聖域

-SANTI-U-


6


目覚めよ、と荒野で呼ばわる者の声がする

-SANTI-U after, I SA YA-


「ねぇ? イルカ先生」
 カカシは慣れた手付きでイルカの太腿を押し開きながら軽い調子でイルカに問うた。
「あなた、もうちょっと太りませんか?」
 右手ではイルカの腿の内側を二三度撫でて、そのすべらかな感触を暫し味わい、左手では先程からイルカを緊張のどん底に突き落として止まない己の太く猛ったモノをイルカのアナルに押し付けての事だった。 イルカは次にくるべき衝撃に条件反射のように体が構え、目を固く瞑ってその瞬間を待っていた時だったのだが、散歩に行きませんか的な長閑なその物言いに思わず薄目を開けて自分に覆い被さる男を見上げた。
「……は? あっ」
 うんっと息を呑み、自分の油断を突いて訪れたために逃がすことができなかった貫かれる痛みと衝撃にイルカは一瞬痙攣し、最後の忍耐の防壁の一枚を敢え無く破られ、昇りつめてしまった。
「あれ、達っちゃったんですか?」
 胸を喘えがせ震えている自分を見下ろし、またも暢気そうな声色を作っているが、カカシがこういう時考える事を嫌という程学習させられているイルカは、しまった、と思いなんとか態勢を立て直そうとしたのだが遅かった。 カカシは乱暴にイルカの内部を突き荒らしてきた。 達したばかりの敏感な体を弄ぶが如くこうしていいように刺激され、いつも身も世も無く悶え喘がされてしまう。 カカシは自分のそういう反応を楽しんでいるようだった。 そんな時の自分は全く余裕がなく、どんなみっともない姿を晒しているのか、どんな恥ずかしい言葉を漏らしているのかさえ解らなかった。 ましてや、カカシがどんな感覚を味わっているかなど想像さえもつかない。 カカシが実は快感に呻いている事なども、全く知る由もなかった。 だから今日も最初から運が無いと思い、まだ始まったばかりのカカシとの長い夜にそっと溜息を吐いて、イルカはくったりと手足を投げ出した。

 気がつくと風呂場に居た。 失神するまで攻められたらしい。 上機嫌らしく鼻歌混じりで自分の放ったものを掻き出しているカカシの指を体が意識し収縮すると、カカシに覚醒を気取られる。
「あ、気がつきました?」
「はい…」
 まだ、ぼーっとする。
 本当は嫌なのだが、失神させられる事の多いカカシとの情交の後始末は大概こうしてカカシの手によってされてしまう事が殆どで、自分でも大分慣れてきた。 と言うか、諦めがついてきた。 唯、今日の様に処理中に覚醒してしまって拙いことは、カカシの指を感じずにはいられなくて、結果的にカカシをもう一度その気にさせてしまう確立が高いことだった。 さすがに如何なカカシでも、失神している人間を犯すようなことは無い、と信じたいが…。
 浅く呼吸してなるべくカカシの指の動きから注意を逸らそうと努めたが、どうも今日はカカシの方が早速その気になってしまったらしい。 指の動きが明らかに”処理”ではなく”愛撫”になっている。 どうしようもなく体が跳ねてしまう一点を押されて、ついにイルカは喘ぎを漏らした。
「ああっ カカシさん、ここでは困ります。 声が… んんっ」
 カカシの家ならいざ知らず、ここはイルカの家、集合住宅の一室の浴室だ。 防音など望めるべくも無い。
「ん、わかってますって」
 返す返事はいいものの、腰は既にカカシに向けて抱えられ、後ろから熱く硬い塊が押し付けられた。 凭れさせられている浴槽の縁に噛り付き、なんとか声を堪えようとしているのに、カカシは片手をイルカの口に突っ込んで指で舌を探り出し、ちょっと摘まむように指で挟んだ瞬間に押し入ってきた。
「はっ ああ……あ…」
 抑えることのできない声を、それでもなるたけ小さくしようと頑張っていると、カカシが無情な言葉を吐いた。
「イルカ先生、今日はここで思い切り喘いで貰います。」
「な…、何でですか?」
 はぁはぁと胸を喘がせ、伝う冷や汗に視界を滲ませられながらイルカは吃驚して問うた。 カカシは何だかんだ言いながらも、イルカの困る事---情事以外ということだが---に関してはそれなりに気を使ってくれていたからだ。
「困ります、俺」
「そう、困るよね。 だからするの」
「だから、どうしてですか? ああっ」
 さっそく律動を始めたカカシはイルカの腰を掴み激しく前後に揺すった。
「あっ あっ ああっ」
「やっぱり響きますね、ここ」
「あ、んんっ んっ」
「ほらほら、唇噛んじゃだめですよ」
 また口中にカカシの指が入ってくる。 噛めというのだろうか。 できないことを知っていて。
 イルカは諦めて体の力を抜いて、声を抑えることに専念した。
「ぁ… ぁぁ…」
「あれ、もう諦めちゃったの?」
 じゃあ、と言うとカカシは徐にイルカの前を強く握った。
「あうっ いやっ 離して」
 いやらしく扱く手は根元から先端へ、先端から根元へと大きくゆっくりイルカを締め上げた。
「ああっ ああっ」
「うう、すごい締まる、きもちー」
「あああっ!」
 ぐっと中も奥を突かれ、声が甲高くなっていくのを最早止められなくなっていた。
「俺ねー、足りないんですよ」
 も、全然、とカカシはイルカの奥を突く動きを休めず喋り出した。
「イルカ先生、直ぐ落ちちゃうし、やっぱり反応ない体を犯してもつまんないしね」
「な……!」
 やっぱり気絶してる間犯されてたんだ、俺。
「だから、イルカ先生が気がついた時そこでそのまんま続きさしてもらうことにしました。」
「はっ そん…なぁ、 ん、ぁん」
「ほら、イルカ先生だって結構のりのりになってきたじゃないですか」
 やっぱ普通より燃える? と臆面も無く耳元で笑う。
「イルカ先生がここに住めなくなったら、俺んとこに来ればいいだけじゃない。 問題無し。」
 ね、一緒に住みましょうよ、とカカシは耳に噛り付いた。
 う、それは、それだけは避けたい。 俺、死んじゃうかも。
 今までも時々招かれてカカシの家に行った時は、イルカはいつもある程度覚悟して行ったものだ。
 あの家で何度泣き叫ばされ、声を潰され立てなくされたことか。
「わ、わかりました! 俺、もっと肉付けて体力付けます。 それでカカシさんのご期待にお応えできるように頑張りますから」
 だから続きは向こうで、と懇願するとカカシは、
「嬉しいです、イルカ先生! 一緒に頑張りましょうね!」
 じゃあお互い一回達ってから、続きはあっちでゆっくりしましょう、ととんでもないことを言われ、揺すられ、喘がされ、カカシが一回達くまでにイルカは二回達かされて、結局場所を移したベッドの中でイルカは再び直ぐに落ちた。


