再見


2



          カカシ 01

 森に闘いの気配があった。
 珍しいことではなかった。ここは木の葉の里外郭の森。自里の忍と敵との戦闘は絶えない。極力干渉しないようにと言われていた。暗部なのだから。カカシは単独任務に向かう途中だった。
 それでも、仲間が遣られるのをみすみす見逃す事などできない。動静を見守り、それとなく援護をする。雌雄が決するのを確認したら、そのまま立ち去る。姿は決して見せない。元から存在しないのだから。
 金属同士の弾き合う音。爆発音。肉弾戦の鈍い音。爆薬を使ったのは自里の忍らしい。木の葉独特の硝煙の臭いが漂ってくる。
 ひとつ、ふたつ、…みっつ…
 数瞬で生の気配が消えていくのをカカシはじっと数えていた。戦闘域からはかなり離れていたため、姿を目視することはできなかったが、気配を読むには充分だった。あと2つ。助太刀の必要はないかもしれない。それにしても、1対5とは。仲間と一緒だったのではないのか。もう数キロ半径を広めて気配を探るが、他に戦闘の気配はなかった。どうやら要領の悪い奴らしい。
 相手も忍の心得が幾らかはあるようだった。時折チャクラが練り上がり術が発動する気配が伝わってくる。たいした大技を持ち合わせていないようなのが救いだった、というところか。それに比べて、自里の忍は全く術を使わなかった。チャクラも練れない未熟な忍にしては体術・戦術には優れているようだし。さて、手を出したものかどうしたものか、とカカシが悩んでいると、今までとは別のチャクラが、弱々しくはあるが効率良く練り上がっていくのが解った。火遁のゴウという音が轟く。
 「…………」
 カカシは、呆然として立ち上がった。様子を見るために立ち止まった大枝の上だったが、そのままふらりと歩き出して落下さえした。
 どういうこと?どういうこと?どういうこと?!
 速く、速く行かなければ。落ちながら自分を罵り、着地と同時に地を蹴り戦闘域へと走り出す。チャクラ切れしているらしい自里の忍の姿を、どうしてもその目で見なければならなくなった。その忍が命を落とす前に、どうしても確かめなければならない事があった。



          カカシ 02

 「木の葉の火遁は他とは違う」
 カカシは祈るように、前に同盟国の忍から言われた言葉を思い出す。
 「威力が数倍はある。どうしてだろうねぇ。炎の質が違うのかねぇ。」
 木の葉の火遁は食らいたくないねぇ。薄暗い、他国の宿の一室だった。顔に火傷のケロイドがあった。

 あの火遁であと2人殺れただろうか。気を探ると、ひとりはダメージを負っていたが動けるようだし、もうひとりは無傷のようだった。
 くっ
 思わず呻いてまた地を蹴る。


 カカシには捜し人が在た。数年に渡って目だけで探していた。口は決して使わなかった。特に、車輪眼を得、暗部に入ってからは、捜している素振さえも見せないよう気を使った。その人が、そのことで他者から興味を持たれることの無いようにしたかった。自分の立場と、忍社会の裏側を知っているからこそ、カカシは用心深くなった。だが、おかげで何年経ってもちっとも見つからなかった。
 元々、あまり里には居られない。捜している暇もなかった。名前も知らなかったのだ。知っているのは、鼻梁に刷いたようにある傷と、黒曜の瞳と黒髪と、チャクラの質だけだった。自分は十二で彼も子供だった。自分より少しだけ背が高かったので、自分より少しだけ年嵩かもしれない。チャクラは感じたが練り方も知らないようだったので民間人だと思った。当時既に中忍だったカカシは、自分の方が普通でないなどと考えた事も無かったのだった。それ以外は解らない。それでも捜さずにはいられなかった。九尾が四代目によって封じられた夜、そのたった一夜をその子と過ごしたのだ。彼が在なければ自分は在ない。自分が在なければ彼も在ない、そう頑なに信じていた。もう一度会いた。その想いだけは消えることなく、薄れることなく、カカシの胸に一途に留まり続けた。



