死がふたりを別つまで -妖狐の廟-
- Until Death Do Us Part. -
7
真名
泉で体に全く力が入らなくなり縋ることもできなくなった海野を抱えて妖狐は廟に戻った。 それからずっと褥で交わっているのだ。 我ながらよく飽きないものだ、と妖狐は吐き出してもすぐ猛ってくる己自身を熱い海野の中でぐりぐりと掻き回しながら快感に呻いた。 気持ちが良かった。 何回犯っても腰が震えた。 淫魔として精気と淫気を吸うためでなく、単に快感を感じたいためにセックスをしているようだと思った。 海野は何度も泣いて許しを請うては、何度も落ちた。 それでも貪ることを止められず、その度にクタリと弛緩した体を抉り揺さぶった。 体内に自分の精を注ぎ込まれ、悶える感覚に海野が覚醒する瞬間の表情がまた格別にかわいいと思った。
何回目かの失神から覚醒した海野の体を仰向かせると、萎えたペニスを口に含み、荒々しく吸い扱いた。 残りの精がとろりと美味い。 海野がびくっと体を震わせて身を捩る。
「あうぅ、いやです、いや、口はもう嫌です、ああ、も、もうほんとに、ゆるしてぇ」
「いやいや煩いな。 昨日は口でしろって煩かったくせに。」
「だって…」
「だって、なんだ?」
泣き濡れながらも不服そうに頬を膨らます顔が幼くて、かわいくて、妖狐はもっとこの男を苛めたくて堪らなくなる自分を感じたが、もういい加減休ませてやらなければ、とも思っていた。 回復したと言っても、昨日は死に掛けの体だったのだから。
「人間は本当にひ弱だな」
「もう、むり…です、も…」
「おいおい」
苛む手を緩めると、あっという間に眠りに落ちて行こうとする海野を引き止める。 聞きたい事があった。
「おまえ、名前はなんと言うんだ?」
「…」
「おいっ」
顎を掴んで軽く揺すると、海野はぼんやり目を開けた。
「名前だ、おまえの名前を俺に教えろ」
「なまえ…」
「そうだ、なんと呼んだらいいんだ」
「うみの」
「それじゃなくて、うみのなんだ?」
「イルカ」
「…? イルカはおまえの息子の名だろう」
「あ…、柾です。 マサキ」
海野は何故か一瞬はっきり覚醒して訂正した。 そして妖狐の顔を恐る恐る伺う様にして見上げてきた。
「マサキです」
「……」
「あの、うっ」
海野の態度の訝しさに黙っていると、海野は不安気に体を起こそうとして失敗した。 沈み込む背に手を這わせ、更にそのまま指をアナルに潜り込ませる。
「あっ あうっ も、無理だから、ほんとに、ああ」
指を中でグルリと回しながら妖狐は猫撫で声を出した。
「おまえの本当の名は”イルカ”か?」
「ち、ちが… うんっ」
指が好い所に当ったようだ。 海野は妖狐の腕の中で仰け反った。
「本当の名を教えろ。 そうしたら俺も真実の名をおまえに教える。」
「え? 真名を?」
海野は驚いたように顔を上げた。 ”真名”という単語をするりと紡ぎ出す海野に、妖狐はやはりこの男は海野樒の関係者だと確信した。 顔も生き写しだし、一族の者なのだろうとは思ってはいたのだが、直系の子孫かもしれなかった。
「おまえの真実の名は”イルカ”なのか?」
少し指を休めてやると、海野ははぁはぁと息を整えながら妖狐を見つめてきた。
「いいえ、俺の名前は”マサキ”です。 人間は真名なんかありませんから。」
「そうなのか?」
「はい、でも」
「でも?」
「イルカは俺の幼名なんです。 成人した時父から今の名前を付けて貰いました。 随分経つんですけどまだ慣れなくて、うっかりするとついイルカって言っちゃうんです。」
恥ずかしそうに若干顔を赤らめる海野の言葉に嘘は感じなかった。 そもそも真名など持たないという人間が、たかが幼名を隠すメリットがない。
「おまえは自分の幼名を息子に付けたのか?」
「はい、海野の家では男子は成人するまでイルカと決まってるんです。」
「それは、先祖代々皆、幼い頃はイルカだったということか?」
「そうですけど」
「兄弟がいたらどうするんだ?」
「え? えっとそうですね…、でも海野の家は子宝に恵まれない家系らしくて、どの代も子供は男の子一人だけだったようです。 ほんとに、二人目が生まれたらどうする気だったんでしょうね?」
人事のように言う海野の話のおかしさに妖狐は首を傾げたが、海野自身は何とも思っていないようで、初めてそんなこと考えたと言わんばかりの言い草だった。
「でもイルカだと良いことがたくさんありました。」
「いいこと?」
「はい、妖魔に守ってもらえるんです。」