               ***


 それからと言うもの、イルカの料亭巡りが始められた。 カカシはイルカをあっちの料亭、こっちの料亭と然も嬉しそうに連れ回し、精の付きそうな物を並べ立ててイルカに食させた。 イルカは元々自炊派で、分相応の食材でそれなりにバランスの取れた食事を自分に合った量食べるという、極々庶民的な生活を送ってきており、それに何の不満も不足も感じていなかったが、こうしてカカシに見たことも無いような金も手も掛けられた料理の数々を教えられて、それをカカシと一献酌み交わしながら食べることが結構楽しかった。 何より、カカシとお互いの家以外で親しく話したり食事を共にしたりすることが、高価な料理よりもイルカを喜ばせたのだ。 そんな、まるで普通の恋人同士のような付き合い方など、望めるべくも無いと最初から諦めていた事だった。
 改めて外で見るカカシは、イルカの家に居る時のエロ親父のような胡散臭さは微塵も無く、信頼の篤い上忍の顔をしていた。 あれほどイルカに対して”俺のもの俺のもの”と連呼している事から、もっと所有物のような扱いをされるのかと少し覚悟していたのだが、意外なほど紳士的にイルカに接した。 何より驚いたのは、一切色事めいた仕掛けをされなかった事だった。 それどころか、カカシの目には労わりの色さえ宿り、守りエスコートしようとする意思が見え隠れして事実その通り実行してくれた。 イルカは、これがこの人の真実の姿なのかもしれない、と感慨深く思った。 そして今まで知らずにきた事を真実残念に思い、カカシを尊敬し感謝する気持ちを深めた。 だが一方で、そのような男に求められ愛情を注がれている今の自分の状況を、まるで他人事の様な現実味のないことのように感じて不安になり始めていた。 カカシに当たり前のように差し出される手を、自分がこのまま取り続けていて良いのだろうか、と。

「カカシさんて、外では案外紳士ですよね」
 俺の家に来ると直ぐこんな感じなのに、とイルカはカカシに組み敷かれながら可笑しそうにカカシに言ってみた。
 カカシとの料亭巡りを始めてから一週間ほど経った頃だった。
「そういうイルカ先生は、全然おんなじですね。 俺、驚きました。」
 あなたが豹変するのは俺の腕の中だけですね、と嬉しそうに抱き締められる。
「俺だけが見れるイルカ先生の悩ましい顔」
 そんなことを言い、ごそごそと上着を捲り上げて胴を弄り出したカカシだったが、一頻りぺたぺたと確かめるように触った後ふっと溜息を吐いた。
「太りませんね」
「そうですか? 太りましたよ。」
「どこがですかー」
 えーと、この辺? と脇腹を自分で摘まんでみせるとカカシはそこに噛みついた。
「イタタ、痛いですよ、カカシさん」
「やっぱり全然太ってませんよ。」
「齧って判るんですか?」
「判るんです。」
 もう、と歯形の付いたそこを擦りながらイルカは溜息とともに白状した。
「俺、多分これ以上太りませんよ。」
 十代の頃、三代目預かりになっていた時に、やはり成長の遅い自分を心配した火影がカカシと同じように、いろいろ食べさせたり調べさせたりした事。 内臓などの関係でこれ以上は太れない体質なのだと判った事。 無理をして食べ過ぎると、消化できなくて返って痩せる場合もある事、などなど。
「そうなんですか?」
「ええ、九尾の災禍の後、精神的な影響もあったらしいんですけど、自分ではよく判りません。 ただ、そのまま大人になってしまったらしくて、今だにこんなもんです。」
 イルカが肩を竦めると、カカシは眉を顰めた。
「じゃあ最初からそう言ってくれたらよかったのに。」
「そうですね。 でも高級料亭の文字に俺もついふらふらっとね。」
 と笑って、でももう料亭巡りは当分勘弁です、と言うとカカシは心配気に聞いてきた。
「もしかして腹壊したりとかしてました?」
「いいえ、もう自分でその辺の所はセーブできますから。」
 ご心配なく、と言ってカカシの髪を梳くと、やっとほっとした顔をした。
「それに俺、この何日かあなたと外を出歩いたり、美味しいもの一緒に食べたりできて凄く楽しかったです。 これからも偶には誘ってくださいね。」
 偶ににしてください、と念を押すがカカシは然も嬉しそうにイルカの胸に懐いた。
「俺も…、俺も楽しかったです、とても。 こういう関係から始めたかったなぁって…」
 この人も同じように感じていたのかと、イルカは少しカカシが哀れになった。 恐らくこの人の方が自分より数倍、否、数十倍も間違った過去を悔やんでいるだろうに。 自分は既に彼を許していたし、あの過去なしには今の関係は有り得ない、有るべくして起こった不可抗力だったとさえ思っている。 だが加害者は被害者の意思には関係なく、いつまでも罪に囚われ続けるものらしい。
「食事に誘って、告白して、キスして、それからHですか?」
 ふふふっと笑を漏らし冗談にしてしまおうとおどけた台詞を吐くと、カカシは傷ついたような顔をして頬を膨らませた。
「俺だってね、そういう正しい恋愛をしてみたかったんですよ?」
「多分それやってたら、Hに漕ぎ着けるまでに年単位でかかりますね、きっと。 ほらカカシさん何時も言ってるじゃないですか、俺鈍いって」
 カカシさんには無理ですね、あなた案外短気だし、と背を丸めて笑う。
 だが、躍起になるかと思われたカカシは、意外としおらしい気持ちを明かした。
「それでも俺は、そうしたかった。 例え何年かかってもイルカ先生を傷付けずにこうして居られるようにさえなれれば」
 俺はそれでいいです、と胸に頬を摺り寄せてそう呟く。
「俺は後悔してませんよ?」
 イルカはそう言ってカカシの髪に指を通しながら、少し哀しく感じていた。
 今の自分達の関係をカカシは後悔しているのだろうか。
 否定しているのだろうか。
 何もかも無くして、やり直したいのだろうか。
 今の自分の、カカシに対するこの気持ちを、紛い物だと思っているのだろうか。
「俺は多分あなたにああされなければ、一生気付かなかったかもしれません。 あなたは後悔してるんですか?」
「俺は……、やっぱり後悔してますよ。 あなたには一生かけても償えない傷をつけてしまったし」
 カカシは胸の飾りを指で弄びながらそう言って、もう片方の乳首も口に含み、本格的な愛撫に入り出した。
「あ、あなたは、今の俺が嫌ですか? あなたの愛撫で、すぐこんなにも感じてしまう、体に…」
 イルカはそれ以上続けられなくなって、んん、と首を振って喘いだ。
「あなたの体をこんなにエッチにしたのは、俺ですね」
 カカシは、彼方此方に唇を押し付けながら、ひくりと跳ねる体の反応を確かめるように手を這わせた。
「ん、嫌なんですか? こんな俺」
「俺は、どんなあんただっていいよ。 ただあんたを傷付けたくなかったし、これからも傷付けたくないだけ。 そのために俺がした事を忘れちゃいけないし、許しちゃいけないんだ。 もうあんたを傷付けないために。」
「俺は、俺は、あなたの手も唇も、それを感じる自分の淫らな体も嫌じゃないです。 傷ついてなんて」
「それはイルカ先生、あなたが許す人だからですよ」
 カカシはそう言うと、もう聞きたくないとでも言うようにイルカに覆い被さって口を塞ぎ、イルカ自身に指を絡ませてイルカの思考を奪った。


