嵐の夜に
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「う~ん、そんなことになったら僕らには絶対見つけられないじゃない。 よかったなぁ、おとなしくしといて」
苦笑混じりにそう茶化したのだが、刈谷は更に真面目な顔で答えてきた。
「そうですね、あの時、ヨウスケを直ぐにどこかのホテルか何かに連れ込んだりしたら、そうしていました。 間島は、ヨウスケを連れ去った時、空港で態々一泊してヨウスケを犯し、あちらに着くなりまたすぐ犯しました。 ヨウスケは一歩も歩けなかった。 まぁ今思えば、最初の時の事をヨウスケに忘れられたのが堪えていたのかもしれませんが」
「そう言えば、さっき言ってた事なんだけどね…」
二人きりになったので、あちらでの生活ぶりなどにやっと話が振れると思い、切り出した。 ヨウスケの居る所では、まだ憚られる内容だった。
「ヨウスケ君に助けられたってどういうこと? 僕達は君に助けてもらえたからヨウスケ君が無事に帰国できたって、これでも感謝してるんですよ」
「ヨウスケは、間島を恐れてはいたんですが、恨んではいませんでした。 それどころか彼をかわいそうな人だと言って、置いて行く事に中々踏み切れないでいたくらいなんです。 でも、彼の身体の方が持ちませんでしたし、私がそんなヨウスケを見ている事にもう我慢できなかった。 だから、私の方が今の仕事を続ける事が耐えられないから、どうか私と逃げてくれと泣き落としました。 実際私には、ヨウスケの伝手であるあなた方しか頼る先が無かったし、ヨウスケを置いて行くなど考えられなかった。 それを言ってやっと、うんと言ってくれたんです。」
「…そうなんだ。 ヨウスケ君らしいね。 間島は噂通り、ヨウスケ君に身体を売らせるような事、させてたんだね。」
「ええ、それが間島のビジネスの進め方ですから。 相手もそういうタイプばかりを選んでいましたし、多いんですよ、日本では考えられないかもしれませんが」
「男色家が?」
「そうです」
「そんなにたくさん、相手させられてたの?」
「ええ、かなり…。 特に最初の頃は酷かったですね。 間島は、その手のパーティにパートナーだと言って連れ歩いてまずお披露目をし、その場で何人かに味見をさせたりするんです。 すぐにヨウスケの事は噂になって、商談相手が彼を要求し始めてきました。 それからは、毎晩のように商談相手の伽をさせていました。」
「…そう。 ヨウスケ君、抵抗とかしなかったの?」
「いえ、しませんでしたね。 とても怯えてはいましたが、逆らったりした事は一度もありませんでした。 彼は、自分が男に抱かれて感じてしまう事にかなりコンプレックスがあるようで、自分を卑下して、そんな境遇にも甘んじているというか、諦めている感じでした。」
「そうか…、それは僕らの所為かもしれないな。 僕ら、最初ヨウスケ君の事、結構酷い扱いしてたから…」
あの嵐の晩の翌日、驚き怯えるヨウスケを強引に組み敷いた記憶が、まざまざと蘇ってくる。 刈谷はそんなコウキチを眉を顰めて見つめてきた。
「と、言うと?」
「僕らとしては、彼のために良かれと思ってした事なんだけど、説明不足だったっていうかね。 立川君ともね、初めからこんな風に共同戦線張ってた訳じゃないんだよ? まだヨウスケ君が何にも知らない頃はさ、牽制しあって駆け引きしてみたりとかさ、アレも今思えば楽しかったけどね。 でもあの嵐の晩、間島が彼を変えて、全てが変わってしまった。 ヨウスケ君は、間島にされた事が余程辛かったみたいで、その夜の記憶をスッポリ封じてしまって、何にも覚えてなかった。 でも、彼変わっちゃってたんだよね。 間島が一晩かけてじっくり女にしたんだ、仕方ないけど、性格はあのままで身体だけ女になってた。 劇的な変化だったよ。 立ってるだけで匂い立つっていうの? その筋の人が見たら一目で判るっていうのかな。 でもそれをヨウスケ君自身が全然自覚してなくて、危なっかしいっていうかさ。 あの晩の翌日、偶然会った間島を見送る眼差しなんかそりゃもう! これは放っておいたらダメだと思ったね。 それで立川君と手を組んで、彼を無理矢理抱いたんだ。 勝手な言い草だけど、それしか思いつかなかったんだよ。 身体を持て余したヨウスケ君がさ、そんな自分に無自覚で危ない場所をフラフラ歩かれるより、まず僕達に抱かれるのが当たり前にしてしまおってさ。 ま、言い訳だけどね。 それに、横合いから掻っ攫われて腹を立ててたってものあって、最初の頃は随分手加減無しだったんだ。 ヨウスケ君恐がっちゃって困ったよ。 その時にね、ヨウスケ君に刷り込んだんだ。 おまえは抱かれる身体なんだってね…。」