妖狐は目を見開いた。 海野は幼い頃、つまり”イルカ”だった頃、人間の目に視認できるくらいに実体化できない、力の弱い小妖魔が見えたのだと言った。 小妖魔たちは、自分が”イルカ”だと知るとそれは優しくしてくれてあらゆることから守ってくれたのだと、懐かしそうに目を細めた。 妖狐は成程と頷いた。 海野があの樒の子孫なら、やはり妖魔の力を増幅させる力を持つのかもしれなかった。 実際、抱いてみても樒の時ほどの妖力の充足感はなかったが、普通の人間とは比べるべくも無いほど上質だった。 こんな人間を妖魔達が放っておくはずがなく、それが幼い頃なら抗う術もない。 だが、幼い海野を犯せば、悪ければ命を奪ってしまう。 しかも他に替えがない。 海野の家系が多産系でないことは、返って血を絶やさないために有利に働いていたということか。 その上、”イルカ”のうちは妖魔同士が互いに牽制しあって手を出さないという掟のような物まで、この地ではできあがっているらしい。
「なるほど、それならおまえがイルカという名だった事を知っている者はそれほど居ないのだな?」
「そうですね、三代目と幼馴染が若干、でも生き残っている者は少ないかな」
「ならこれから二人で居る時はおまえを”イルカ”と呼ぶ。」
「え? マサキでいいですよ、子供じゃないんだし」
「いいんだ。 それとも”イルカ”と呼ばれて抱かれるのは嫌か?」
妖狐はニタリと嗤うと休めていた手をまた海野のアナルに突き入れて忙しなく動かし始めた。
「イルカ、もう一回抱くぞ」
「え、あ、んん」
海野は眉を寄せて妖狐を見た。 妖狐は海野の片足を肩に担ぎ、太腿の内側に舌を這わせて出していた。 手は淫らに際どいところを撫で擦り、ゆっくりゆっくりと海野の快楽を引き出し、海野の目が潤みだすのを見つめる。 本当に唆る顔付をすると思った。
「イルカ」
低い声でそう呼ぶと妖狐は猛った自身を手で掴んで海野のアナルに宛がった。 海野はぴくっと震えると、まるで幼児にでもなったような頼りない目で妖狐を見上げて眉を顰めている。 それを眺めながら先だけぬくっと潜り込ませると、妖狐は海野の足を肩に掛けたまま体をじりじりと倒した。
「イルカ、イルカ」
体を貫かれながら幼い頃の自分の名を呼ばれるのがそんなに居心地が悪いのだろうか。 海野は身悶えて喘いだ。
「いやだ、その名前、あ、ああ」
「イルカ」
ぐぐっと全てを海野の中に収めると、妖狐は海野の体を抱き締めて名を呼んだ。
「俺は、あなたを、なんて呼んだら、いいです、か…」
腕の中で喘ぎ喘ぎ海野が問うた。
「俺も、名前、呼びたい」
顔に汗を滲ませて、今にも失神しそうなのを堪えている風の海野が愛おしくて仕方がなかった。 この者になら、真名を教えてもいい、と思った。
「俺の名は…」
「待って!」
だがイルカはハッとして妖狐の口を押さえた。
「真名じゃなくて、その、呼び名って言うか」
「真名を教える」
「ダメです!」
「なんで?」
「妖魔から真名を聞いてはならない、というのが海野家の家訓なんです。」
妖狐は肩を揺すって笑った。 樒と白虎の顔が脳裏に浮かぶ。
「くっくっくっ その家訓を作った奴を知ってるぞ。 大丈夫だ。 いいから聞け」
「だめ、ダメですったら、聞きません」
海野が耳を塞いで横を向く。 妖狐は海野の肩をぐっと押さえて下半身を激しく揺すった。
「あっ ああ、ああっ」
「俺の、名はな」
「あ、ダメ、や」
「ワンクォーだ」
「ワ…」
「ワン・クォー」
ダメだ嫌だと首を振る海野に構わず、その耳元で囁いた。 海野はもう既に半分意識が飛んでいるらしく、反射的に聞いたままを繰り返そうとした。 動きを収めて、ゆっくり区切ってもう一度言ってやる。
「ワンコー?」
「違う!」
犬コロのように呼ばれて思わず怒鳴りつけると、海野は口を結んで目を潤ませる。 まぁ人間に発音できなくても仕方ないが、と思い直し、結局教えても真名を教えた事にはならんなぁ、と発音できない海野を眺めた。 この名を付けた初代火影は、もちろんちゃんと発音していたのだが、真名など知らない方がこの男の為かもしれないと嘆息する。 だが海野は、そんな妖狐を見つめて、ちょっと涙声になりながら繰り返した。
「ワン…クゥー?」
「ワン・クォー」
「ワンクォー?」
「…まぁそんなもんだろ」
妖狐が苦笑して律動を再開すると、海野は首に腕を回してしがみついてきた。
「ワンクォー、ワン…クォ、あ、ああ、ワンクォーっ」
「イルカ…、イルカ……」
喘ぎ声に混じって耳元で拙く繰り返される呼び声に、妖狐は胸の内から湧き出す激しい感情を全て海野を揺すぶることに変換した。 互いに名を呼び合って抱き合い昇り詰めたその夜は、海野が来てから四日目の晩だった。
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