死がふたりを別つまで

- Until Death Do Us Part. -


11


               外界


  海野が再び妖狐の廟を訪れてから二日目の夜遅く、青龍が地下空洞の妖狐の庭に扉を押し開けて入ると、僅かに遅れて妖狐が海野を横抱きに抱えて廟から出てきた。
「眠っているのか?」
 海野は妖狐の褥用の敷物を体に巻いてぐったりと妖狐に抱かれていた。
「ああ、さっき寝入ってしまった。 疲れているようだから、このまま上へ連れていってくれ。」
「やり過ぎだ」
「違う」
 妖狐はすかさず否定したが、いつものように声を荒らげることは無く、海野を起こさないように気を使っているらしかった。
「こいつ、前より痩せているんだ。」
 腕の中の海野の頬に愛おし気に唇を寄せると、妖狐は暫らくの間彼を抱き締めていた。 それから溜息を吐いて顔を離し、また低い声で話し出した。
「自分では大丈夫だの一点張りだ。 だが何か精神的に食欲が落ちる原因があるんだろう。 廟で俺と少し食事をしたが、久しぶりに物を食べた気がすると笑って言うんだ。 なぁ、こいつを本当に上に帰して大丈夫なのか?」
「…」
 青龍には答えることができなかった。 二日の間に三代目火影に連絡を取った。 海野の立場は頗る悪いものだった。 裏切り者呼ばわりまでされ軟禁されそうにもなったらしい。 だが、それを妖狐に教える訳にもいかず、海野を帰さない訳にもいかなかった。 たとえ、どれほど彼が追い詰められていようとも、この結界の外の世界、彼にとっては元々属していた世界へ、帰ってもらわない訳にはいかなかった。
「多分、大丈夫だろう。 それにイルカの為には帰さないと」
 大丈夫というのは完全に嘘だった。 だが、仕方がなかった。 両親の不和を敏感に感じ取る幼い少年の精神の安定だけは、守らねばならなかった。

「それはそうと、オマエ、腕はどうした? 診なくていいのか?」
「腕? ・・・ああ、腕ならこの通りだ」
「!」
 それは単に話を逸らせたかっただけだったが、ふと思いついて気になっていたことを訊ねた当の自分が一番驚かされた。
「なんと・・・これは、また・・・すごいな」
「ああ」
 ふふん、と得意そうに鼻を鳴らすと、妖狐は完全に元通りになっている腕を見せびらかすように裏に表に反していた。 本体ならいざ知らず、プルーブのようなその身体で結界を破るのは不可能なはずだ。 が、その分、本体にとって負うダメージも微々たるものだ。 腕一本無くなったとて、本体の爪の先くらいの損傷だろう。 だから然して心配もしていなかったというのは事実なのだが、過去、何度かその身体で脱出を試みては今回のようなことになり、なかなか元に戻らなかったのも事実だった。
「あり得ないだろう! 何をどうしたらこんなに早く治るんだ?!」
「声を張るなよ、起きるだろ」
 眉を顰めて咎める態度には全く疑問を感じているふしも無く、逆に苛々させられた。
「だから、コイツを抱いたら治った」
「だからってっ」
 途中、「しー」と唇に人差し指を当てられてまた声を抑えられたが、それでも聞き直さずにはいられなかった。
「・・・だからって、今まで女を一人丸々喰ってもそんなに早く回復したことはなかったぞ?」
「だからー、コイツは特別なんだ。 俺がどうしてコイツを生かしておいてると思ってたんだ。」
「それは・・・イルカのためと、その・・・この人にオマエが、その、惚れてるっていうか」
「ああ、惚れてる」
「っ」
「かわいくて堪らない」
「・・・」
 むぅと唸り、先ほど言葉を濁した自分の方がなんとなく恥ずかしくなった。 それでも答えにはなっていない、と気を取り直す。
「どう特別なんだ。 性交するだけで妖力が回復するなど俺の知っている限りでは・・・」
 はっとした。 それが表情に出たのだろう。 妖狐は先ほどよりも尚得意気に顎を上げた。
「そうだ。 コイツはカガリだ。 俺の、俺だけのカガリだ。」
 頬刷りせんばかりにデレデレとした腑抜けた態とは裏腹に、その口が告げた事実は衝撃的なものだった。
---そうか! そうだったのか!
 やっと全ての事に合点がいって、青龍はくらりと眩暈を覚え、思わず額に掌を宛がった。 冷やりとした感触とともに指が濡れる。 喉からは唸り声が漏れた。
---しかし、息子が中和者でその親がカガリとは
 これは偶然なのだろうか。 イルカもカガリなのだろうか。 木の葉の老人達はこの事実を知っているのだろうか。 知っていて彼をここへ寄越したのだろうか。 それが意味することを理解しているのだろうか。
 海野についての好奇心は、ある種の畏怖と共に弥増すばかりとなった。




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