嵐の夜に
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その日は、あの嵐の夜以来の台風だった。 また暴風雨警報が発令されていた。 ヨウスケは久しぶりの一人の夜を過ごしていた。 あれから毎日、ヨウスケは二人のどちらかに抱かれていた。
二人は勝手にスケジュールを決めて、代わる代わる毎晩ヨウスケの家にやってきた。 そして好きなように好きなだけヨウスケを抱いていった。 偶に二人揃ってくることもあり、そういう時はまた3Pだった。 二人一度に相手をさせられ、一晩中犯される。 身も心も疲れ果て、抵抗する気力はとっくに失せていた。 立川は相変わらず乱暴に力尽くでヨウスケを抉り、突き荒らすように抱くので、彼が帰った翌朝は大概立てなかった。 コウキチの抱き方は優しかったが執拗で、言葉攻めも織り交ぜられるので精神的に疲弊した。 だが、コウキチは妻子持ちだったので泊まって行く事は稀だった。 だから、必ずヨウスケのベッドで一緒に夜を明かす立川の来る夜に比べて身体は楽だった。 立川は若いだけあって、空が白むまで責め続けられることも屡で、眠る時もしっかり腕に抱き込まれているので寝た気がしないし、そのまま翌朝もう一戦と言う事も間々あった。 だがヨウスケを横抱きに抱え上げて風呂に入れてくれたりはコウキチにはできなかったので、それだけはありがたかった。 男同士のセックスは、汗だくで精液塗れで唾液塗れになることが判ったからだ。 立川とのセックスのように立てなくされると自分では風呂には行けないので、ヨウスケはおとなしく身を任せた。 立川は、風呂場で隅から隅までヨウスケを洗い、アナルを指でほじった。 欲を言えば、偶にそこでもう一戦、というのを無くしてもらえればもっと有り難い。
慣れてくると、二人とまた元のように会話をすることもできるようになった。 初めは恐さが勝ち、禄に喋れずただ頷いたり頭をふったりしかできなかったのだ。 だが今ではまた、抱かれる前に仲良く食事をすることもあった。 酒を酌み交わし、ただの男友達のように笑い合うこともあった。 だがその後はベッドで縺れ合って唾液を交換し、自分は女のように足を開いて男の象徴を穿たれて喘ぐのだ。 もうそんな事にも慣れた。 ヨウスケは諦めていた。
それが、ある日ある事をきっかけに三人の関係に関する認識が、ヨウスケの中で大きく様変わりした。 一度二人が揃った時に聞いてみたのだ。 なぜ自分のような男を抱くのか、と。
「前にナナミさんが来た時言ってましたよ。 最近コウキチさんが夜激しいって」
頬染めてましたよ、と揶揄する口調で言ってやると、コウキチは「やだなぁナナちゃんたら」と臆面もなく鼻の下を伸ばした。 ナナミと言うのはコウキチの恋女房で、年の差が30もある若く美しく加えて才女で、女将として旅館の切り盛りを一手に引き受けている凄い女性だ。 ヨウスケの店にもちょくちょく顔を出す。 コウキチに抱かれた後初めてナナミが店に現れた時は、心臓が破裂しそうなほど緊張したが、全く何の疑いも持たれていなかった。 後で、それはそうだろう、と自分でも思ったものだ。 元々コウキチはここへ入り浸っていたし、こんな中年のオジサンをそのような相手にしているとは、このような田舎町では思考の端にも上らないのだ。 自分もあの日まではそうだった。 だからそれ以後、ヨウスケも前と変わらずナナミに接するように努めた。 コウキチの地位や家庭を壊す気は更々ないのだ。 それに、コウキチは彼女のお陰でこんな風にのんびりと遊んでいられるのだが、確かに奥方を一番に愛していると感じられたからだ。 それほど仲がよかった。
「あ、それ酷いですよ、コウキチさん」
立川がすかさず突っ込んだ。
「妻子持ちはもうヨウスケさんから手を引いてくださいよ。 そしたら俺独り占めできるもんね」
「何言ってるの、立川君。 今晩は君がヨウスケ君のことアンアン鳴かせてるんだなぁって思ったら堪らなくなっちゃうでしょ? それでついナナちゃんを責めちゃうんじゃない。」
「それってもっと酷いですよ、今度ナナミさんが来たら言いつけてやろう」
「なんて?」
おどけて更に詰るような事を言うと、逆に突っ込まれた。
「なんて言いつけるの? ヨウスケ君。 僕の代わりにご主人はあなたで我慢してるんですって言うの?」
「そ、それは…」
そんなこと、ある訳ないじゃないですか、と俯いて言うと、二人は顔を見合わせてヨウスケを凝視した。
「コウキチさんは何だかんだ言ってナナミさんを一番愛してらっしゃるし、立川君は若いんだ、他にいっぱい適齢期の女の子と付き合えるだろ? なんで俺なんか相手にしてるんです、二人とも」
予てから不思議でしようがなかった事を問う。 だってそうじゃないか。 若くてかわいい美人の女の子ならいざ知らず、こんな中年のオジサンで美形でもなくてかわいくもない。 なのにどうして?
