春雪
8
***
教えられた亭は、思いの外遠く解り辛かった。
カカシは屋根伝いに跳びながら葎の言葉を反芻していた。 里はあの男の気の済むまでイルカの体だけをくれてやれ、と葎に言った。 里は知っていた? あの男が拘るのがあの忌まわしい術ではなく、イルカ自身だと。 その条件であの男が手を打つ事も予想の範囲内だったということか。 イルカとイルカに関わる者の動向が、逐一里に報告されている。 8年前からずっとか? 否、もしかするとそれ以前から?
上等じゃねぇか、とカカシは思った。
里はイルカと自分との事も知っていて放置している。 自分のイルカに対する情を利用してイルカを守らせようとしているとも考えられた。 そこまでしてイルカの身柄を守りたいのに、イルカの体だけならと、さっさと誰にでも呉れてやる、そのイルカの人間性や感情を無視した遣り方に、腸が煮えくり返る。 里は、来るべき事態にどうしてもイルカが必要なのだ。 その時までイルカを自分に守らせ、その時が来たら自分が従順にイルカを差し出すと思っている。
---上等だ!
カカシは甍を蹴った。
「イルカの遣ることを最後まで見ていてあげてね。」
葎はカカシに頼んだ。 命令でなく、懇願だった。
「イルカはきっとちゃんと遣るわ。 大丈夫。 信じて、ただ見ていて。」
あんたの遣るべき事はふたつ。
イルカを見ていること。
それとイルカを守ること。
背反するようなその言い草に、カカシは苦笑するしかなかったが、なんとなく言いたい事は解った。
亭の天井裏に潜り込み節穴から覗いたカカシの目に飛び込んできた光景は、顔を覆って嗚咽するイルカと、それに覆い被さるようにイルカの全裸の体を抱く”山城”の姿だった。 一瞬、視界がぐにゃりと歪んだように感じ、ついで身の内から怒りがどうしようもなく膨れ上がり殺気となって弾け、辺りに散乱した。 カカシの殺気にぴしっと木目が軋み、暗い天井裏が一瞬だけほの白く照らされたように感じた程だった。
イルカはぴくりと体を強張らせたが、山城は微塵も態度を変えなかった。
自己主張をしてみても事態は変わらない。
解っている。
カカシは覚悟を決めた。
カカシが来てからすぐ灯りが落とされ、室内の様子は月明かりだけが頼りとなったが、写輪眼にはあまり関係がない。 室内を隈なく観察すると、部屋の四隅と入り口付近を頂点に五角錐の結界が張られている事に気付いた。 各隅にあるのは、環状の呪譜の中心に立てられた小さな水晶の六角柱で、石自体の力により結界が維持される仕組のようだった。 男の意識が反れたりチャクラが疲弊したりして結界が緩むことは期待できない。 更に観察すると、写輪眼に映る薄い光の五角錐の側面上には、微かに光る微細な点が見える。 目を凝らすと、それは積もった埃だった。 物理結界ということだ。 術だけでなく物理的な攻撃も封じらているのだ。 カカシが何かを仕掛けたとして、これが障害となりどうしてもワン・アクション遅れる。 致命的な時間差だった。
イルカの命には代えられない。
葎の言うことを信じれば、あの男がイルカを傷つけることは有り得ない、と思えるが、そんな賭けはできようはずがなかった。 信じて見ていろ、と言う葎の言葉通り、見ているしかできないカカシにとって、自分の身を切られるより辛い時間が流れた。
***
怒りに脳が焼き切れるようだった。
女の体でイルカが悶え、喘いでいる。 見たことのないその光景が自分の目の前で他の男の手によって展開されている、その事実が信じられない。 時折こちらに投げられるイルカの視線に、カカシは何度も手を伸ばした。 ほとんど抵抗らしい抵抗を見せないイルカが、それでも抗う素振りを見せようものなら、直ぐにも飛んで行ってイルカを攫いたい衝動を抑えるのに多大な労力を要した。
全てが聞き取れる訳ではなかったが、会話の内容も意味が通じる程度に伝わってくる。
「あなたの処女を俺が…」
とそこまで聞こえた時の衝撃と焦燥とやり場の無い怒りを、カカシは一生忘れないと思った。
イルカが泣いていた。
『任務よ』
葎の声が耳に木霊する。
篭絡任務を主にするくノ一達の総元締めのような位置に居る葎の、己の仕事に対する矜持の強さは戦忍のそれに少しも劣らない。
『あんた、くノ一をバカにしているの?』
違う、バカにしている訳じゃない。
俺は、俺は…
カカシはくノ一のパートナーとなった仲間の胸の内を初めて理解した。
イルカの破瓜のシーンを、カカシは正視できなかった。
その後に続く、痛みに呻くイルカの声にも耳を塞いだ。
涙がひたりひたりと頬を伝っては顎から落ちた。
自分以外の者の男根で何度も何度も達かされるイルカの嬌声。
