同居人求む

- RoomMate -


5


               6人目


「ミズキ、勝手に部屋入ってくるなって言ってるだろう」
「いいじゃねぇか、水臭ぇこと言うなよ」

 6人目の同居人は、一昨年の夏、同じ学校で教育実習をした男だった。 偶然町で会い、その時丁度例の貼り紙を不動産屋さんに貼り出してもらうところだったので、ごまかしようがなかった。 気の置ける人間だったので気が進まなかったが、断る口実を考えるより先にどんどんと話を先に進められてしまい、今に至る。 彼は実習期間中も素行不良で生徒より多く担当教官に叱られていたような男だ。 いつも何か下心の上で行動しているようなところが有り、信用できない。

「俺の部屋は禁煙だ。 吸いたいならベランダへ行け。」
「けっ 相変わらずケチくせぇなぁ」

 それとなく本棚を物色する様子などを横目で見据えながら、カカシの忠告を守って部屋に鍵を取り付けていてよかったと思った。 考えるに、出会ったタイミングも良すぎる気がする。 態々勤め場所から遠いこの町で間借りしたいなんていうのも、ちょっと怪しい。

「オマエさ、小学校の他になんかバイトしてねぇ?」

 今度はイルカの机に回り、上の書類を引っ繰り返してみたり引き出しを開けようとしてみたりと勝手放題だ。 無遠慮甚だしい。

「する訳ないだろ、バイト禁止じゃないか」
「またまたぁ、まじめくんは」
「オマエ、まさか何かやってるのか?」
「んーまーぼちぼち」

 何がぼちぼちだ。 そう言えば金遣いも荒い方だった。

「勝手に掻き回すなよ、片付けもしないくせに」
「わーかったよ」

 思い切り迷惑そうに顔を顰めると、さすがに両手をヒラヒラと挙げて参ったのポーズをとりつつ、「タバコタバコ」と嘯きながら出て行った。 暫らくするとベランダへ出たのだろう、サッシを乱暴に開け閉めする音が聞こえ、隣の居間のベランダから人声がしだした。

---携帯?

 窓に近寄り耳を澄ませてみるが、何を話しているかは聞き取れなかった。

               ・・・

「俺、アイツ嫌いです」

 翌日、遠い分早く出勤したミズキの後に、部屋その他に厳重に施錠をして出てくると、またゴミ袋を手にしたカカシと会った。 今日は木曜、資源ゴミの日。 プラスチック類やペットボトルなどをきちんと選り分ける習性のあるイルカは、45lいっぱいいっぱいのゴミ袋を下げて、いつものように並んで階段を下りた。 カカシに会うと何故か安心するな、と思っていた時、彼がいきなりそんな事を言い出したのだ。

「なんか信用できないかんじ」

 ちょっと顔を合わせた程度でもそう感じるのかとおかしかったが、どこに耳があるか判らない、乗って悪口は言うまいよ。

「でもアイツ、底が浅いっていうかちょっとおバカっていうか、あんまり危機感は無いんですよね」

 おっと、つい本音が…

「今までが今までですからねぇ、イルカ先生んち。 気をつけてくださいね。」
「はい、ありがとうございます」

 気をつけます、カカシさんの言う通り部屋に鍵も付けましたしね、と言うと、カカシはボッと真っ赤になってピキッと立ち止まってしまった。

「お、俺の言うとおりにしてくれたの? イルカ先生」
「え、ええ」

 何をそんなに吃驚してるんだろうとイルカの方が吃驚して、1・2段下に下りたところで振り返って見上げると、カカシは赤い顔を片手で隠すようにし目を泳がせてキョドっていた。

「カカシさん?」
「い、いえ、あの、なんか嬉しいーなーって」

 あはは、と銀の頭をガリガリ掻き回しつつやっと下りてきたカカシと並んでイルカも階段を下りた。 変な人だなー、そんなことでこんなに喜ぶか?普通。

「でも、何か困ったら遠慮なく言ってきてくださいね。 俺で役に立つことなら何でもしますから」
「はい、じゃあ遠慮なく」

 心配性だし。 でも、赤の他人なのにこんなに心配してもらえて、なんだか嬉しい。 そう思ったら頬の辺りがポポッと熱くなる。 なるほど、嬉しいと恥ずかしいもんなんだな、とちょっとカカシの気持ちが判った。 そして、赤面を意識すると余計に頬が熱くなることも実感し、カカシと二人、妙に赤い顔をして口数も少なく俯き気味に階段を下りそそくさとゴミを出し、じゃあまたといつも通りに手を振ってやっと落ち着く。

「イルカ先生ぇー」

 階段の踊場から顔を出し、カカシがまた声を掛けてきた。 並んで歩いていた時よりちょっと離れた今の方が話し易いなと、いつもカカシが分かれた後にこうして声を掛けてくる気持ちも、漸く理解できた。

「はーい、なんですかー?」

 振り仰いで返事をすると、カカシの銀の髪が朝日にキラキラと輝いて見える。 とても奇麗で眩しくて、イルカは目の上に手を翳して見上げながら、何か感動のようなものを覚えていた。 こんな人が世の中には居るんだ。

「ほんとーのほんとーに、遠慮なく呼んでくださいねー」
「はーい、わかりましたー」

 ぷぷぷ、とカカシの顔が引っ込んでから思わず肩を震わせて笑う。 相変わらず、このギャップが堪らない。 かわいいなぁ。 それに、親身になってもらえて嬉しい。 6人目の同居人の所為で少し憂鬱になっていた気持ちが、いつの間にか晴々としていた。 不思議な人だ。

「Single Japanese Male かぁ。 カカシさんの言うとおりなんだけど、でも…」

 でも、2番目の条件を外してしまったら、なんか恐いことになりそうな予感がする。

「ま、次のルームメイトを探す時には考えよう」

 イルカは、6人目の同居人は早々に追い出すことに決めて、いつもの通勤の途に就いた。





BACK / NEXT