「ヨウスケ君、君全然判ってくれてないみたいだから敢えて言うけどね、僕達ずうっと前からあんたを狙ってたのよ?」
「え?」
「そうですよ、あなたみたいにかわいい人、いませんよ。 俺なんかもうここへ来るたびに悶絶してたの知らなかった?」
「そ、そんなの、知りませんっ」
「そうなのよ、君、すごいニブチンだからさぁ、僕達がいっくら秋波送っても全然感じてくれなくて困ったもんよ」
「それどころか、コウキチさんとお互いに目的が同じだってのが先に判っちゃって、牽制しあってるうちにあの余所者にあなたを横から寝取られて、俺達がどんなに悔しかったか判ります?」
「そうそ! アレは盲点だったねぇ。 まさかあんな男がこんな田舎に、それもよりによってヨウスケ君の店に迷い込むなんてさ、思わないもんね、普通。 しかもいきなり喰っちゃうし」
「俺達はこれでも、あなたを泣かせる事だけはしないようにしようって、お互い協定結んで律儀に守ってたんですよ」
「協定って…」
「正攻法で口説き落とそうってね」
「口説くって、男の俺をですか?」
「そうよ。 現にこうやってあんたは男に毎日抱かれてるじゃない」
「それは…そうなんですけど、でも、そんな事あの頃の俺は夢にも思いませんでしたよ?」
「そうなんですよねぇ。 俺なんかここに偶然二人きりになったりするともう、押し倒しちゃいそうになるの何回堪えたか!」
「そうだったの?!」
「そうだったんですぅ」
「でも、でもでも、どうして? 俺なんかどこもそんな…」
「あんたはかわいいよ、ヨウスケ君」
「俺達、あなたを愛してるんですよ、これでも」
「…!」
「愛してますよ、ヨウスケ君」
「そんな… 俺は今までずっと、あなた達は俺のこと玩具かよくてセフレくらいにしか考えてないってずうっと…」
「ひどいなぁ、ヨウスケ君。 玩具はないでしょ?」
「せめて恋人くらいには思って貰いたいですよね」
「だって、あなた達は最初、俺のこと… あんな風に玩具にしたくせに… だから俺…」
「あの時は悪かったです、このとおり。 他の男に横取りされて頭にきちゃってて、ねぇ?」
「俺も。 腸煮えくり返るってこの事だと思いましたよ」
「恋人なんてそんなこと…思ったこともなかったですよ」
「これからはそう思ってちょうだいよ」
「でも、コウキチさんは妻子持ちだし、”愛人”が正しいんじゃないですか?」
「あ、”愛人”それいいね、いい響き」
「なに言ってるんですか、二人とも」
ヨウスケは笑った。 目は涙で滲んでいたけれど、俯いて隠した。 不思議な関係だと思う。 二人の男に仲良く共有される男の恋人兼愛人か…。 そういうのも有りかな。 そう受け入れることができた。
それからというもの、二人は頻りに「愛している」とか「かわいい」とか口に出して言うようになった。 身体の奥を穿たれながら「愛している」と囁かれ、接吻けの合間に「かわいい」と耳に吹き込まれる。 こんなオジサンのどこが、と本心からは信じられない自分も、そんな風に繰り返されると何となくそうかな、と思えてくるから不思議だ。 そうなると、二人に抱かれる度に心も身体も削られるようだったのが、逆に何か今までに感じた事のないモノで満たされていくような気がして、ヨウスケは落ち着きを取り戻した。 そして二人との行為を”愛し合う”事と認識できるようになっていった。
「酷い雨だな、風も強いし」
まるであの日の夜みたいだ。 今日は久しぶりに二人一緒に来ると連絡があったのが夕方。 だがその後直ぐに嵐になった。 さすがにこれじゃあどちらも来ないだろう。 ヨウスケは一人でワインを開けて飲み始めた。 あの夜もあの男とワインを飲んだ、と思い出したら飲みたくなったのだ。 男に抱かれたかもしれない事を差し引いても、あの夜は楽しかった。 男は話し上手で聞き上手で、ヨウスケの身の上なども聞いてくれたし、外国の面白い話なども聞かせてくれた。 食材と調理法について二人で熱く語ったりもした。 あっと言う間にワインを二本開け、棚の奥に仕舞ってあった貰い物の高級ブランディまで取り出した。
「あれが拙かったんだな」
ヨウスケは、ワイン片手に思い出して独り言ちた。 あの後くらいから記憶があやふやなのだ。 ベッドに入った記憶に至ってはすっぱりと無い。 自分は元々あまり酒が強くないのに、つい気分がよくて飲みすぎてしまった。 男はとても酒豪だったように思う。
「でも、こんなに奇麗に忘れるなんて有り得るのかな? それとも…」
余程強烈な体験だったために、自分の防衛本能が記憶に蓋をしてしまったのだろうか?
