死がふたりを別つまで

- Until Death Do Us Part. -


5


               地下通路


 カカシはイルカの手を握ったまま、おとなしく並んで歩いていた。 彼の師は、日頃の彼を知っているだけに、イルカという少年の不思議をヒシヒシと感じていた。
 先ほど初めて耳にした言葉だったが、”中和者”というものの解釈は、ほぼ正確に理解している自信がある。 あの禰宜。 見た目は全き人のそれだったがあの怯え様、あれは徒事ではなかった。 今、目の前を行くこの宮司もだ。 人よりエネルギー体に近いとされる妖魔達を我々忍者が倒す時の心得は、物理的な破壊ではなく霊的封印である。 故に、重火器などの兵器しか持たない国の軍隊には手におえないのだ。 そのようなモノ達をあれ程怯えさせる力とは・・・。 「滅するつもりなのか」、そう、確かそう言っていた。 あの九尾の妖狐でさえ、初代様と二代目様とで封印するのがやっとだったというあの化け物でさえ、この小さな子供は完全に”無”にしてしまえるのだ。
---すばらしい・・・!
 すばらしい力だ。 もちろん、里の最終兵器である九尾を滅してもらっては困るが、あのコントロール不可能な化け物に対する切り札に、十分なり得る存在ということになる。 翻せば、他の尾獣持ちの里に対するこの上ない脅威ともなり得るのだ。 絶対的優位ではないか。
---・・・・・・この子の存在とその能力は、決して漏らしてはならないな
 それにしても・・・、と溜息混じりで小さな背中がふたつ、仲よく並んで歩く後ろ姿を見遣る。
---お互い、なんともないようでよかったが・・・
 イルカが自分の解釈どおりの”中和者”なるものだったとして、正直、カカシに触れた場合どうなるのだろうかという危惧が自分にはあった。 ヒーラーと認識されていた事実もあるようだし、人と接触して何らかの効果を齎していたことは確かだ。 人間は俗な存在だ。 妖魔たちのほうが余程純粋に感じるほどに。 いくら肉体を打ち砕かれようと、微細な破片からでも再生してくる彼らは、だが、真実の名を以て契約という頸木をその首に掛けられてしまったが最後、魂を縛られる。 封じる事もできれば、使役する事さえ可能だ。 この世界の物理法則に囚われない彼らを、唯一従わせられる方法なのだ。 強靭であるが故に絶対的に縛られる魂・・・、それに比べて人間はなんと軽々しい存在であることよ。 だがイルカは、その人間をさえも癒す。 おそらく肉体的な効果だけでなく、否、寧ろ精神的な効果の方が大きいはず。 それを、この海野という男は・・・
---彼はカカシの闇を知らないから・・・、もしかすると、自分の息子の能力でさえ正しく把握していないのかも・・・
 そうでなければ、とてもではないがあんなこと・・・。
 イルカの父がいきなりふたりの手を合わせた時は、その無謀さを思慮の無さと驚いて止めに入ろうとさえした。 だがその瞬間、海野自身が彼らを包み込み、どうなるか解らないエネルギーの波に身を投げたのだ。 自分は動けなかった。 正直恐くて動向を見守ってしまった。 自分ならとてもできない。
 そう、自分は知っている。 カカシは、僅か3才にして強大なチャクラを禍々しく放ちながら術を発動してみせた。 仲間が威嚇に放った、威力こそ弱いが攻撃系の術を即座にコピーし、尚且つより強力にして返してみせた。 その場に三代目火影が居合わせ、必ず生かして確保するべしと厳重に言い渡されなければ、十中八九全力で彼ら親子の命は絶たれていたはずだった。 「末恐ろしいとはこのことだ。」と、その場の誰もが思ったに違いない。 もしこの子に人並み以上の動体視力が備わったなら、いったい誰が止められようか。 この人の子の形をしたモノは、確かに人間なのだろうか・・・と。 あの事件については硬く緘口令が敷かれたが、その場に居た者の心からそんな不安が取り払われる日は決して来ないだろう。 カカシ自身でさえ、自分の出自を呪っていたらしい事を口にしたばかりだ。 養父の自分にさえ、そのような事を考えていたなどと気付かせることなく、こんな小さな体にひとり溜め込んで・・・。 どんなにか負の感情に苛まれていただろう。 イルカに、そんなカカシの心の闇を中和する容量が、果たしてあるのだろうか? 
---無謀だ
 自分がイルカの親なら絶対カカシには触らせたくない。
---自分としては是非とも中和してもらいたいところだったが・・・
 イルカはカカシの何かを中和したのだろうか。 ずっと手を繋いで歩く小さな二人は、カカシが何時もより若干おとなしめであるということ以外は、別段、何がどうしたというところも見受けられず、何かが変わったふうでもなかった。 もしかしたら、先ほどの宮司との会話で、カカシ的には問題解決してしまっていたのかもしれない。
---何にせよ、これで当面の問題は、これから行われる”儀式”を無事に済ませることだ
 彼は、そう自分に言い聞かせていた。

 そんな彼は、海野の葛藤を知らなかったが、海野が先刻逃げ腰になっていたことには気が付いていた。 無理も無かろう。 これからイルカに訪れる運命は、試練などという生易しいモノではない。 有体に言えば人身御供なのだ。 九尾の妖狐に選ばれた、生贄なのだ・・・と同情はした。 それくらいは海野にも解ったのだろう、と。 だが、あからさまに逃げを打とうとしている体を、そうはさせじと押し留めた。 口では優しげな言葉を並べながら、内心では「今更逃げてもらっては困る」と詰ってさえいた。 今も一行の最後尾を守る態を装いながら、逃げ道を塞いでいる。 何となれば、彼も彼の養い子であり教え子であるカカシを、この儀式に差し出さなければならなかったからだった。
 カカシ。 斯くも幼き身で天才の名を恣にし、次代の木の葉を背負って立つ器だと将来を嘱望されているカカシ。 尊敬して止まないあの白い牙と謳われる大忍者の血を引くカカシ。 この子が何故、このような宿命を背負わされてしまうのか。 ただ妖狐の封印を守る者を守護するために、その生涯の如何ほどを捧げねばならないのか。 一生か? イルカがどのようにして封印者に選ばれたのかは彼には知る由もなかったが、カカシが守護者に選ばれた理由は明白だった。 その才能ゆえなのだ。 イルカと同じ年頃で、最も優秀だったというだけなのだ!
---イルカは捧げてもらわねばならない、カカシがそうであるように、九尾を鎮めるにはそれしかないのだ

 この時期火影になる男は、そう解釈していた。 彼もまた、己が将来を里長として里のために捧げると覚悟を決めた身ゆえの考えだった。 だが、その考えは根本的に間違っていた。




 奥へ奥へと続く薄暗い廊下。 海野はその光景を、一生忘れないだろうと思った。 両側は漆喰の壁で窓ひとつなかった。 徐々に下降していくところから、恐らくこの御山の中心部辺りに向かっているのだろうと思われた。 気温は下がり湿度は増した。 一番前を青龍が、次に火影が続いた。 ふたりの子供は手を握り合い、その後を行く。 自分は彼らの直ぐ後ろにぴたりと付いて、金髪の男は少し遅れて殿を務めていた。 誰も喋らなかった。
 どのくらい歩いただろう、先に扉が見えてきた。 いよいよこの中に、と緊張感が漲る。 が、厳重に封印でもしてあるかと予想していたその扉を、青龍はあっさり押し開いた。 薄暗さに慣れた目が、零れる柔らかい光に眩しく眩んだ。






BACK / NEXT