玉姫様御乱心実記


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「なっ…なにを急に」
「其方、あの男との関係は不如意なのであろう? ワシは其方を気に入っておるし丁度いいではないか。 其方も忍など辞めてワシの側で気楽に暮らせばよい。 国をあげて守ってやる。 もう命の遣り取りなぞせずともよくなるし、嫌々上官の処理の相手もしないで済む。 祝言だとて形だけでよいのだ。 暫くはともにゆるゆると過ごそう。」
「なにを…何を仰っておいでです?」
「其方が気に入ったのじゃ。 其方とならさぞかし楽しい人生を送れようし、其方も現状に不満があるようだしのぉ、よい案ではないかえ?」
「姫様…何を簡単に言ってるんです。 アナタは恋をしたことがないんですか? 会ったばかりの男とそんな簡単に結婚するなんて、いい加減にも程があります!」
「簡単ではないっ いい加減に言うておるつもりもないっ 恋などせんでも生きていけると言うておるだけじゃっ 男など要らんし、父上の言うがままに結婚もせんっ! ただ、そういう関係と限らずとも共に仲良う暮らして楽しければそれでよいではないか。 其方だとて男の身で男に抱かれんでも済むようになれば重畳じゃろう、のぉ?」
「アナタはただ、お父上の押しつける結婚から逃避したいだけじゃないですか。 それに俺を利用しようってだけだ!」
「そうではないっ ワシはただ、其方に良かれと思うてっ その方が其方も幸せだろうと思うてっ!」
「うるせぇっ!!」

 あれよあれよという間に言い合いから怒鳴り合いになり、うみのイルカ遂に激昂して姫御前に暴言吐き候。 相変わらずの不遜ぶり、反省の色全く無し。 小姓二人も今やその上の者に組せぬ態度を「羨まし」と思ゑ、止めもせで、ただ唖然と成り行き見守り候。

「アンタが独身で居ようがお父上の言うとおり政略結婚しようが俺にはこれっぽっちも関係ねぇがなっ 人の人生まで口出しすんなっ まったく、どいつもこいつも勝手に人の幸せ決め付けやがって! 俺の幸せは俺自身のもんだっ!!」
「…ま、待て、イルカ。 イルカッ!」

 うみのイルカ、憤然と立ち上がりて去ぬる。 単細胞これ極まれり。 後に残されし姫御前と小姓二人、ただ呆然と数刻過ごしたり。 嵐の後の如し静寂を破りしは件の上忍はたけカカシ。 引き継ぎの場に彼の中忍居らず、中に入れば入ったで只ならぬ様子に何事かあらざらんと見たるが、一向に仔細伝わらず困惑頻りなりと後に報告書に記し候。

