嵐の夜に
17
「あっ ああっ」
刈谷がまるで別人のように乱暴に突き上げ、掻き回す。 激しく身体の中を出入りする硬く太い刈谷のモノ。 ヨウスケは、嫌だ、とだけは言わないようにと、それだけを念じて喘いだ。
「いっ う… うん、んんっ」
「ヨウスケ」
ずっと名前しか呼ばず、殆ど無言でひたすら身体を貪り続けている刈谷。 抱いてくれと言った途端、それだけで気が遠くなるまで激しく接吻けられた。 刈谷の唇はそのまま身体中に這い、痛いほど吸っては印を刻んだ。 その指は、触れなかった箇所はないと思われるほど隈なくヨウスケの全身を撫で回し揉み解して、ヨウスケ自身も容赦なく扱いて何度も吐き出させた。 頭をベッドに押さえつけられて腰を高々と持ち上げられ、深々とアナルを舌で犯され舐め解された。 ヨウスケは泣きぬれて身悶えた。 枕を噛み締め喉元まで出かかった「嫌」という言葉を飲み込んで耐えた。 そうしてやっと与えられた刈谷の熱く硬く太いモノ。 それが今、縦横無尽に自分の身体の中を行き来している。 今朝まで完璧に、優しく控えめで紳士的に振舞っていた刈谷が、ここまで豹変して猛々しく自分を求める様は、恐いと感じると共に震えるほど嬉しかった。
・・・
嵐の夜が恐かった。 誰かに傍に居て欲しかった。 コウキチも立川も来れないという今夜、ヨウスケは落ち着かなく歩き回った。 また同じだ。 あの夜と同じ。 恐い、間島が来てまた自分を犯して連れ去ろうと闇に潜んでいる気がして眠れなかった。 刈谷に頼もうか。 今晩だけ傍に居させてくれと、ただ部屋の隅に置いてくれるだけでいいからと。 ダメだ、できない。 同じ部屋に居て一晩、自分は刈谷に欲情して悶えるに決まっている。 そんなの絶対見られたくない。 嫌われたくない。
台所に行って酒を捜したが調理酒しか見当たらず、仕方なくヨウスケは店の方に来た。 あの日以来、夜一人で店には行きたくなかったが、そんな自分を叱咤して足を向けた。 棚からなるべく強い酒を選んでグラスも持って、態とあの日間島に抱き上げられた椅子に座る。 すぐにくる一人の夜。 こんなことで一々恐がっていてはやっていけない。 酒を一口含むと喉が焼け、二口喉を通すと胃がジンワリ熱くなった。 酔わなくちゃ、酔って何も考えずに眠るんだ。 一人で自分の部屋で眠って、明日は何事もなく起き出して、刈谷にまた「おはよう」と笑って言わなければ。 彼に迷惑がられちゃいけない。 彼に心配かけちゃいけない。 ちょっとでも長く居てもらいたかったら、ウザがられることはしちゃいけない。 もう仕事で傍にいてくれる訳じゃないんだから。 彼に仕事と住む場所ができれば、こんな所に無理に居る義理は彼にはないんだから。 こんな、他の男に毎晩のように足を開く男とひとつ屋根の下に居るってだけで、もう相当退かれてて当然なんだから。
こんな日に限って身体が疼く。 誰かに抱いて欲しいと訴える。 淫乱な身体。 淫らな自分。 2杯、3杯と無理に飲み、頭の芯がクラリとしてきた頃、刈谷が階段を下りてくる足音がした。 慌てて片付けようとする間もなく、眠れないのか、と声を掛けられ立ち上がると、足がフラリとふらついた。 寝巻き代わりのスエット姿の刈谷が眩しかった。
・・・
「うん、か、刈谷さん、ああっ」
後ろで刈谷がブルリと腰を震わせて、身体の奥に熱い飛沫を叩きつけてきた。 その感覚に下腹から震えが走る。 刈谷が達った証! 刈谷が自分のこの身体で快感を上り詰めさせた結実。
「ああ、ヨウスケ」
背中に顔を摺り寄せて呻く刈谷。 腹に胸に、愛おしげに手が彷徨い、乳首をこりこりと指先で擦られて、ヨウスケは思わず背を撓らせた。
「う、うん」
「あ… ふ、うう、ヨウスケ」
ぎゅっと抱き締める腕に力が籠められ、刈谷は呻きながら身体を二三度揺すってきた。 中でドクリ、ドクリと脈打つ刈谷自身がまた力を取り戻してくる。
