嵐の夜に


13


「ヨウスケ君は?」
「眠りました」

 眉間に皺を寄せて戻ってきた立川を入れて3人が顔を付き合わせても、議論は割れるばかりだった。 そっとしておくべきだ、と主張する自分に対して、トラウマなら克服する手助けをしてやるべきだと教師らしい主張をする立川。 刈谷は驚いたことに基本的には立川に立場を同じくしているようだったが、今すぐというのは勘弁してやってほしい、と訴えた。

「今は体力がまだ覚束きませんし、逃げてからそう間がありません。 もう少し時間が経てば…」

 確かに、抱き締めた時のヨウスケの身体の頼りなさは哀しいほどだった。 この地でゆっくり美味しいものでもたくさん食べて過ごせば、また前のヨウスケに戻れるだろう、それまでは無理をさせるのは控えよう、と立川を納得させた。
 刈谷の身の処し方についても意見が割れた。 立川がヨウスケと同居することに難色を示したからだ。

「俺達は、あんたが居ても居なくてもヨウスケさんをまた抱きにくるよ。 あんたそれでもここに居られるのか?」

 立川も、ヨウスケ自身から刈谷との間には身体の関係が無いことを聞かされたようだったが、それでも何か引っ掛かる所があるようだった。 だが、刈谷は自分達3人の関係は理解しているから気にしないで欲しい、唯、間島が諦めたとは思えない、そこを考えて欲しいと言った。

「後でヨウスケ本人から聞いていただければと思いますが、これはヨウスケとも何度も話し合っている事なんです。 彼には、暫らくは一緒に住んで欲しいと言われています。」

 コウキチは妻子持ちなので論外だが、立川としてもヨウスケの家に引っ越してくることは憚られるだろう、そんな事はさせられない、とヨウスケが言ったということだった。 そこへいくと刈谷は、今のところ他に頼る人も場所も無いという言い訳もたち、元々この地の者ではないのでいざとなったら出てゆけばいいのだから、と言われてしまえば反論のしようがなかった。 とにかく、覆しようのない事実は、ヨウスケ自身が一人きりで居ることが恐い、と訴えているということで、それに自分達二人が応えられないということなのだ。

「私は取り敢えずここでヨウスケと畑でも耕しながら仕事を探します。 そして、適当な仕事が見付かり、ヨウスケが落ち着いたら、またその時これからどうするか考える、という事ではいけませんか?」

 いけないも何も、そうするしかあるまい。 間島が絶対に来ないとは言い切れないのだ。 自分達は既に一回煮え湯を飲まされている。

「2階に部屋があるそうですね。 私はそこで寝泊りさせてもらいますから、お二人はどうぞ今まで通りヨウスケと過ごしてください。 決して覗いたりしませんから。」

 立川がまたむっとしたが、黙っていてくれた。

「とにかく、僕達も間島が来た時の事は考えます。 ヨウスケ君の一番いいようにしてあげましょう。」

 刈谷と立川が頷くのを見てほっと胸を撫で下ろす。 そう、取り敢えずはこんな感じだ、これから変わっていくかもしれないが、取り敢えず今は…

「なぁ、ところでアンタ年は幾つなんだ?」
「26ですが」
「え?!」
「ええ?!」
「…」
「俺より下?」
「ずーっと下だね」
「タメか、ちょっと上くらいかと思ってた」
「立川君、それにしちゃあタメ口だったよね」
「だって舐められちゃあいけないって… なんだ、力んで損した。」
「ヨウスケ君が”さん”付けで呼ぶからさ、僕もてっきりヨウスケ君より上かと思ってたよ」
「それはちょっと酷いですよ、コウキチさん」
「あはは、ごめんね」
「いえ、よく言われますから」
「あんたも、もうちょっと砕けてもいいよ。 その話し方、堅っ苦しいし」
「立川君、急に余裕の発言だね」

 刈谷がやっとほんのり笑う。 それを見た自分達もやっと少し、頑なだった気持ちが解れたことを感じる事ができた。 嗚呼、ヨウスケ。 彼もまた、この不思議な関係にすんなりと入ってきてしまったよ。 これから僕らはどうなっていくんだろうね。

               ・・・

 また、ヨウスケと立川と自分の、穏やかな生活が戻ってきた。 そこに控えめに刈谷が居る。 それだけが変わった点だった。 否、もう一つ変わったことがある。 自分達はまた代わる代わる毎日ヨウスケを抱いたが、ヨウスケが自分達を明らかに待っている様子を示すようになった事だ。 前はもっと受身だった。 仕方なく抱かれているといった感じでいたのだが、今は抱かれてさえいれば精神の安定が齎されると言わんばかりの縋りつき方をされて、胸が痛んだ。 刈谷からも、それは頼りなげ表情で夕方から自分達を待っているヨウスケの様子を、時々聞かされていた。

「来れない時は必ず早めに連絡をください。 ずっと待っているので…」

 いつでもそっと回りからヨウスケを気遣う刈谷に、君が抱いてやればいいのにと、そう喉元まで出かかった言葉を飲み込む。 この話は一度決着がついたことだ。 立川抜きではしてはならない話でもある。 でもヨウスケは、本当はそれを望んでいるのではないかなと、この若者に言ってやりたかった。 4人がそれぞれ切ない気持ちを抱いている。 どこへも行き場のない気持ち。 ヨウスケ、僕らはいったいどこへ行くんだろうね。




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