再見


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          イルカ 01

 何人殺っただろう。3人、否、4人か。 任務帰りの襲撃だった。 4マンセルの小隊はちりじりに散開してあと少しの里まで走った。 チャクラも体力も底をついていた。

 イルカは中忍になったばかりだった。 新米の中忍として上忍が率いる小隊の1メンバーという役割を来る日も来る日もこなす日々。 上昇思考の若い仲間達の中にあって、イルカは早くから自分の力量を悟っていた。窮地に陥った小隊をひとりで守る事ができるか? 逆に、たったひとりで数小隊をも潰しに来る敵忍に、やはりひとりで対峙できるか?
 否。
 術や忍具に関する知識を身に付け、体術を磨き、戦術を選び戦略を練ることを覚えることはできても、自分達中忍・下忍が上忍に求める安心感を他の者に与えることは、自分にはできない。膨大なチャクラを要する大技を発動できる者。人並みはずれたスピードの体術や怪力で何人をも一度に相手にできる者。そうやって自分達をいざという時守ることができる者。下忍時代が長かったイルカにとって、上忍というのはそういう存在だった。それを求めた。そして、それを自分に求められても応えられないことが解ったのだった。今だけではなく、将来に渡っても。そんな風に自分に限界を置いてしまうのは、イルカの良いとは言えない性分だったが、イルカの生立ちと境遇は誰にもそれを彼に指摘する機会を与えなかった。そして、生に対する執着も薄かった。

 息が上がる。 立っているのがやっとだった。 大樹の幹に背を預け、肩で息をする。 森の中、ぽっかりと空けた空間だった。 背後の死角を大樹で補い注意を前方に集中させながら、少しでも休息を摂ろうと深く呼吸する。 チャクラの量は持って生まれたものだから仕方がないとして、体力の無さは情けなかった。 もう 追っ手は来ないだろうか。 他の仲間は敵を撒いただろうか。 身体が鉛のようだ。
 突然目の前の藪から殺気が膨れ上がる。すぐにでも倒れ伏してしまいそうだった身体が反射的に緊張し、飛びそうだった意識が一瞬で集中する。クナイを握る。…ふたり。駄目かもしれない。
 「疲れたな」
 ふっと息を吐き出し、身体の力を抜いてぽつりと呟く。諦観がその身を侵食していく。別に誰も待ってない。何も残すものもない。希もない。楽になるのが”今”でも構わないではないか。
 その時だった。迫りつつあった殺気がひとつ、ぷしゅっと萎んでいく。次いでもうひとつも。何がどうしたのか。何の気配も感じられない。殺気はおろか生きているモノの気配が全くなかった。だがそこに、感じられないが何かが居るのがイルカには解った。冷や汗が顳から頬、顎へと伝い落ちて行く。怖い。先程の殺気がかわいく思える程だった。怖い。何が…
 来るっ
 クナイを下手に構え、腰を落とす。息が、止まる。
 正面の藪がかさりと動き、完全に気配の無いモノが現れた。



          イルカ 02

 それは、白いヒトだった。全体的に白い印象の忍。そう忍だ。白い胸当て。剥き出しの白い肩。手首から肘まである白銀の手甲。鍵爪。銀の髪。白い面。
 「暗部」
 イルカは搾り出すように思わず呟いていた。声に出してしまってから自分の声に驚く程、我を忘れていた。一滴の返り血も無い。さっきの殺気の主達を殺ったのは彼だろうか。目の前に確かに居るのに、その存在が信じられないほど、気配を完璧に断っている。暗部とはこれほどのものなのか。イルカはクナイを構えた姿勢のまま動く事もできずに、現れたモノを凝視していた。
 藪を出た所で立ち止まり、クナイを構えたイルカをじっと見つめていた暗部の男は、徐にその歩をイルカに向かって進めてきた。大股に歩きながら、鍵爪を脱ぎ捨てる。手甲を剥ぎ投げる。イルカの目前あと一歩という所で面を毟り取ってポトリと足下に落とした。白い顔が露になる。銀髪に碧眼。左の頬に縦に傷。傷を辿ると、銀の髪に見え隠れするように朱い焔の左目が見えた。イルカは目を離すことができなかった。吸い寄せられるように朱いオッド・アイを凝視し、鼻先まで近付いた暗部の男の顔を見上げる。
 手が。
 と思った瞬間、イルカの身体は大樹の幹から引き寄せられ、柔らかい感触のする物に包まれた。右手からクナイが滑り落ち、足下でキンと硬質な音をたてた。





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