「あ、あ、刈谷さん、刈谷さん」
「ヨウスケ」
自分もだが、名前しか紡がなくなってしまった刈谷の低い声が耳元に響き、ヨウスケはまたフルフルっと身体を震わせた。 四つに這った手でぎゅっととシーツを握り締める。 その手に刈谷の大きな手が重ねられ、もう片方の手が自分の頭を掴んで耳の中まで舌を挿し込んでは耳朶を噛んできた。 噛まれた場所から漣のように震えが走り、背中を伝って腰に抜けていった。 刈谷がまた呻く。 そして徐に身体を横向けにベッドに押し付けられ、足首を掴まれた。
「あ、あうっ」
なんて乱暴に身体をひっくり返すんだろう、この人は。 中に受け入れたまま反転させられたヨウスケは、だが上で顔を歪めて快楽に呻く刈谷を見た。
「よ、ヨウスケ…」
知らず、びくびくっと腹筋が痙攣した。
「う、くっ… ヨウスケ、ヨウスケ」
口元をくっと食い縛って、刈谷がまた達した。
・・・
「私は、ここに居ない方がいいですか?」
刈谷が呟くようにそう言った。
それは、居なくてもいいかと言う意味だろうか? 出て行きたいという意味だろうか? 誘われているという仕事を受けたのだろうか? 顳の血管が脈打ち、ズキズキと痛くなった。 このままでは刈谷の前で泣いてしまう。 ヨウスケは逃げた。
---刈谷が出ていく!
自分の部屋に逃げ込んで毛布を被った。 刈谷がここを出ていく。 自分を置いて、一人にして行ってしまう。 涙がぽろぽろと零れて止まらなかった。 うっうっと嗚咽が喉から漏れ、枕に顔を埋めて歯を食い縛った。 判っていたことじゃないか、いつかそういう日が来ると、承知していたはずじゃないか、と言い聞かせるがダメだった。 酒で理性が緩んでいるのだろうか。 子供のように心細くて哀しくて、唯々泣いた。 どうしよう、どうしよう、一人は嫌だ、刈谷が居なくなるのは嫌だ。 前は一人だったのに、もう一秒も過ごせない。 だが、こんなに哀しいのに股間が熱かった。 さっき見た刈谷の姿に欲情したまま収まらない。 なんて淫乱な身体なんだろう。 こんな自分、無くなってしまえばいいのに! そう思った時、部屋の戸が勢いよく引き開けられた。 刈谷が恐い顔で立っていた。
縺れるようにベッドに押し倒され股間を探られて、自分が欲情しているのを知られてしまった時の恥ずかしさ。 自分の淫乱さなど、刈谷は重々承知しているとは思うものの、それでも恥ずかしくて哀しくて堪らなかった。 今夜は自分が慰めてやると言われ、尚更哀しくなる。 哀れまれた! 淫乱な身体を持て余すこんな自分を。 胸が締め付けられるように痛んだ。 だがそれでも、身体は抱かれたいと疼いていた。 自然、抗う手も力を無くし、刈谷が触れた箇所からどんどんと熱くなる身体が厭わしかった。 抱かれたい、でも抱かれたくない。 ああ、引き裂かれる。 もうボロボロだ。 でもこのまま身体を繋げてしまって、せっかく忘れかけていた刈谷の身体を思い出してしまって、その上で出て行かれたら自分はきっと気が狂う。 刈谷が恋しくて死んでしまう。 泣いて止めてくれと請うが、刈谷はそれまでひた隠しに隠してきた気持ちまで暴こうとしてきた。 とっくに知れているとは思っていたが、それでもこんな仕打ちは酷い。 死んでしまいたい、と羞恥に燃える火照った顔を隠せばそれさえも暴かれ、だが間髪を入れず与えられた接吻けに力が抜けた。 そして刈谷の股間を自分のそれに擦り付けられた。 刈谷のペニスは恐ろしいほど硬く猛っていた。 薬を打たれて輪姦された日に一晩中抱いてくれた刈谷の太いモノを思い出し、頭の中がカーっとなった。 刈谷が好きだった。 好きで好きで、体中が抱いて欲しいと叫んでいる。 でも抱いてくれとは言えなかった。 だってこの人は出て行くんだもの、自分を置いて、出て行ってしまう人だもの!
