春雪


12



 うっと呻いて目覚めたイルカは、しばらくぼーっと辺りを見回した。 数瞬してその体がゆっくり強張る。 カカシの体に凭れていた背を少し浮かせて、振り向こうかどうしようか迷っている様子だった。 カカシは黙ってイルカの肩に湯を掛ける作業を続けていた。 イルカはじっとその手を見つめて、それから体の力を抜いた。
「洗いますよ。」
 カカシはイルカの秘所に指を入れて少し乱暴に洗い出した。 薬湯の中で、膣内の精液を注ぎ出すように何度も指を出し入れする。 イルカはじっとされるがままになっていた。
 目覚めて最初にイルカがしたことが、自分が今誰の腕の中にいるかを確認することだったと言う事と、カカシの手を見てほっと体を弛緩させる様が、カカシを多少嬉しくさせ、哀しくもさせた。 変化の解術封じを解いてください、と請われたが、まず清めてからだとごまかした。 カカシはこのままイルカを抱くつもりだった。
「洗ったら戻してください。 俺、あなたに抱かれるなら男として抱かれたい。」
 おとなしく体を預けながらもカカシの意図を推し量っている。
「お願いします。」
 普段よりも高く細い女の声で重ねて訴えるイルカの心情は、言われなくてもカカシにも解る。
 だが、解らない振りをする。
「いいえ、あいつの触ったとこ全部、じっくりしっかり消毒しなくちゃ」
「消毒って…」
 イルカがくすりと笑ったようで、少しだけ場の雰囲気が和んだ。 イルカは覚醒してから一度もこちらを見ようとしない。 体はくったりとカカシに預けていても態度はどこか頑なで、自分の腕で自分の体を抱きカカシに縋ろうとしなかった。 自分が怒っていると思っているのだろうか。
「だいたい、俺怒ってるんですからねっ」
 態と拗ねた声を出してみせる。 彼にはこの方が返って安心だろう。
「イルカ先生は迂闊すぎます。 葎のあんな姑息な計略に引っかかっちゃって。」
「すみません」
 イルカはカカシに背を向けたまま前向きに頭を下げ、そのまま俯いた。
「俺、すごくショックでした。 アイツにあなたの、あなたの…」
「ただの変化ですよ?」
 本物じゃありません。
 イルカが小さく首を振る。
「じゃあ何であんなに泣いてたんです?」
「…泣いてなんか」
「いましたよ」
 あなたずっと泣いてた。
 イルカは両手で顔を覆った。
 カカシは構わず続けた。
「だいたい、なんでこんな変化の仕方したんです。 ナルトみたいに見た目だけ化けときゃよかったのに。」
「よく、解らなかったんです。」
「女の造り、がですか?」
 イルカは黙って頷いた。
「イルカ先生、あんまり経験無さそうですもんね。」
 いつもならここで怒りの鉄拳が飛んでくるところだが、イルカは何も反応しなかった。
「なら、やっぱりあれは、あなたの処女だったんですね…」
「ごめんなさい」
「許しませんよ。」
 小さく呻くように謝るイルカに、許さないとは言ったものの、声は穏やかに抑え湯を掛ける手も休めなかった。 何故謝るのだ、と質すこともできたが、それは止めておいた。 謝りたい時もある。 それで安心する時も。
「最初から抱かれる任務だと、解っていたと言うことですね?」
 イルカはこくりと頷いた。
「閨房術を使うように言われてたんですか?」
「必要ならと…」
 俺と同じこと言われてやがる。 葎のやつ、どこまでも用意周到な。
「そろそろこっち、向きませんか?」
 イルカは項垂れたまま暫らく逡巡していたが、やがてカカシの上から退いて湯船の縁とカカシの体の間に座ろうとしたので、腰を捕まえて腹を跨がせた。 それでもまだ俯くイルカの顎を捕らえる。 イルカはやっと上目遣いにちらとカカシを見た。
「怒らないでください。」
 小さく震えた声を出す。 怒らないで、と繰り返し少し頭をカカシの胸元に擦り付けるようにして甘えてみせる。 少しづつ接触を試みてはなし崩しに膝に乗り込む猫のように、最後にはカカシの胸全体に体を寄せて抱きついてきた。 カカシがその背を優しく抱き寄せると、やっと体の力を抜き体重を預けてくる。 すりすりと額を二・三度擦り付け、ほぉと息を吐いてきゅうと抱きついたまま目を閉じ、動かなくなった。 イルカは、普段スキンシップを自分から取ろうとすることは滅多に無い。 カカシが直ぐに色事に直結させてしまうのを敬遠しているからだろうが、本当はこうしたスキンシップを好むことをカカシは知っていた。 身に触れさせることを許されるということが、全てを許されていることのように感じるのかもしれない。 胸に当たるイルカの乳房のふっくらとした膨らみが気になった。 抱く腕に力を込める。
「あなたをこのまま抱きます。 いいですね。」
 腕の中でイルカはビクリと体を竦ませるとカカシを見上げた。
「嫌です。 抱くなら男に戻してからに…」
「だめです。」
「カカシさんっ」
