死がふたりを別つまで
- Until Death Do Us Part. -
7
廟
「もういいだろう、その男を返せ。」
青龍は扉の外で静かに言った。 あれから5日が過ぎていた。 最初の頃、わんわんと響いてきた海野の叫び声も今はもうない。 2日目・3日目くらいにきれぎれ聞こえていたしめやかな喘ぎもほとんどしなくなった。 今はほんの時折、掠れた吐息らしき音がかすかにするだけだ。 一時も離さず貪っているのだろうか。 もう精神は崩壊しているかもしれない。 否、そのほうが海野も幸せだろう。 もし正気のまま5日5晩犯され続けていたとしたら…。 青龍は海野の人のよさそうな笑顔を思い出していた。
「その男を殺す気か?」
「死にはしない。 精気を時々吹き込んでいる。」
廟の中から声が応えた。
「酷なことを…」
いっそ殺してくれと望んでいるだろうに。
「もちろん、精を注いでいるんだろうな?」
「当たり前だろう。」
そうか、それならもう3日余計にみなければ。
「ずいぶん気に入ったようだが、死ぬまで置いてはおけないぞ。」
「何故だ。 俺は当分飽きないし、飽きたら喰う。」
「それはできない。」
「俺の勝手だ。 お前がコイツをそのために俺によこしたんだろう。」
「イルカが何も食べない。」
脈絡のない青龍の言葉に、妖狐の言葉が途切れた。
「あの子に死なれるのは困るだろう?」
「…困る。」
暫時の後、妖狐は扉を開けて出てきた。 肩越しに横たわった海野の白い肢体が覗き見えた。 5日ぶりのことだった。

妖狐が扉を閉めて庭を歩き始めたので、青龍もそれに従って木々の間を漫ろ歩いた。 緩く明かりが差すここは、あたかも外界のようだ。 妖狐は何時になくすっきりした顔つきをしていた。 すっきりもするだろうさ。 だがな。
「お前が精を注いでいるなら、解毒にもう3日はかかる。 あの子に色に狂った父親の姿は見せられんからな。」
ふん、と妖狐は鼻を鳴らした。
「1週間絶食か。 そのくらいで死ぬのか、人間は。」
「あの男も、もう満足な反応をしないんじゃないのか。」
うっと詰まって顎を摩ると、それでも諦めきれないのか何か妙案を探す素振りで唸る。
「無理にでも食わせろよ。」
「あの男は食べたか?」
またもただ、うう〜、と唸る妖狐。 試してみたのだろう。 3日くらいは何も考えずに彼の体を貪りはしたものの、目も開けず言葉も紡がない、ただ息をするのみの体など面白くはないに違いない。 無理に食わせて吐かれでもしたか。
「人間は精神に体が影響される生き物だ。 それから体調も精神に影響する。」
「でも、弱くはないな。」
ふふっと、さも可笑しそうに笑う妖狐を青龍は不可思議なものでも見たかのように片眉を吊り上げた。
「あの男に情が湧いたか。」
「名前を訊いた。」
「愚かな…」
たった5日で情を移すなど、今までも適当に女を宛がってきたのにこんなことは初めてだった。 やっかいな。
「時としてあの男のように心の強い人間もいるが、体が脆いことに変わりはない。 人間は体が壊れれば元には戻らないのだぞ。」
「わかってるっ」
「人間などに情を移すな。 人間は直ぐに死ぬ。 我々とはサイクルが違う。 無駄なことはやめろ。」
どうせ、黒髪と黒い目が気にいっただけなんだろう? と問うと目に剣呑な光が灯った。 彼の逆鱗。 初代火影。
「そのことをヤツの前で言ったら殺す。」
妖狐は低く唸った。
おやおや、恋でもしているかのようではないか! 人間相手に、人間のような感情を持って。 まだ懲りないのか。
100年前のことを持ち出して詰ってやろうと思った時、廟の扉がぎぃと開いた。
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