嵐の夜に


12


「髪、切ったんですね」
「うん、あの後すぐに」
「この方がヨウスケさんぽい」

 接吻けの合間に短くなった髪を撫で、未だ戻らぬ少し尖った顎のラインにも唇を這わす。 ヨウスケは、頻りにいいのかと問うてきた。

「俺、向こうでほんとに何人にも抱かれてたんだよ? 人種も色々だったし、口で言えないような事いっぱいされたし、させられた。 ほんとにいいの? 立川くん」
「ヨウスケさん…」

 返す言葉が出ず、ただ抱き締めるしかできなかった。 帰ってきてくれて嬉しい。 だがどこか擦り切れた娼婦のような態度をされて、それに自分が旨くフォローができなくて、心底哀しかった。

「もう黙っててください。 俺、余裕ないから。」

 実を言えばこの半年、完全に待ち姿勢になって落ち着いていたコウキチと違い、自分は自棄になっていた。 玄人の女の所に通ったり、諦めて普通に恋愛してみようと頑張ったりしていたのだ。 そうして女の柔らかく小柄な身体を抱く度に、ヨウスケを思い出していた。 強く抱き締めると、反射なのかほんの僅かに逃げを打つ身体。 硬い筋肉しかない胸や脇腹を揉み解していく裡に、艶やかに喘ぎ出し半開きになって接吻けを誘う口元。 既にプクリと立ち上がり、舌先で、指で、捏ねられ舐め転がされることを待ち望んでいる乳首。 夢にまで見た身体が今、自分の腕の中にある。 そしてその全てが自分を煽っている。

「うん、立川君の匂いがする」
「ヨウスケさん、そんなに俺を煽らないでよ。 知らないよ?」
「だって、何だかやっと帰ってきたなーって、気がして」
「向こうは辛かった?」
「うん」
「泣いてばかりいたんでしょう?」
「いつもじゃないよ。 でも、立川君やコウキチさんの事ばっかり、思い出してた。 帰りたかったよ。」
「ヨウスケさんっ」

 その、一回り小さくなったように感じる頭を掻き抱き、狂おしく接吻けると、ヨウスケも腕を絡めてきた。 ヨウスケの方からも求められて、立川はどこかほっとした。 隠しようも無い弥増した色、婀娜、艶。 彼は間違い無く男に抱かれ続けてきたのだ。 もう自分など…と思う気持ちが否めなかった。 だがヨウスケの人となりは、驚くほど変わっていなかった。

「あっ」

 既にいきり立ってはちきれそうな自身と、ヨウスケのそれとを一緒に握って擦り合わせると、ヨウスケは仰け反って喘いだ。 その媚態に直ぐにでも達してしまいそうで息を荒くすると、ヨウスケがやんわりと手を押さえてきて言う言葉にまた瞠目させられる。

「一回口でシテあげようか?」
「ヨウスケさんっ」

 他にも色々できるようになったよ、と、どこか屈託なくさえ感じる言いように脳が焼ききれそうに興奮すると共に、ただ組み敷かれて喘ぐばかりだったヨウスケを思い出し、哀しさに胸が締め付けられた。

「もう黙ってて、俺が全部するから!」

 様々な想いが溢れ出し、堪えきれなくなって会話を打ち切った。 ヨウスケ自身に手を這わし、同時にアナルにも指を差し入れようとすると、だがヨウスケはうっと呻いて身体を引き攣らせる。

「あ、ごめん、痛かった?」
「う、うん、ちょっと久しぶりだから。 ゆっくりして。」
「久しぶりって、あの男とはシテないの?」
「刈谷さんの事? 彼とはそういうんじゃないんだ。」
「嘘」

 信じられなかった。 てっきりあの男はボスの持ち物に手を出して居られなくなったので、一緒に逃げ出したのだとばかり思っていた。

「…どうして? 彼は仕事で俺の側にいただけなんだよ。 一緒に逃げたのだって、お互いの利害が一致しただけで」
「じゃ、逃げ出してからも一回も?」
「うん」
「あっちでも?」
「あっちでは何度か…。 でもそれだって間島に言われて仕方なくだよ? 仕事のうちだよ。」

 どこか寂しげでさえあるその物言いに、関係していたと言われるよりもカチンときて、立川はむっとした。 だがヨウスケはそんな事にも頓着なさそうに、ベッドヘッドを探り出した。

「確かこの辺にジェルが…」
「いいよ!」

 何か無性に腹が立って、ヨウスケの足を乱暴に抱え上げると、いきなりアナルに舌を這わす。 唾液を送り込んでは舌を抜き挿しし、指でも広げるように解すと、ヨウスケは身体を強張らせて嫌がった。