               ***


 カカシと毎日のように繰り広げられた料亭巡りは一応の終決を見たが、その事が齎した周囲への影響はなかなか収まらなかった。
 カカシとは体を重ねるようになってから大分経っていたが、最初が最初だっただけに外でカカシと懇意な様子を晒すことがそれまで全くなかった。 受付所や廊下などで顔を合わせても、会釈をする程度で話すらしなかった。 それは、カカシがそうしたから、と言うのが主な原因だった。 家では深く情を交わし合う相手でも、接触がなければ外では他人も同然で、当のカカシからの接触がほとんど計られない以上イルカからカカシ達上忍に近付くような事がありよう筈も無く、ふたりの懇意な関係は極限られたカカシの上忍仲間を除いては、全く周囲に認識されていなかった。 イルカはそれがカカシの意思なのだと理解していた。 だから、イルカから自分達の関係を口にしたことはそれまで一切なかったし、これからもしようとは思わなかった。
 だが、現在の状況は自分達を含めた周囲の認識を、大きく変える結果となった。

 まず最初に困ったのは、カカシの関係の女性の訪問をイルカが受けることになったことだった。
「イルカ先生ってあなたですか?」
 最近、こう言ってくるくノ一が多くなったのだ。
「はい、そうですが」
 イルカは呼び出された中庭で、その一面識も無い、だが相手は明らかに自分の事を知っているらしい女性を前に困った顔で畏まった。
「カカシ上忍とお親しいそうね?」
「はぁ、まぁ」
 まただ。
 アカデミーの同僚の女教師達は、ナルトの事がある所為か自分達に用も無しに介入してきたりはしなかったが、こうして全く部署の違う所謂実践配備されている現役のベテランくノ一達が、どこからか自分達の交友関係を聞きつけてやってくるようになった。 それも、用があるのは明らかにカカシになのに、面接を求めるのは自分なのだ。
「それで、情人なの?」
 中には単刀直入な者も居る。
「はぁ、まぁ」
 イルカが言っていいものかどうか悩みながらも嘘も吐けず正直に答えると、眉を吊り上げながらも値踏みするようにイルカの全身を舐め回すように検分して、大概が何も言わずに、或いは唯、そう、とだけ言って去っていく。
 何なんだ、と思う。
 また中には、カカシとの交流を自分とカカシが親密になるために活かしてくれないかという要求を出してくる者もいる。
「すみませんが、それはできません。」
「何故?」
「俺がその親密なお付き合いをさせていただいてる者なので、そういうい事はちょっと」
 忍にその筋の嗜好はありがちなため、特に男の自分に対しては驚かれないものの、やはり頭の先から爪の先までじろじろ見られ、挙句に何も言わずに引き下がっていく者が殆どだった。
 溜息しか出ない。
 彼女達は皆美しく、くノ一としての能力も高く、プライドも高そうだった。 それ故なのか、今までイルカは彼女らから難癖をつけられたことは無かったが、やはり毎回多少なりともへこまずには居られなかった。 皆、容姿・忍としての能力共に、自分より遥かに勝っていると思われる者達ばかりだったからだ。

 何故、自分なのだろう。
 それはイルカをずっと悩ませている疑問だった。
 強姦された時もさんざん思い悩んだが、今また違う想いで考える。
 こんな、取り立てて何も無い自分の何処が…
 そこまで考えて、例え何も無くても俺はあんたがいい、と激昂して叫んだカカシの顔が蘇り、顔が熱くなった。
 こんな事を考えていると知ったら、またあの人は怒るだろうな。
 イルカは頭を一つ振って、中庭を後にした。

