嵐の夜に


18


 ヨウスケが一晩で変貌するのを見るのは、これで2度目だった。

 刈谷は、毛布で蓑虫のように包んだヨウスケを横抱きに抱えてくると、クッションを幾つも積み上げたソファに然も大事そうにそっと下ろし、自分も彼の上半身を抱きかかえるようにしてソファの端に座った。 そして髪の毛を掻き揚げて顔に顔を寄せ、二言三言囁くと、ヨウスケはやっとといった風に重そうに瞼を開き、こちらを見てニコリと微笑んだ。 その顔を見て、もうこれは諦めるしかないと、思った。


 不手際だった。 今年初めての台風の夜に、ヨウスケを一人にしてしまった事に気付いたのは今朝だ。 既に二日経った後だった。 立川から電話があり、一瞬血の気が引いた。

「今から行ってみるよ」
「俺も行きます」

 だが二人で店の方へ顔を出すと、刈谷が一人で準備をしていた。 そして自分達を見るなり、話があると言い出した。 来るときが来たのだ、ついにヨウスケが唯一人の人のものになってしまった、と悟った。 自分は既に大分諦めがついていた。 刈谷が来てからというもの、いつかこんな日が来ると観念していたのだ。 だが、立川はそうはいくまい。 殴り合いとかになったら僕的にどうしたらいいんだろう。 困っちゃうな、と悩んでいると、立川がとにかくヨウスケに会わせろと言った。

「判りました。 今、連れてきますので」

 そう言って立ち上がった刈谷の後姿が、何か自信に満ちている気がした。

「ねぇ、立川君、あんまり怒ったりしたら困るのヨウスケ君だからね?」
「判ってます」

 むすっとして口数も少なくなっている立川に、ちょっと冷や汗が滲む。 だが、そんな風に人事に思っていられたのもヨウスケが来るまでだった。 その顔付きを見て絶句する。

「ヨウスケ」

 刈谷が呼ぶと少しだけ覚醒してこちらを見るが、すぐウトウトと眠りに入っていってしまうヨウスケは、刈谷に凭れるようにしてソファに横たわっていた。 安心しきった顔が眩しいほどだ。

「すみません、眠くて仕方がないんですよ。 ここ2日、殆ど寝かせていなかったので」

 うーん、さらっと凄いこと言ってくれるなぁ。

「声も出ないと思います」

 うーん、うーん。

「ね、ねぇ、刈谷君、今回は僕らもその悪かったけどさ、留守の間にこれってちょっとアレじゃない?」

 ええーい、こうなったらもう、立川君が切れる前に僕が切れちゃえ、と無理に怒った声を出せば、なんと自分を抑えたのは立川だった。

「コウキチさん、もうみっともない真似は止しましょう」

 は、はぁ?

 またしても絶句して、今度は立川を睨む。 それはないよ立川君、僕は君のために代わりにこうして…。

「ヨウスケさんにあんな幸せそうな顔、俺達にはさせてあげられなかった」
「う、うん、そうね、そうだけど」
「ヨウスケさん、ずっと我慢してたんですね。 やっと判りました。」
「立川君…」
「諦めましょう、俺達」

 もう、なんなのよ。 それは俺の台詞だったはずなのに…。 まぁいいか。 あんなにヨウスケが幸せそうなんだから。


 丘を二人して下る。 なんだか今までの事が夢のようだ。

「俺ね、コウキチさん」
「うん」
「今年度いっぱいでぎりぎりなんですよ」
「何が?」
「転任」
「…ああ、そう言えばそんな事、前も言ってたね」
「今までずっと辞退してきたんですけど、10年が上限なんです。 だから来年の4月には多分…」
「そっか」
「卑怯ですよね、俺、ちょっとほっとしてます」
「僕もそうよ、ナナちゃんに赤ちゃん生まれたら、もうこんなこと続けらんないってね、悩んでたんだ実は」
「ヨウスケさんに、俺の嫁さんになって付いて来てくれって、マジで頼もうかとか、考えたりしてました。 はは、無理ですよね」
「立川君、偉いよ君は。 そこまで考えてたの?」
「だって俺、本当にヨウスケさんのこと…」

 あんな顔見せられちゃ言えないよね、本気なら余計に。

「ま、あの嵐の晩までの僕らに戻りましょ。 ね。 茶のみ友達でいいじゃない。 刈谷君もそれまではダメだって言わないと思うよ。」
「そうですね。 でも俺、暫らくは無理です。」

 本当に、本気だったんだ。

「立川君、よく手とか出さなかったよね。 僕さ、実は少しビクビクしてたんだよね。」
「刈谷君相手じゃなかったら出してたかも」
「そうだよねぇ、あの上腕二等筋は反則だよねぇ」

