同居人求む
- RoomMate -
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「っ痛っ」
ゴツっと壁に頭をぶつけて思わず呻き声が出た。 深夜の侵入者に誰何した直後のことだった。 突き飛ばされ、暗闇の中で揉み合いになり、ガタガタと机上の物や棚の本が落ちる。 ちゃんと部屋の鍵してたはずなんだけど、まったくミズキのヤツ、ピッキングまでできるのか? 用心して出かけずに居てよかった。
「やめろっ ミズキッ」
「くそッ なんで今晩に限って居るんだよっ」
「いつも居るさ」
「昨夜は居なかったじゃないかっ」
「昨夜も入ったのか?!」
揉み合いながら縺れるようにベッドの上に折り重なって倒れると、ミズキは上からイルカの肩を押さえ付けて馬乗りに圧し掛かってきた。
「もういいっ 今夜はオマエを犯ってやるっ」
「なにを言って」
「いつもいつも偉そうに見下しやがって、ずっとオマエをメチャクチャにしてやりてぇと思ってだんだっ」
「ミズキッ」
そんな風に思われていたのかと幾許かのショックを覚えている間に、パジャマを毟り取ろうと既に幾つかボタンが弾け飛んでいる前の袷を乱暴に開かれ、荒っぽい手付きで胸元を弄られる。 怖気が立ち、体を捩って暴れるが、如何にせん体勢が不利だった。 2・3度顔を殴られて頭がクラクラしたところで首を絞められる。
「ミ…ズキ…や」
「暴れるなっ 気でも失ってろっ!」
マズイ。 ここで失神したら本当に犯される。 コイツ、本気だ。
「うぐ」
「早く落ちろよっ」
だが、泣きが入った震える声と、締め切れない震える手が、ミズキの弱気を伝えてきた。 コイツ、小悪党で小心で、本当に悪い事をする勇気も覚悟も無いくせに、何をこんなに追い詰められてこんな事してんだ。 泣きそうな顔がいっそ惨めで哀れだった。 中途半端な力に中々落ちないイルカに焦れたのか、イルカの哀れむような視線に気が付いたのか、ミズキはクッと顔を歪めてまたイルカを殴り出した。
「くそっ くそーっ」
口の中が切れて血の味が滲み、さすがにこれ以上大人しくヤラレテいる訳にはいかない、と何とか反撃の機会を探っていたその時、室内がパッと明るくなった。
「なっ」
なんだオマエは、と言おうとしたのだろう。 驚いてイルカの上から跳ね起きたミズキは、だが、振り返った瞬間に殴り倒されて床に伸びた。
「イルカ先生!! 大丈夫ですか?!」
カカシだった。 どうやって入ってきたのか、どうしてそこに居るのか、今日は仕事は休みだったのか。 抱き起こされて腫れた頬を擦られて痛みの呻きを漏らしながら、そんな間の抜けた事を考えた。 カカシは、泣かんばかりの形相で、「大丈夫? 大丈夫?」と繰り返すばかり。 かっこいい白馬の王子さま宛らの登場だったのになぁ。 これじゃあ台無しだ。
「だ、だいひょぶ、れふ」
唇も切れていて上手く喋ることはできなかったが、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる腕をポンポンと軽く叩くと、カカシはやっと落ち着いたのか一回だけ感極まったような顔をしてイルカを見つめると、今度こそポロリと涙を零してそれまでよりもきつく抱き竦めてきた。
「もうっ イルカ先生ったらーっ」
「こういう時は助けてーって叫ばなきゃダメじゃないですかぁ、もう」と、牛のようにモウモウと繰り返すその怒ったような声音がくすぐったい。 それに、抱き締めてくれる腕がとても心強くて安心で、緊張した筋肉が弛緩していくのと同時に心までユルユルと溶けていくのを感じた。
---ヤバイ、すごい気持ちいい
もう、降参かな。 目を閉じてふぅと溜息を吐き、体の力を全て抜いて身を任せる。 途端にカカシがまた心配気に「大丈夫?」と問うてきた。 それに緩く首を振って「ほっとしたら気が抜けちゃって」と答えると、ちょっとだけ腕が緩み、でも包み込むように優しく優しく抱き直してくる。 ああ、なんという安心。 なんという心地よさ。 こんな居心地の良さを味わってしまったら、もう後戻りはできそうもないな。 それが恐かったのに。 もう降参です、カカシさん。 イルカはそっと、カカシが好きだという自分の気持ちを認めた。
Last Mate
カカシは、隣でドタバタいう尋常ならざる音に、すわイルカ先生の危機!と駆け付けてくれたとのことだった。 確かに施錠してあったはずの玄関をどうやって開けたのか、その日に限ってどうして在宅していたのか、それは敢えて問わなかった。 ただ「ありがとうございました」と感謝の意を表し、改めて恋愛の対象として意識した相手に、自分の心を押し隠して頭を下げた。
ゲンマを呼んでミズキを引き渡し、その三日後、腫れた顔がなんとか青譚だけに収まった頃、イルカはまたルームメイト募集の貼り紙を書いた。 いつものように「Single Japanese Male」と。 そしてちょっと考えて、「Japanese」の後ろに「speaking」と付け加えた。
翌朝、けたたましく鳴る玄関チャイムに出てみれば、右手にゴミ袋、左手に破り取ったその貼り紙を持って、肩で息したカカシが立っていた。
「あのっ、あの俺っ、ルームメイトに、あのっ」
悪いと思ったのだが、また肩を揺すってイルカはクスクスと笑わずにはいられなかった。 だってかわいいんだもの。 そして、また顔に朱を登らせて俯くカカシに、自分の頬も少し熱いのを意識しつつ、玄関をいっぱいに開いて一歩身を引く。
「どうぞカカシさん、ようこそ我が家へ。 大家のうみのイルカです。 ルールはふたつ。」
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