再見


10



          カカシ 16

 体も起こせないイルカを背負って帰ると言うと泣かれた。

「置いてなんて行けないよ!」
「でも、今ならまだ間に合うかもしれません」
「でも…!」

 イルカは頑固だった。 間に合えば、きっと直ぐ任務は終わり、里へ帰還できる。 そうしたらまた会える。 また抱き合える。 そう言って利かなかった。 頼むから任務を優先してくれ、と。

「俺には医療班を呼んでくれればいいですから」

 元々敵忍に負わされた傷があるのだから、と。

「おねがいです」

 と。


 確かに、今すぐ赴くのとイルカを一旦里まで連れ帰ってから行くのとでは、全く時間が違ってくるだろう。 一日と半日の違いは大きい。 だけれどもそんな事、今の自分にはできない。 大切にしたい。

「行かないなら、それで帰りが遅れたら、俺、あなたのことまた忘れますから!」

 叫ぶイルカ。 カカシは散々迷った挙句、イルカの言う通りにした。




          火影 01

 何故だ、何故あの二人が会う? 暗部と成り立て中忍だぞ?

 火影三代目は、足早に歩きながら影のように付き従う男に鋭く、だが低い声で苛々と問うていた。
「海野イルカが所属していた小隊が任務帰り木の葉外縁の森林地帯で賊に襲われ、チーム・リーダーの上忍の指示で散開したそうです。 はたけカカシは暗部の任務に赴く途中、賊に応戦する海野中忍を援護したのではないかと」
「イルカ一人で応戦していたのか? 隊のリーダーはどうしていたのじゃ? 賊の前で成り立ての中忍を放って帰ったのか」
「海野中忍以外の三人は無傷で昨日の裡に帰還しています。 リーダーの上忍は既に出頭し、報告書も提出済み。 海野中忍に関しては、帰還が遅れそうだが一日程度様子を見るべしと、報告書に記載されており、救援部隊の要請もありませんでした。」
「イルカを見捨てたということではないか!」
「例の、上忍グループの一員です」
 男の声が一層落ちた。 イルカが提出した木の葉防御結界の修復・実用化に関するレポートは、上層部のみならず木の葉の忍達全体の間で波紋を生んでいた。 特に一部の上忍グループが強い拒絶反応を示し、正式に抗議文まで上申されているほどだった。
「何故その一派の上忍がリーダーをしている隊になどイルカが組み込まれたのだ」
 儂に一言も無く、と火影は歯軋りをした。
「恐らく、”上”のどなたかの根回しがあったかと…」
「判った。 それ以上は口にするな」
「は」
 抜かったわ、と己の迂闊さを呪いながらその病室の前に着くと、男に件の上忍の査問は自分がするから待たせておけと耳打ちをして去らせ、自分だけが戸を引きあける。 一人部屋に隔離されたイルカは、不安そうな顔をしてベッドの上でこちらを見ていた。

「イルカ」
「火影さま」
 泣きそうな顔だ、と思った。 自分の口にしたことの重大さを知らされたのか、イルカは物言いたげにベッド際に寄る自分から視線を離さない。 ”現役暗部隊員が任務を放棄した上、任務帰りのチャクラ切れ状態の成り立て中忍を森で襲い強姦した…” そう報告されてしまったのだ。 それはイルカを救出に向かった医忍から正式に提出された報告書に、イルカの口述として記載されており、多くの人の目に触れた。 もう取り返しがつかない。 カカシをそれなりに処罰しなければ、収まりがつかない状況だった。
「火影さま、俺…」
「イルカ、身体はもういいのか」
「俺のことはいいんです! 俺、俺、カカシさんには強姦なんてされてません。 あれは和姦だったんです!」
 本当です、と涙を零す。 なんて事だ、と実際に本人の口から聞かされてもショックだった。 あのイルカが、男と和姦だったなどと…。
「その事に関して、おまえは何も気にしなくてよい。 ゆっくり身体を休めなさい。」
「でもっ」
 縋る眼差しに負けて、火影はベッドサイドに椅子を引き寄せ座ると、ふぅと溜息を吐いた。
「よいかイルカ、今回の件はおまえ一人がどうこうという問題では納まらなくなってしまったのじゃ。 暗部存続に関わる事態にまで発展してしまった。 おまえはこれ以上何も言うな。 判ったな。」
「…はい」
 ぽろぽろと涙を零してイルカは頷いた。 すみません、すみません、と何回も嗚咽と共に繰り返され、火影はイルカの頭をそっと撫でた。
「おまえの所為ではないんじゃよ。 儂がいけなかったんじゃ。 おまえについてはもう少し気を配るべきだったんじゃ」
 カカシの介入は偶然としても、嵌められたのだ、と内心では怒りが煮え滾る。 だが今は、イルカの前では唯の好々爺でいなければならなかった。
「カカシさんは? どうなるんでしょう?」
「アヤツは今、遅れはしたがあの晩本来赴くはずだった任に就いておる。 処分は帰ってからじゃな」
「やっぱり処分されるんですか?」
「それは免れん」
「でも、任務に遅れた事は仕方ないですが、俺とのことに関してはあの人は無実です。 お願いです火影様、どうかご温情を」
「とにかく、まだ先の話じゃ。 ヤツの任務は幸いにして半日の遅れが然程影響しなかったと報告がきておる。 リーダーが旨くカバーしたようじゃ。 カカシはそのままその任に就き、帰還するのは早くて半年後じゃ。 処分はそれからじゃ」
 逃げられては堪らんからこの事態に関しては一切カカシチームには知らせていない、とイルカには言えなかった。 逃げねばならないほどの処分が待っていると、イルカに思われたくはなかった。
「そんなに心配するな。 ヤツは木の葉にとってなくてはならない忍じゃ。 処刑などという事はありえない。」
「でも処分はされるんですね」
 とイルカは項垂れ、新たな涙を零した。
「俺、もうあのレポート取り下げます」
 なんと! 判っているのか、と火影は内心で驚愕して項垂れたままのイルカを見つめた。
「あんなもの、出さなきゃよかった。 もうデモもしません。」
「それなんじゃがな…」
 歯車は、既に回り始めていた。