「そうだったんですか」
じっとコウキチの話を聞いていた刈谷は、ふっと一つ溜息を吐いて頷いた。
「余裕無かったんだよね、僕達も。 虜になってしまったっていうのかな。 判る?」
「判ります」
「そのぅ…君もヨウスケ君と身体の関係、全然ない訳じゃないんでしょ?」
「はい。 ボスの命令で何度か。」
「さっきも言ってたけど、仕事以外では全く抱いてないの? その、間島の目を盗んでとか。 逃げてる途中だってずっと二人きりだったんでしょ?」
「いえ、ありません」
「どうして? 好きなんでしょ?」
「愛しています」
「…」
刈谷のヨウスケへの愛がただものでないことを感じさせれら、コウキチは気圧される思いがした。 この男が本気になってヨウスケを求めたら、もう自分達の入り込む隙間は無いのではないだろうか。
「…そのさ、仕事で抱くってどういう風?」
「ボスはヨウスケが来たばかりの頃は、ヨウスケの振る舞いが気に喰わない時など、仕置きと称して私達SPに彼を抱かせました。 私以外は皆欧米人で、そういう所が捌けていて、喩えボスの女でも与えられれば容赦なく犯します。 最初の時は、それは辛そうでした。 皆身体自慢みたいな奴等ばかりですからね。」
「それで…君も仕事としてヨウスケ君のこと抱いた訳だ」
「ええ。 私は他にも…、そうですね、フェラの指導をした事もありますし、騎上位の仕方とかも。 あなた方は、彼を随分と大事に扱っていらっしゃったようですね。 間島も、ヨウスケがフェラの仕方を知らなかったのには驚いていました。」
「ああ、そうか、僕達ヨウスケ君に奉仕はしても、彼に奉仕させる事はしないって約束してたからなぁ。 だってさ、無理矢理抱かせてもらってたんだしね」
「不思議な関係ですね、本当に。 どうしてそんな風に三人で争わずにいられたんでしょうか。」
「心底彼が好きだからさ。 彼のために良かれと思えば何でもできたんだよ。」
「…」
今度は刈谷がじっと黙った。 彼も彼なりに、自分達三人の関係については感慨深いものがあるらしかった。
「間島は…、間島も初めこそヨウスケを物のように扱っていたんですが、段々変わっていきました。 ヨウスケのお陰で通常の何倍もの儲けを出すようになると、次にはヨウスケを恰も高嶺の花の高級男妾のようにして客を絞ったんですが、その分彼が貪るようにヨウスケを抱いていました。 その裡、彼はヨウスケに異常に執着を見せ始め、それまで我々に簡単に犯させたりしていたのが、逆に誰にも触らせようとしなくなりました。 商談相手によってどうしてもヨウスケを貸し出さなければならない時などは、非常に苛々として私達に当り散らす事も屡で、段々商談そのものも、ヨウスケ抜きで行なえる物を選ぶようにさえなっていました。 昼間のヨウスケには全く興味が無かったのに、私のヨウスケと言っては色々物を買い与えようとしたり、ヨウスケが何も欲しがらないと、劇場へ連れて行ったり避寒地に旅行に連れて行ったりと、頻りにヨウスケの機嫌を取るような真似事をするようになりましたし、そうかと思うと、ヨウスケが何日も起き上がれなくなるくらいベッドで責めてみたりと不安定になっていました。 ヨウスケはあんな仕打ちを受けた間島を心配さえして、出奔する直前まで間島を置いて行く事に躊躇していました。 でも、私を選んでくれた。 感謝しています。」
「そう…か。 相変わらずバカが付くほどお人好しだな、ヨウスケ君は」
「そうですね。 SP達も最初はヨウスケをただのボスの女扱いだったんですが、彼が私達SPにまで気遣いをみせるので、いつの間にか皆影から彼を支えるようになりました。 逃げた日も多分、見て見ぬ振りをしてくれた奴が何人か居たんじゃないかな。」
「そうやって彼、結局なんでも受け入れちゃうんだよね。 それが心配なんだけど。 まさか間島まで受け入れちゃうとはね。 ああでも、間島の存在がなければ、僕達未だにヨウスケ君を挟んで鞘当してたかもしれない。 そう考えると、ちょっと間島に感謝かもね。」
それは本当だった。 多分、あのまま何も変わらなければ、ずっと唯の茶のみ友達のままだっただろう。 あの身体を知ることもなく、こうして懊悩することもなく。 だがその苦し紛れに茶化した本音に、刈谷はやっと少し笑みを漏らした。