そのイルカの体を貪って、いい、と呻く男の掠れた声。
目を反らしても耳に入ってくるそれらの音が、頭の中でぐるぐる回った。
だが、最もショックだったのは、イルカがそっと体を伸び上がらせ、自ら男の頬に接吻けようとした時だった。
イルカが男の何に絆されたのか、カカシには理解できなかったが、それをする理由がイルカにはあったのだ、と思う。 思うのだが、許せなかった。
篭絡任務、その言葉が渦を巻く。
葎によって予め自分に宛がわれた篭絡任務。 それが、無意味な訳ではなかった事をその時やっと悟らされた。 カカシの内部では理性と情動が鬩ぎあった。 が、答えなど出ようはずもなく、カカシは唯ひたすら懊悩した。 だが、一瞬にして唇を奪われ、初めて抵抗らしい抵抗を見せたイルカの姿に、それまで一度も彼らが接吻けを交し合わなかったことに思い至り、イルカの自分に対する健気な想いと、それにそれまで応えていた”山城”の意外なまでの思いやりから窺える彼のイルカに対する本気を知った。
激しい接吻の後、間を措かずに秘所を口淫されたイルカが「いやっ」と鋭く叫ぶのを聞き、カカシは知らずホルダーからクナイを取り出し握っていた。 山城の頭に両手を突っ張らせて押しやろうとするイルカが次第に力を失くし、シーツを握って悶える様を息を詰めて見つめる。 切なげに眉を寄せ、達したイルカが啜り泣いて許しを請うのに、山城はそんなイルカをきつく抱き締めると己の猛ったものをイルカに突き立て激しくイルカを責め始めた。 イルカの体は山城に抱き竦められほとんどがその背に隠れてカカシからは見えなかった。 口も塞がれたままなので声さえも届かず、カカシは嫉妬も忘れてハラハラとイルカを気遣った。 初め指の関節が白くなるほどきつく山城の肩を握り締めていたイルカの手は徐々に緩み、今や山城の腕の間から突き出たその手首から先だけが、ユラユラと力なく揺れているのが見えるのみだった。 やがて山城が体を引き攣らせて唸り、イルカの中に欲望を放った。 やっと体を離した山城が、今度こそイルカを解放するかと思いきや、彼は忙しく胸を上下させるイルカの両の乳房を荒々しく揉みしだき、悪魔の宣告をした。
「朝までつきあってもらいます。」
その言葉は、朦朧としたイルカにというよりも、カカシに聞かせるためのものだったのかもしれない。
イルカの胸をぎゅっと寄せるように掴み上げ、山城はその乳首にむしゃぶりついた。 揉みあげ、吸い付き、その舌がカカシからも見えるほど乳首を嘗め回す。 そうしながら、まだイルカの内部に入れたままの腰を、イルカに擦り付けるようにぐりぐりと回し始める。 山城に大きく膣を掻き回され、半分意識の飛んでいたイルカだったが目を見開いて「ああ」と叫んだ。 山城が伸び上がってその口をまた塞ぐ。 深く口を併せ、イルカの頬が波打つほどその口中を犯している。 そしてまたぐりっと腰を回転させられると、イルカは「んー」と苦しげに呻いた。 それを何回も繰り返され、ちゅばっと音がするほどの勢いで唇を離された時、ただ「ぁ…ぅ…」という小さな小さなイルカの声が漏れ聞こえてきた。 カカシは、もうやめてくれ、と心の中で山城に請うた。 頼む、もうやめてくれ、と。 だが、山城の責めは無情に続いた。
イルカは両足首を掴み上げられ足を大きく開かされると、膝裏を高く抱え上げられた格好で山城に突き刺されていた。 膣の奥を探るように突く山城が何を捜しているのか。 カカシにもそれが判り、眉間の皺を深くする。 玄人の女などにはカカシも遠慮した事はない。 が、イルカは処女を失ったばかりではないか。 そこを責められるイルカがあまりにもかわいそうで、何もかも忘れて止めろと叫びたかった。
「ぁ…い、いやぁ…そこ、いやっ」
体を突き上げられる度にびくっと跳ねるようになったイルカが、懇願の言葉を紡ぐ。
「ここ? ここですか?」
しかし、山城は態とイルカが嫌がった場所を狙い澄まして突き出した。
「ああっ だめ、そ…やめて、おねが…ぁあ」
イルカは頭を打ち振ってのたうった。 やはり、経験の浅い女がそこで感じるには無理がある。 徐々に開発してやっと快感を得られるようになるかならないかだというのに、判っているだろうに、とギリリと拳を握り締め、カカシは憤った。
「ここですね」
だが山城は、心得たとばかりに腰を打ちつけている。
「あっ……はっ……っ…」
イルカは声も出せずびくりびくりと跳ね、太腿をふるふると痙攣させた。
「ああ、すごい、気持ちいい…」
