嵐の夜に
16
嵐が強くなってきているようだった。 丘の上のこの一軒家に吹き渡る風がぶつかる度に、鈍い音と共に家全体がグラリと揺れるような気がした。 轟々と吹き荒ぶ風の音。 ガタガタと鳴る窓の音。 時折混じる打撃音。 雨が降り出してきているのかもしれない。 今にバケツでも引っ繰り返したような豪雨が来るのだろう。 畑は大丈夫だろうか。 ふとそう思い、刈谷はすっかりこの地での生活に馴染んでいる自分を感じた。 ヨウスケと居られるならどんな職業でも構わない。 どんなに貧しくても平気だ。 ヨウスケと居られるなら…。
今、目の前には、顔に朱を昇らせて俯くヨウスケの震える項がある。 酒の所為で箍が緩んで本音が覗いているのか? 本音なのか…。 これがヨウスケの、自分に対する本当の気持ちなのか…
「…どう違うんです?」
「どうって…」
口篭るヨウスケの目があちこちに泳ぎ、なんとか拘束から逃れようと再びもがき出す。 その手を掴み、身体ごと抱き込んで動きを封じると、ヨウスケは意外とおとなしく自分の腕の中に収まった。 酒のお陰でいつもよりガードの緩んだヨウスケの本当の気持ちが、触れ合った箇所から染み込んでくるような気がした。 刈谷は、なんてバカだったんだろうと自分を笑った。 この人の本質をあれほど理解していたつもりだったのに。 いつもいつも目の前で他の男に抱かれているヨウスケの姿に、自分の方が何か大切な物を見失っていたのかもしれない。 もっと早くこうしていれば良かったのだ。 触れ合うことでしか伝わらない感情というのが、確かにあるのかもしれない。 ヨウスケは自分を特別だと言った。
「ヨウスケ、私と彼らとどこがどうちがいますか?」
あやすように甘い声を作ってヨウスケに問い続ける。 先程と同じ言葉だったが、問うている内容は全く別のものになっていた。 甘く甘く、ヨウスケの耳を擽り、抱き締めた背を緩く撫で擦りながら重ねて問う。 なぜ、と。
「なぜ私が居なくなった後困るんです? なぜ私に今抱かれると困るんです? フランスで何回私に抱かれたと思ってるんですか?」
「4回」
最後の問いにだけ即答が返ってきて、驚かされると同時に笑が込み上げる。 この人は! 自分との交わりを指折り数えて反芻してくれていたのか!
「違いますよ、5回です。 あなたは覚えていないかもしれませんが、パーティで輪姦された後…」
「違うよ、アレを入れても4回だよ。 最初フェラを教わった時は刈谷さん俺のこと抱かなかったもん。 後ろのミシェールさんが前後を交代しようって言った時、あなた、ならシャワー室に行って洗って来いって言ってくれたでしょ? 俺、後で何回か同じ事強要されて、あの時あなたが俺のこと庇ってくれたんだって解った。 だから、騎上位の時と、お仕置きで2回と、最後は輪姦の後…」
「ヨウスケ」
本当に指を折って数える幼い仕草をする愛しい人を抱き締める。 嗚呼! この人もなんてバカなんだ。 自分とどっこいどっこいじゃないか。 ここまで想い合っていて、何故今までお互いにお互いを想う気持ちにちっとも気付かなかったのだ。
「あなたを抱きますよ」
「だからダメって!」
ベッドに押し倒しながら宣言すると、ヨウスケはまだ抗った。 だがそれは先程とは違って弱いものでしかなかった。
「なぜダメなんですか」
「だって、俺のこと置いてくくせに!」
非難がましい言葉でさえ、拗ねてみせて甘える恋人の駄々のようにしか聞こえない。 だがまだ足りない。 この人には是非、はっきりと言葉にしてもらいたかった。
「立川さん達だっていずれはあなたから離れるかもしれない。 なぜ私だけダメなんです?」
「刈谷さんはだって…」
「だって?」
小さな頭を両手で掴み、髪を撫で付けながら顔中に接吻けると、ヨウスケは弱々しく嫌々をしたが、もうそれも誘っているとしか感じられなかった。
「だって…だって俺、抱かれたりしたらもう我慢できない。 もう気持ち抑えらんないよ。 だからこんなことしないで」
