聖域

-SANTI-U-


3


聖域・裏 イルカ

-SANTI-U underground, side IRUKA-


 最近、カカシの様子がおかしい。
 まぁ元々ちょっと変な人なんだけれども。
 いや、ちがうちがう。
 あれからだ。
 縛られて無理矢理事に及ばれたあの日から。
 正確に言うと、その翌朝、人の家の玄関前に座り込んで待っていた。
 あの後からだ。
 捨てられた犬のような顔をして、寒い寒いと身を震わせて待っていた。
 バカな人。

 縛られたのは最初の時以来だった。
 怖かった。
 あの時の事が脳裏に過ぎり、体が竦んだ。
 一番最初の彼とのセックスは、合意ではなかったから。


               ***


 ある夜、彼は突然やって来て行為を求めた。
 俺が拒むと無理矢理及ぼうとして
 抵抗すると縛られた。
 両手を頭上に括られ
 片足を斜め下に引っ張るように拘束され
 着ているものはクナイで裂かれた。
 生きたまま体を喰われている。
 そう感じた。
 貪られて、骨までしゃぶられて、血の一滴まで啜られて
 もう何も残っていない、そう思った。
 もう何も無いのに、彼は一晩中俺を乱暴に犯して犯して犯し尽くして
 気がつくと、一人薄暗い自分の部屋の自分のベッドの上にいた。
 全裸に薄絹を一枚掛けられていた。
 慌てて気配を探ったが、室内に他の者の気配はなかった。
 心底ほっとしたのを覚えている。
 時間の感覚がなく、今が何日の何時なのか気になったが、体中が痛み起き上がれなかった。
 ようやっと手を伸ばし、ベッドサイドの時計を掴んで、翌日の夕刻であることを知った。
 アカデミーを無断欠勤してしまった。
 まず最初にそう思って、自分の思考に涙が出た。

 どうして?
 そればかりが頭を占めた。
 取り合えず面識はあったがその程度で、禄に話したこともなかった。
 思い当たるとしたら中忍試験推挙の時、火影様や他の上忍の方々の前で失礼を働いてしまった事。
 それ以外に特別な接点など無かったから、それを恨みに思われてこんな仕返しをされたのか、と愕然とした。
 彼は里の誉れ。
 他国にまで響き渡る強者。
 自分も少なからず憧れ、尊敬していた。
 彼のような忍にナルト達を任せられてよかったと、心から思っていたのに。

 カカシは翌日の夜、また現れた。
 外の気配がカカシだと直ぐ解った。
 解るようにしているのだ、と思った。
 玄関ドアの前で硬直していると、「開けてください」という低い声がした。
 開けなければ、とドアノブに手を掛けたが、カタカタと震える手が上手くノブを回せなくて恐ろしさに気が遠くなる程だった。
 鍵を開けず立て篭もるなど、彼の前では論外だった。
 やっとノブを回しガチャリと鍵の外れる音がすると、ドアが向こうから開けられてカカシがするりと入ってきた。
 怖くて彼の顔が見れずその場で硬直していると、ふぅと溜息が聞こえてにゅっと手が伸びてきた。
 息が詰まって冷や汗がどっと噴き出した。
 カカシの手は、ゆっくり俺の手を掴むと、ドアノブを固く握ったまま固まっている俺の指を一本一本抉じ開けた。
 そしてそのまま小脇に抱えられるようにして寝室へ連れ込まれ、ベッドへ投げられた。
 顔を上げて、と言われて顔を上げた。
 口を開いて、と言われて口を開いた。
 カカシの舌が口中に入ってきても、硬直したまま何も感じられなかった。
 
 そんな風に二回目からは、合意とは言い難かったけれども、とにかく抵抗は止めた。
 しても無駄な事が解ったから。
 否、頭から抵抗の二文字が既に外れてしまっていた。
 俺は彼が、怖かった。
 怖くて怖くて仕方がなかった。
 嫌いだとか許せないとか、そんな感情は微塵も湧いてこなかった。
 抵抗してはならない。
 従わなければならない。
 その考えが頭を占めた。
 唯、怖かった。
 手がこちらに伸びてくると、どうしようもなく体が竦んだ。
 彼の顔を見ることもできず、目を固く瞑って、シーツを両手で握り締めて、嵐が通り過ぎるのをひたすら待った。
 体は抱かれることに程なく慣れていったけれども、気持ちのほうは一向に解れなかった。
 ずっと怖かった。
 何故、俺なんだろう。
 何時まで続くんだろう。
 そればかり考えた。
 それ以外のことは、考えなかった。

