春雪
4
山城の手によって重い花魁の衣装が引き剥がされると、体が軽くなった。 これなら逃げることができるだろうかと、ふと思い、すぐにまた山城の腕が体に回されてきた事で、そんな事はできないしやってはならないと思い直す。 この山城という男は、恐らく自分が忍なのを知っている。 篭絡任務のくノ一だと思われていればまだいい方だ。 もしかしたら男であることも…。
「なぜ抗わないんです? いきなり閨になんて、嫌じゃないんですか?」
肌襦袢だけになったイルカを背中から抱き締めたまま、ゆっくり共に布団の上に座ると、山城は問うた。
「これが自分の役目だと、理解しているつもりです」
イルカは、高くか細い耳慣れない声が震えながら自分の喉から発されるのを、どこか他人事のように聞いた。 山城は、それには何も答えずに、胸と腰に結ばれていた細紐を解いた。 袷が開かれ、肩からスルリと襦袢が落ちる。 カカシ以外の男の手が自分の肌を辿っていく。
---どうか酷くしてくれ
そうしてなるべく早く終らせてくれ
カカシが来ない裡に
イルカは唇を噛んで男の手が体を這い回る感覚に耐えた。
山城の愛撫は”執拗”の二文字だった。 イルカは胸を揉まれただけで息が上がった。
「もう、もう嫌です。 どうしてこんな…」
イルカは喘ぎながら抗議した。 いろいろ試すかのようにイルカの乳房を弄る手を掴んでは引き剥がそうと、何度試みたことか。
「だって今宵限りかもしれないし、堪能しないと、ね?」
ね? じゃねぇっ
かも、じゃなくて絶対今宵限りなんだよっ
いいかげん離しやがれっ
内心の罵倒とは裏腹に、イルカはなよとした言葉で懇願した。
「もう離して、くださ、…うん」
後ろから抱き締めて、両手でわしわしと胸を揉む山城は、時々イルカの耳朶を噛み、項に舌を這わせては更にイルカの息を上がらせた。 指の動きは繊細で、乳房を鷲掴んだと思えば、指先で付け根の辺りを刺激し、指の間に乳首を挟んで摘み上げる。 イルカも乳首は感じる方だが、乳房全体がこれほど性感帯になっているとは思わなかった。 女性が胸を揉まれて抵抗できなくなるのが判る気がした。
「あ…ぅん…も…やぁ」
心ならずも山城の胸に背を預ける形となって、イルカは悶えた。 カカシに見られていないだろうか。 そればかりが気になった。 腰に山城の欲望の徴が当たる。 堪らなくなって体を前へ逃がすと、そのまま布団に倒され背中から覆い被されて身動きが取れなくなった。 相変わらず胸から手は離れない。 胸を揉まれながら背中に接吻けられると、どうしようもなく体が震え、大声で叫んでしまいそうになるのをシーツに顔を押し付けて必死に堪えた。
「んー、んー」
「背中、弱いんですか?」
はっと息を吐き掛けられてぞわぞわっと快感が走る。
「ぁ……はっ…やめ…」
くんっと背を撓らせて震えると、山城は胸に手を当てたままイルカをぎゅっと抱き締めた。 項に熱い唇を感じる。
「かわいい」
言葉と共に首筋に息が掛かり、また震える。
「も…や…離し、て…ぇ」
山城はしつこく背中へ接吻を落とした。 その度に背中がきつく撓り、息も絶え絶えになる。 苦しくて苦しくて思わず声が漏れた。
「た…たすけ、て…」
すると山城はぴたっと動きを止めてふぅと溜息を吐いた。
「助けては酷いなぁ。 合意でしょ?」
「ご…ごうい?」
言葉の意味が掴めない。
「そう。 それに、そんなこと言うと呼ばなくていい者を召喚しちゃいますよ。」
それは困るんでしょ? と問われる。
カカシ。
カカシが来たら困る。
見られたくない。
この人と遣り合わせたくない。
”たすけて”と言ってはならない。
朦朧としながらも無意識に繰り返す。
”たすけて”と言ってはならない。
山城は、背中への愛撫を諦め、イルカを上向けた。
