嵐の夜に


19


「ねぇ、夜、足りない?」

 野菜を卸しに行った帰り、女性達に囲まれていた事にちょっと拗ねたことを言ったら、その場にトラックを止めて藪の中に連れ込まれた。

「あ、あ、刈谷さん…、ねぇ、俺、ま、満足、できない?」

 木の影で胡坐を掻いた刈谷に跨り、抱き合って接吻けあいながら尋ねた。 足りなかったら、満足させてやれていなかったら、刈谷がこうして昼間でも求めてくれる裡はいい、だけどそれでも満足できなかったら? そもそも刈谷はノーマルな嗜好の持ち主だったのを最近知った。

「ねぇ、刈谷さん」
「足りない、全然足りないっ ずっと一日中抱いてたい」
「俺でいいの?」
「またそんなこと言って… ヨウスケしか要らない」

 刈谷が腿を掴んで身体を上下させ出した。 刈谷の頭を胸に掻き抱き、空を見上げて喘ぐ。 青姦もこれが初めてではなかった。


「昼間スルの、そんなに嫌ですか?」

 事後の気だるい身体をそっと抱き寄せられ、二人で寝転がって空を眺めた。

「真昼間から青姦は嫌だよ」
「嫌ならもっと蹴倒す勢いで拒まなきゃ」

 二人でくすくすと笑い合う。 あ、雲が形を変えていく。 風が出てきたみたいだな、と思った。 天気にだけは敏感になった。

「スルのは嫌じゃないんだけど…」
「だけど?」
「その後、一人にされるのが嫌なんだ。 刈谷さん、俺のこと寝室に置いてっちゃうでしょ」
「置いて行くって言っても庭の畑ですよ?」
「それでも、一人でいるのは嫌なんだよ」
「まだ、恐いですか?」
「うん」
「…」

 刈谷がなんとも言えない目で見つめ、髪をゆっくり撫でつけてくれた。

「じゃあ、こんど揺り椅子でも買って縁側に置きましょう。 そこからなら畑の俺が見えるでしょう?」
「…」
「それでも嫌ですか?」

 二度、三度と刈谷の大きな手が髪を撫でる。 その掌に顔を擦り付けて目を閉じた。 気持ちいい。

「それでいいけど、でもできるなら一緒に畑仕事したい。 夜、もっとシテいいよ。 嵐の夜だったら一晩中でもいいし」
「ヨウスケ」

 穴の開くほど見つめられ、見つめ返した。 雲の流れが早くなり始めていた。

               ・・・

 この地に永住を決めた時、東京に放置していた住民票をここへ移した。 権利には義務が付いてくる。 若者は必ず入ると言われて町の消防団に入れられた。 だから嵐の夜には交代で見回りをしなければならなくなった。

「俺も行く」

 ヨウスケはそう言って利かなかった。 大抵の場合は連れて行った。 だが今日は、昼日中から事に及んでしまったため連れていけなかった。 そんな日に限って河川を担当させられたからだ。

「今日は危険なので家に居てください。 そんな覚束ない足元では、俺が気が気じゃありません。」
「やだっ 行くっ」
「ヨウスケ…」

 腰に貼り付いて離れないヨウスケの背をあやすように擦る。 家に帰ってからヨウスケと風呂に入り、また立っているのもやっとなほど貪ってしまった。 今日はもうこの後仕事は無いと安心していたのだ。 その後、天候の急変に気が付いた。 しまったと思った時は既に遅く、丘の上の一軒家から見渡す空は、飛ぶように流れる真っ黒い雲で覆われていた。

「大丈夫、間島はもう来ませんよ。 何ヶ月も経っているんだし、きっと諦めたんでしょう。」
「でも」
「歩けないでしょう?」
「歩けるよ」

 だがヨウスケは、手を離した途端その場に座り込んだ。

「ヨウスケ、今日は無理です。 聞き分けてください。 それとも立川さんかコウキチさんに来てもらいましょうか?」
「いい」

 ペタンと座り込んだまま下を向き、ぷいと顔を反らして頬を膨らませている。 気分を害したようだったが、機嫌を取っている時間は無かった。

「雨戸を全部下ろしていきますから、しっかり鍵をかけて誰が来ても開けないでいてくださいね。」

 不安はある。 だが心のどこかでは、本当にもう間島は来ないのではないかと言う気持ちになっていた。 帰国してから半年が経ち、立川達ともすっかり元の穏やかな友人関係に戻って円満に交流している。 何も問題は無い。 自分達は、このままここでいつまでもずっと、畑を耕し店で気心の知れた仲間と穏やかに過ごして、愛し合って生きていくのだ、そう思っていた。
 だが、一頻り仕事をし、交代が来てから帰ってみると、玄関は開いており、ヨウスケの姿ははどこにもなかった。




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