     ・・・

「このままでいいんですか?」
 イルカは、自分の周囲の状況が既にのっぴきならないものになりつつある局面に達して初めて、カカシに問うた。
 その日は、高級な料亭などではなく、イルカもよく使うような普通の居酒屋の個室だった。
「こんな風に俺と外で一緒にいて、困りませんか?」
 自分の周囲が自分に求める答えに窮して、イルカは一応確認を取りたかったのだ。
 できれば嘘は吐きたくなかった。
 それにもう既に何人かの女性達には言ってしまったが、これからも尽きそうにない女性の訪問にずっと同じ態度でいて良いのかどうか確かめたかった。
「それは、あなたでしょ?」
 カカシは少し憮然として、そう問うイルカに問いで返した。
「俺がですか?」
 きょとんとするイルカを前に、カカシが脱力しながら心情を吐露したのは言うまでもない。
「俺は、あなたが困ると思って今まで黙ってたんですよ?」
「俺がどうして困るんです?」
「それは…、だってあなたみたいな人が俺なんかとその、そういう関係になってるなんて知られたくないでしょ?」
「は? それって全然逆じゃないですか? なんで俺なんか」
「だから、ああもう」
 堂々巡りする会話に終止符を打つのは大概がカカシで、カカシはこの己に関して極端にマイナス思考の想い人を納得させるのにいつも使う”体に効かす”という手段も公衆の場という状況に封じられ、手で顔を覆って呻いた。 目の前で首を傾げて答えを待つイルカは、カカシがどれ程イルカを大切にしたいと願っているか一向に理解しない。 どうしてくれようと、苛々悩んでいるとイルカの方から口火を切られた。
「あの、俺の同僚とかに説明しなければいけない感じになっちゃってて、できれば嘘は吐きたくないんです。 それで一応聞いとこうと思って。 カカシさん、やっぱり困りますよね? 嘘吐いたほうがいいですか?」
「だーかーらー、あなた俺の言う事ちゃんと聞いてますか、って言うかイルカ先生、困らないの?」
「だから! 俺がどうして困るんです。」
 堂々巡りだ。
 こうなったら直接的な言葉を使って判らせるしかない。
「あなた、職場でカミングアウトするつもりなんですか?」
「そうです、が」
「じゃあ、これからあなたが遅れたり休んだりする度に、あなたが俺に足腰立たなくされてるって同僚に思われてもいいんですね?」
 イルカは顔を赤らめた。
 ほら、言わんこっちゃ無い。
「そうなりますね」
「い、いいんですか?!」
「その方がいちいち苦しい言い訳するより楽ですから」
 思いも由らない答えをされてカカシは驚いた。
 イルカが家で自分に接する態度と、こうして外で自分に接する態度がまるきり一緒だという事を知った時も相当驚いたが、もっと世間体を気にするタイプだと信じて疑わなかった自分のイルカに関する人間性の理解が、真実の姿とはかなり掛け離れているらしい事を、この時カカシは改めて悟った。

 解ったと思った側から覆されるイルカという人間に、カカシは会った当初から翻弄され続けている自分を否定できないでいた。 それが、この一見凡庸な中忍の男から目が離せず、この手にしてからも一時も自分のものにできたと実感することができずに執着し続ける結果となった一因だと、最近解るようになった。 それまでは、どうして自分がここまで一人のそれも男などに執着することを止められないのか解らず、苛ついたりイルカに当たったりしたものだ。 この熱い体がいけないのだと、何度も組み敷いては無体を強いて、イルカを泣かせたりもした。 そうだ、この体も俺を翻弄して止まない要因の一つだ。 何度抱いても反応の違う体。 何度貫いても、焼け付くような快感を齎し、もっともっとと欲さずにはいられない体。 この人は俺を狂わせる。 それを自分で全く解っていない。 今も俺の予想を越えた反応をして、俺の予定を狂わせて行く。

「…そう、なんですか?」
 カカシは初めての相手を見る時のような顔をしてイルカを見た。
「ええ。 それに俺、もう何人かには言ってしまって」
「え? 言っちゃったって、同僚にですか?」
「いえ、あなたの…あの女性の方々に」
「………?」
 カカシは絶句した。
 俺の女性ってなんだ?
 イルカはそんな自分を見て何を思ったか急に慌て出した。
「あの、すみません、勝手に。 もしかしてもう何か困ったことになってますか?」
 俺、考え無しに言っちゃって、とおろおろし出したイルカをカカシは絶句したまま呆けて見つめた。
「……何の、話ですか?」
「え、何のって…」
 イルカは訝しげに首を傾げてカカシを伺い見ると、小さく息を吐き意を決したように口を開いた。
「最近、あなたの関係の女性の方々が俺の所に来られることが多くて、その方達にあなたとの関係を聞かれた時つい本当の事を言ってしまいました。 すみません。 何か不快な思いをなさってるなら俺…」
 イルカはその先を続けられずに項垂れて唇を噛んだ。
 カカシはただ呆気に取られていた。
 まず、イルカが何を言っているのか解らない。
 それどころかイルカは、そんなカカシを見て少し顔を引き攣らせ、体を膳から離し畳みに手を突いた。
「すみません、浅慮でした。 できるだけ取り消します。 何ならもうこれ以上、外ではあなたとは関わらないように…」
 そこまで聞いてカカシは二人分の膳を乗り越えてイルカの胸座を掴むとその場に組み敷いた。
「言葉に気を付けて、イルカ先生。 ここで犯しますよ。」
 だが当のイルカは両手で顔を覆うと嗚咽を零して言い返してきた。
「なら、黙ってないでどうしたらいいか言ってくださいっ 俺、あなたと離れたくない…」
 隠していればいいのならそうします、前のままでいいですから、と訴えるイルカの両の掌の隙間からは涙が幾筋も光って流れていった。
「ちょっと待ってイルカ先生、最初から話してください。 俺何がなんだか…」
 カカシは溜息を一つ零してイルカの腕を取り引き起こすと、イルカと向かい合って畳みに座り込んだ。