「もう、考えるの止そう」
ヨウスケはぶるぶると頭を二三度振ると、またワインを注いだ。 あの二人が居ないので、ついこんな考えても仕方のない事を、と酒を煽った。 あの男はもう二度とこんな田舎には来ないだろう。 自分を抱いたのだってきっとちょっとした気まぐれだ。
「偶にはこんな夜もいいな」
少し自虐的になり、本当は寂しく感じている自分を誤魔化すために、態とそう口に出して言ってみる。 最近すっかり、夜は二人のどちらかに抱かれる生活に馴染んでいた。 ただ貪られるだけと思っていた頃と違い、今は事後に満たされた感覚に浸れる。 人に求めてもらえるのはとても気持ちがいい。 それが、男に女のように抱かれる事でも、だ。 自分はきっと、彼らがいつも言うように、その手の素質があるのかもしれない。 認めたくなかった事実も、最近では素直に受け入れられるようになっていた。 彼らとの行為も一方的なものから求め合うものになっていたし、いい時はいいと言って素直に喘ぎ、淫らに自分から腰を振る事もあった。 前は、彼らが恐くて媚びていたその行為も、今は彼らを喜ばせたくてやっている。 気持ち一つでこんなにも何もかも変わるもんなんだな、と酒精の混じった息をふぅと吐くと、またワインを口に運んだ。 久しぶりに酔おうと思った。
「相変わらず無防備ですね」
酒に弱いのに。 そう囁かれ、身体が誰かに抱きかかえられてフワリと浮いた。 ヨウスケはいつの間にか寝入っていたらしい自分に気付いた。
「あれ、立川君、来れたの?」
こんな風に自分を抱き上げるのは彼しかいない。 目を瞑ったまま腕の中でそう呟くと、腕の主がピクリと動きを止めた。
「立川? 誰です、それ」
あれ、立川君じゃなかったのかな? それにしてもこの声どこかで…
「コウキチさんですか?」
取り敢えずそう聞いてみた。 まだ目は開かなかった。 酔った頭は一向に思考を回転させなかった。
「立川にコウキチ? あんた、この一ヶ月の間にいったい何人に足を開いたんですか?」
このアバズレ。 そんな詰る言葉と共にぽんっと身体を投げられてドサリと落ちる。 衝撃でさすがに目が開いた。 落下感に強張った身体も、ベッドの上だと悟ると幾分弛緩し、慌てて辺りを見回す。 そこには、あの嵐の夜に来た男が立っていた。
「あ、あなたはっ」
「そうですよ、私です。 あなたに会いたくて仕事をやっとやっつけて飛んできてみれば、何? あなたいつも他の男に抱いて運ばれたりしてるの?」
「…」
あんぐりと口を開けたまま、ヨウスケは硬直した。 吃驚しすぎて反応ができなかった。 よもやまたあの男がここに現れようとは、思いもしなかったのだ。 自分はいきずりにちょっと抱かれただけだったのだとばかり思い込んでいた。
「あの時は確かにあなた処女だったのに、今はとんだアバズレって訳?」
男は徐にヨウスケに圧し掛かり、服の併せに手をかけた。
「い、いやだっ やめろ、離せっ」
「おとなしくしていなさい。 あなたを最初に抱いたのは私ですよ? そう言えば覚えてないんでしたっけ?」
「あんたなんか知らないっ 何も覚えてないっ 離せーっ」
ヨウスケが怒鳴って力の限り暴れると、男は突然ヨウスケの頬を平手で打った。 それも往復で二度三度と容赦なく打ち据えられ、ヨウスケは敢え無くベッドに沈んだ。 服が乱暴に毟り取られていく。 打たれた頬がジンジンと熱くなり、涙で視界が滲んだ。
「やめて、嫌です… お願いです」
「しおらしくしたってダメですよ。 あの日、一晩かけてあなたを女にしたのに、とんだ食わせ物だったなんてね! もう許しません。 お仕置きです。」
「お、女に、し、したって?」