               ・・・

「イルカのヤツ、ワシに「うるせぇ」と怒鳴りおった」
「あ、ずるーい。 もうそんなに仲良くなっちゃったんですかー。」
「どこが仲がよいものか。 アヤツ、怒鳴りたいだけ怒鳴ったら、ワシをほっぽってさっさと出て行きおったのだぞ。 プイっと、もうプイっとだぞ? 冷たくだぞ?」
「いーなー。 俺なんか無視ですよ、無視。 プイっとも何も無いのよもー、悲しくなっちゃう。」
「それはソナタの自業自得であろう。 イルカは、愛の無い関係だと言うておったぞ。」
「ひ、ひどいっ カカシ泣いちゃうっ」
「その喋り方、ムカつく」
「あーでも、イルカ先生ったらまーだそんな事言ってんだー。 もー、何回言えば判ってくれるのかなー。」
「ソナタとの行為は合意では無いと言うておったぞ。 ソナタが勝手に気まぐれにシテおるだけじゃとな。 中忍は上忍には逆らえん、慰み者になるのも止むを得ないと、アレは強姦じゃレイプじゃと泣いておったぞ、この犯罪者めっ」
「ちょっとちょっとー、最後の方、随分脚色ありませんかー?」
「む…聞いておったのか」
「まぁちょっと耳をね、忍ですから」
「卑怯者!」
「ずるいのはソッチでしょうがー、もーっ イルカ先生に変な事吹き込まないでくださいよ。 あの人、すーぐ絆されちゃうし情が移っちゃうんだからー。」
「変なこととはなんぞや」
「婿に来いとか言ってたくせにー、もー」
「利害が一致しておるのじゃ、よかろうものを。 ソナタと居るよりワシと居った方がなんぼか幸せというものじゃ。」
「そういう事言うから「勝手に決めんな」って怒鳴られちゃうんですよ、姫様。 アナタほんとに一回も恋したこと無いんですか?」
「男なぞ嫌いじゃ。 男なぞ信用できん。 バカでスケベで軽薄なだけじゃ。」
「な…なんかそれって…すごいトラウマかなんか?」
「知らん」
「イルカ先生だって男じゃないですかー」
「イルカは信用できるヤツじゃ。 ワシに正直にものを言うてくれるし、一緒に居って楽じゃ。 楽しい。 あまり男も感じぬしの…おっと、これはヤツには内緒な。」
「ふーんだ、言ーっちゃおーっ イルカ先生はねー、俺のなんです、俺の俺の俺のっ 誰にもあげませんっ」
「ソナタのものと決まってはおらんようではないか。 現にイルカはソナタを認めてはおらんぞ? まだワシにも部がある。」
「姫様ー、本気になっちゃ駄目ですよって言っといたでしょう? あの人はー、髪の毛の一筋から爪の一欠けらまで俺のものなんですからねーっ」
「気持ちはどうなのじゃ?」
「う…だからー、今、微妙なかんじなんですぅ」
「微妙とな。 ソナタ、そもそも如何様にしてあの堅物を口説き落としたのじゃ? 想像できんわ。」
「口説き落としたって言うかー、えーと、アレ、俺最初どうしたんだっけ?」
「?」
「えーとえーと、最初ぉ、あの人んち行ってー、えーと…?」
「オヌシ、もしかして…いきなり押しかけていきなり押し倒したのか? え?」
「あー、そーそー。 そう言えばアン時任務前で時間無くってー、取り敢えず頂いとこうおって思ったんだった!」
「さ…さ・い・て・い・じゃっ 最低なヤツよ、オヌシという男はっ 死んでしまえっ」
「えー、だってー、あの人案外とモテルしー、唾つけとかなくっちゃって俺も結構焦ってたしー」
「言うなっ それに語尾を伸ばすな、鬱陶しいっ この強姦魔め! そのような無体をしたのなら、後で如何なるフォローをしようともイルカが許さんのは当然じゃ!」
「え? フォロー? えーと…フォローね」
「フォローもしておらんのか?! この糞野郎めがっ それでイルカをずっとその調子で慰み者にしておるのだな! ヤツがあのように頑なになっておるのも皆オヌシの身から出た錆じゃわっ 恥を知れっ!!」
「だってだってー、俺だってフォローしたかったけどとにかく忙しいかったんですもん」
「問答無用! 夜毎押しかけて不埒な真似を働く暇はあったんじゃろが!」
「えー、だってほら、それはそれ、これはこれじゃないですかー。 俺、男の子だもん。 それにちゃんとフォローだってしたいなって思ってたんですよ? ほんとに。 あの人最近態度むちゃむちゃ冷たいしー、でも次から次へと任務は入るしー、だから、今回こんなに一緒に居られる機会も滅多にないから何とかちゃんと話をしようって思ってたのになー。 あの人前より機嫌悪くなっちゃって引き継ぎ以外では口も利いてくれないしー、その俺の唯一のお楽しみタイムさえもアナタは俺から奪っちゃうしー。 どうしてくれんですか。 あの人に仕事ブッチさせちゃうなんて有り得ないですよー。 真面目が服着て歩いてるような人なのにー、もー、ぶーぶーっ」
「人の所為にするか、この最低野郎!」




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