          カカシ 03

 藪の向う側から、荒く息をつく彼の人の気配が伝わってくる。気配を殺す事もできないでいるようだった。賊は2人。わざと殺気を放ち威嚇しているつもりなのか。野郎、許さねぇ。ひとりが唸る。肩から上が焦げていたがダメージはそれ程でもなかったようだった。やはり、チャクラが足りなかったのだろう。殺すまではできなくても活動停止状態にはしたかったに違いない。だが、敵は依然として2人だった。
 カカシは背後の枝上でじっと様子を伺っていた。もう少し離れた所で遣りたかったが仕方がない。遅れれば遅れるほど近付いてしまう。音もなく、気配も殺気もなく、無傷の方の賊の真後ろに降り立つ。口を押さえ喉を裂く。前を行く男は焦げた臭いを発しながらまだぶつぶつと罵りの言葉を呟いている。仲間の死にも気付かない、その怒りの大きさと迂闊さよ。カカシは内心で憐れみながら、同じように喉を裂くつもりで背後に忍び寄った。只では殺さないからなぁ。ひゅーひゅーと息をしながら男は呟き続ける。無理矢理足を開いて、いきなり突っ込んで、ぐちゃぐちゃに掻き回して、ひぃひぃ言わせてから殺してやる…。下卑た笑いまでもが聞こえてきた。
 カカシは屈みこんで両足首の腱を同時に切ると、仰け反って傾いできた顔を力いっぱい鷲掴んだ。鍵爪が火傷の傷を抉るように食い込む。苦悶の声を聞く前に喉を裂いて飛び退る。返り血はご免だ。任務前なのだし、こんな奴の血など一滴たりとも浴びてたまるか。目の前が真っ赤になるほどの怒りを感じながらも気配を殺して、もう一度周囲の気を探る。ここ一帯にもう賊の気配はなかった。



          カカシ 04

 この向うにあの人がいる。
 怯えの雰囲気がびんびん伝わってきたがこの際無視だ何年探したと思ってる暗部が軽々しく姿みせちゃまずいだろうってそんなのドブだ溝に捨ててしまえ。
 俺はあの人に会うぞ!
 藪から出ると、そこは3畳程の空間がぽっかり空けた、森の中では珍しい空間だった。どこか人の手が加わっているのかもしれない。その一番奥の大木の幹に身体を預けるようにして、木の葉の支給服に身を包んだ若い忍がひとり、手にクナイを構えて固まっていた。鼻梁を横切る傷はまだあった。黒髪はあの時と同じに、後ろでひとつに括られていた。目を見開き、口を小さく開けたまま、ぽかんとこちらを凝視している。懐かしいチャクラをすぐ近くで感じて、ああ、やっぱり彼だ、と確信する。
 忍になっていたなんて。早く知っていればもっと捜しようがあったのに。5年も経ってしまった。でも、会えた。よかった無事で…。
 彼が何かを呟いた。小さな声で聞き取れなかったが、口が微かに動く様を見て、カカシは唐突にあの夜を思い出した。抱き合って眠った寒い夜。ふくとしたその腕。頬にかかる寝息。
 触りたい…
 直にこの手でちゃんとしっかり、存在を確かめたい。鍵爪付きの手袋をもどかしく脱いで、手甲も放る。キ、キスもしたいかも。面、面も邪魔だ暗部ってなんの話それ俺は断じて知らんこんな面なんかぽいだぽい。
 面を取った時にはさすがにびくっとしたようだったが、さりとて目を離すこともできずにじっと自分の顔を見つめるその顔が、近付くにつれ段々に上向いていくのが堪らなかった。恐々手を伸ばすと、今度はそれを追うように視線を向ける仕種がむちゃくちゃ抱きしめたいっ
 と思った時はもう抱きしめていた。胸の中にすっぽり収まる体の質感と温かみに思わずほっとする。確かに在る。在るし生きてる。さっきのあいつらに遣られなくて本当によかった。ギュッと抱く腕に力を込めると、足下で金属音がキンと鳴った。





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