休暇





 きゃーははははははっ

 イルカが忍犬達と縺れ合いながら丈高く草の生えた土手を転がり降りていく。 まるで子供だ。 甲高い笑い声もTシャツに短パンで走り回る姿もはちきれんばかりの笑顔も有り余る元気も、子供そのものだった。

「うーれしそうだなー」

 それに比べて自分はまるで爺だな、と溜息が漏れる。 抜けるような青空と緑濃い草原。 高原地帯であるために気温は高かったが乾燥した風が爽やかで、動いていないカカシは寒いとさえ感じた。 片手にピクニックシート、片手にランチバスケット。 堂々たるピクニック・スタイルである。 悪いか。 今日はイルカとだーれも居ない爽やかな高原でイチャイチャする予定だったのだ。 予定は予定。 イルカは暑がりで、真夏のHを嫌がった。
草原
「あはっ あははははっ うわっ やめろ、おまえ達、うぎゃーははははっ」

 転がり、また飛び起き、跳ね回り、そしてまた転がる。 イルカは、カカシの居る木陰から少し離れた緩い傾斜のある土手を、忍犬達と飽きもせずに縦横無尽に走り回っていた。 草丈は腰ほどもあり、イルカが転がると姿が全く見えなくなった。 声だけがキャンキャンと響いてくる。 そして群がる忍犬達のおかげで場所も判る。

「あいつらもイルカ先生と居ると唯の犬だな」

 いつもいつも多忙なイルカ。 夜遅く疲れ切って帰ってくると、うつらうつらと食事もままならず、風呂もそこそこに寝てしまう。 でも根は寂しがりで甘えたで、スキンシップが大好きなイルカは、ベッドでカカシに貼り付いて眠った。

---それが拷問だっての!

 前に一回我慢できずに抱き倒したら、イルカは翌日アカデミーに行けなかった。 その時イルカは怒らなかった。 カカシを放っておいたと、少し反省もしたようだった。 だが、翌々日から殺人的スケジュールに追われ、カカシは返ってイルカを追い込んでしまった事を悟り…

---それで現在に至る、と… まぁそういう訳だな

 ふぅとまた溜息を吐き、シートに寝転んで愛読書を開く。 暫らくイルカは放っておこう。 あんなに楽しそうなんだし、嬉しそうだし、最近見た事もないような笑顔だし。 せっかく自分の方が頑張ってスケジュールを合わせた休みだったが、あんな笑顔は本当に何日もお目にかかっていない。 笑顔がイルカの象徴だというのに。 自分の思い出すのは、疲れた顔、眠そうな顔、それと…

       「カカシ…」

---喘ぐ顔だ。

 あの顔は他人には見せられないよな。 そんな事を思い出し、一人にへへ〜とにやけていると、アっというイルカの喘ぎ声に似た声が響いた。

「あっ あはっ はっはっ く、くるしい〜〜っ も、もう走れないよ」

---なんだ、息が切れたのか

 あれだけ走り回ればさすがに息も切れるよな。 気がつくと半身を起こしてイルカの様子を窺っていた自分に気付き、ポリポリと頬を掻いた。 忍犬達が激しく尻尾を振ってイルカに群がっている。 そろそろ戻ってきてくれるかも、と自分の尻尾も期待にパタパタと振られていて、カカシはまた頬を掻き、元の姿勢にうつ伏せて本に目を戻した。 イルカといちゃいちゃしたかった。

---くっそー、あいつら俺のイルカ先生にべたべたべたべた

 イルカ先生もイルカ先生だ、と知らずぷぅと頬を膨らます。 目は少しも活字を拾わなかった。 俺がどんなに今日この日を楽しみしていたか。

「わっ やめろって、そんなとこ舐めるなっ あはははは、俺、そこ弱いんだから」

 その時、イルカのそんな声が聞こえ、カカシは頭が白くなった。

---イルカの弱いところ…

  ・首筋(右側)
  ・鎖骨の窪み(右側)
  ・乳首(左側)
  ・脇腹(右側)
  ・背筋
  ・太腿の付け根(両方)
  ・アソコ・・・・・・・

「イルカ先生っ!」

 一瞬にして画像付きでイルカのウィークポイントが脳内に浮かび上がり、カカシはガバと跳ね起きた。 上忍の本気でイルカの寝転がる場所まで瞬身し、群がる忍犬どもを毟っては投げ毟っては投げ、やっとイルカの吃驚したような顔と草だらけの姿を見た時は、肩でぜーぜー息をしていた。

「もうっ イルカ先生っ 俺をかまってよ!!」

 真ん丸く見開かれた真っ黒い瞳。 イルカはおずと両手を自分に伸ばしてきた。

「カカシさん…」

 飛び込むようにイルカの身体に覆い被さり、その草臭い身体に縋り付いて抱き締める。 イルカは、よしよしというようにカカシの髪を撫で付けた。

「カカシさんったら、子供みたい」
「あんたに言われたくないですぅっ」
「?」

 真っ黒い瞳は、ますます真ん丸く見開かれた。





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