          火影 02

「結界でも張って凌げるんじゃなかったんですか? 彼のお得意でしょうに。」
「成り立ての中忍が陣も無しに結界術など使えんことは、重々承知のはず。 賊に追われながら陣を描くことなどできよう筈もないこともな。」
「その点については罪を認めましょう。 だが、彼はその成りたて中忍にしては出すぎていませんか? 例の術にしても認めることはできない。」
「イルカは自分のような中忍でも結界が使えるようにと研究したに過ぎない。 その集大成がアレになっただけじゃ。」
「でも、我々上忍なら誰でも使えます。 態々そんな結界術など編み出さずとも、我々に任せておけばいい。」
「おまえ達が使う結界とイルカが提唱する結界は、根本的なメカニズムが全く違う。 おまえ達上忍が音や目隠しのために張る結界や、物理攻撃を受けた時に無意識に纏う結界は、謂わばシールドだ。 チャクラを源とし、ある程度の容量と一時的に放出できる質力が要る。 チャクラ量の足りない中忍などには無理だが、イルカの結界なら陣形と術式さえ知っていれば発動時の僅かなチャクラだけで誰でも使えるのだ。 チャクラも消費しない。 今におまえ達上忍もイルカの結界を使うのが普通になる時がくる。」
「そんなことは有り得ない! だいたい、あの巨大結界を実現することは、我々忍の存在意義を問うことではないですか? 我々は戦術武器だ。 あのような戦略兵器となり得る術の存在を許す訳にはいきません!」
「何故いかんのだ?! 戦略兵器の存在意義は抑止力だ。 戦争をしないことのどこが悪い?!」
「我々はその戦争を生業にしているのではないですか? 諜報や工作だけではなく、戦闘を行なうようになったからこそ、今の繁栄があるのではないですか? それを今更、戦争を否定するようなことを火影様がおっしゃるのですか?」
「おまえは、あの九尾の災いを忘れたのか? アレが齎した悪夢を。 アレが戦禍の果てにあるものだ。 もうあのような事は二度と起こしてはならないと思わないのか?」
「それこそ、あの妖魔は木の葉の戦略兵器そのものだったのではないですか?!」




          イルカ 18

 デモンストレイションは中止にすることはできないと、三代目に苦しげに言われてから今日まで、イルカは身を粉にして準備を進めてきた。 各国に既に告知され、多くの見物人が来る事も、その結果が木の葉の威信に関わる事も告げられた。 もう後戻りはできないのだ。 中忍で気心の知れた仲間を募り、主旨を伝えて強力を扇ぐ。 彼らは何も言わずに頷いてくれた。 中忍と上忍の間に立ちはだかる壁も、イルカが被ってきた迫害も、全てが他人事ではないのだ。 医忍二人を含む7人と自分とで実行チームを構成し、練習を重ね、バックアップに回ってくれた仲間には調査を頼む。 総勢20人近くの中忍達が一丸となってその日のために時間を費やした。
 イルカ自身は、三代目火影の進言もあり、体内に刺青を彫った。 陣が無くても結界を生み出せるほど、イルカにはチャクラがない。 ならば常に陣があれば良い、という発想だった。 暗部の肩に特殊な彫り物をする彫り物師を内密に紹介され、鳩尾辺りの裏側に念に寄ってそれは刻まれた。 だが、最悪の場合以外は極力それを使うなと、それが有ること自体を他言するなと、三代目火影はきつくいい含めた。 だがイルカは、それを使わざるを得なかった。
 イルカはその日、そうして幾多の障害をやっと乗り越えてその日を迎えた実行チームの仲間7人を全て失い、他国の捕虜となり、身体を弄ばれ、生きる気力を失った。



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