「あなた方も、ヨウスケに負けず劣らずお人好しですね。 警察沙汰にしなかったのも、ヨウスケの為ですか?」
「だって、そんなことしたらヨウスケ君、ここへ帰ってくれなくなっちゃうでしょ? 僕達それは嫌だったんだ。 ヨウスケ君も帰るならここしかないだろうと思ったし。 義理のお母さんには料理の修業に急に出たってことにして、彼の畑の世話を頼んでさ。 心配してたみたいだけど、賢い人だから騒ぎ立てるようなことにはしないでいてくれたみたいだよ。」
「そうですか。 皆さん本当にヨウスケを大事にしてるんですね。」
「そう言う君もね。 ほんと、君にあの時ヨウスケ君の事頼んだのは正解だったって自分を褒めたいよ、うん。 ほんと良かった。 ありがとう。」
「いえ、実を言えば、私はああいう風に頼まれた事で返って頑なになっていました。 ヨウスケに助けてくれと言われるに違いないと、今か今かと構えてしまって。 もしヨウスケがあの時それらしい事を一言でも言っていたら、彼を突き放していたかもしれません。 でもヨウスケは一人で泣いて、縋ってもくれませんでした。 あなた方の事を話すと信用はしてくれたようでしたが、返ってそれで私から一歩距離をとってしまわれて。 あんな人は初めてです。」
「君の立場を考えちゃったのね。 ヨウスケ君らしいよ。 でも、どうして気が変わったの?」
「私は間島の日本人パートナーの世話役だったので、何かとヨウスケと関わる機会が多かったんです。 彼の内面に触れるにつけ、何故だ、どうしてだ、という気持ちにさせられました。 全く頼ってくれないし、弱音も吐かない。 一人で耐えて、事有る毎に私に頻りに謝った。」
「謝るって?」
「汚れ役をさせるのが申し訳ないと言って。 彼と間島の事後のバスとか、薬を打たれた後の処理とか、色々ヨウスケの身の回りの世話も任されていましたので」
「ちょっと待って、薬って?」
「ああ、はい。 ヨウスケは一回その手のパーティで輪姦された事があって」
「輪姦?!」
「はい」
「…酷い、かわいそうに… 何人くらい?」
「そうですね、最終的には15人は、居たでしょうか」
「そ…んなに…」
思わず両手で顔を覆ってコウキチは呻いた。 ヨウスケがフランスで耐えてきた事が尋常では無いことが、実感として伝わってきたのだ。 本当に帰ってこれて良かったと、心から思った。
「ヨウスケはその時媚薬を使われたんです。 で、その時の彼の乱れっぷりが噂になってしまって、その後薬を使いたがる輩が増えました。」
「酷い話だ…」
「はい。 真面目なヨウスケがめったに乱れないので、そういうことに…。 彼は、中々正気を手放せない性質のようですね。」
「全く! フランス人てのはバカばっかりだな。 そこがいいのに!」
その事に関して、刈谷は微笑んだだけで肯定も否定もしなかった。 だが、彼の表情には底から滲み出る何かがあるような気がした。
「で、間島も使ったの?」
「いえ間島は…、彼のペニスには真珠が嵌っているんですが」
「へぇ! 今どき中々見ないかもね」
「それがヨウスケにとっては恐怖の象徴のようで、間島のそれで苦手な場所を責められるとヨウスケはあっと言う間にガタガタになってしまうんです。 間島は責めてはあやし、責めてはあやしてヨウスケを調教していきました。 だから彼には薬が必要なかったんですが、他の客達はそんなに時間が掛けられる訳ではありませんので、手っ取り早く薬、と」
「ヨウスケ君、じゃあ大分身体壊したでしょう?」
「はい、多分あれをもう半年続けていたら、命か精神か、どちらかを犠牲にしていたでしょう。 それもあって急ぎたかったんです。」
「随分痩せてしまったよね。 元々華奢な方だけど」
「はい、申し訳ありません」
「君の所為じゃないでしょうに」
「いえ、ヨウスケの健康管理は私の仕事でしたから」
「ねぇ、正直君は、いつからヨウスケのこと?」
「それは、彼を愛するようになったのは、という事でしょうか?」
「そうよ」
「多分、最初にバスのお世話をした時から…」
「何だ、最初っからやられちゃったんだ。 ヨウスケ君、かわいかったでしょ?」
「ええ」
刈谷は、一瞬何かを懐古するような表情を浮かべて微笑んだ。
「い、いやぁーーっ」
その時、寝室からヨウスケの切羽詰った叫び声が響いてきて、二人して立ち上がった。 刈谷はそのまま、あっと言う間に声のした方へ走りだした。
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