死がふたりを別つまで  -妖狐の廟-

- Until Death Do Us Part. -


6


             泉 一


「あ、あ、ああ、も、ゆ、許して…」
 海野は何度目かの許しを請うてすすり泣いていた。
 その時妖狐は、海野を四つに這わせて後ろから貫き、前に回した手で海野自身の根元を握って、空いた手は腹に回しぎゅっと海野の背中に自分の胴を密着させて、激しく前後に揺すっていた。
「許さない。」
 妖狐は海野の耳元を擽るように息を吹き込みながら囁き、尚いっそう激しく突き上げを繰り返した。
「あぅっ あぁっ いぁ、ぁぁ、許して、お願いっ ああっ」
 海野が懇願する。 妖狐は嗤って言い返した。
「おまえが言ったんだぞ。 しゃぶってぇ、全部のんでぇ、俺にあなたの太いのをちょうだいぃ、それで突いてあんあん言わせてぇって」
「あ………、あんあん言わせてなんて、い、言ってませ、あんっ」
 妖狐がぐりっと突き上げると、海野はいい声で鳴いた。
「言ってる」
 妖狐は、海野が泣いた彼の好い箇所を狙ってズンズン突き上げだした。
「あ、あんっ うんっ や、いやー、そこっ やめ、あん」
 海野の前からやっと手を外し、胸の尖りを両方摘むと更に抜き差しを激しくする。 海野は何度目かの突き上げで背を撓らせびゅっと精を吐き出し果てると、くたりと落ちた。 妖狐は、力ないその体を羽交い絞めにして抱き寄せ、更にガンガンと突き上げる。 海野の体が妖狐の膝の上で人形のようにガクガク揺れた。 やがてその白い首筋に齧り付くと肩をぎゅっと掴んで一際強く突き込み動きを止めた。 ああ、と吐息のような声を漏らしながら海野の中に精を注ぐ。 海野の中はもう妖狐の精で溢れていた。 グチュグチュといやらしい音を立てさせながらそこを掻き回し、妖狐は齧り付いた処の自分の歯型を舐めた。 牙を突き立てるような喰い付きかたはもうしなかったものの、妖狐は相変わらず海野の首筋を見ると齧り付きたくなった。 首筋はもう歯型だらけだった。 その中の一番新しい歯型をぺろぺろ舐めながら、余韻を楽しむが如く腰を緩く抜き差しして海野を揺すっていると、海野がぴくりと反応した。 
「ぁ…ぅぅ…」
 短く唸る海野のまだ開かぬながらもピクピク震える瞼を後ろから見ながら、もう少し、と妖狐はいやらし嗤いを浮かべる。 ゆるゆると揺すられて、海野はもじもじと体を動かしだした。
「あ…うん……ぁ…ぁぅん」
 体ははっきり感じてきているのに、なかなか目覚めない海野に焦れて、妖狐は両方の乳首をちくりと抓ると少しだけ強く突き上げた。
「あっ………ぁん、んーー!」
 海野は自分の身の内で起こっている快楽の嵐にはっきり覚醒した。 妖狐の精を注がれたアナルがざわざわと顫動して、まだ海野の中ではっきり形を保っている妖狐自身を締め付ける。
「ああ……あ…ぁ…」

 海野が目覚めてからずっとこれを繰り返している。 海野が追い上げられ揺すり上げられ精魂尽きて失神すると、妖狐は自分の精を注ぎ込み、海野の意識をむりやり引き戻す。 海野が媚薬効果のあるそれに悶えると、前より濃厚に海野を愛した。 そう、これはセックスだ、と妖狐は思った。 まだ体力の回復が覚束ない海野に反し、妖狐は海野を抱くごとに精気を取り戻しつつあった。 海野を犯すことによって海野の体力と精を奪い、自分は養分を得ている。 確かにそうだ。 だが、これはセックスだ。 俺はこの男を愛しいと思い、自分の雄で乱れさせることに歓びを感じている。 なにより、海野自身が自分の与える悦びに素直に打ち震え、感じ入っている。 その様が更に自分を昂ぶらせる。 奪うだけでなく与える交わり。 ただ犯すのではない、俺は、俺達はセックスをしている。