     ・・・

「イルカ先生、誓って言いますけど俺が今付き合っているのはあなた一人です。 その、俺の昔の女があなたに迷惑をかけたのは謝りますけど、今は関係ない奴らばっかりなんです、信じて?」
 今、おろおろして言い繕っているのはカカシの方だった。
「今、あなたの情人なのは、俺だけなんですか?」
 イルカはぺったりと座り込んでカカシを見上げて問うた。
「そうですよ! もちろんです。 それに、その"情人”て言うのも止めてくれませんか。 なんかこう恰も俺があなたを囲ってるみたいな感じで」
「俺、あなたに囲われてたんじゃなかったんですか…」
「イルカ先生ー」
 カカシは泣きたくなった。
 ここまでくると、マイナス思考もここに極まれりだ。 任務のない時間をほとんどこの目の前で小首を傾げて困った顔をしている中忍に捧げているというのに、当の本人は自分を多くの囲われ情人の一人だと思い込んでいたと言うのだ。 もう本当に、ここがどちらかの自宅だったなら、とっくに押し倒して体に物言わせているものを。
「どうしてそんな風に思ったんですか?」
 この際とことん認識を改めてもらわないと困る。
「あなたと外を一緒に出歩くようになって直ぐに、いろんな女性の方達が俺のところに来るようになって、それでその方達がいつも何も言わないで帰って行かれるので、多分俺を確かめにいらしてるんだろうと思って…」
「確かめに?」
「はい、あの…、新しく情人に加わった仲間っていうか、その…」
 カカシはがくっと項垂れた。
「あなた、俺がそんな何人も情人を囲ってて、その間を渡り歩いてたって思ってたんですか」
「いえ…、極最近までは全然そんな事考えもしなかったんですけど、余りにも来る女性の方が多くて、段々…」
 そうだ、カカシにとって自分はいったいどういう位置づけなのか、と考えるようになったのだとイルカは思った。
 強姦された当初はそれどころではなかった。 だが、取り敢えずではあったが心を通わせられるようになって、落ち着きを取り戻した所に今回の騒ぎとなった。 多くの訪れては去る女性達は、どう考えても自分よりカカシに相応しかった。 自分が男という時点で既にカカシには何のメリットもないではないか。 何も残せないし、唯の体の関係にしても女性と比べて満足させてやれているとは到底思えなかった。 勝手に濡れて受け入れられる訳でもない面倒な体、直ぐに落ちてつまらないとも言われた。 だから、多くの内の一人と考えるなら、こんな自分でも今のままでカカシの側にいてもいいのではないか、カカシを100%満足させてやれないまでも、偶に変り種として愛されるくらいの立場なら許されるのではないか、と考えてやっと自分なりに納得できたのだ。
「それで、俺が喋ってしまった所為で彼女らとの関係が上手くいかなくなってしまってはいないかと…」
「そんなこと心配してたの?」
 そんな訳ないじゃないですか、とカカシは唯々驚いて言った。
「イルカ先生…、なんでそんなに自信ないの。 それにもしそうだとして、普通だったらあなたもっと怒っていいところでしょ?」
 どうして自分一人ではないのかと、カカシは詰られて然るべきだと今までの経験で思ったが、当のイルカは激しく首を振って否定した。
「そんな! そんなことはとても…」
「なんで?!」
「だって、俺では満足できないっておっしゃってましたし」
「嘘言わないで! 何時ですか? 俺がそんなこと絶対言うはずないですよ。」
「俺に太れって言った時、です。」
「言ってないですよ! そんなことありえません。」
「でも、直ぐ落ちてつまらないって」
「…!」
 もうこの人は…
 この人は放っておくととんでもない所まで一人で行ってしまう。
 気をつけねば。
「イルカ先生、ごめんなさい。 あれはそういうつもりじゃなかったんです。」
 カカシは、この恋愛に関して内気すぎる想い人を外に連れ出し、公の関係に持ち込もうとしたそもそもの理由を白状した。
「俺ね、抱くたんびにあんたを壊すんじゃないかってヒヤヒヤするの、堪らないんですよ。 気がつくとあんた失神してたりするでしょ? 俺、時々ですけど心音確かめちゃったりするんですよ。」
 怖いんです、だからもっと体力付けて欲しいのはほんとです、とカカシは呟いた。
「それに、あんたを歩けなくしたりしてるのが俺なのに、外であんたを庇ってあげられないのがもう、もどかしくて」
 それで料亭巡りに託けて、有耶無耶のうちに俺とあなたの間に懇意な関係があると言う事を周囲に認めさせてしまおうと画策したのだと、カカシは言った。
「本当は、恋人同士なんだと振れて回りたかったですけど、それじゃあなたが困ると思って。 まさか昔の女達があなたの所に行ったりするとは思いもしませんでしたけど」
 あいつらとは、あなたに惚れて以来きっぱり関係を清算していて、もともと恋愛感情など無い捌けた関係だったし、なんでそんな事したのかさっぱり判らん、とカカシは首を振ったが、イルカには彼女らの気持ちがなんとなくだが判った。 恋愛感情が無かったのはこの人だけだ。 彼女達は多分、今の自分と同じ。 例え多くの内の一人でも、この男の情を分け与えてもらいたかったに違いない。 そんな彼女達が態々自分を”見に”来た理由は、カカシがそこまで形振り構わず行動に移した相手がこれまで居なかった、ということなのだろうか。
 イルカは突然ドクンと大きく打ちだした心臓に慌てた。 顔や項がかっかして、もう顔を上げられなかった。 ただひたすら俯いて、自分の膝に握った拳を押し付けて汗を掻いた。 イルカはここに至ってやっと、この男に心血を注ぐほど愛されている、という自覚を持った。
「イルカ先生? 大丈夫ですか?」
 カカシは、急に下を向いて震えだしたイルカに慌てて、その肩に手をやった。
「…!」
 イルカが跳ねるほどびくりと体を揺らし、一瞬見上げてきたその顔が真っ赤に染まっており、目が光るほど潤んでいるのを見て、カカシは思わずその体を引き寄せていた。
「か…カカシさん、ここは…」
「いいから、黙って」
 引き寄せて抱き締めて、むずがるように身じろぐ体を拘束し、性急に唇を塞いだ。
 イルカは、障子一枚向こうに多くの人々のざわめきがあるのを急に生々しく感じて、尚一層体が熱くなった。
 もう止められない。
 そう思って、体の彼方此方を弄り出したカカシの手を押さえ、喘ぐように訴えた。
「カカシさんっ 帰りましょう。 帰りたいです。 早く…」
 言い終わらない裡に、イルカを抱き締めたままカカシの瞬身の術が煙とともに発動した。