 体が慣れてくると、いろいろ仕込まれた。
 舌を絡ませて接吻けをすること。
 声を殺さず喘ぐこと。
 彼自身を口淫すること。
 彼に跨り自分で彼自身を導いて挿入し、自分で体を揺すること。
 彼に突き込まれている時に、自身を自分で扱くこと…
 素の状態なら死んでも出来ないような事を、閨の中で彼に強要されて人形にように従った。
 精神が壊れるというのはこういう感じなのかな、と人事のように思った。
 
 ある時、何時ものように彼の上で淫らに腰を揺すっていると、彼が急に体を起こし体を抱き締めてきた。
「もういいです、イルカ先生」
 そう言って揺する動きを止められて、ベッドに倒されて上から顔を覗き込まれた。
 下手だっただろうか。
 不安が広がる。

     ・・・

 縛られたのは最初の一回だけで、この頃には乱暴に犯されることもめったに無くなっていた。
 初めの頃、任務帰りか血の臭いをさせて深夜か暁に戸を敲かれた時は、引き裂かれるような思いを幾度かしたが
 最近はそれもめっきり無い。
 傍目には恰も恋人同士のような睦合いをしている自分達。
 だがそれも、自分がカカシに従順に従っているから。
 カカシに奉仕し
 カカシの愛撫に素直に乱れ
 カカシの精を受け止める。
 自分がそうしている限り、この一見穏やかな関係が保たれる。
 そう思っていた。
 自分はまだカカシが怖かった。
 最初の強姦の記憶は、深く心に根を張っていた。

     ・・・
 
 不安に居た堪れなくなり、カカシの色違いの双眸を見上げる。
 眉を寄せ、どこか辛そうに自分を見下ろすカカシの顔を
 この時初めて見た気がした。
 この人は、いつもこんな顔をして自分を抱いていたのだろうか。
「ちょっとだけ我慢してください。」
 カカシは大きく一度突き込むと、ゆっくり穏やかな動きで律動を始めた。
 追い上げられるように緩やかに快楽の波に浚われて喘ぐと、カカシの手によって既に暴かれ尽くされた快楽点を丁寧に隈なく愛撫され、更に喘がされた。 何時もと違うカカシの雰囲気に戸惑いながらも、じりじりと高められた体は強烈な絶頂を迎えてガクガクと痙攣した。 カカシもまた欲望を吐き出して、覆い被さって荒い息を吐き、鎖骨の上のアンダーでぎりぎり隠れる辺りをきつく吸ってきた。 痛いほど吸われたそこには、くっきり跡が付いただろう、とぼんやり考えていると、カカシが体を起こしてすっと離れた。
「もうここへは来ません。」
「……え?」
 反応できないでいる裡に、カカシは出て行ってしまった。
 それきり自分の前に姿を現さなくなった。
 何日か経ってやっと、自分は解放されたのだと悟った。
 否、捨てられたと思ったのだ。
 飽きられたのだ、と。
 そんな自分の思考に笑えたのだった。

 鎖骨の上の、カカシが最後に残した跡が消えてしまうと、自分ははっきり自覚した。
 寂しい。
 何も無いそこを指で辿ると、何故なのか涙が出た。

 馬鹿な、と自分を罵り
 お前はもう捨てられた、必要がなくなったのだ、と自分を蔑んだ。
 解放されたのだ、もういいじゃないか
 元通りになったのだ
 そう思おうとした。
 だが、元には戻れなかった。
 胸に開いた穴は大きく暗かった。
 力で無理矢理犯されて、関係を強要され続けていた相手に情を抱いてしまったのか。
 一方的に始められた関係を一方的に終わらせられ事を、”捨てられた”と思うのは何故なのか。
 一体自分達の関係はどんなものだったのか。
 この時になって初めて考えた。
 自分はあの男を求めているのか。
 慣らされた体が疼くだけなのか。
 淋しかった生活に入り込んだ人肌が恋しいのか。
 それとも…
 自分で自分の気持ちが解らなかった。
 心のどこかを預けたまま持ち去られてしまったかのような、空虚な想いを抱えたまま日を過ごした。

 食べられず、眠れず、
 程なくしてアカデミーで倒れた。
 医務室で強制的に数日間の休暇を言い渡された。
 家で一人、無為に日を送った。
 仕事をしていたかった。
 だが、一旦外出しなくなるともう一歩も外へ出る気が起きず、ずっと引き篭もって過ごした。
 誰とも会いたくなかった。
 一回ナルトが尋ねてきたようだったが、気配を絶って息を殺した。
 ナルトの気配が遠ざかると、自分の愚かさに涙が出た。
 その夜、カカシが現れた。

