死がふたりを別つまで
- Until Death Do Us Part. -
2

鎮守の森
火影に促されて、それぞれの子供の手を引き5人は鳥居を潜った。 鳥居から先は緩い階段が続いていて、上の方は木立に隠れて望むことは叶わなかったが、この先にある物が何か大概の大人は知っている。 知っているから近づかない。 否。 普段は結界で護られて入ることもできないはずだった。 今日は予め結界が外されているのか、緩められているのか、はたまた火影が結界に穴を開けたのか、5人は難なくそこを通り過ぎて階段を登ることができた。
諦めたのか、最初と違いおとなしく手を引かれて歩くカカシを見ながら、海野は一人の男のことに想いを馳せていたのだが、思わず言葉を漏らしてしまっていた。
「君はお父さんにそっくりだね。」
ぽつりと零したその言葉に、海野親子以外の3人がはっとして歩みを止めた。 カカシ本人は目を大きく見開いて海野をまっすぐ見上げて固まっている。
「あっ すみません。 私が知っていることをご存知なかったですか?」
海野は己の失態を焦ったが、今ここに居る面子が知らないはずはない。 では、カカシに内緒にしていたのか。 たったひとりの父のことを。 海野は溜息を漏らしてカカシを見下ろすと、再び目線を合わせるために彼の前にしゃがみこんだ。
「父を…知っているのですか?」
なんて大人びた口調だろう。 イルカとひとつしか違わないのに。 早くから大人の間で生きなければならない環境に合わせてそうなったのか、躾けられたのか。 それがこの子のためとは解るが、海野は眉を寄せずにはいられなかった。 教えますよ、と目で残りの二人の大人に同意を求める。 火影三代目は僅かに頷き、金髪の忍は哀しいと顔に書いて目を伏せた。
「会ったことがあるんだよ。 この子の母親と君のお母さんは同里なんだ。 君のご両親とはそこで会いました。」
父のみならず母にまで面識があるというこの優しげな忍らしからぬ忍を、全て目に焼き付けようとでもしているかのように、カカシは瞠目したまま瞬きひとつしなかった。
「君のお父さんは、それは見事な銀髪に碧眼の美しい容姿の方で…、えっと、君と同じ、銀の髪に青い目で、背が高くて逞しい…って言うか強そうな?」
子供に解る言葉を選ぼうとして言い直す海野を制して、カカシは先を促した。
「大丈夫です。 解ります。」
5才・・・。 海野は考えないよう僅かに頭を振って続けた。
「君のお父さんも、とても博識な…頭のいい人でした。 君は姿ばかりでなく、能力も受け継いでいるんだね。 それにもの凄く強い人だった。 誰にもどんな物にも負けない、強い、本当に強い人だった。 私は君のお父さんのおかげで、私の妻になりこの子を産んでくれた女性と逃げることができました。」
***
海野が彼の妻となる人と出会ったのは、風の国の辺境にある隠れ里でのことだった。 その里は、風の国の忍達の下請けのような仕事を細々と生業にしている小さな村で、その村の女性だけが持つある特殊な技によって大国に活かされ利用され続けることで生き延びてきた村だった。 海野はそこに潜入していて彼女に会った。 会って恋に落ちて将来を誓って、そして殺されかけ、そこから逃げた。
カカシの母は村長の娘で、非常に美しく力もあったが、不幸な人だった。 そこにカカシの父となる男がやって来た。 東から来て、西に行く途中にこの村があったから寄ったと、彼は言った。 銀髪碧眼、長身痩躯、そして傲慢にして奔放で少なからず外道だった。 村の大半の女を試し食いして最後に村長の娘を孕ませた。 子供を産ませたのは彼女一人だった。 ふたりの間に何があったのか、今となっては誰にも判らない。 彼らふたりの間になんらかの約束があったかどうかも、彼ら二人だけの秘密となった。
村長の娘は子を産むまで村に留まり、乳飲み子がようやく歩けるようになった頃、地位と責任と故郷を捨てて子連れで村を出奔した。 そして木の葉の大門に辿り着いたのだった。 海野たちふたりは、村長の娘が彼の男のことで彼女の父親と揉めて騒ぎになっている隙に抜け出すことができた。 だから、その後の村長の娘の安否については知る由もなかったが、彼の男が海野たちが抜けた前後に村を半壊させるほど大暴れして消えたことを、風の噂で知ることができた。 自分達が案外容易にその里を抜けられたのも、そのおかげだったと後で知ったのだった。 だが男が彼女を連れて出た、という話は終ぞ聞くことがきでなかったので、ふたりはたいそう心配していたのだ。 大門の行き倒れの報が火影から直に海野に伝えられた時、やっとその後の彼女と生まれた子供の動向を知ることとなった。 その時、海野らふたりにも子供が産まれていた。 それがカカシとイルカだった。
***
「あの時は大騒ぎになりましたね。」
海野が子供に話せる限界を試しながら汗をかいている横で、金髪の忍が場にそぐわぬ朗らかさで海野の話の後を継いだ。
「私も呼びつけられたひとりでした。 門番の者が大門を開けられないと頑なに拒むもので、説得するのに苦労しました。 大門の外にとんでもないチャクラの持ち主が潜んでいると言うのですよ。 で、見張り櫓の上からまず皆で見たんです。 そしたら女が一人、子供を抱いて倒れていました。 まさか幼児のチャクラだとは思わないし、彼女がとてつもない忍だと思ったんですね。 でも、強大なチャクラとそれを隠そうともしない未熟さに、どうしていいか判らず右往左往していた訳なんです。」
「カカシくんのチャクラだったと?」
「そうです。 当時3才でした。 やっと歩けてたどたどしくしゃべれるくらいの、大人の腰丈ほども無い標準より幾分小さめの、子供でした。」
今でもイルカくんの方が少し大きいね、と彼は優しくイルカの頭を撫で、カカシの髪の毛はくしゃりとかき混ぜて微笑んだ。 カカシはむっとして頬を膨らませたが、常のことなのだろう、何も言わずにさせている。
「彼女の口から、あなた方ふたりの名が出され、その後はご存知の通りです。」
「あの、カカシくんに判るように…」
「いえ、彼は母親のことは全部知ってますので。」
海野が気遣って言い募ると、カカシの保護者は事も無げにそう言った。
海野は複雑な気持ちになった。 母親のことは隠さず話し、父親のことは隠していたと? それが顔に出ていたのだろうか、カカシの保護者は火影を恨めしく見やると、父親の話は初耳でした、とふてくされた。 おそらく凡そのことは既に知っていたに違いないのに、まるで自分のことのように悔しがっている様が、カカシを想うその男の真実なのだろうか。
「件の男がカカシの父親である証はどこにもなかった。」
それまでずっと黙して聞いていた火影は、苦い表情で応えた。
「でも、カカシくんは確かにあの人の子供ですよ。 まちがいありません。 そっくりですから。」
海野はカカシに目を戻した。 彼の知りたいのは、父親の何なのだろう?
「あの、父は…」
年相応の高い声で大人びた話し方をするカカシ。 それでも言い澱むカカシの言葉を待って、海野が首を傾げると、意を決したように口を開いたその言葉に海野は絶句した。
「父は、人間でしたか?」
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