               ***


 いつもより熱く喘ぎ乱れるイルカの体を存分に堪能した後、カカシはイルカとの間に一つの合意を得た。
 自分達の関係は隠さない。
 だけれども態々振れても回らない。
 要するになる様に任せる、というものだった。
 それでは今までと何ら変わらないのではないか、とカカシは問うたが、既に周囲の認識が違ってきている以上、自分が嘘を吐かずにいられるのはたいへんな違いだと、イルカは言った。
「それに、外であなたと会った時、親しく話せるというのは俺にとって全然違います。」
「それは、俺もそうですけどね」
 イルカが頬を染めつつ言うのに同意しながらも、尚カカシは恋人同士として振舞いたい、と希望した。
「恋人同士として振舞うと、あなたはあの…」
「そうですよ、外でも抱き締めあったりキスしたり、したいじゃないですかぁ」
 夢見るように嘯くカカシをイルカは溜息とともに制した。
「それは困ります。」
「ほらぁ、イルカ先生やっぱり俺と恋人同士なんて恥ずかしいんでしょ?」
「違います。」
 イルカは駄々っ子のように不平を言うカカシを少し睨んでから、これはお願いです、と念を押した。
「あなたに抱き締められたりキスされたりしたら、俺の方が収まりがつかなくなって困ると言ってるんです。」
 最後まで出来ない場所では仕掛けないでくださいとお願いしてるんです。 今日みたいに、俺、そこがどこでもあなたが欲しくなっちゃったら、あなたどうしてくれるんですか?とイルカが項を朱に染めながらしどろもどろに言うのを見て、カカシはまたぞろ自分が元気になるのを感じてイルカの太腿に手をかけた。
「あ、俺はまじめにお願いして、カカシさ… んんっ」
 抵抗無く自分を受け入れるイルカのアナルにふっと息を吐き、カカシは既に緩くイルカを揺すり上げながら物騒なことをのたまった。
「大丈夫大丈夫、俺、アカデミーでもできる所、既にばっちり調査済みですから」
 その場だけ見られなければいい、というものではない、後で俺が歩けなくなるの知ってるでしょ!
 と事後に怒られたことは言うまでもない。


               ***


 イルカの回りの上司・同僚達は、最初この高名な上忍が毎日のようにアカデミーの職員室に現れるようになったことに驚きを隠せないようだったし、その目的がイルカである事や、残業魔のイルカを定時に連れ去り食事に連れ回している事も話題を沸騰させた。 料亭巡りが落ち着いてからもイルカの元に足繁く通ってくるこの上忍の態度と、それに親しげに応じるイルカの様子に、さすがに友人以上のものがあると認めた同僚達が関係を問うのに、イルカは漸く正直に話すことができた。 彼らは一様に納得した顔をした。 ここ最近のイルカの遅刻・欠勤の原因にやっと合点が行ったからだ。 中には心配していたんだ、と言ってくれる者も居て、イルカも心配をかけた事を謝ることができ胸の痞えが取れる思いだった。
「無理矢理じゃねぇよな?」
 何故か彼らは一様にそう尋ねた。
「違うよ」
 イルカが笑って答えると、ならいいんだよ、と肩を叩いてくれる。
 多分、最初の頃の自分の状態が彼らにそう言わせているのだろうと思ったが、彼らもそれ以上は踏み込まないでいてくれたのが有り難かった。
 今は違う。
 嘘ではない。
 だが、それを一から説明する必要もないと思った。

 女性達の訪問も、カカシが裏で手を打ちでもしたのか、ぴたりと収まった。 その代わりのように、頻りとカカシが中庭にイルカを呼び出しては昼食を共にしたがったり僅かな時間を独占したがったりした。 イルカは首を傾げながらも、今となっては別段隠す訳でもなくなった事なので、時間の許す限りカカシに付き合ったが、窓に鈴なりになるギャラリィにカカシの思惑を感じて、また何か企んでいるのかと問うてみた。
「企むなんて、酷いです、イルカ先生ー」
「でも、カカシさん、少し無理してるみたいだし」
「…む、無理なんて……」
「本当はこういうの、嫌いでしょう?」
「………」
 カカシは、時々見せる何か目新しい生き物でも見るような目付きでイルカをまじまじと見つめた。
「くノ一の皆さんは最近来なくなりましたし、俺の同僚はもうみんな知ってますし、こんな風に態々カカシさんまで見世物になる必要なんてありませんよ?」
「…ったく、あなたには敵いませんね。」
 そう言うなり、カカシは片手をすっと伸ばしてきてイルカの頬に宛がった。
「カカシさん? こういう所じゃ困りますって…」
 イルカが慌てて後ろに引こうとすると、頬にあった手が思いがけず強い力で項を押さえ、親指で頤をするすると撫でながらカカシは言った。
「俺もね、見せ付けてるんです。 俺の本気を、あんたを狙う輩にね。」
「…? そんな人、いませんて」
 イルカが可笑しそうに笑うのにカカシは酷く真面目な顔で応えた。
「だからあなたは何にも解ってないって言うんです。」
 今窓際で見てる七割は男であんたのファンですよ、とカカシは目をぎらぎらさせながら言った。
「俺がどんなにあんたに本気で、あんたに手を出そうものなら殺すって知らしめてんですよ」
 と物騒な事をしれっと言うカカシは、イルカの顎を擦る指先は優しかったが、項を押さえる手と剣呑な光を宿す目付きは強く、イルカはもう抵抗できなくなっていた。
「カカシさん、ここでこれ以上は、ダメです…」
 喘ぐように言うイルカから一旦手を離したカカシに、イルカが一二歩退いてほっと息を吐いたのも束の間、カカシが低い声で囁いた。
「イルカ」
 びくっと体が竦む。
 呼び捨てるのは閨の中だけ。
「ここに来い」
 カカシは大樹の根元、大枝の葉影に遮られギャラリィからは足元しか見えない場所に位置してはいたものの、二人の距離と気配から何をしているか一目瞭然の状況で、二歩ほど離れたイルカに片手を差し出した。
「カカシ…さん」
 カカシの濃厚な雄の気配に眩暈がする。
「俺の元へおまえから来い。 おまえの意思だと見せろ。」
 既に息が上がってきている。
 これ以上はだめなのに…
「イルカ」
「…はい」
「来いっ」
 イルカはふらふらっとカカシに歩み寄り、その手を取った。
 途端にぐいと引き寄せられて、そのままカカシの胸に落ちる。
 直ぐに顎を取られ上向かされて、喰らいつくような接吻けを与えられる。
 体は強く抱き締められて、足が絡むくらい密着していた。
 逃げる舌をしつこく絡め取られ吸い上げられて、濃厚な接吻けにイルカが朦朧とし出した頃、ぷちゅっと音をたててカカシは離れた。
「んぁ」
「やらしい顔」
 ふふっと笑われて、口元を指で拭われ、イルカは我に返った。
「そんなやらしい顔のままじゃ返せないな」
 どこかで犯すか、と首筋に唇を落とし出したカカシを必死で止めて、イルカは身を捩った。
「だ、だめですっ 離してください、もう…」
 なんとか理性を繋ぎ止めて拒むイルカに、カカシは意外とあっさり体を離した。
「少し熱を冷ましてから戻ってくださいよ」
 最後にちゅっと額に接吻けると、満足そうに微笑んでカカシは瞬身した。