               ・・・

 数時間前、海野ははっきりと覚醒した。 意識だけでなく、体の方も随分と人心地ついていた。
 目を開けると辺りは明るく、身じろぎするといきなり顎を掴まれて、またあの熱塊を喉に押し込められた。 今ではそれが妖狐の作り出す精気の玉なのだとはっきり判る。 妖狐はこれを自分に与え続けて消耗していたのに違いないと、海野は思っていた。 寝起きで抗う隙も無く飲まされてしまったが、妖狐の様子が気になって見上げると、何故か非常に元気そうだった。 ? よかった。 昨日のアレは無駄ではなかったらしい。 凄く恥ずかしかったけど…と、起き抜けのぼーっとした頭でうつうつと思い出して海野がちょっぴり赤面しているのを知ってか知らずか、妖狐は海野の体を引き起こし、今度は水入りのコップを突き付けて「飲め」とのたまった。 調度喉も渇いていたし、素直にごくごくとそれを飲み干すと、「調子はどうだ」と訊いてきた。
「おかげさまで、ずいぶんいいです。」
 応え終わるか終わらないうちに、妖狐は海野をさっと抱き上げた。 そのままのしのしと歩き出すので、海野は慌てて問うた。
「あ、あの、どこへ?」
「水浴びだ」
 水浴び? そう言えばさっき飲んだ水もどこから? 部屋の中には水周りらしい設備はまったく見えなかった。 妖狐は扉を肩で押し開け外に出ると、廟をぐるりと裏側へ回っていった。 ふたりとも素っ裸だったので海野は大いに慌てたが、庭には誰の気配もなかった。 廟の裏には小さな泉が湧き出していた。 岩から零れる細い水流が地面に小さな池を作っている。 妖狐はそこへ海野を抱いたままざぶざぶ入っていくと、ざぶんっと海野ごと水に浸かった。
「うわっ つ、冷たっ」
「な〜に〜?」
 思わずしがみついた妖狐がどこか不機嫌そうに唸るので、そう言えば朝からなんだか不機嫌だった? と思い返してみる。 だいたいいつもぶっきらぼうなのだから違いがよく判らない。
「あの、何か怒ってます?」
 海野が恐る恐る伺うと、妖狐は更に不機嫌な声を出した。
「おまえ達人間はひ弱すぎる。」
「はぁ、すいません。」
 そんな事言ったって、と海野は思いながらも口には出さなかった。 妖魔の方々と比べられても困るよな。
 妖狐は海野の体を自分の胸に寄りかからせるように抱き直すと、海野の体に水を掛けてゆっくり手を滑らせた。 肩に、首に、胸に、その手はひどく気持ちがよかった。 腰の辺りまでを浸した水はびっくりするほど冷たかったが、妖狐は平気なようだった。 いつもここで水浴びしているのだろうか。 そう言えば飲ませてもらった水もひどく冷たくて美味しかった。 海野は徐々に冷たさにも慣れ、うっとりとその手の動きに酔った。 自分はいつのまにかこんなにもこの妖魔に心を許してしまっている。 もちろん、死に掛けたのを救われて、その所為で妖狐が衰弱したりして、感謝する気持ちの延長かとも思ったが、だいたい自分が死に掛けたのは妖狐の所為なのだから、律儀に感謝するほどのものでもないのかもしれない。 でも、と海野は考える。 でも、どうしてなのか死に掛ける前よりこの男が近しく感じるのだ。 あんなに恐ろしかったこの男の発する妖気もまったく気にならなくなっているし、怒鳴られる度に硬直するほど恐かったのに、今は怒っていると感じても小指の先程も恐くない。 それどころか彼を信じ、側に居ると安堵する気持ちさえ湧いてきているのだ。 どこか、体の一部が繋がってしまっているかのような、魂が彼の一部になってしまっているような…。