「だいじょうぶですか?」
顔を上から覗き込んで問うてくる。 イルカは首を横に振った。 自分でやっておいて大丈夫も何もない。 そうして息が大分落ち着いてきた頃、頬に手を宛がわれ、顔がゆっくり近づいてきたので、両手でその顔を押さえた。
「傷つくなぁ」
言いながらイルカの掌を舐めるので、手を握ってぐうで尚も押さえると、両手首を握られて左右に開かれた。
「キスしてもいいですか?」
わざわざ問うところが嫌味だ。
「嫌です。」
顔をできるだけ横に背けると、顎を取られてゆっくり戻される。 決して強い力ではなく、宥めるようにあやすように。 そして懇願される。
「キス、させてください。」
イルカは眉を寄せて小さくしかし鋭く首を振った。 何故、そんなことを問うのだ。 この人がその気になれば、自分などどうにでもなるものを。 だが、いいか、と問われれば、イルカは否と答えるしかない。
「お願いします。 いいと言って?」
「なぜそんなこと聞くんですか。 あなたならしたいようにできるでしょうに。」
ついにイルカは根負けして男を詰った。 山城は困ったように眉尻を下げると、イルカの胸に耳を押し当てて鼓動を聞くように顔を置いた。
「だって無理強いした思い出ばかりじゃ、俺が辛くって。 言ったでしょう? 今日限りかもしれないって。」
山城は顔を起こし、まっすぐイルカの顔を見下ろして言い募った。
「あなたがどんなに嫌がっても、これからあなたを抱くことは譲れない。 そのために遠路遥々来たんだし。 でもキスくらい許されてしたいんですよ。」
「そのために来た?」
イルカが言葉尻を捕らえて問い返すと、山城はあーと溜息を吐いて顔を片手で覆い二三度上下に擦った。
「ええ、実はそうなんです。 海野イルカさん。 あなたが男だってことも知ってます。 できればその、変化を解いてもらって本来のあなたを抱きたい。」
「…! 絶対に嫌ですっ」
イルカは思わず叫んでいた。 知られているとは思っていたが、こうもあっさり面と向かって言われるとショックだった。 予定と違う。 一時撤退、の文字が点滅する。 イルカは身を起こそうとして山城の胸を押したが、やはりびくともしなかった。
「判ってます、判ってますから落ち着いて。 写輪眼のカカシのことも知ってます。 無理は言いません。 でも」
山城は強い眼差しでイルカを見据えると、これだけは譲れないという風に言い切った。
「今のあなたは女の身で、俺を篭絡する任務で来ている。 抱かれてもらいます。」
初めて強い語調で言われて、イルカは目を瞠って山城を凝視した。
「ああ…、お願いだからそんな顔しないで。」
だが直ぐまた語調を緩めて宥めるように言うと眉尻を下げる。 そんな風に泣かれたら俺、哀しくなっちゃいますよ、とイルカの胸に再び懐く山城が訝しく、泣いてなどいない、と一二度瞬きをすると大粒の水滴がぽろっと零れ落ちた。 緊張の糸が切れたのか、それを皮切りに涙がぽろぽろ零れて止まらなくなる。 篭絡任務のくノ一ならこんな事では泣かない。 そう思うのだが、全て素性を知られているこの男の前に居て、イルカは素の状態になってしまう自分を抑えられなかった。 山城は、嗚咽を堪えるイルカに気付くと体を起こしてイルカを抱き込み、優しく頭を撫で付けてきた。
「あなたがこんなによく泣く人だったなんて知りませんでしたよ。」
あなたに泣かれると何も言えなくなっちゃいますね。
山城はイルカの髪を梳きながら、ふふっと笑った。
笑ってそしてイルカの髪を掻き揚げると、耳元に口を寄せてこそりと囁いた。
「カカシが来ました。」
天井に殺気が膨れ上がった。
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