               ***


「あ… ああ…」
 カカシがぐりっぐりっと奥を抉る。
 両手はずっと指を絡められたまま顔の両脇に磔るように縫い止められていた。 密着した体の間でイルカ自身も擦られる。 カカシはそんな無理な体勢にも関わらず器用に腰を回してイルカの中を掻き回し、奥を抉る。 大きく広げた足の間に、この男を迎え入れてからいったいどのくらい経つのか。 カカシはその晩、イルカの顔をじっと覗きこみながらずっとイルカを突き上げていた。 いつものように体位をあれこれ変えて嵐の中の木の葉のようにイルカを揺さぶることもなく、イルカの体を折るほど足を抱え上げて上からガツガツ突き荒らすこともしなかった。 かと言って突き上げが優しいかと言えばそうでもなく、限界まで大きく掻き回しイルカの弱い最奥をこれでもかと強く抉り続けていた。 イルカはカカシの体の下で、ただ身を捩って悶え、喘ぎ、時に泣き叫んで先程から何回も許しを請うた。 手を、せめて手を自由にしてくれたら、カカシの首に縋れるものを。 それも何回も訴えた。 だが、カカシは許さなかった。
「手を… 手を離して、あっ ああっ」
 言う度にカカシは激しく腰を回した。
「今日はだめですよ、イルカ先生。 今日だけは俺の首から滑り落ちるあなたの腕を見たくないの、俺」
 そう言ってイルカの顔を覗き込み、時に接吻けを贈り首筋を吸い上げた。
 イルカは、いつもより体を振り回されない分、体力が残っていたが、それでも息が上がって意識が遠退きだすと、どうして判るのかカカシはその時だけ突き上げを緩め、低く名を呼んでイルカの意識を繋ぎ止めた。
「あ… は…… はぁ」
「イルカ先生、大丈夫?」
「…う、うん…… ぁ… カカシさ…」
「なに?」
「も… ゆるして…」
「だめ」
「はっ ああっ ああっ やぁ、あ、カカ…」
 カカシがそこを抉る度、イルカは背筋に走るびりびりとした快感に体を引き攣らせた。
「う… ああ、いい、ですよ…イルカ先生」
 すごくいい、とカカシは何時に無く自分の快感を口にした。 だが、イルカを呼ぶ口調はいつも通りの丁寧語で、イルカの名も”先生”付けで呼んでいた。 それはまだカカシが理性を保っている証拠だと、イルカは思った。 思ってそして哀しくなった。 何を考えてカカシがこんな事をしているのか解らない。 ただ、今は自分だけが翻弄され、悶えさせられ、喘がされている。 口ではイイと言いながら、カカシは全然感じていない。 そんな風に思えて哀しくて涙が絶え間なく零れたが、けれど体は快楽に震え声は哀しみの泣き声ではなく艶を含んだ嬌声でしかなかった。
「イルカ先生… イルカ先生…」
 カカシが繰り返し名を呼んで首筋に顔を埋め腰を擦り合わせるように回しだした。 互いの腹の間で擦れるイルカ自身を捩るようにしながら内部を大きく掻き混ぜられ、イルカはひくりと登り詰めた。
「あ、ん、いく、……あああっ」
 足先まで引き攣れてイルカは達した。
「う、ううう… イルカ、すご、い…」
 カカシが首元で呻いている。 ”イルカ”と呼び捨て腰を震わせて、掴まれた両手が痛いほど握られた。 イルカは呼び捨てられた途端、自分の中がざわざわっと蠢き、再びひくんひくんと痙攣を繰り返して体が震えるのを止められなくなった。
「あっ い、イルカ、くうっ」
 熱い息が耳に掛かると同時に一回大きく抉られて、イルカの奥にも熱い飛沫が叩き付けられた。 暫しじっとして腰を震わしていたカカシは、ふっと息を吐くと共に緩くイルカの中を抜き差しして己の全てを吐き出すと、イルカにそっと口を併せてきた。
「イルカ先生、まだひくひくしてるよ」
 そう言って、ただただぐったりとしてはぁはぁと荒く呼吸を繰り返すイルカの、上下する胸の飾りをカリっと噛んだ。
「あっ い、いやぁーっ」
 反射のように背が強く撓って息ができなくなる。
「ああっ すごいっ きもちいー」
 イルカはただ、がくっがくっと体を引き攣らせて喘いだ。
「イルカっ もう我慢できないっ」
 カカシが終に両手をイルカの手から離し、イルカの腰を強く掴み上げた。
「今日は俺がどんなにあんたに感じてるか、しっかり見てもらおうと思ってたんだけど、もう限界。」
 いくよっ
 カカシは一言宣言すると同時に、イルカの片足を自分の肩に担ぎ上げ、何時もと同じ、否、いつもより激しくイルカを攻め始めた。
「あーっ ああーっ んっ んんぁ」
 カカシは激しく律動しながらも時折イルカの唇を貪り、合間合間にイルカの耳に言葉を吹き込んだ。
「イルカ先生、ごめん、あした、休んでね」
 言われるまでもなく、明日の午前中いっぱいはベッドから一歩も出られないだろう。
「ああ、すげぇ気持ちぃ、ずーっとこうしてたい」
「ん、んん、カカシ、さん」
「なに? イルカ先生、もう少し頑張って、まだ落ちないでいて」
「死にそう、です」
「俺も、死ぬほど、気持ちいい」
「カカシさ… んん、ぁん」
「イルカ、イルカ、もうアカデミーなんか辞めろ」
「…え? あ、あう」
「忍も辞めて、俺と暮らせ」
「そん…な、な、何を急に、あ、ああっ や、いや、あああっ」
 先程達った後、再び首をもたげ出してきていたイルカ自身をカカシの大きな手がぎゅっと握り込んで乱暴に扱き始めた。
「うう、締まるっ イルカ、イルカ」
 ぐしっぐしっとイルカを扱き、その度にカカシは呻いた。
「ああ、いい、あんたの体、最高」