「あ、や、やだ、そんなことっ 立川君、立川君っ」
「あっちでは誰もこんなことしなかった?」
「だって、奉仕するのは俺の方で…」
「やっぱりアンタちょっと黙ってて」

 もう聞きたくなかった。 ヨウスケの口に片手を伸ばして、口中にぐいと指を数本捩じ込むと、舌を追い回して嬲る。 そうしながら下の口も舌で嬲り、ぐちゃぐちゃになるまでアナルを舐め解した。 口中を嬲られて、ヨウスケは苦しげに喘いだ。 しっとり身体全体に汗が滲み出し、ピンク色に上気してくる。 相変わらず、どこまでも煽る身体だと思った。

「力抜いて」

 どろどろになったアナルに己を宛がい腿を擦る。 胸を喘がせ、ヨウスケが微かに頷いた。

「ああっ」

 喉を晒して仰け反る背に両腕を回し、きつく抱き締めると容赦なく楔を穿つ。 そうしてそのまま、何もかも忘れてその身体を突き上げた。 それは、紛うことなきあの、熱いヨウスケの身体だった。


「う、うんっ た、立川、くんっ は、あん」
「ヨウスケさん、ヨウスケさん」

 ヨウスケの寝室に充満する互いの喘ぎ声と、汗と精の匂い。 何度も体位を変えては挑みかかり、貪るようにヨウスケを抱いた。 結合部からはグチュグチュといういやらしい水音が響いてきて、尚脳を犯す。 尽きる事無く湧き上がる情欲に、もっともっととその身体を求め、隅から隅まで愛し、ヨウスケの意識が落ちそうになると顎を揺さぶっては引き戻してまた突き上げた。 痩せた分、体力が落ちているらしいヨウスケは、最早ただ両手足を投げ出して、立川の為すがままに揺すられ喘がされるばかりとなっていた。 だが、立川が片足を高々と肩に担ぎ上げ、より結合を深めようと腰を押し当てると、ギクッと身体を強張らせて目を見開いた。

「あ、い、いやだ、そこ、突かないで、いや」
「どこ? ここ?」
「い、いやっ」
「ここだね」
「や、あー、やぁーっ」

 嫌がる箇所はすぐ判った。 そこに先端を押し当ててグリグリと抉ると、ヨウスケはぶるぶると震えだした。 シーツをぎゅっと掴んで身体を上へ上へと逃がそうともがく。 さっきまで力なく揺すられていたのが嘘のような抗い方だった。

「いやっ そこ、突かな、でぇ」
「どうして? イイんでしょ、ほら」
「や、お願い、許して、間島さん、間島さん」

 ぎょっとして顔を見上げると、青くなって震えるヨウスケの目は既に焦点が合っておらず、口をぎゅっと手で押さえてそれでも尚漏れ出てしまう拒否の言葉を必死で飲み込もうとしているようだった。

「ヨウスケさん、どうしたの? 俺だよ、間島じゃない」
「許して、お願い、あ、ああっ」
「ヨウスケさんっ」

 肩を掴んで揺すっても、もうヨウスケは目を合わせようとはしなかった。 ただガクガクと身体を震わせ、許して許してと涙を零す。

「ヨウスケさん、ここ間島にどうされたの?! ヨウスケさん!」
「い、いやーーっ」

 顔を覗きこうもうと身体を倒した時ぐいっとその場所を突き上げてしまった。 その途端、甲高い叫び声を上げてヨウスケは全身を引き攣らせた。 同時に激しい締め付けが襲ってきて、立川自身も過ぎた快感に呻き声を漏らしながら、震えるヨウスケの身体を抱き締め耐えていると、廊下を荒い足音が近付いてきた。

               ・・・

「立川さん、ヨウスケのそこを責めないであげてくださいっ」

 刈谷は、ヨウスケの寝室の扉に手を着き額を押し当てて懇願していた。 やっと追いついてその姿を見たコウキチは、扉を開けることもできずに唯苦しげに懇願を繰り返す刈谷に声を失った。

「ヨウスケは間島にそこを責められて、トラウマになっているんです。 お願いです。 そこは止めてあげてくださいっ」

 お願いします、とズルズルとその場に膝を着き、刈谷は顔を覆った。 泣いているのだろうか、その肩が小刻みに震えている。 いや、あれは怒りに震えているのかもしれない。 間島の元を去っても尚、ヨウスケはその幻影に囚われているらしかった。

「わかった… 中には入らないでくれ」

 暫らくして、立川のやはり苦しげな声が返ってきたが、刈谷はその場に蹲ったまま動こうとしなかった。 コウキチがそっと刈谷の肩に手を置くと、刈谷はハッとしたようにこちらを振り仰いだ。 その目には涙が光っていた。 まだ終ってはいないのだ、その事実が重く圧し掛かっていた。




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