「気持ちって? あなたの気持ちって何です? ヨウスケ」
「刈谷さん、酷いっ 意地悪だよっ」
追い詰められた羔は、目を潤々させて睨みつけてきた。 なんてかわいい顔をする。 そのまま言葉にして、ヨウスケ。 自分を見つめたそのままで。
「俺、あなたのこと……好きなんだ、ごめん」
言ってすぐに両手で顔を覆い隠してしまったヨウスケの手首を掴み、刈谷はやっと聞けたその言葉に謝罪の言葉が添えられていた事にまた笑った。 真っ赤になった顔から外させまいと抗う両手を強引に左右に開き顔の横に縫いとめると、深く口を併せる。 ビクッと一瞬身体を強張らせたヨウスケは、だがすぐにクタリと弛緩した。 その身体をこれでもかと抱き締め、貪るように唇を吸い、舌を絡め、口中を思う様犯す。 そして、既に硬く猛った自身をヨウスケのそれに擦り付けた。 ヨウスケは腕の中でブルリと震えた。
「なぜ謝るんです。 ほら、これが俺の気持ち。 もう遠慮しない。」
「か、刈谷、さ」
「あなたの気持ち、確かに聞きました。 覚悟して、ヨウスケ。 あなたと逃げてここへ来てからずっと抑えてきた俺の想い、全部あなたに注ぎ込ませてもらいます。」
「あなたの、お、想いって?」
「鈍いこと言わないでください。 ほら、もうあなたが欲しくて欲しくていきり立ってる。 朝までじゃ済みませんよ?」
「だ、だって俺…、俺はあなたが好きなんだよ? 間島さん達みたいに身体だけ欲しいって言われたら俺…」
「あいつらなんかと一緒にするなっ」
本性を剥き出しにして刈谷はヨウスケを怒鳴りつけた。 自分はこれっぽっちも紳士なんかじゃない、優しくもない、自分を”私”などとも言わないし独占欲の塊だ。 コウキチ達のように仲良くヨウスケを共有するなど、まっぴらごめんだった。 激しい征服欲が湧きあがり、腕の中で怯えたように震えて小さく抗う存在を、骨までしゃぶり尽くしたい衝動に頭が埋め尽くされていく。 もう止まらなかった。
「か…りやさん」
「ヨウスケ」
「は…」
「あなたを全部貰います。 身体も気持ちも心も。 そしてもう誰にも渡さない。」
「あ… う、うん」
猛った自身で股間を小突き上げながら言い募ると、ヨウスケが喉を晒して喘いだ。 直ぐにでも己を穿って突き荒らしたい激情が伝わったのだろうか。 ヨウスケは目元をほんのり赤らめて潤んだ瞳を瞬かせた。
「コウキチ達にももう抱かせない。 触れさせもしない。 いいですね、ヨウスケ」
「で、でも、あ、刈谷さん、出てくって…」
「どこへも行きません。 ここでずっとあなたと暮らす。」
「ほんと?」
ヨウスケの縋るような瞳。 どうしてこの瞳を今まで見逃してきたのだろう。 ヨウスケはいつだって、こんな瞳をして自分を見つめていたのではないか?
「俺は、あなたの傍から離れるつもりはありません」
「だって、さっき」
「だってはもう聞き飽きた。 俺が聞きたいのは、あなたが俺を欲しいかどうかだ。 ヨウスケ、俺が欲しいですか? 俺はあなたが欲しくて堪らないっ」
「刈谷さん…」
狂おしく抱き締め、股間を擦り合せるようにして身体を揺すると、ヨウスケはか細く名を呼んで首に腕を縋らせてきた。
「欲しいか欲しくないか、はっきり言って!」
「か、刈谷さん、刈谷さんっ」
首に巻き付く腕に、ぎゅっと力が篭る。
「言えっ 俺が欲しいと言えっ ヨウスケ!」
「…欲しい、あなたが欲しい」
「抱いて欲しい?」
「抱いて、今すぐ抱いてっ めちゃくちゃに抱いてっ!」
「ヨウスケ!」
やっと言った!
ああ、俺のモノ、俺のモノだヨウスケ。
やっと手の内に堕ちてきた。
もう誰にも渡さない。
刈谷は、ほぼ半年振りのその身体を、貪って貪って貪り尽くした。
そうして刈谷自身も、ヨウスケに貪られた。
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