呻きながら山城は何回もそこを抉り、掻き回し続けている。 ああ気持ちはいいだろうさ、敏感な先端部分がそこに当って、同時に痙攣する膣内の締め付けに遭い、目も眩むばかりの快感が得られるのだ。 だが、そこで感じられない女は息もできないほどのたうつ事を強いられ、ただ苦しいだけだと聞く。
「やま…し…さ…、やめ……ねが…」
喉を仰け反らせ、喘ぎながらイルカが切れ切れに山城の名を呼んで許しを請うている。 止めろ、止めてやれ、とカカシも心内で呪いの言葉のように繰り返した。 だが山城は一向にイルカを責めるのを止めず、そればかりか急に体を折ってイルカに覆い被さると、一回愛しそうにその唇に接吻け勝手な事を言った。
「カスミです。 カスミと呼んで。」
「ぁ…ぇ…カ、カスミ…さ、も、許して…」
「もっと呼んで」
山城が然も嬉しそうにイルカを抱き締め、唇を吸い、首筋に顔を埋めて、抱き締めたまま又荒々しく突き上げだした。 同時に体の間に片手を突っ込んで何かをしだす。
「あっ いやぁっ ああっ」
その途端イルカが激しく悶え始めたので、恐らくクリトリスを揉んでいるのだと知れた。 やはりイルカが感じていない事を判っているのだ。 イルカは、突き上げと同時に与えられるクリトリスへの刺激に、もう何がなんだか判らないといった風に身悶え、喘ぎ出した。
「ぅん…カ…スミ……カスミ…あ、いや、ああっ」
そして朦朧として何度も山城の名前を繰り返し、そのまま達した。
「ぁぁ…っ……カス…ぃ」
ひくっひくっとイルカが震える。 山城はイルカの体をぎゅっと抱き、暫らくじっとして動かなかったが、やがてグスッと鼻を啜り上げるような音を立てるとイルカに言った。
「俺、俺、あなたを連れて帰る。」
震えるイルカを抱き締めて、熱に浮かされたように言い続ける。
「俺、決めました。 誰が何と言おうと、あなたがどんなに嫌がろうと、絶対あなたを連れて行く。 幸せにしてみせる。 もう離さないっ」
身勝手だ。 自分の気持ちだけしか今この男の頭の中には無い。 苦しむイルカを無理矢理達かせ、共に達して愛しいと言う。 イルカの将来までも勝手に決めて…。 だが、そんな身勝手な”男”の気持ちが、カカシにも解った。 何年も想い続けてやっと想いを遂げた相手を放したくない気持ちも、例え本人が今拒んでも将来自分が幸せにできると思い込む気持ちも、痛いほど解った。 だがこれだけは譲れなかった。 カカシはクナイを握り締めた。
「イルカさん」
山城が抱き締めながら、また少し体を揺する。
「ぅん…」
ほとんど意識を飛ばしていたイルカが僅かに覚醒し、目を閉じたままゆっくりふわっと腕を山城の首に絡めた。 カカシはぎゅっと胸が引き絞られるような痛みを覚え、胸元を鷲掴んだ。 篭絡の手管とは思えなかったからだ。 そんな余裕が今のイルカにあるとはとても思えなかった。 山城の方も驚いたようにじっとイルカにされるが儘になっている。 イルカは普段より二回りも細い両腕を山城の首にゆっくり絡め、きゅっと縋りつくと小さな声で名を呼んだ。
「カ…カシ…」
カカシは体中の細胞がぷちぷちと一斉に弾けるような感覚に襲われた。 表皮全体が総毛立ち、ざわざわっと背筋に衝撃が走る。 カカシは感動していた。 だが一瞬後には、初めて発せられる山城の殺気を感じ、緊張に体が強張った。
イルカが殺られる。
そう思った。
じりとタイミングを計りながら構えたクナイを握り直す。
その時、またイルカの小さな声がカカシを呼んだ。
「カカシ、カカシ…」
イルカはカカシの名を呼びながら、山城の後ろ頭に指を差し込み愛おしげに弄った。 ますます強く腕は絡められ、髪を、背中を撫で擦り、山城の頬に頬を擦り付けて耳元にちゅっと接吻ける。
山城の気持ちを更に逆撫でしたかとカカシがいよいよ天板を割って下に飛び降りようかと身構えた時、だが、山城はふぅーっと長く重い溜息を吐いて体の力を抜き、殺気を治めた。 そして、頬をすりすりと擦り付けるイルカの頭を掻き抱き、優しげに撫でてイルカの名を呼んだ。
「イルカ」
イルカが嬉しげにきゅうと山城に抱きつく。
「カカシっ」
山城はイルカのためにカカシを演じることを選んだらしかった。
---優しい男だ
カカシはほっと緊張を解しながら思った。
それに、心底イルカを大事に思っている。
かわいそうな男。
クナイをホルダーに仕舞いながら、カカシはまたふたりを見守るために節穴を覗く。
「イルカ、イルカ」
下の部屋では、山城が低い声でイルカの名を呼びながら、さっきまでとは打って変わった穏やかな律動を刻み、縋りつくイルカを愛おしげに抱き締め返して、いつまでもいつまでも喘がせ続けていた。
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