死がふたりを別つまで  -妖狐の廟-

- Until Death Do Us Part. -


5


               反魂 二


「落ち着けっ」
「俺、感じるから、あなたを感じて淫らに悶えて、あなたを欲しいって望むから、その俺の精気を吸ってくださいっ…」
 妖狐は絶句して、この賢くて優しい、バカが付くほどお人好しの男を見つめた。 海野は肩を震わせて泣いていた。

 妖狐は反魂の秘術を海野に施した。 海野の命がほぼ尽きて、魂がその体から離れようとしていたので、それしか方法がなかった。 妖狐は己の命を削り、海野に分け与えたのだった。 離れかかった魂を繋ぎとめるだけでなく、妖狐が海野の淫気に酔って思わず喰らってしまい損傷させた肉体も修復しなければならなかったので、己にかかった負担は如何程のものか、自分の疲弊ぶりを見れば呆れるほどだった。 たかが人間ひとりのために、今までそんなことをしたことがあったか? 否、だ。 今までなら全部喰らっていた。 だが海野に対しては、そうせずにはいられなかった。
 実際、海野から貪った精気が無ければ、元々実体ではないこの体などあっけなく消えていたかもしれない。 本体は祠の奥に封じられていたが、ここで分身が負った消耗の影響は軽んぜられるものではなかったはずだった。 それが、分身の気が若干薄れたくらいで済んだのは、偏に海野の精気のおかげだと思い、それを返すだけだと納得した。 それなのにこの男は、またそれを自分に与えると言って聞かないのだ。

「俺は、あ、あなたに、喰らわれ、たかったのに…」
 妖狐は泣きじゃくる海野の手を顔から引き剥がし、目尻に溜まる涙を吸った。
「ばかだな、おまえは。 俺はもっとおまえとまぐわりたい。」
「だ、だったら、抱いて」
 頬に幾筋も光る涙の跡を舌で辿り、そっと唇に行き着く。 唇を合わせて浅く吸うと、しゃくり上げながら接吻けを受けていた海野が妖狐の首に腕を絡め、舌を差し出してきた。 淫らというより必死なそれを、妖狐は含み嗤いながら受け取った。 舌に舌を絡め、口を深く合わせて唾液を送り合う。 それだけで妖狐は精気の回復を感じたが、逆に海野からはくたりと力が抜け落ちていった。 絡んだ腕も解け、辛うじて肩に縋る。 その海野の口を開放し、妖狐は海野の背を強く抱きしめて、その項に接吻けた。 口からは主に精気に吸ってしまうので、今の海野には限界がある。 だが、と鎖骨の窪みに舌を這わせながら妖狐は海野の胸を弄った。 尖りがくりっと指に当たる。 海野はぴくっと体を震わせ妖狐の肩口に顔を埋めた。 その手をもっと下の方に這わせると、海野の性器はそれでも緩く立ち上がりかけていた。 そこをなぞってやんわり摩り、形を確かめるように握りこむと、海野は肩口に埋めた顔をすりすりと妖狐の胸に擦り付け、達かせてください、と小声で強請った。 見ると、耳から首筋まで真っ赤に染め上がっていた。 妖狐の与える快感に素直に体を開き、恥じらいながらも欲情する姿と気配は、今まで味わったことのないものだったが非常に美味だった。 その淫靡とは言いがたい気配をすぅと吸い込み、海野の望みを叶えるべく海野自身を扱き出す。
「あ、んぁ、い、いやです…、ぁん、く…口でして、吸ってくださいっ」
 叫ぶように淫らな言葉を口にする海野はしかし、淫らとは程遠い献身の気配を発散させて、それでも必死で妖狐に強請る。 かわいいからまぁいいか。 妖狐は海野の股座に顔を埋めると海野自身にむしゃぶりついて、じゅっじゅっと態と音をたてて吸ってやった。 海野の気配にじわじわと快楽の気配が混じりだす。
「ああっ あん、んん、あ、ぁぁあー…」
 海野が感じて悶えている。 妖狐は、彼の手が震えながら妖狐の銀の髪に差し込まれ、頭を弄るようにかき回すのを感じて、何か知れない感動を味わっていた。
「あ、ぅん、もっと…もっとして、くださ…ん」
 海野が自分から俺を受け入れ、俺を欲し、俺を感じて欲情している。 妖狐は言い知れぬ激情に身を焦がされて、海野をしゃぶる動作を激しくした。 ぶるぶる震える腿を強く抱きこみ、じゅるじゅると上下に吸い上げ扱き下ろす。
「あ、あ、ああ、あうっ、んんーーー!」
 海野の迸りを全て口で受けごくりと飲み干し、竿に残る雫をちゅうと吸い扱く。
「うううっ ぁぅぅ…」
 弱く妖狐の髪を掻き混ぜていた手に力が篭り、過ぎた快感に痙攣する体が愛おしい。 そう、愛おしい。 この男が。 俺はこの男が愛おしい。
 海野の精は薄く、さして妖狐の霊力回復にはならなかったが、拒絶ではない、お互いを欲する行為が違う部分を埋めていく。 妖狐は、今はそれで充分だった。 なのに海野はまた、献身の気配を纏わり付かせて言い募るのだ。
「挿れてください。 俺にあなたの…」
 そこまで言って後が続かず真っ赤に顔を染める海野に噴出しながら、妖狐はもういい、と海野を抱き締めた。
「じゃ、じゃあ今度は俺がします、あなたの、あなたの…」
 同じところで詰まる海野の美味しい申し出を、涙を呑んで堪えると、妖狐は言い聞かせるように海野に言って今度こそ瞼を閉じさせた。
「いいから今は眠れ。」
 海野は射精後の倦怠感からか、案外素直に目を閉じるとすーと眠りに落ちてゆく。 無理しやがって。 こんなに消耗しているくせに。 もう聞こえていないだろうその耳に、妖狐はそっと囁いた。
「今度起きたら、その時は……、泣いて嫌がっても許さないからな。」





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