休暇
胸
「今日、お祭り楽しかったですか?」
最後の辺は置いとくとして、と胸の辺りに擦り付いているイルカの髪を梳きながら問う。 事後でかなり疲れているようだったが、イルカがまだ眠っていないことは判っていた。
「はい、すっごく楽しかった…」
緩く腹に腕を巻きつけ自分に貼り付くイルカがこうして胸に擦り付いて眠るのは、自分に腕枕をさせないためだと気付いたのは何時だったか。 スキンシップ無しではいられない甘えたのくせに、べったり貼り付いて眠る夜も今のように身体を密着させたがりはするものの、決して足を絡めたりもしないのだ。 妙に忍っぽい気の使い方をするイルカが、可笑しくもあり少し哀しい。

「俺、あんな風に自分であれこれやったのって、十…何年ぶり? かな」
「そう」
両親と死別して以来、一人では祭りを楽しめなかったか、と髪を梳いていた手をもっと上に回して緩々と撫でる。 イルカは気持ち良さそうに、胸元に顔をすりすりと何回も擦り付けてきた。
「くすぐったいですよ」
「だってきもちいんだもん」
顔を擦り付ける行為が、と言うよりも、他人に甘えることそのものが”気持ちいい”のだろう。 それに、自分がこうして誰かを甘やかす行為を”気持ちいい”と感じていることを、知っているのかもしれない。 どちらが甘やかされているのかしらん、とこういう時思うのだ。
「ナルトとは行かなかったの?」
「もちろん行きましたよ。 でもアイツと行くときは、今日あなたがしてくれた役を俺がしてたから」
やっぱりな、と溜息が漏れる。 今日の自分の苦労は、全部この人の掌の上か。 全く、無意識なのか確信犯なのか、とても甘え上手だ。 そして甘えさせ上手。
「カカシさん、疲れたでしょ?」
「ええ! 任務の方がなんぼかましってくらい」
「うふふ… でも俺、楽しかったです。 うん、ほんと、楽しかったんだ…」
ポツリと呟かれる過去完了の言葉。 今日の自分の経験で、ナルトが楽しんだことがやっと実感として判ったのか。 自信がなかったのか、そんな事にまで。 上手だと思っているのは周りだけで、当の本人はどこまでも気弱だ。 もっと自信を持て、そして自覚してくれ、と何回言っても解らない。 夜店で男達に囲まれていたイルカの姿を思い出し、ちょっとムカつく。 それに今この人の頭の中は、多分遠い所に居る金髪のガキの事で半分以上埋まっているに違いない。 二人きりで慰安旅行に来ていてそれはないだろう、とまたもうちょっと腹が立つ。 加えてさっきの暴言だ…
「今度あんなこと言ったら許しませんからね」
「え? あんなことって?」
忘れんじゃねー、とあっけらかんとした顔で胸元から見上げてくるイルカを睨む。
「何年あなたとこうして居ると思ってるの? そんな相手に、女の合間でいいなんて言われて、俺が傷付かないとでも思ってるの?」
「…」
口がへの字に結ばれ、イルカはじわわと目を潤ませたが何も言わなかった。 「だって」とか「俺だって」とか「ごめんなさい」とか、その顔には如実に言葉が浮かんでは消えたが、イルカは言葉にしない。 傷付く傷付かない程度の問題ではないのだと、どんな形でもあなたの傍に居られればそれでいい、と顔が語る。 そうでなければ生きていけない、と俺の気持ちなどお構いなしだ。 この人は真実エゴイストだと、こんな時いつも思わされる。
「ごめんなさい」
だが、その一言だけが口にされた。 エゴイストなイルカ最大の譲歩。
「許さない」
そう言ってまた髪を撫で付けると、濡れた頬が胸に擦り付けられ、自分の胸も濡れた。
・・・
眠るイルカの、すーすーという浅い呼吸音を聞きながら髪を撫で続ける。 床を共にするようになってイルカの眠りが浅いことを知った時は、やはり戦忍の経験がそうさせるのかと、せめて自分と居る時くらいは安眠して欲しいと、よくこうして髪を撫でた。 だが最近、忍犬と昼寝をするイルカの眠りの深さを垣間見る機会を得、逆に自分と眠るから意識して浅い眠りに抑えているのかと気付かされた。 エゴイストのイルカ。 それに気付いた時の自分の哀しさを知ろうとしない。 胸が抉られる。 大きく抉られて穴が開いたように感じるほど、イルカの献身が怖かった。 こうして二人で眠っている時に襲撃されたら、自分にはイルカが身を楯にすることを阻止できる自信が無かった。 それが元で別れたこともあると言うのに、イルカは頑として態度を変えない。
「口にしなきゃ俺が気付かないなんて、ほんとに思ってるの?」
口を半開きにして幼い顔で眠るイルカに問いかける。
それとも、俺が気付こうが気付かなかろうが、あんたにとってはいっしょなの?
その激しさはどこからくるの?
いつもはどこに隠してるの?
---愛だけであんたの傍に居るんだ。 勝手な事はさせない。 甘く見るなよ。
抱き締めると、うん、と胸元で声が漏れる。 中々イルカの覚悟には適わない。
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