同居人求む

- RoomMate -


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               5人目


「アスマさん、勝手に人の部屋には入らないルールですってば」
「なんで俺入ったって判った?」
「判りますって」

 あれだけ煙草の匂いが残っていれば誰でも判る。 5人目の同居人は、イルカの勤める小学校の先輩教師でもあった。 この程やはり同僚の紅さんという美女と結婚が決まり、彼女の家に同居する運びとなっていたはずだった。 詳しくは聞いていないが、何か不測の事態が起きて、数週間でいいので部屋を貸してくれと言われたのだ。

「ちょっと本を借りようと思っただけだって」
「それが勝手だって言ってるんですよ。 それに、そのまま俺の部屋に居座って煙草まで吸わなくたって」
「固てぇこと言うなよ。 そんなの紅でたくさんだぜ」
「紅さんが正しいです」
「アイツも俺が部屋を引き払ってからメンドクセェこと言いやがるからよ」
「アスマさん、なにかヤッタんでしょう?」
「何かってなんだよ」
「紅先生を怒らすような何かですよ」
「そりゃオメェ、独身最後の日々を男がどう過ごすかなんて、なぁ」
「なぁって言われても」

 要するに、そういうことをして紅さんにバレて怒りを買った、そういうことなのだな、と理解したイルカだが、男同士として同意を求められても困る。 イルカ25歳独身。 恥ずかしながら、異性の方にそういう意味で声も中々かけられない奥手君であった。 この年で青いと判っていても、結婚に対して甘い理想も持っていた。 決まった相手が居るにも拘わらずソウイウコトをする事自体考えられないのに、直前にそんな裏切るようなこと、信じられない。

「相変わらずイルカちゃんは真面目だねぇ」
「イルカちゃん、言わないでください」

 この人は、イルカの両親が事故で一時に亡くなってしまった後暫らく面倒を見てくれた恩人の息子さんで、兄とも慕った人である。 イルカ自身が教師を目指すきっかけとなったのも、偉大な教師であったその恩人の影響がある事を否めない。 彼の父君には二重に頭が上がらないイルカだったが、この男の破天荒な言動には今も昔も振り回されっぱなしであったので、つい口調もぞんざいになりがちだった。

「まぁまぁイルカちゃん、俺の独身生活最後の花道を飾る行事だと思って付き合えよ」
「とんでもないっ 紅さんに言いつけますからね」
「裏切る気か?」
「どっちがですかっ!」

 堂々巡りの会話にどっと疲れるイルカだった。

               ・・・

「それは…たいへんでしたねぇ」
「ほんと、信じられなかったですよ」

 今日は日曜日。 一週間分の洗濯物をし、天気が良いので布団も干そうとベランダでパンパン叩いていると、同じく布団を干しに出て来たらしいカカシとベランダを仕切る薄い衝立越しに顔が合う。

「家賃に関しては問題無かったんですけどね、ルールって物の存在を判ってないんじゃないかって」
「教師…ですよね? イルカ先生とおんなじ」
「そのはずなんですけどね」

 俺も最後には自信持てなくなりましたよ、と苦笑いをすると、カカシはどこかしら真剣みを帯びた顔付でベランダから身を乗り出してきた。

「もう居ないんですか? その人」
「ええ、昨夜婚約者が来て連行されていきました」
「そう」

 そこで動きを止めてこちらを見つめたままでいるカカシの顔に、イルカの首が傾がる。

「あの?」
「その人、勝手にイルカ先生の部屋に入ったって、イルカ先生が居る時も?」
「え? ええと、そうですね、何回か」
「イルカ先生」
「はい?」
「部屋に鍵、付けた方がいいですよ」
「鍵って…玄関じゃなくって個々の部屋に、ですか?」
「そうです。 これからもルームメイト置くんだったら、そうした方がいいです。」
「はぁ」

 まぁ確かに、そうしておけば貴重品の管理もできてお互いに楽かもしれないな、と思う一方、そこまでしなくちゃいけないなんて、なんて世知辛いご時勢だと溜息も漏れた。 だが、次のカカシの一言にその溜息は吹っ飛んだ。

「でないとイルカ先生、襲われちゃうよ」
「………は?」

 何を言い出だすのかと一瞬きょとんとしたものの、頭の中で言葉が意味を為してくると腹筋が弾けたように痙攣した。

「ふ…ははははははっ」
「わ、笑い事じゃあないですよ」
「そ…そんなバカなこと…あは、あはははは」
「もう、イルカ先生ったらぁ」

 顔を真っ赤にしたカカシはぷいっと部屋に引っ込んでしまった。 笑ったりして悪いことをした。 でも、男のしかもこんな野暮ったい俺なんかが襲われるって? やっぱり外国の人だ。 日本人は普通、ソッチの嗜好に直ぐには結び付けないものな。

「今度は、Single Japanese Female にしたらどうですかー?」

 衝立の向こう側から声だけが響く。

「そんなの無理に決まってるじゃないですかー。 俺、独身男なんですよー。」

 どなり返すと、何かブツブツ言う声が微かに聞こえてきたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。




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