聖域

-SANTI-U-


9_2


 苦しい。
 カカシ先生とアスマ先生が疾風のように前を駆けて行く。
「おい、カカシ。 少しサクラに合わせろよ。」
 アスマ先生が私を気遣ってカカシ先生に声を掛けた。
 ちょっと前から何度もこちらを振り返っては、心配気な顔を向けてきているのが判っていたが、私はこれでも限界まで頑張って走っていた。
「いえっ 大丈夫ですっ」
 私はアスマ先生より数歩前を駆けるカカシ先生に声が届くように大声で叫んだ。
「だってよぉ」
 とアスマ先生が心配気にこちらを窺うのに笑って答える。
「大丈夫です。 行けます。」
 私はさっきの綱手師匠の話を心の中で反芻していた。
 心拍数と呼吸数を落として駆ける。
 そんなことが可能だろうか。
 呼吸数が落ちれば酸素の供給量が減る。
 心拍数が落ちれば血液の流れも滞る。
 それでは筋肉にエネルギーが賄いきれないはずではないか?
 それで何故、通常より速く長く走れるのか?
 ずっと考えに考えて行き着いた答え。
 それは、数ではなく一回の量の問題なのだ、ということだった。
 心拍の多さは確かに疲労の原因になるのだ。
 低いことに越したことはない。
 迅駈けを専門にしている迅飛脚達は、実際常人よりもずっと心肺機能が高いと聞く。
 普段の呼吸数や心拍数が半分くらいで、駆けている時でも常人より低いということだった。
 イルカ先生は術でそれを実現しているのだ。
 綱手師匠は”自己暗示”と言ったが、ただの暗示なら態々開発して文献に残す必要など無いはずだ。
 綱手師匠が開発したという事は、医療忍術に通じる術がある、と考えてよいのではないか。
 私は自分の血流や呼吸の量と速さを操作する術を思い出していた。
 こっそり火影執務室の奥の書庫を漁っていた時に見つけた、綱手様の昔のレポートの数々。
 きっとあれだ。
 走りながらチャクラを練り上げる。
 イルカ先生のように意識レベルを下げる訳にはいかないので、その辺をうまくコントロールする。
 私なんか、たった一日駆ければいいんだから。
 体がふっと軽くなった。
 風の様に体が駆けて行く。
 やったっ できた!
 アスマ先生がちょっと目を見開いて、それから前を向くとそれきり私を振り返らなくなった。
 アスマ先生に信用された!
 カカシ先生は最初からずっと前を向いたままだった。
 彼にはきっとイルカ先生しか見えていないんだ。
 イルカ先生、今行きます。
 待ってて
 待ってて