 暗い室内でぼんやりベッドに凭れていた時、ふと気がつくと暗闇にカカシがいた。
 幻かと思って唯ぼーっと見つめていると、急にぐいと手首を掴まれ引き起こされた。
「あんた、何でこんなに痩せてるんですっ」
 驚いた。
 幻じゃなかったのかと思ったが何も言葉が出ず、ぽかんと顔を見つめると、またカカシが怒鳴った。
「何でそんなに衰弱してるんですっ どうして元のあなたに戻れないんですか!」
 怒っている。
 でもどうしてか怖くなかった。
「俺の……、俺のした事の所為ですか…!」
 カカシは跪いて頭を垂れた。
 カカシに掴まれたままだった手は、何時しかカカシの大きな両の掌に包まれて、カカシの額に押し当てられていた。
 泣いてる。
 そう思ったら堪らなくなって、カカシの頬を挟み込み引き寄せて肩口にその銀の頭を抱き込んだ。
 カカシはおとなしく、されるがままになっていた。
 肩が少し骨ばっているような気がした。
「あなたも痩せてませんか? 俺の所為ですか?」
 感じた事が口を吐いて出た。
 カカシはぴくりと体を震わせると、肩に顔を押し当てたまま嗚咽した。
 声を出さず、ただ肩を震わせるカカシの泣き方が余りに切なくて、銀の髪を撫でて背中を擦った。
「ごめんなさい、カカシさん。 ごめんなさい」
 子供をあやすように緩く背を叩きながら謝ると、カカシがぱっと顔を上げたのでお互いの顔を見つめあう形となった。
 そんな風に見つめ合ったのは、初めてな気がした。
「……何であなたが謝るんですか…」
 カカシの声が搾り出したように掠れていた。
「あなたが…そんなに痩せて、泣いてるから…」
 考え考え言葉を紡いだ。
 喋ったのは随分久しぶりだったから。
「あんた、バカですか…」
 カカシは、随分なことを言い、歪んだ顔で少し笑った。
 それから引き寄せられて抱き締められた。
 カカシの臭いがする、と思った。
 
 唇が下りてきたので、舌を差し出し教えられた通りの接吻けをした。
 それから股間に顔を埋めようとすると、手で顔を止められて戻されて、「もういいんですよ」と言われた。
 それならどうしたらいいんだろう、とちょっと困った。
「もう俺を抱かないんですか?」
 と問うと、「もういいんです」と繰り返された。
 そうか、飽きられて捨てられたんだったな、と思い出し、少し胸が痛くなってカカシの腕の中でおとなしく待った。
 何を?
 何を待っていたのだろう。
 カカシが次に施す愛撫の手だろうか。
 また自分を置いて出て行く後ろ姿だろうか。
 じっと待ったが、カカシは何もせず、唯抱き締めて背を撫でてくれた。
 そうされている裡に何か回りが見えてきた気がして、急に空腹を覚えた。
 何がどうしてそうなるのか、未だに自分でもおかしいが、食欲が湧かず水分以外の物を殆ど摂っていなかった体が自然の姿を取り戻したとしか言いようが無い。
「あの」
 と恐る恐る話しかけた。
「な、なに?」
 カカシの体がびくりとして、どこかオドオドと問い返された。
 不思議で首を傾げずにいられなかったが、取り合えず空腹を訴えてみる。
「何か食べませんか? 俺、急に腹減ってきちゃって」
「………はぁ」
 カカシは気の抜けた返事をした。
「俺、何か作りますから。 碌なものありませんけど、取り合えず温かい物を何か」
 構わず続けて立ち上がろうとすると
「いえ、俺今、胸がいっぱいで」
 とか訳の判らないことを言う。
「そうですか」
 そうか、要らないのか、と思った途端、また食欲が無くなった。
「じゃ、俺も」
 と座りなおすと、
「え、どうしてですか、イルカ先生は何か食べなきゃいけませんよ。」
 と慌てたようにする。
「でも、なんだか食べたくなくなったから」
 と言うと
「食べましょうっ」
 と今度はカカシがすっくと立ち上がった。
「俺、急に今腹減りました。 だからイルカ先生も一緒に食べましょ? ね」
 俺は首を傾げた。
 でもまぁ、カカシが食べたくなったのなら俺も一緒に何か食べたい。
 そう思って、今まで一回も食事を共にしたことがなかったのだな、と気がついた。
 カカシが訪れるのは大抵深夜で、朝まで居ることは無かったから。
 彼は暗闇に訪れ、いつも暗闇の裡に居なくなっていた。
「俺たち、一緒に何か食べるのって初めてですね」
 カカシが同じ事を呟いた。