 海野がつらつらと考え事に気を取られていると、妖狐の片手が乳首を摩り、もう一方の手が海野自身に絡む。
「あ、ぁん…、やめてください、こんなとこで」
「別にいいだろ」
 妖狐は海野のモノを掴むと根元からゆっくりゆっくり扱き出した。
「あ、ああ、まさかこ、こで、する気ですか?」
 海野は息を荒らげながら首を捻って妖狐を振り返った。 そこには以外に真面目な顔をした妖狐がいた。
「何考えてた?」
「え?」
 微かに苛立ちを滲ませたその声に、海野が体ごと向き直って妖狐を見ると、妖狐は跋の悪そうに眉を寄せて横を向いてしまった。
「おまえがぼっとしてるから」
「え、ああ」
 すいません、と海野がなんとなく謝ると、妖狐は手の動きを再開しながらまた問うてきた。
「何か思い出してたのか?」
「ぁ、いえ、んん」
「誰かのこと、考えてたんだろう?」
「ぁぁ、ぁん、や、は」
 妖狐が手の動きを激しくしたので、海野は応えが覚束なくなってきた。 両手で自分に絡む妖狐の手を抑えにかかると、妖狐は乳首の手を下に回してアナルに突き立てた。
「あうっ」
「誰のことだ?」
 冷たい水が身の内に入り込む感覚に震えながら、海野は妖狐の肩に仰け反った。
「あ、あなたの…、ああっ」
 海野が切れ切れ答えると、少しの間ぴたりと動きを止めていた妖狐は、だがまた激しく海野の前と後ろを攻め始めた。
「嘘を言うな」
「うそじゃ、ぁ、ぁう、うん、ありませ、うぁっ」
 妖狐が前立腺を叩いたので、海野は引き攣って妖狐の腕に爪を立てた。 前を扱いていた手は今や根元をぎゅっと握り海野を戒めている。 それなのに前立腺を続けさまに刺激されて、海野は気が狂いそうに喘いだ。
「ほんとですっ あ、あなたの、手が、ぁん、気持ちよくて…」
「これか」
 妖狐は意地悪く海野を2度3度と擦り上げてはまた根元を握る。 海野は前にのめって顔を半分水に付け、はぁはぁと喘いだ。
「ち、ちがっ 肩に…」
「肩?」
 少し手を休め、海野の体を起こすと妖狐は顔を覗きこんできた。
「…肩に、水を、掛けてくれる、あなたの手が…優しくて…気持ちよくて…」
 海野はぽろりと涙を零した。 なんだか途轍もなく哀しくなったからだった。 
「何で泣くんだ?」
「何でって…」
 啜り上げながら海野は口篭った。
 なんでだろう
 自分でもよく判らなかった。 ただ、自分を信じない妖狐の態度が淋しく哀しかった。 昨日まではこの妖魔に対してなど決して湧いてこようはずのない感情だった。 だが今は、自分がこんなに妖狐を信じて心を預けているのにと、同じ感情を同じだけ返されないのを不満に思い哀しく感じている。 愛し合いたいという感情は、所詮人間だけのものなのだろうか、諦めなければならないのだろうか。 そんな風に我が身を嘆いていた海野は、自分がこの大妖魔に別格の扱いを受けている事を知らなかった。 当の妖狐も海野の扱いに困惑している事も知らなかった。
 妖狐は相変わらず海野自身を握りゆるゆると扱きながら、アナルに埋めた指もじれったく抉っている。 海野は、ただこうして嬲られているだけなのも嫌だと思った。
「前、向きたいです」
「前?」
「あ、あなたの方、向きたい」
 顔が熱って顳の辺りがひくひくするのを感じながら、海野は首を捻って後ろを振り返った。 恥ずかしさに死にたいほどだったが、妖狐の驚きに丸く見開かれた目を見て、自分の方が驚いた。
「あの」
「…」
「そっち、向かせてください」
「…」
「この手、離して、前向かせて、早く」