     ・・・

 その黒い影は、一直線に森を駆けていた。
 ほとんど音も立てず、ぎりぎりに木の幹を避け、枝を潜り、藪を突き抜けて走っている。
 びゅっと言う風切音のみが、何かを飛び越える時の跳躍と共に時々聞こえてくるだけだった。
 イルカ先生と遭遇して小一時間。
 私たち三人は併走を続けながらイルカ先生を止めようと必死だった。
 特にカカシ先生は、ずっとイルカ先生の名前を呼び続けて走っていた。
「イルカ先生っ イルカ先生っ!」
 泣き声にも似たその声が、黒い影がびゅっと風を切る度に一旦途切れ、一瞬遅れて鳴る風切音の後に再び聞こえてくる。
「イルカ先生、俺です、カカシです。 イルカ先生、こっち見て」
 このまま駆ければ、雪の国の国境まであと半刻ほどだ。
「カカシっ」
 アスマ先生が声を張り上げた。
「時間が無いっ 力ずくで止めるぞっ」
「待ってくれっ」
 二人は一瞬睨み合った。
「俺がやるっ」
 カカシ先生はそう言うなり、一気にイルカ先生との間合いを詰めた。
 イルカ先生が途端にクナイを取り出して両手に握った。
 実は、遭遇してから何回もカカシ先生はイルカ先生に接近を計り、その度に戦闘態勢を取られて止む無く距離を置いて走っていたのだ。
 イルカ先生からは生きた人間の気が伝わって来なかった。
 壊れた人形のように、ただ走り、近づく者にクナイを向けている。
 私はイルカ先生の前に回れなかったので、その表情を見ることはできなかったけれど、何回か前に回り込んだカカシ先生はその度に名前を呼びはしたものの、毎回顔を強張らせて後ろに引いた。
「目が虚ろだ。」
 呼吸もほとんどしていないみたいだ、とカカシ先生が呟いたのが半刻前だ。
 カカシ先生は焦っている。
 このままでは、蘇生してもイルカ先生が助からないかもしれない、と気付いているんだ。
「カカシ先生っ」
 私は声の限りに叫んだ。
「待って、待ってくださいっ」
 カカシ先生は既にイルカ先生とクナイを交えている。
 キンキンっという硬質な金属音が響き渡る。
「キーワードを、考えてくださいっ きっと何かあるはずですっ」
 無理に覚醒させれば不可逆な細胞の壊死が起こるかもしれない。
 そうなったら私に里までの一日半、イルカ先生を支えられるだろうか?
「カカシ先生っ 式鳥になんて載せたんですかっ」
 カカシ先生っと繰り返し叫んで私も必死に考えた。
 イルカ先生ならきっとその言葉をキーワードにするはずだ。
 きっと!
「カカシ先生っ」
 その時、カカシ先生が自分のクナイを投げ捨てた。
「カカシっ」
 アスマ先生が叫んでふたりに近付こうとするのを私は止めた。
「アスマ先生、待って、カカシ先生に任せてっ」
 アスマ先生が私をくるっと振り返って睨んだ。
 それから、ちっと舌打ちすると、また元のように距離を保ちながらの併走態勢になる。
 私はそれを見届けて、ふたりを見守った。
 カカシ先生は素手でイルカ先生と組み合っていた。
「イルカ先生っ」
 カカシ先生がまた名前を呼ぶ。
 イルカ先生はクナイを次々に繰り出して、的確にカカシ先生の急所に突き込んでいた。
 イルカ先生ってこんなに凄かったんだ。
 私は、いつも暖かく笑っていてちょっとドジで私たちの悪戯に引っかかっては怒鳴っていたイルカ先生を思い出し、目の前のイルカ先生が忍のうみのイルカなのだという事を思い知った。
 カカシ先生は血塗れになりながら、イルカ先生の片腕をなんとか押さえてクナイを一本叩き落とした。
「イルカっ」
 カカシ先生がまた呼んだ。
 ぴくっと体を震わせたイルカ先生が、カカシ先生と共にドウとその場に倒れこんだ。
 もうもうとした砂埃が収まってみると、そこにはイルカ先生に組み敷かれ上からクナイを首筋に突き立てられそうになっているカカシ先生が居た。
 カカシ先生の腕に手首を押さえられ、ふたりの間でイルカ先生のクナイがぶるぶると震えている。
 カカシ先生に圧し掛かったイルカ先生の目はまだ虚ろで、自分の前進を妨害する者をただ排除するためだけに動いている人形のようだった。
「俺の、イルカ」
 カカシ先生がそんなイルカ先生の目をじっと見つめて、聞こえるか聞こえないかの声でそう呼んだ。
 すると、イルカ先生の動きが突然ぴたりと止んで、目が焦点を結び出した。
 ストンっとクナイがカカシ先生の顔の横に落ちる。
 目を見開き、カカシ先生を凝視していたイルカ先生が初めて声を出した。
「…カカ…シ」
 絞り出すような掠れた声は、ひくりと喉の奥でそれきり詰まり、それからイルカ先生は徐にカカシ先生の口に自分の口を併せて激しく接吻した。
 私は、随分前からふたりの関係を知ってはいたが、現場を見たのはこれが初めてだった。
 正直言ってかなりショックだった。
 ふたりの恩師が男同士で愛し合っている事実は、意外とすんなり私の中で認識され受け入れられた、と思っていたのに、やはり現実に目の前で見せられるとこんなにもショックなものか、と私は自分の胸を手でぎゅっと押さえた。
 だがその時、イルカ先生が急に仰け反って引き攣り咳き込んだ。
 ぜいぜいと咳き込むその顔も首筋も、真っ赤に紅潮している。
「しまった」
 私は思わず叫んでいた。