 あはは、と二人で笑う。 本当に夢のような数ヶ月だった。

               ・・・

「ヨウスケっ 何ですか、その恰好は!」
「え? 何って…」

 唯のジョギパンとランニングだけど。 箪笥を探したら出てきたのだ。 午前中の畑仕事を終えて風呂で汗を流し、着替えてきたところだった。 猛暑なのだ、このくらいで丁度いいじゃないか、と首を傾げていると、刈谷は益々怒った顔をした。

「そんな恰好で外に出るつもりだったんですか」
「外って言っても刈谷さんしかいないじゃない」
「ダメです」
「だって、こんなに暑いんだし」
「ダメですっ」

 刈谷がこんなに強引で自己中な性格だったなんて、全然知らなかった。 この前は、コーヒーに牛乳を入れ過ぎて表面張力を起こしたカップに首を伸ばして口を付け、机に屈んでずずーっと啜っていたら、後ろからひょいと抱え上げられて寝室に連れ込まれたし、畑で種を蒔いていたら側に刈谷が来たので「なに?」と見上げると、いきなり肩に担ぎ上げられて風呂に連れ込まれそのまま及ばれたし、冷蔵庫と壁の間に今までなかった隙間ができていたので首を傾げながらも「掃除機置き場に丁度いいや」と思って置いておいたら「これは違います」と怒られて「じゃここはどう使うの?」と問えば「こうするんです」と言うが早いか隙間に連れ込まれて接吻けられた。

「店に客が居る時にあなたにキスしたくなったら使うんです」
「はぁ?」

 何を考えているのかさっぱり判らない時がある。 今だって、あっと言う間に抱き竦められ、いやらしい手付きで太腿を痛いほど撫で回された。

「こんな生足、俺の前で見せ付けて、どういうつもりですか」
「な、生足って、唯のおっさんの足だよっ」
「袖ぐりも! こんなに開いてたら丸見えじゃないですか!」
「何が?!」
「乳首です!」

 手は尻を揉み、腰を擦り、脇腹を撫で回すとランニングの布の上から乳首を擦ってきた。

「ほら、もう勃ってる… ヨウスケッ」

 名を呼ぶなり、刈谷は台所の流しに押し付けらるようにしてジョギングパンツに手をかけ下ろしにかかった。

「か、刈谷さんっ こんな昼間っからは嫌だってば」
「あなたが悪いんです」
「そんなー」

 すぐに前と後ろを同時に弄られ、もう言葉が継げなくなった。 昨夜だってちゃんと愛し合っているのに、足りないのかなぁ?と首を傾げるばかりだ。

「あ、ああ…」

 後ろからヌヌゥっと刈谷が入ってくる。 片足の腿を掴まれて持ち上げられると、更にぐぐっと腰を押し付けられ、圧迫感に息も絶え絶えになって喘ぐ口をもう片方の手が顔を捻じ曲げて塞いできた。 そのまま律動を始められる。 苦しいし恥ずかしいし、今にも人が来そうで落ち着かなく、口がやっと外れた時文句を言った。

「は、ふ、うん、も、やだよ、刈谷さん、あ、昼間は嫌って」
「あなたの所為です」
「べ、別に下着じゃないんだし、あっ」
「下着も一緒です」

 刈谷がランニングの脇から手を入れて直接乳首を抓んできた。 クリクリと捏ねられた後引っ張られ、背筋が震える。 後ろからも刈谷の呻き声が漏れ出し、律動が本格的になった。 腹に交差するように腕を絡ませると、刈谷は首筋に吸い付きながら腰を揺すっては時折下から突き上げる。 ヨウスケも快感に身体を支配され出してきて唯喘いだ。

「あ、刈谷さん、うん、刈谷さん」
「ヨウスケ、名前、呼んで」
「刈谷さん」
「違う、名前」
「いや、呼べない」
「いいから、呼んで」

 刈谷の名前はあの嵐の晩に教えられた。 あの場所を突かれ、嫌とかイイとか脈絡なく叫び喘ぎながらめちゃくちゃに乱れ、トロトロになっている時に教えられたのだ。 だから、刈谷の名前はセックスに於ける絶頂感と直結して脳に刻まれてしまった。 普段でも名前を呼んだだけで欲情してしまうのだ。 その事は刈谷にはひた隠しに隠していた。 だって知られたら恥ずかしい。

「ヨウスケ、呼んで」

 頑なに拒むと、前に手が回りぎゅっと握られる。 刈谷の大きな手が既に勃起ちあがって涙をこぼしている自分をにゅるにゅる扱き、下からズンズンと突き上げてくる。 そんな、そんな事されたら俺…