・・・
「あ… ああ…… う…」
両足は刈谷の肩に担がれていた。 深くゆっくりと、刈谷のペニスが奥を抉る。 刈谷は何回か達して自分の欲望を収めたのか、今はヨウスケの中を探るように強弱を付けて突いてきた。 あの場所を探しているんだ。 間島に嫌と言うほど責められトラウマになってしまった場所。 ああ、どうしよう、立川に責められた時のように、嫌だ止めてと泣き叫んで、刈谷の身体を突き飛ばしてしまうかもしれない。 拒否の言葉だけは口にすまいと堪えてきたが、そこだけは止めてくれと、もう今言ってしまおうかと刈谷に震える手を延ばした。
「か、刈谷さ… そこは、や、ひっ」
ついにビクンと大きく身体全体が跳ね、ヒクリと喉が潰れたように鳴った。
「ここか」
ぼそりと刈谷が呟く。
「あ、ああっ ああーーっ い、う、ううっ」
押し付けるように先端を宛がい腰を波打たせてきた刈谷に、叫び声が止められなかったが、唇を噛み締めて嫌というのを寸でで堪えた。 口中に鉄の味が滲む。
「ううっ うくっ んんーっ」
「ヨウスケ」
ペロリと生暖かい滑ったものが唇を舐めた。 刈谷の舌がぺろぺろと食い縛った自分の唇を舐め解す。 思わず口を緩めると、荒い息が胸を激しく上下させた。
「あ、あはっ はぁ、はぁっ」
「ヨウスケ、力抜いて、俺に任せて」
「うん、ふ、ううん」
「嫌でも止めてでも何でも叫んで暴れていいから、もっとちゃんと喘いで。 息ができないでしょう。」
「刈谷さん…」
一旦律動を収めて身体を倒し、顔を側に寄せて囁きかける刈谷の顔。 汗が滴り、若干苦しげに刈谷も息を上がらせていた。 そんなにまでして無理に自分のトラウマをどうにかしてくれなくてもいい。 顔の両脇に着かれた刈谷の腕に手を縋らせ、そっと擦って唇を押し付ける。
「そ、そこ、も、いいから。 もうそこ、突かないで、俺、どうしても…」
「ダメだ」
だが刈谷は強い口調で低く遮った。 顔が恐いほど真剣だった。
「俺は嫌だ。 あなたがここを突かれる度に他の男を思い出すなんて、我慢できないっ 絶対忘れさせてやる。」
・・・
覚悟して、と刈谷は言った。 逃げてからずっと抑えてきた想いを全て注ぎ込むから、と。 あなたの想い? そんなの俺には判らない。 言葉にしてくれなきゃ判らないよ! 俺には言葉を強いてきたくせに、刈谷はコレが自分の気持ちだと、猛った股間を擦り付けてきた。 そんなこと、今までもたくさんの男にされてきたよ、刈谷さん。 結局、身体が欲しいのなら、なぜ俺の気持ちなんか求めるんだ。 彼らとどこが違うんだ。
「あいつらなんかと一緒にするなっ」
目を爛々と燃え上がらせて刈谷が怒鳴った。 あの優しい礼儀正しい刈谷とはまるで別人だった。 これがこの人の本当の姿なのだろうか。 獰猛な獣の顔をして、雌を求める雄の顔をして、刈谷が自分を見ている。 言葉が出なかった。
「あなたを全部貰います。 身体も気持ちも心も。 そしてもう誰にも渡さない。 コウキチ達にももう抱かせない。 触れさせもしない。 いいですね、ヨウスケ」
ぐっぐっと硬いモノで股間を小突き上げられて、直ぐにでもそれでめちゃくちゃに自分を犯して欲しくて堪らなくなった。 でもこの人は、出て行くんだ!
「どこへも行きません。 ここでずっとあなたと暮らす。 俺は、あなたの傍から離れるつもりはありません。」
「ほんと?」
本当?