     ・・・

 唐突な蘇生に、心拍と呼吸が戻ったイルカ先生はその場で昏倒した。
 真っ赤に染まった体は一気に青褪めた。
 毛細血管が急激に膨張してしまったのだ。
 脳内で溢血が起こってしまっていたら、半日でも処置が遅れれば命は助かっても植物状態は免れない。
 どうしよう、師匠!
 私はカカシ先生を突き飛ばして、イルカ先生の状態を看た。
 心肺停止してるじゃないか!
 胸元を寛げ、首を仰け反らせて気道確保し、人工呼吸を施す。
「サクラ…」
 カカシ先生が側で情け無さそうな声を上げているが無視する。
 そんな時間はない。
 ベストの前を全て開けると、今度は心臓マッサージを数回行う。
 全体重を掛けて真上から、いち、に、さん、し、と声を上げながらイルカ先生の胸に重ねて置いた自分の手を上下させる。
 それを数秒置いて3セット。
 また人口呼吸。
 私は心の中でイルカ先生イルカ先生と呼びながら、必死で自分のやれることをした。
 げほっとイルカ先生が呼吸を取り戻した時の私の安堵を、誰が解ろうか。
 私は涙でぐちゃぐちゃになって、イルカせんせぇ、と呼んでその胸に取り縋って泣いた。
 もちろん、ちょっとだけだったけど。

 直ぐに頭部スキャンをする。
 チャクラを掌に集め、右から左にイルカ先生の頭をゆっくり横切らせる。
 大丈夫!
 溢血はない!
「大丈夫ですっ」
 うろうろと歩き回っていたカカシ先生がイルカ先生の脇にどっとへたりこんだ。
「ほんとに?」
 なんだか子供みたいだな、カカシ先生。
「はい! でもまだ細胞の蘇生が安定するかどうかは判りませんから、とにかく早く師匠の所に!」
 私は覚えたてのヒーリング術でカカシ先生の手の切り傷を直しながら、次にどうしたらいいかを考えた。
「そ、そうだね」
 カカシ先生がアスマ先生を振り返って、アスマ先生が頷くのを見てからイルカ先生を背負おうとするのを慌てて制する。
「待ってください。 その前に、体に他の損傷がないか確かめます。 骨折とかあったら運び方を考えなければ」
 私がそう言うとカカシ先生は黙って頷いて、私に場を譲り自分は反対側に回って跪いた。
 私は、この時の自分の判断を後で何度か思い返しては問い掛けることになった。
 正しかった。
 否、あの場面で最良だった。
 でも、私は今でも後悔している。
 カカシ先生は、服を開いたイルカ先生の体を見て、硬直して言葉を失った。

     ・・・

 打撲だろう、と思ったのだ。
 迅駆けに入ってから付いたと思われる新しい痣ももちろん幾つかあったが、それよりも目を引いたのは体中に無数についた古い鬱血の跡だった。 打撲と思われる人の拳大の痣の他にも、帯状の濃い痣や小さな鬱血の跡が腕や胸、腹に幾つも散らばっている。
 小さな痣は、何か棒のような物で突かれたのだろうか。
 この帯状の痣は…、縛られた跡?
 ”リンチ”
 私の中で閃いたその単語に、私が体を強張らせていると、カカシ先生が静かに呟いた。
「サクラ、少しふたりきりにしてくれないか」
 私はカカシ先生を見、アスマ先生を振り返った。
 カカシ先生はただじっとイルカ先生を見下ろしていた。
 アスマ先生は苦い表情を浮かべて私の腕を掴み、引っ張り起こしてから黙って顎をくいと杓った。
「カカシ、済んだら呼べよ」
「ああ」
 男同士の短い会話に、私は何を汲み取ったらいいのか。
 とにかく、この場に居てはいけないことだけは解った。