「あ、刈谷さ… あ、いや、あ」
「ヨウスケ、愛してる、ヨウスケ」
「あ、刈谷さん」
「翔、です」
「シ、ショウッ」

 呼んだ途端、後ろの刈谷が低く呻いた。

               ・・・

 荒の晩、涙をぼろぼろと零しながら嗚咽に咽るヨウスケを抱き締め、この人がずっと何に耐えてきたのか、やっと解った。 馬鹿だった。 間島達と変わりないセックスを強いたまま終らせてしまうところだったのだ。 後でそれとなくコウキチ達に聞いてみると、やはりヨウスケとの関係が好転したのは行為に気持ちが備わっているとい事を、はっきり言葉で伝えてからだと言われた。 ヨウスケは自分の身体が淫乱だと思い、それを恥じている。 男が自分をそういう対象にするのは偏にこの身体の所為だと、諦めている。 確かに普通の身体ではないが、皆が皆、唯それだけを欲している訳ではないという発想が全く湧かないようだった。 あの間島でさえ、最後はヨウスケに愛を求めていたと自分は思っている。 だがヨウスケ自身は、端から感情面を求めず、唯々差し出すように身を任せてしまう。 これでは、三度間島がやってきた時も前回、前々回と同様の結果になると、刈谷は内心危惧していた。 最初のあなた達の対応が悪かった所為だ、と文句を言うと、彼らはニヤりと笑って「僕らにはもう関係ないもん」と、自分が淹れてやったコーヒーを啜りながら嘯かれた。

 それに付けても、この身体だ。 何かの弾みでスイッチが入ってしまった時のヨウスケは、手のつけようがなかった。

「ふ、うう…」

 ぎゅうっと握られたようにアナルが締まったかと思うと、奥へ奥へと吸引されていく。 ヨウスケの細い腹を抱き締め、背中に口を押し付けて呻き声を抑えるが、それさえもヨウスケの快楽のツボを押すらしく、締め付けが増すばかりだった。

「ショウ… ショウ…」

 自分の名前を繰り返し呼ぶ腕の中の愛する者が、快感に悶える様を見るのはこの上ない幸せだったが、それどころではないのだ。 刈谷は堪えきれずに達してヨウスケの中に精を放ってしまった。 慌てて抜こうとして腰を掴むと、ヨウスケがまた背筋を震わせる。

「ああ、ショウッ」
「よ、ヨウスケ… うう」

 離されないのだ。 握り締めるように吸い付くヨウスケのアナルに達した直後のペニスを嬲られ、もう呻くしかない。 そうこうしている裡にまた勃起ってきてしまう。 刈谷は諦めて、もう正気のないヨウスケを寝室に連れて行く事に決めた。 昼飯と午後の仕事が少し遅れるが、まぁ自業自得だ。 細腰をがしっと掴み直すと、ガンガンと激しく突き荒らしてはヨウスケの前を扱く。 ヨウスケは完全に我を失くして喘ぎ身悶えた。

「あ、いやぁッ ショウッ ショウッ」

 ビクビクっと震えてヨウスケが達するのを見計らって、激しい締め付けが来る前に自身を引き抜く。 弓のように身体を撓らせて一回叫ぶと、ヨウスケはクタリと自分の腕に中で頽れた。 その身体を抱え上げ、寝室に運ぶとベッドに横たえる。 そして両腿を大きく開かせると、猛ったままの自身を穿ち、失神しているヨウスケを突き荒らした。 すぐ覚醒して泣き乱れるヨウスケに接吻け、その腕が自分から首に絡むのを待ち、両足を担ぐ。 昼間からこんな、と言うのが最近のヨウスケの口癖になるほど、自分達はこうして日に何度も睦み合う事が少なくなかった。

               ・・・

「ジョギパン、ランニング禁止」

 刈谷は事後いきなりそう言った。
 ええ、ええ、もう絶対に着ませんとも。

「それと、人前で俺の名前を呼ぶのも禁止します。 いいですね?」

 そんなの!
 言われなくたって絶対呼ばないよ!

 そう喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ヨウスケは代わりにちょっぴり嫌味を言ってやる事にした。

「刈谷さんて、すっごいスケベだし自分勝手。 俺、全然知らなかったよ。」
「今頃気付いても、もう遅いですからね、ヨウスケ」

 言っても無駄だったようだが。


 数日後、どこかの古着屋から見つけてきたと、刈谷が自分にジーンズのオーバオールを買ってきた。 今はどんなに暑くても、Tシャツにそのオーバーオールを着ている。 腕が土方さん焼けになってしまうが、もう構わなかった。 それは、刈谷から買ってもらった初めての物だった。




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