 イルカは何も考えられないながらも、カカシが自分の体を求めている事と、アカデミーや忍まで辞めさせて手元に置きたいと言った事をぼんやり考えた。 その気持ちのいい体を差し出せば何もせずとも飼ってやる、そう言っているのだろうか。
「俺ね、ほんとは毎日こうしてあんたを抱きたい。 抱いて抱いて、あんたが歩けなくなってもあんたが構わないければどんなにいいかって、ねぇ、イルカ先生、アカデミー辞めて俺んとこ来る?」
 やっぱりそうなのか、と哀しい気持ちでイルカが頭を振ると、カカシは更に言い募った。
「アカデミーだけじゃなくて、世の中の柵、全部捨ててさぁ、里の外れに家を買ってあんたを誰にも会わせないで、俺だけを待っててくれない?」
「カカシさん…」
 イルカが涙を零しながら名を呼ぶと、カカシはくっと口元を歪め怒鳴るように言葉を叩き付けた。
「それが”囲う”ってことですよ!」
 イルカは瞠目した。
「俺は、俺は、あんたの体だけが欲しい訳じゃない。 この、この体っ」
 そう言うと、カカシはイルカの背に腕を回し、息も詰まるほどきつく抱き締めて腰を揺すった。
「あうっ んん、あん」
 イルカはただ、揺さぶられて喘いだが、カカシは更に言葉を続けた。
「あんたの、この体っ 俺を狂わせる、堪らない体、俺がどんなに溺れてるか、判る? でも、でもね、俺はあんたの心も欲しい」
 ぐんと伸び上がってきて貪るように口を併せてきたカカシは、イルカの頭を掴んで何回も角度を変えて接吻けながら、ねぇ、と言い募る。
「人形みたいになったあんたを、俺は知ってる。 あんなのは二度とごめんだっ ねぇイルカ先生、俺はね、あんたの全部が欲しいんです。 あなたが差し出すみたいに俺にくれるこの熱い体だけじゃなくってね、対等な人間としてのあんたが欲しい。 あんた自身にも俺を選んで貰いたいんですよ。」
 言うなりカカシはイルカの首筋に顔を埋めて、体をぎゅっと抱き締めたまま動かなくなった。 イルカの内部では、まだ脈打つほどのカカシ自身が埋め込まれていると言うのに、カカシはただただ駄々を捏ねる子供のようにイルカに縋り付いた。
「俺に囲われてるなんて、酷いこと言わないで、俺に他の女の臭いなんかしたら怒ってよ、もっと俺を欲しがって、独占したがってよっ」
 駄々を捏ねる子供は、ここぞとばかりに普段言えないでいた要求を突きつける。 そしてそっと母親の様子を窺うのだ。
「それとも俺、思うほどあんたに愛されてないの?」
 ねぇ、イルカ先生、と縋るカカシの髪を撫で、頬に手を宛がって顔を自分に向けさせると、イルカはゆっくり言い含めるように言葉を搾り出した。
「カカシさん、俺、全部あなたのものだって、言いましたよ? 覚えてないんですか? それとも俺の態度があなたを不安にさせてるなら、俺、ごめんなさい、判らないですけど、でも、俺にはあなたしかいないですよ?」
「イルカ先生ー、だってあんた全然俺を欲しがってくれないじゃない、俺ばっかり欲しがってて、挙句にあんたは俺に他に女がいてもいいような事言うし、俺愛されてる自信持てないよ。」
「ご…めんなさい…、俺、俺の方が自信なくて…、でも、あなたの側に居たくて、ほんのちょっとでも俺の居場所があればそれでいいって思って、それで…」
「ほんのちょっと、じゃなくってぇ、全部、俺の全部を欲しがってくださいよ〜、俺を愛してないの?」
「あ、愛して、ますよ? ほんとです、俺、あ、あなたのこと、あなたのこと…」
 イルカはそこまで言うと、言葉に詰まり涙が滲み出てくるのを抑えられなくなった。 思わずカカシの首に両腕で強く縋って頬を摺り寄せる。 声が震えたがイルカははっきりカカシに告げた。
「俺、愛してます、あなたのこと。 あなたしかいません。 愛してるんです、こんなに、こんなに、だからたくさんの中の一人でもいいからって、俺は…」
 涙が途切れなく流れる。 悔しい。 初めてそう思った。 俺は、本当はこの人の全部が欲しい。 他の誰かなんかに絶対渡したくない。 カカシの首に回した腕に力が入る。
「あなたを全部、俺にください」
 イルカと同じくイルカの首に腕を回し、首筋に顔を埋めてイルカの言葉をじっと待っていたカカシは、その言葉を聞いても尚動かずにイルカを抱き締め、そしてやがて小刻みに震えだした。
「カカシさん?」
 カカシの抱き寄せる力に負けてカカシの顔を見ることもできず、イルカは訝しくカカシを呼んだ。
「…うくくく……っ やっと言った!」
 カカシはそう言うなりばっとイルカから顔を離して、少し泣いたような笑みでイルカを見ると、吃驚して固まるイルカの顔中にキスを落とした。
「ったくあなたって人は…っ 当たり前です、最初っから全部あなたのものですよ。 あなたが望むなら俺、忍辞めますから囲って?」
「え? そんな、こと… あ、ああ、ん」
 抱き締めたままイルカを再び揺すり出したカカシに接吻けられ、もう言葉を継げなくなったイルカは、俺の甲斐性じゃ無理です、とそっとカカシの耳元で囁いてカカシの腰に足を巻きつけ一緒に体を揺すり出した。
 幸せだ。
 この人に出会えてよかった。
 この人の為なら何でもできる、とイルカは思って怖いくらいの幸せを噛み締めた。


               ***




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