     ・・・

「リンチ、でしょうか」
 聞かずにはいられなかった。
 アスマ先生はちょっと吃驚した顔をしたが、咥えた煙草をぺっと吐き出すと、うろうろと落ち着き無く歩き回っていた私に座るように促した。
「帰るまでその事には触れるなよ。」
 アスマ先生は一言前置きをし、私がそれに頷いたのを見てから溜息をひとつ零した。
「これはおまえが一人前の医忍だと認めるから、後でおまえがイルカを看る時必要な情報だと思うから言うんだが」
 少し躊躇する様子のアスマ先生に私が頷くと、アスマ先生はまたひとつ溜息を吐いて続けた。
「落ち着いて聞けよ? アレは輪姦された跡だ。」
「え? りんかん?」
 単語の意味が直ぐに出てこなかった。
 アスマ先生は苦笑を零し、おまえ幸せに育ったんだな、と頭を乱暴に撫でてくれた。
「それも一回や二回じゃねぇな。 イルカが奴の声を欲しがった訳、一人迅駆けしてまで還ろうとした理由が、アレなんだろう。」
 私は、じわじわと意味が解ってきて、それと同時に涙が込み上げてきて、顔を覆って震えた。
 カカシ先生の声を欲しがったイルカ先生。
 式鳥に乗って返ってきた、自分の名前をただ呼ぶカカシ先生の声を、イルカ先生はどんな気持ちで聞いたんだろう。
 そんな辛い目に会いながらも任務を最後まで務め上げるなんて。
 そうしてから命を削るような真似までして一刻も早く還ろうとしたイルカ先生は、いったいどんな気持ちで自分に暗示を掛けたんだろう。
 苦しいほど胸が痛くなり、ぎゅっと服を掴んで私は堪えた。
「カカシは多分今、イルカの体中を見て確かめているだろう。 でも唯、事実を確認するだけだ。 嘘だ、と思いたくても目の前にある事が全てだからな」
「カカシ先生、私が見てしまった事、気にしないでしょうか?」
 私はさっきから頻りに後悔していた事を思わず口にした。
「ばか、奴がそんな殊勝な珠かよ」
「でも、でも」
 と私が繰り返すと、アスマ先生は私の顔をまっすぐ見つめて、大丈夫だから落ち着け、と言った。
「いいか、奴の目にはな、イルカしか映ってねぇんだ。 奴はイルカさえ良ければそれでいいんだよ。」
 自分なんかどうでもな、とアスマ先生は言ったけど、私はまだ食い下がった。
「でも、イルカ先生が気にするかも」
「だから」
 とアスマ先生は呆れたように私を遮って繰り返した。
「イルカもおんなじなんだよ。 イルカはカカシさえよければそれでいいんだ。 判るか?」
 私は項垂れた。
 判るような気もしたし、判らないような気もしていた。
 私だったら、好きな人以外の複数の人間にそんな風にされたらその場で舌を噛み切るかもしれない。
 私が男だったら、他の男に犯された想い人を、いっそこの手で、と思うかもしれない。
「か、カカシ先生をひ、ひとりにしておいていいんでしょうか?」
 私は突然イルカ先生の身が心配になった。
「あ? アイツがイルカに何かするとか思ってんのか?」
 私は震えて頷いた。
「だって、だって、愛する人がそんな、ほ、他の人に…」
「だから殺すって?」
 私は瞠目してアスマ先生を見た。
「おまえだったらそうするのか?」
 サスケ君。
 懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。
 この二年間、一日たりとも忘れたことのない、別れた時の寂しそうな顔。
「サスケが帰ってきたら」
 アスマ先生は、そんな私の思考を読んだように言葉を継いだ。
「そんときアイツが身も心も大蛇丸に染まっていたら、おまえはアイツを殺すのか?」
 サスケ君、サスケ君。
 私は、どんなあなたでも還ってきてほしい。
 私が俯いてしゃくりあげながら何度も頭を振ると、アスマ先生の大きな手が、また私の頭をガシガシと撫で回した。

