真言使い

- From Dusk Till Dawn -


9



「送るから」
 カカシが歩けないだろう男に背を向けると、男は慌てたように手と首を振って固辞した。
「だ、だいじょうぶ、ですから」
「大丈夫じゃないでしょ、歩けないくせに」
「あ、歩けませんけど、あの、多分迎えが…」
 そう言う男の目が泳ぐのを見てカカシは瞬間ムッとした。
「迎えって、あんたにあの暗示を掛けた奴ってこと?」
「はい…、たぶん」
 俯いて視線を合わせようとしない男に余計腹が立つ。
「俺、そいつに一言文句言いたいんだけど」
「だ、だめですっ」
「なんで? まさかあんたの男ってこと、ないよね?」
 益々剣呑な雰囲気を醸し出してカカシは低い声を出した。
「違います!」
 弾かれたように顔を上げた男の顔に嘘は無かった。 ふむ、と顎に手をやり、カカシは剣を鞘に収めることにした。
「わかったよ。 今、実際にそいつに会ったら、俺何するか自分でもわかんないし、諦める。 でもね」
 と男の顎から頬をするりと撫でて顔を寄せる。
「あんたは俺のものだってこと、忘れないで?」
「はい…」
 男はカカシの掌に頬を摺り寄せて、こくこくと頷いた。
---ああ、ほんとにかわいいな
 ごくりと唾を嚥下してカカシは言い募った。
「それに、次に会った時あんたが思い出さなかったら俺、ほんとに強姦するからね、後で四の五の言わないでね?」
「あのぉ、できれば強姦は止めてほしいかなぁって。 蟠りが残るの嫌ですし」
「だって、抱かなきゃあんた思い出してくれないでしょ!」
「でも、でも俺きっとまたあなたを好きになります。 今忘れても、今度会ったらまた絶対あなたを好きになって、それで…」
「それで? 俺に抱いてくれってあんたから言ってくれるの?」
「そ…、それは、ちょっと、判りませんが…」
「ほうら、ね。 俺一からあんたを口説かなきゃいけないの?」
「できればそうして、ほしいんです、けど…」
 俯いて真っ赤になりながらも訥々と訴える男に、カカシは目を丸くした。
「俺、誰かを口説いた事なんてないもん」
「そうなんですかぁ?」
 ふたりして吃驚した顔を付き合わせて、同時にぷっと吹き出す。
「わかったよ。 あんたを口説けばいいんでしょ。 どうやればいいかは、ま、勉強しとくよ。」
 カカシが笑ってそう言うと、男はすみません、と頭を下げた。 その頭を撫でて、幾らでも口説いてやろうじゃない、と心底思った。 それからふと思い出しズボンのポケットを弄って目的の物を抓み出す。
「それと、はい」
 男から取り上げたままだった黒い玉を掌に載せてやると、男は目を丸くした。
「あ、これ」
「大事な物なんでしょ? 忘れちゃだめじゃない」
 揶揄するように窘めると、男は不思議そうな顔をしたまま聞いてきた。
「だってこれ、呑み込んだんじゃ?」
「呑み込む訳ないでしょ!」
 笑って頭をぐりぐり撫で回してやると、男はやっとからかわれたと解ったのか頬を膨らませて顔を顰めた。
「かわいいね」
 膨らんだ頬や尖った唇にちゅっちゅっと接吻けると、男は素直に体を預けてくる。 舌をねっとり這わせて口中に差し込み、一頻りその甘い感触味わった。 目を閉じてうっとりと接吻けに酔う男の顔を満足して見つめる。
---これは俺のものだ
 帰ってきたら必ず探し出して、その時こそ名前を聞こう。
 体ごと男を引き寄せ、最後になるだろう接吻けを深くして、カカシも男の唇に酔った。 暖かいその体を抱き締めて思う。 離したくない。 何度でも抱きたい。 でもさすがにもう行かなくてはならない。 万感の想いを込めて男に気持ちを告げる。
「好きだよ」
 ぱっと顔をあげて見上げてくるその朱に染まった顔に満足して、カカシは、じゃ、と言って瞬身した。
 これ以上いると本当に我慢できなくなりそうだった。

     ・・・


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