死がふたりを別つまで
- Until Death Do Us Part. -
6

地下空洞
---ここは、外か? いつのまにか外に出てきていたのか?
地下へと続く通路を歩いているものとばかり思っていたそこは、下草が生え、低い木々の梢が擦れ、柔らかい陽の光が燦爛する場所だった。 先程まで歩いていた通路は、山を貫通していたのか、はたまた山の中心部は窪んでいてこのような空間があるのか。 見回してみると、確かにその場所は狭く、ぐるりと回りを何かに囲まれているようだった。 そのほぼ中央、一段高くなった処に平屋の建物があり、格子の嵌ったいくつかの窓と、両開きの豪奢な扉が正面に続く4・5段の階段の先に見えた。 生き物の気配はなく、小鳥の囀りひとつ、虫の音ひとつ、聞こえなかった。 ただ静寂のみが支配する空間だった。
「遅い。」
いきなり、正面に位置する両扉が開き、男がひとり出てきた。
「待たせた。」
男の憮然とした声に青龍が間を置かず応えた。 男はまっすぐの銀の髪を腰まで垂らし、瞳は金だった。 威丈高に腕を胸の前で組み合わせ、仁王立ちをしてこちらをじろじろ検分している。 この建物が妖狐の封じられた廟だとすると、廟の管理者か結界師かなにかだろうか。
海野があれこれ訝っていると、青龍がこちらに向き直り、海野と金髪の男をみて言った。
「あなた方が九尾の妖狐と呼ぶモノです。」
火影にとっては既知の事実と言わんばかりの態度であった。 その火影はというと、ただじっと、黙して俯いているばかりだった。
・・・
「久しいな、サルトビ。 ずんぶんジジィになったじゃないか。」
銀髪の男は高飛車な喋り方で三代目火影に話しかけた。
「三十数年ぶりかの。」
火影三代目は顔を上げて男を見ると、やっと口を開いた。
「できる限り、希望に副うたつもりじゃ。」
そしてまた俯いた。 もう誰も見たくないというように。
「上々だ。」
男は機嫌よさげに口端を吊り上げた。
「さっそく始めようか。」
「待ってくれ」
火影ははっと男を見ると、一歩詰め寄った。
「必ず返して欲しい。」
何時にない形振り構わずといった態に、海野達ふたりは驚かされた。
「ばかを言うな。 今まで返せなどと言った試がないではないか。 何を今更。」
「特別なのじゃ。」
苦しげに顔を歪ませ、尚も言い募る三代目。
「それに、お前も困ることになろう。 よく考えろ。」
「俺はやりたいことをやるっ つべこべ言うな!」
「…!」
火影は言葉を詰まらせ、青龍を顧みた。
「青龍殿、この者に解るように言ってやってくださいっ お困りになるのはあなた方の方のはずだ。」
「三代目」
青龍は溜息とともに言葉を吐き出した。
「今は言っても解りませぬ。 その時にならないと。」
「手遅れになったらどうするのです!」
「それはわたくしがさせません。」
「そんなこと…!」
誰が信じられようか、と、火影はそれは言葉にせず、だがまた俯いて唇を噛んだ。
「一応、言い含めてはあるのです。 彼も解ってはいるはずです。 ただ」
ただ? 誰も言葉にはせず青龍を凝視する。 その場の一同は、話の流れがいまひとつ解らなくとも質問など差し挿んだりしなかった。 固唾を呑んでただ待つのみ。
「ただ、彼は欲しいのです。」
「そうだ、俺は欲しいものは手に入れる。 俺のものだ。」
海野はイルカを抱き寄せると自分の後ろに隠すようにしてこの銀の髪の男を睨んだ。 心の底から恐ろしかった。 だが、イルカには代えられない。 男はそんな海野をにやりと笑って舐めつけた。
海野は、底の知れない深い淵の上に立たされた気がして、足元から這い登る怖気にまた、ひとり震えたのだった。
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