしないでくださいね。 俺も気にしませんから。 やだなー、カカシさんがヤクザさんだなんて思いませんよ!」
じゃあ俺急ぎますから、と彼はいつもの笑顔で再度出て行った。
彼の辛い過去も知っている。 彼の日本人離れした経歴も知っている。 彼がしようとしている事も知っているし、それが非常に困難で危険な道程な上に、最後に掴むものが決して安穏とした幸せではない事も知っている。 そして、自分が彼の前に立ちはだかる最後の壁だという事も、重々承知している。 彼が俺という障害をどういう風に退けにかかるか、それもだいたい想像できる。 そんな形では決して得たくは無い人。 一緒に居るだけで幸せな人。 俺はただ、できるだけ長く、このささやかで幸せな時間を彼と二人、できるだけ長く…
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