 カカシはイルカの縋る目に負けまいと、イルカの項を態と強く抱きこみ自分の胸に押し付けて視線を塞いだ。
「あいつの触ったとこ全部舐めるんですっ これは譲れませんからっ」
 子供のように駄々を捏ねてみせる。 今の自分にはそれくらいしかできなかった。
 イルカはそんな自分をじっと見上げて逡巡していた。 単純そうに見える彼の思考回路は、全くそのまんまの時もあれば、幾重にも重なり縺れ合う蔓のように解読不可能な時もあった。 そんな時のイルカをカカシにはどうする事もできない。 今はどちらなのだろう。
 イルカはふっと溜息をひとつ吐いて口を開いた。
「しないで欲しいことがあるんです、幾つか。 しないって約束してくれますか?」
「何ですか」
「腕を掴んで部屋に放らないで」
 カカシはふっと微笑んでイルカを抱き締めた。
「ごめんなさい。 もうしません。」
「それから、後ろから急に抱き上げないで」
 自分のしなかった事をしないで欲しいと言うイルカが哀しかった。
「解りました。 声を掛けてからにします。」
 イルカはカカシの胸に額を押し付けたまま言い募る。
「胸をしつこく揉まないで」
「そ…れは、承服しかねますが」
「いやですっ」
「…解りました。 しつこくない程度に」
「舌でされるのも嫌っ」
「ぜ、善処しましょう。」
「それから、それからっ」
 段々思い出してきたのか、興奮ぎみに息を荒らげるイルカの肩を撫でて宥める。
「まだあるんですか?」
「背中も嫌ですっ」
「それは譲れません。」
「…!」
 イルカは顔をぱっと上げると、目を見開いてカカシの顔を睨んだ。
「どうして…! どうしてみんな背中をしつこく、あ、あちこち、嫌ですったら嫌ですっ!」
「そんなに背中あちこち…されたんですか?」
「……」
 イルカは下から上目遣いにカカシを睨み上げると、むぅとして俯いてしまった。
 だがカカシは、イルカが背中を攻めらる現場を見た覚えがなかったので、思わず聞いてしまったのだ。 今回の”任務”での最中の事で、イルカを責めるつもりは無かった。
「俺が来る前ですね。」
 イルカは下を向いたまま、うんうんと頷いた。
「あなたの背中を攻めたい男心…ねぇ」
 俯いたままのイルカの首の後ろから腕を回し、ぎゅっと胸に抱きこんでカカシは吐息を漏らした。
「気付けば遣らずにはいられない、でしょうねぇ。 アイツに気付かれたのは悔しいけど。」
 あなたかわいいんだもの、と何時もより幾分長めの黒髪を優しく梳くと、イルカは再びカカシの胸元で力を抜いて体を預けながら言い募った。
「嫌なんです。」
「どうして?」
「苦しいし…」
「し?」
「……とにかく、苦しいんですっ」
「苦しいだけ? 好くない?」
 胸元でぶんぶんと首を振られてくすぐったい。
「知らないなら教えてあげますよ。 あなた、好いのが嫌なんです。」
 首に回した腕に力を込め、空いた手でイルカの胸を掴むとゆっくり揉みあげる。
「あっ」
 カカシの胸を両手で押し退け、後ろに体を逃がそうとするイルカをガッチリ拘束し、いやらしく胸を揉む。 あっあっと声を漏らすイルカに、ほら好いでしょう? と囁くと、イルカはきっと口を引き結んで唇を噛んだ。 カカシは吸い寄せられるようにその唇をぺろりと舐めると、荒く口を併せた。 喰いしばった歯を何度も舐め、ちゅっちゅっと啄ばんで開門を請うが、イルカは目も口も堅く閉じてカカシを、否、快楽を受け入れるのを拒んだ。 その頑なな態度が男心を刺激するのだ、とカカシは思いながらも胸を揉む手を休めず働かせ、首を抱きこんだ手にも耳朶を擽らせた。 だがイルカは思いの外頑張った。
「口、開けて」
 カカシは低く耳に囁いた。
 イルカは相変わらず瞼をぎゅっと閉じ、嫌々をする。
 乳房を揉む手を両手で掴んで剥がそうとし、首を振って耳朶を擽る指から逃げる。 その手を掴み上げ体を引き付けて、耳を舐める。
「ほら、開けて、イルカ」
 名前を呼び捨てられて、イルカは眉を寄せて目を開けた。
「さっきしないって…」
「するよ」
 間髪を入れず、イルカの非難を抑え込む。 多少、哀しそうな顔をされるのもこの際見なかった事にする。 この方がイルカのためだと信じたかった。 時間を措かず今すぐここで、こうする事で、禊は済んだとイルカに思わせることができるのだ。 だからこうした方がいいのだ、と。
「さっき嫌がったこと、全部する。 あいつが触ったとこは全部舐める。 舌でも達かせる。 胸を揉みながら背中も舐める。」
 イルカは力なくふるふると首を振った。
「アイツがした回数より多くするし、達かせる。」
 もうこちらも見れず、下を向いて涙を零す。
「それから男に戻してまた抱く」
 下を向いたままの顎を取り乱暴に上向かせると、首の後ろに腕を回しもう片方の手では胸をいやらしく揉みしだきながら、カカシはまず接吻けから始めた。

 アイツがしたより多く

 ただそれだけを念じて。




BACK / NEXT