死がふたりを別つまで
- Until Death Do Us Part. -
12
通う道
「まさか・・・カガリとは。 俺は初めて会ったぞ。」
気を取り直して青龍は改めて海野の寝顔を覗き込んだ。
「そうか? 俺は二人目だぞ」
「む、高々百年そこそこしかいきていないくせに生意気な」
「俺は運がいいんだ」
「ふん」
---こんな所に封じられておきながら、どこが運がいいだ。
「それにしても・・・これがカガリか」
「俺のだからな」
ここ数十年はこの結界内に籠りきりだったことを差し引いても、数百年生きながらえて出会ったことは一度も無かった。 まじまじと顔を見たくなるのも無理からぬことと察してくれてもよかろうものを、妖狐はひょいと海野を遠退けてしまった。
「俺は、コイツのためだったら何事をも厭わない。 万難を排してでもコイツと共にあるための道を選ぶ。 コイツにあざなす者は誰だろうと許さない。 この里ごとぶっ潰してやってもいい。」
「わかったわかった。 結界から出れもしないくせに息巻くな。」
大人気ないと詰れば妖狐は、にやりと嗤って鼻を鳴らす。
「結界? ふん、本当にそう思ってるのか?」
「現にその腕だって」
「ふふん」
みなまで言うことなくまた嗤う妖狐に、青龍はただ沈黙するしかなかった。 正直なところ、今の妖狐の妖力がどの程度回復しているかは計りかねている。 この御山の封印が既に無力化していると推測できると、火影に告げるべきか否か悩んでもいる。 九尾の妖狐を何故このように本体ごと封印したのか、初代と二代目火影の意図したことがまるで掴めない。 やはり、妖魔封じとなれば、魂を言の葉で縛るか、召喚口を結界で封じるかなのだ。 本体ごと物理的に封じ込めるなど、時間と共に劣化する脆く危うい一時凌ぎでしかない。
---まぁ、木の葉の里が妖狐によって潰されようが存続しようが、我々にとってはたいして違いはないが
多少なりとも関わりができれば、何某かの柵が生まれる。 特に今の火影は、博識なだけあって妖魔に対する理解がある。 持ちつ持たれつ、というところもある。 できれば”その時”までは穏便に過ごしたい。 少なくともあと十年は存続してもらわねば困る。 我々妖魔が何としても守らねばならない中和者との約定遂行のために。
「イルカとの契約は守ってもらわなければならないぞ」
「それこそ、わかったわかった、だ」
だが、釘を刺したつもりが、ついさっきの自分の口調を真似られて茶化されてしまった。
「だがな」
「とにかく」
そして、尚、言い募ろうとしたところを制される。
「次に来た時もっと痩せていたら、俺はもうこいつを帰さないからな。 上の連中にそう言っとけ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、妖狐は海野を青龍に押し付けてきた。
「これ以上抱いてると、離したくなくなる。 早く連れてってくれ」
そして、未練を断ち切るようにクルリと背を向けた。 その後ろ姿が、月明かりを模した青白い光の中で寂しげに見えた。
---早く・・・一刻も早く、この男について調べねば・・・
海野をその腕に抱いた青龍もまた、そんな妖狐に背を向けて歩き出した。 肩で扉を押し開け、薄暗い通路を上る。 妖魔の身に海野は非常に軽かった。 が、ずしりと重く何かが腕に圧し掛かっていた。 眠る海野の顔は、飽く迄ただの人の男だったのだが・・・。

青龍の懸念を余所に、翌週の週末に現れた海野は意外に元気そうだった。
「こんばんは。 来ました。」
この妖狐を封じる御山と外界とを繋ぐ唯一の小路の階段を足早に上ってきて尚息も上がらせずに、海野は律儀に頭を下げて挨拶した。 笑みさえ湛えたその表情はどこかふっきれているようで、青龍は思わず問うていた。
「何か問題が解決しましたか?」
「いえ、相変わらずです。」
そう言って海野は微笑む。 青龍は舌を巻いた。 人間という生き物は、なんと強かで強いのか。 逆境なら逆境なりに、もう順応してこうして強く生きている。
イルカの様子を尋ねると相好を崩して親の顔をした。 イルカは一応大丈夫らしい。 イルカが成人するまで最低でも十年。 海野はその間ずっと耐えねばならないのだ。 だがそんな事も全く気にしていない様子で、海野は自分の境遇を受け入れ日常としていこうと言うのだろうか。 弱く脆い人間のくせにと面映ゆく思う一方、この一人の男の肩にこの里の未来がかかっているのだと、暗澹たる気持ちにもなった。 この男を失うような事があったらその時妖狐は・・・、と恐ろしかった。 どうなってしまうのか、妖魔の自分でさえ想像だにつかない。
「あの、俺もうここから一人で行けますから」
いろいろ思いに沈んでいるうちに、地下通路の先に扉が見えてきた。 海野は急にソワソワとし出して、そんな事を言ってきた。
「そうですか、ではまた明後日の晩に」
先週の妖狐の腕の騒ぎを思い出し、青龍はそれ以上海野に絡むことを止めて足を止めた。 海野は満面に笑みを浮かべて「はい」と答え、ぱっと走り出した。 体当たりするように押し開けた扉の先には、妖狐が既に腕を広げて待っていた。 その胸の中に吸い込まれるように飛び込んでいく海野の背中が、扉が閉じる寸前にチラと覗き、青龍はもう何もかも遅いのだと、改めて感じた。 妖狐はもちろん、海野自身も、もうお互い無しでは生きられない程求め合っていた。 ここに来ることで、外界が、彼にとっての本来あるべき世界が、どんなにか辛いものに変貌してしまっただろう。 だが、彼はここへ通ってくる。 それは現実逃避かもしれないし、逆に”ここ”が今や彼にとっては現実となりつつあるのかもしれない。
青龍は、海野一族に関して少しづつだが情報を集積しつつあった。 海野の男と妖魔との関係は驚くべきものだった。
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