 いつまでも呆けたように動かない妖狐にじれて海野は自分で向きを変えようとしたが、自身を握られていてはそれも叶わず子供がだだを捏ねるように言い募って妖狐の手に自分の手を掛けた。 すると妖狐はビクッとして手を離し、アナルからも指を引き抜いた。
「あ」
 背筋を震わす排出感に思わず声を漏らして海野は前のめった。 途端に妖狐の大きな手がにゅっと目の前に伸ばされてきて、顔が水に浸かる寸前に顎を取られる。 ぐいっと強い力で捻じ曲げられ、すぐに妖狐の唇が自分の唇に被ってきた。
「う、んん」
 体勢の苦しさに呻くと、もう片方の手が肩を掴み、ぐるっと体を回されてそのまま背を掻き抱かれる。 締め付ける腕が肺を圧迫してとても苦しかったが、気持ちよかった。 海野は必死で自分でも妖狐にしがみついた。 首に腕を回し、髪を弄りながら舌を淫らに差し出し、お互いの口を貪りあう。 それは感じたことのない快感だった。
「ぁ、うん、んぁ、ぁん、んん」
 角度を様々に変え、口を深く併せ、舌を絡ませ合い、吸いあった。 海野は喘いだ。 頭の芯がくらくらしてきたが、まだ足りないとばかりに必死で妖狐の舌に応え続けた。 妖狐は海野の頭を片手で鷲掴み、片手で腰を強く引き寄せて体を密着させて接吻けを続けた。 海野の体から力が抜けてくると、やっとその唇を解放し、今度は両腕で撓る背を掻き抱きながら海野の首筋を吸い上げ、鎖骨に舌を差し込み、胸を吸った。 互いの下半身が擦りあって硬く感じ合っていた。
「あ、あ、ああーっ」
 妖狐が急に海野自身を握って強く扱いたので、海野は訳も判らないうちに登り詰めさせられた。 だが、妖狐は呆然と余韻に震える海野に構わず指を纏めてアナルに突き入れ、ぐいぐいと乱暴に掻き回し始めた。
「あ、や、いやだ」
 達したばかりの自身も擦られて、海野は喘ぎながら首を振った。
「挿れるぞ」
「え、や、ここでは、いやです」
「いやいや、煩いぞ」
「ぁ、だって、み、水が、汚れますっ」
「…おまえ、ほんとにバカだな。 とっくにおまえのモノが零れたぞ」
 そう言うと妖狐は海野の膝裏を掬い上げて猛った己の上にゆっくり体を降ろした。 ずくりと潜り込む先端と一緒に冷たい水も入り込み、海野はふるふると体を震わして妖狐の首にしがみついた。 ゆっくりじりじりとアナルを犯す妖狐のモノは太く熱かった。
「あ……あ……あ……」
「う…力抜けっ」
 久しぶりに感じる圧迫感と排泄感に海野がどうしようもなく妖狐を締め付けると、妖狐も声を乱して呻いた。 その声を耳元で聞かされ、海野は背筋を這い登る快感に全身を震わせた。 妖狐を受け入れている部分にも言いようの無い快感が襲い、圧迫感が散らされていく。 海野は妖狐の首筋にギュッと縋り、髪に顔を埋めて喘いだ。 自分の中が勝手に顫動し、妖狐自身を舐め回すように蠢くのが自分でも判った。
「お…まえ…、いきなり何だ…」
「あ、だっ て… は、はぁ」
 それまでゆっくり海野の体に自身を穿っていた妖狐だったが、徐に海野の腰を掴むとぐいと一気に引きおろした。 海野は声無き叫び声を上げて妖狐の腕の中できつくその背を撓らせ震えた。 だが妖狐は、妖狐の全てを受け入れて息も絶え絶えに喘ぐ海野を間髪を入れずユサユサと揺すり始めた。
「あ、あ、ん」
「望み通り、こっちを向かせてやったぞ」
「は、あ、はい」
「他に何か、希はあるか?」
「うん、ん、抱いて」
「抱いてる」
「もっと、もっと強く、抱き締めて」
「…」
 妖狐は息も出来ないくらい海野を抱き締めると、激しく腰を突き上げた。





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