死がふたりを別つまで
- Until Death Do Us Part. -
1

壱ノ鳥居
雨が降っていた。
約束の時間まで十分余裕があるはずだったが、遠くに既に小さく人影が見えたので、彼はそれまで手を引いて歩いていた我が子を抱えあげると、小走りで鳥居まで急いだ。
火影三代目は、編笠を目深に被り、俯いて、石像のように動かず悄然と立っていた。 小雨の中、傘も差さずにいる彼の傍らには、いつもいるはずの護衛の者のひとりも見えなかった。
「火影様」
呼びかけられるまで俯いたままだった三代目だが、彼が側に寄るとやっと顔をあげて体ごとこちらに向き直った。
「海野」
「供の者も連れずに・・・」
「今日のことはここに来る者しか知らんのでな。」
火影は目を細め彼の左腕に貼りつくように抱かれている幼子を見た。
「この仔がイルカか」
「はい」
目尻に皺を寄せて優しげに微笑む火影の顔が、どこにでも居る好々爺のようで、彼は肩口に顔を埋めてへばり付く人見知りの我が子に顔を見せるように促したのだが、頑なに頭を振られてしまい、眉尻を下げて火影に詫びた。
「すまないのはこちらのほうだ。」
せっかく緩んだ頬を、また哀しげに歪ませて、火影は彼と彼の子供に深く腰を折った。
「そんな、火影さま・・・。 とんでもありません。」
そうは言ったものの、それきり黙りこんだふたりにイルカが終に顔をあげ、見比べるように左右を振り仰ぐと、火影はふっとまた笑んでやっと見せてくれた幼い顔を覗き込んだ。
「おぬしにそっくりじゃな」
「よく言われます。」
ふふっと嬉しそうに笑って父親の顔をした彼は、まっすぐの黒髪を後ろで束ね、木の葉の額宛の直ぐ下に黒曜の瞳を湛えた、優しげな顔立ちのまだ若い忍だった。 彼の妻も忍で、イルカは彼らのたった一人の子だ。 黒髪と黒い瞳と細面の顔立ちを父親から受け継いだイルカは、まだ4才になったばかりだったが、ここに連れて来られる理由がある子供だった。
「もうひとりは?」
「彼奴の遅刻癖は筋金入りだからな」
渋面を作りながらも、それを容認している様が易々と見て取れる。 次代の火影に内定しているという噂は強ち嘘ではないらしい。 海野はその男に会ったことはなかったが、余りにも有名なその男の忍ぶりと特徴のある容姿について十分過ぎるほど聞き及んでいたので、なんだかもう知っているような気がしていた。 だが、今日これからその有名な忍に会うとなると、早く実物を見たいようなこのまま憧れているだけに留めておきたいような、どこかしら不安な心持でもいた。 それは、これから来る運命から目を逸らしたいがためのただの現実逃避に過ぎないのかもしれなかったが。
そして、その男が連れてくるはずの子供も、非常に有名だった。
「その方が連れて来られる子供というのが、あの時の?」
「そうじゃ」
「イルカより年上でしたか」
「たしか今年で五つのはずじゃ」
「ひとつ上ですね。 アカデミーへは?」
「入る前に下忍になるじゃろう。」
海野は、そうですか、と溜息とともに頷いた。 そんなに幼くて任務をこなさなくてはならないのか。 哀れな。 至って普通な我が子をそっと抱きしめると、何故このようなことに・・・とふたりの子供の将来を憂えずにはいられなかった。
「遅くなりましたっ」
肩で息をしながら現れた件の人物は、金の髪を雨に濡らして青い瞳を瞬かせ、捕まえるように手を引いている子供がするりと身を翻そうとするのを慌てて体ごと抱き込んで止めていた。
「す、すみませんっ カカシくんがちょっと…あの…」
ぜいはぁ言いながらしどろもどろに言い訳を探す様が「凄い忍」像を打ち壊してくれてはいたが、海野は感激していた。 この方があの自来也さまの秘蔵っ子と言われた天才忍者なのか。 その天才はくるっと海野に向き直り、やおら笑顔を全開にして手を差し延べてきた。
「あなたが海野さんですね! お噂はかねがね。」
今日はよろしくお願いします、と言うと怯む海野の手を勝手に取ってにぎにぎと握りながら抱きつかんばかりに詰め寄ってくるので、海野は仰け反ってそれに耐えた。 いったいどんな噂やら。
「で、こっちがイルカくんだね!」
か〜わいいなぁ、とこちらも驚きのあまり瞠目して固まったままでいるイルカに頬刷りをした。
「もう、そのへんにしておかんか」
溜息とともに火影三代目に窘められると、やっと海野の手を離した金髪の男は、自分の手に捕まえられてじたばたとなんとか逃れようともがく子供の両肩を掴み、くるりとこちらに向き直らせると頭を抑えてふたりで腰を折った。
「うちのカカシくんです。 どうぞよろしく。」
カカシと呼ばれた子供の髪は銀、細く眇められた目は灰青色だった。 なかなか聴かなそうな子だ。
「イルカくん、仲良くしてね」
ね?っとかわいこぶりっこに品を作られ、イルカはまたしても固まった。 が、カカシを見ると自分から父親の手を降りた。 ふたりの幼い子供は、吸い寄せられるようにお互いの目を覗きあった。
海野は子供たちの背の高さまでしゃがんで目線を合わせると、生まれ持った柔和な笑みを湛えてカカシに話しかけた。
「こんにちは、カカシくん。 君に会えてうれしいです。」
カカシは隙あらば逃げ出そうとしていたのも忘れて、この瓜二つの親子の顔をしばらく替わりばんこに見ていたが、すっと半歩退いてぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。 カカシです。」
海野はうっと詰まった。 第一印象とは違うお躾の良さが伺え、我が子を振替って赤面する。
「イルカ、ご挨拶をしてくれてるよ。」
父に促されて初めてイルカが声を発した。
「こ…こんにちは」
半歩距離をとってお互いを見詰め合う幼いふたり。 海野は彼らの重い将来を思いやり、哀しさに視界が滲むのを感じて慌てて目を瞬かせた。 かわいいかわいい、と回りを飛び跳ねるカカシの保護者は見なかったことにして・・・。
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