「そうですよ? あなた処女だったから身体は硬いし、力の抜き方知らないし、好いとこ突かれても素直に喘がないし。 それをね、私が一晩かけて一つ一つ仕込んだんですよ! ガチガチだったあなたが私に縋って泣いて善がるまでにね!」
「そ、そんな… 俺、覚えてないです」
「あんなに時間かけたのに、どうして覚えてないんでしょうね? あなた、最後はアンアン可愛く鳴きましたよ? 一目見て素質あるのは判ったけど、これほどいい素材と出会えるなんて私はなんてラッキーなんだって思いましたよ! それがどうだ! 俺は他の男にくれてやるためにあなたを仕込んだみたいじゃないか!!」
引き裂かれるように着ている物を剥ぎ取られ、ヨウスケはベッドで男に組み敷かれた。 乱暴な接吻けが肌のあちこちを痛いほど吸い、あの日の翌朝見つけたようなキスマークを刻んでいく。 同時に片方の乳首も舐られ、もう片方は指できつく抓み上げられた。
「痛っ 痛いっ いやっ」
「いやじゃない!」
男は力の限りにヨウスケの胸を鷲掴むとワシワシと揉みしだいた。 そして脇腹を揉み、腰骨を擦り、ペニスを掴んで上下させる。
「い、いやぁ、離して、ああっ」
「お仕置きだって言ったでしょう? 優しい方ですよ」
「いやだぁ、あ、ああ、いやぁ」
ヨウスケは乱暴に扱かれて強引に達かされた。 泣いて胸を喘がせている間に、男はヨウスケに圧し掛かったまま上着を脱ぎ捨て上半身だけ肌を晒した。 だがズボンは脱がず前だけ寛がせて一物を取り出す。 それは既に隆として猛っていた。
「う、うふ、やぁ」
「ふん、少しはかわいく喘ぎたくなってきた?」
ヨウスケの吐き出したモノをアナルに塗りこめると、男の指が一度に二本捩じ込まれてきた。
「い… あ、うう…」
「さすがにきついか。 ほら、力を抜きなさい。 教えたでしょう?」
「そ…なの、お、覚えてな… あ」
「全く、覚えの悪い子は嫌いですよ? ほら、ゆっくり呼吸をしなさい。」
「あ… うふ、ふ、はぁ」
「そうそう、いい子だ。 足もうちょっと開いて」
「うん、できな」
「開いて!」
途端にぱんっと尻を叩かれ、ヨウスケは泣き濡れてオズオズと足を限界まで開いた。
「いやらしい仕草ですね、相変わらず」
蔑むように耳に囁かれるのと同時に、指がアナルの奥まで突き入れられた。
「あう」
喉を晒して仰け反ると、男の唇に乳首をちゅうときつく吸われる。 そうされると今度は鳩尾が引き攣り、中で蠢く指を締め付けてしまった。
「ふふん、なんとか柔らかくなってきたな。 それにしても大分他の男の癖がついてしまったみたいでとても不愉快です。 これからまた一晩かけて元に戻さなくては」
全く、としょうがなそうに溜息を吐きつつ、男はいきなり猛ったペニスをヨウスケに穿った。
「あ、あああっ」
「ほら、息してっ 力抜くっ」
「は、あはっ ああ、やぁ」
「くっ 相変わらずきつい。 ほんとにコレだけは変わりませんね。」
「あ… うふ、ふぅ」
ぐっぐっと容赦なく突き込まれる凶器に堪らず、コウキチ達に抱かれ慣れた身体が勝手に力を逃がした。
「ああイイですよ、あなたの中! これだけは他のヤツに代えられない。 すばらしい!」
男はまるで野菜か何かの質を称えるが如くに快感の呻きを上げ、最後まで己を穿っていった。 そして間を措かず注挿を開始する。 奥までぐぐぅと突き込まれた男のペニスを、だがなんとヨウスケの身体が覚えていた。 男のペニスには先端辺りの両脇に真珠が埋め込まれていたのだ。 それがヨウスケの奥のある場所を往復で擦る度に、ヨウスケは激しく痙攣して身悶えた。 その感覚がまず蘇り、そして全てを思い出した。 あの嵐の夜、この男にされた事を。
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