・・・
忘れさせてやる、とギラギラした目で刈谷は唸るように言った。 本当にこれがあの刈谷なのだろうか。 なんて激しい、なんて強引な、なんて、なんて…。 その欲望剥き出しの刈谷の目に、ゾクリと背筋が震える。
「刈谷さん」
片足を下ろされた。 高々と片足を肩に担ぎ、身体が裂けるほど足を開かされる。 下の足を跨ぐようにして身体を更に押し付け、刈谷のペニスが奥の奥にヒタリと押し当てられた。
「あ、ああっ 刈谷さんっ いやっ そこ、いやです、か、刈谷さ… ん、んんっ」
無言でゆっくりと腰を揺すり続ける刈谷は、ヨウスケのペニスを片手で握ると律動と共に扱き出した。
「う、あうっ ふ、うん、んっ」
ビクリッビクリッと身体が引き攣り、呼吸が追いつかなくなり、頭が白く霞んできた。 だめだ、止めて、もう何が何だか判らない。 今、自分を突いているのは、果して本当に刈谷だろうか。 もしかしたら自分はまだフランスのあの部屋に居て、間島に、あの真珠の嵌った恐ろしいペニスに突かれているのではないだろうか。
「ああっ う、ううっ い、いや、いやぁ、そこ、いやぁ、突かないでぇ」
「ヨウスケ、ヨウスケ」
「いや、ねがいぃ、許して、許してお願い、あ、いや、いやーーっ 間島さん、許して、間島さん」
「ヨウスケっ!」
シーツを掻き毟り何とか逃げようと身体を捩らせながらも、身体を突き抜けていく快感とも苦痛とも知れない感覚に唯々震えてヨウスケは泣き叫んだ。 誰かが顎を掴んで揺すってきたが、唯々ぎゅっと目を固く瞑って懇願する。 許してと。 こうなった時自分にできるのは、それしかなかったから。
「許して… 何でもします、間島さん、許して、あ、ああ、許してぇ」
「ヨウスケっ こっちを見ろっ! ヨウスケっ!」
「間島さ… 許して、間島さん…」
顎を乱暴に掴まれ首がもげるほど引っ張られ、噛み付くような接吻けに口が塞がれる。 そして併せた口から唸るような低い声が脳を揺さぶった。
「ヨウスケ、俺は間島じゃない、刈谷だ。 今度他の男の名を呼んだら殺すぞ」
「あ…あ、うん、いや」
「ちゃんと目を開けろ、ヨウスケ。 逃げるな。 俺を見ろ。」
「いや、助けて…許して… あ、間島さ…」
「見ろっ!」
間島にしつこく名を呼ぶように仕込まれていたヨウスケは、許しを請う時はいつも、何度も何度も間島の名を口にしていた。 だが今、間島の名を言った途端パンッと頬を張られ、視界が大きくブレた。
・・・
欲しいか欲しくないか、俺が聞きたいのはそれだけだ、と言われた。 欲しいよ、欲しい。 あなたが欲しい。 だけど、あなたが求めている言葉は、俺が言いたい言葉とは違うよね? 俺が欲しいのはあなた、あなた自身。 あなたのペニスだけが欲しいんじゃない。 でももういい。 ずっと側に居てくれると言った。 もう誰にも触らせないと言ってくれた。 あなたが求めるこの身体、好きなだけ犯して。 抱いて。 自分もそれを望んでいる。 それも本当の気持ちだから。
・・・
頬を張られ、続けて肩を掴まれてガクガクと身体が浮くほど揺さぶられる。
「俺を見ろ」
唸るように低い声が耳に直接吹き込まれた。
「か…刈谷…さん」
涙で滲んではいたが、それが刈谷であることがはっきり判った。 愛しい、愛しい男。 間違えようはずのない、恋焦がれた男。
「ぶったりしてすみません」
目を見開いて見つめていると、刈谷がふっと微笑んで首筋に顔を埋め、身体に覆い被さってきた。 荒く息を吐く刈谷の広い胸が自分の身体を覆いつくす。 決して軽くは無い体重が苦しかった。 だが、とても気持ちのいい重さだった。
「刈谷さん」
脇から腕を回して背に縋り、そっと刈谷の頬に自分の頬を摺り寄せると、刈谷がちゅっちゅっと首筋から接吻けてきて口を塞いだ。 そのまま抱き締め合ってキスをした。 ああ、この人を愛している。 胸にせり上がる感情のまま、それを口にしようとした時、刈谷がそっと囁いた。
「愛しています、ヨウスケ」
「え?」
「あなたが好きです」
初めて聞いた。 さっきも、欲しいとは言われたが、好きだとは言われなかった。 コレが自分の気持ちだと張り詰めた股間を擦り付けられたが、愛しているとは言われなかった。 ぶわっと大量の涙が湧き出し、ぼろぼろっと零れた。
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