     ・・・

「サクラ」
 暫らくしてカカシ先生が姿を現した。
「鎮痛作用のある傷薬、持ってるかな」
 俺の持ってるのは皆ただの傷薬なんだ、と言うカカシ先生はもういつもの飄々としたカカシ先生だった。
「は、はい」
 私が泣きはらした目を擦りながらバッグを漁ると、カカシ先生は見えている片目を優しそうに細めて、なんだアスマにいじいめられたか、と冗談を言った。
「違います」
「んな訳ねぇだろ」
 ふたり同時に突っ込むと、カカシ先生は少し声を立てて笑った。
 はい、と薬のチューブを渡すと今度はカカシ先生に頭をやさしく撫でられる。
「大丈夫だから、サクラ。 心配要らないよ、イルカ先生は直ぐに元気になる。」
 もう、みんな私を子供扱いして、と思ったしそう言って元気な振りをしようとしたのだが、できなかった。
 うんうんと唯頷いて泣く私を、カカシ先生は何回も何回も撫でてくれた。
 なんて強い人なんだろう。
 それに、なんてイルカ先生を深く愛しているんだろう。
 イルカ先生だって、あんなになるまで駆けて…
 どんなにこの人の元に還りたかっただろう。
 私はまだ子供で、大人の恋愛は判らないのかもしれない。
 相手を深く愛することが、自分を無にすることと同義だとは、まだ私には思えない。
 愛する人には愛されたいし、ずっと傍にいてもらいたい。
 サスケ君。
 今、どこに居るの?
 もう私の事、忘れちゃった?
 でも私はずっとずっとサスケ君を想ってるよ。
 ずっとずっと忘れたりしない。
「カカシ先生」
 私は拳で涙を拭って立ち上がった。
 今、私に出来る事、遣るべき事をやらなければ。
「イルカ先生をもう一回看てもいいですか?」
 カカシ先生は一瞬黙ったが、うん、と言って微笑んだ。
「イルカ先生に他に怪我がないか、ちゃんと看てね」
「はいっ」
 イルカ先生、私が必ず無事に里に連れて還ってみせます。

     ・・・

 イルカ先生にはどこにも、骨や内臓の損傷は無いようだった。
 私はほっと溜息を吐く。
 よかった、これでカカシ先生にイルカ先生を背負ってもらえる。
 カカシ先生は何よりそれを望んでいるはずだから。
 例えアスマ先生でも、他の誰かにイルカ先生を触らせたくないに違いない。
「う…」
 その時、イルカ先生が呻いて目を開けた。
「イルカ先生」
 カカシ先生が顔を寄せてイルカ先生に声をかける。
「イルカ先生、もう大丈夫です。 すぐ木の葉に還れますよ。」
 私はそっと立ち上がって、音を立てないように後ろに下がった。
 アスマ先生がさっさと離れた所に退散していて、思わず笑ってしまう。
 私もそこまで歩いて、それからそっと二人を振り返った。
「カカシさん」
 イルカ先生の声が、随分とはっきりと聞こえてきて心底ほっとする。
 もう確実に覚醒は成った。
「はい、ここに居ますよ、イルカ先生」
 カカシ先生、なんて優しい声を出すんだろう。
「カカシさん、俺、俺…」
 イルカ先生の声が潤んだ。
「しー、いいんです、判ってます、イルカ先生。 ありがとうございます、還ってきてくれて。 ありがとう…、おかえりなさい…」
 カカシ先生の声も、最後の方はくぐもっていた。
 カカシ先生はイルカ先生の上半身を起こして、仕舞い込むように抱き締めた。
 イルカ先生の手がやっと力なく上がり、カカシ先生の背中の服をきゅっと掴むのが見えた。
「しっかし、イルカの奴も変わったな。 昔の奴ならとっくに…」
 後ろでアスマ先生が独りごちる。
 私が訝って振り返ると
「いや、なんでもねぇよ」
 と新しい煙草を取り出して咥えた。




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