 ふたりで初めて一緒に食事を摂った。
 ああ、俺は腹が空いてたんだ、と思った。
 どうして今まで何も受付けなかったのか不思議なくらい、空腹と渇きを覚えた。
 そうして胃に暖かい物を入れ、体が温まるのを感じて、
 ああ、俺は寒かったんだ、と解った。
 人心地ついた処でカカシが立ち上がった。
 帰ろうとするカカシに「帰るんですか」と問うと、カカシは何故か困ったように眉尻を下げた。
「泊っていいんですか?」
 と逆に問い返される。
 どうしてそんな事聞くんだろう、と不思議だった。
 そう言えばこの人はもう俺を抱く気は無いんだった、と思い出し、無理に引き止めて悪かったと焦る。
「すみません、もう要らないんでしたよね」
 慌てて詫びると、今度は少しムッとして、何がですか、と硬い声で問われる。
「何が要らないって言うんです?!」
 また怒っている。
 何に怒っているか解らない。
 でもやはり怖くはなかった。
 なかったが、何時もの癖でびくっと体を竦ませると、カカシはまた眉を寄せた。
 この顔はもしかして、悲しがっている顔なのか?
 突然、天啓のようにその考えが降ってきて、何か霧がさっと晴れるような感じがして
 俺はぽかんとカカシの顔を見上げた。
「あの…、カカシさんにこの後用事が無いのなら、少し一緒にいてくださると眠れるような気がします。」
 抱いて欲しい、とは言えなかったができるだけ正直に自分の気持ちを口にした。
 一緒にいて欲しかった。
 実のところ、カカシに抱かれ慣れた体は、久しぶりのカカシの臭いに疼いていたが
 この人はもう自分を抱く気は無いのだから、と色事めいた表現は避けた。
「眠れないんですか?」
 カカシが驚いたように問うた。
「あ…、ええまぁ」
 しまった、余計なことを漏らしてしまった。
 上手く誤魔化す事もできない。
「食べられなくて、眠れなくて、それでアカデミーで倒れたんですか…」
「はぁ」
 よく知っているなぁ、と感心していると、カカシは大きく長い溜息を吐いた。
「まったく、俺がどんだけ…」
 片手で顔を覆い、何かぶつぶつ文句を垂れながら、帰りかけていた足の踵を返し、ずかずかと部屋に戻ろうとする。
 吃驚して廊下でそのまま立ち尽くしていると、途中で振り返っておいでおいでをして
「ほら、子守唄でも寝物語でも何でもしてあげますから、いらっしゃい」
 と片手を差し出される。
 そんな事をされたことがなかったので、どうしていいか解らずその手をまじまじ見ていると、またずかずか二三歩戻ってきて、さっと手を掴まれて引いて歩かれる。
「今日は泊らせていただきます。」
「あ、はい」
 即答すると、ぴたっと足を止め、がっくり肩を落としてまた溜息を吐く。
「あんたもっと躊躇しなさいよ」
「は?」
「俺はあんたを無理矢理犯した強姦魔ですよ? いいんですか、そんなに簡単に」
「え…そうですね…」
 この人自分で強姦魔って言ってるよ、と思っていたらそれが顔に出たのだろうか、「何笑ってるんです」とむっとして問われて焦る。
「今日はおとなしくしてますから、安心して休みなさい。」
 カカシは手を引いて歩きながら、百歳も年を取ったような疲れた感じでぼそりと言った。
「おとなしく…」
 思わず呟いて、引き絞られるように痛み出した胸を手でぎゅっと掴んで耐える。
 何で痛いんだろう。
 カカシは、そんな自分を知らず唯手を引いて廊下を進みながら、はいはい大人しくしますよ、と言った。
 自分の呟きに答えたのだろう。
 気が付くと、カカシの手を引っ張って引き止めていた。
 カカシは怪訝な顔をして、やっと振り返った。
「イルカ先生?」
 呼吸が速くなっている。
 あたまがぐらぐらして眩暈がしそうだった。
「カカシさん」
「はい?」
「もう、俺を抱かないんですか?」
「…」
 カカシが黙って顔を見つめてきたので、言ってはいけない事だったかとは思ったが、もう止まらなかった。
「抱かないんですか?」
「抱かれたいの?」
 問いに問いで返される。
「今まであんたは無理矢理俺に抱かれてきた。 でも、あんたから抱いて欲しいと言うなら、俺はもう遠慮しないよ」
「遠慮…してたんですか」
「ええ! そりゃもう、理性を総動員してね!」
「そんな気を使ってくださってたんですか…」
「ええええ、使ってましたとも!」
「あの、それで疲れて疎ましくなったとか?」
「はぁ? なんですかそれ」
「もう俺に飽きたんですよね? あの時そう言って出て行かれましよね?」
「そんなこと言ってません!!」
「…怒鳴らないでください。」
「ああもうっ」
 カカシは掌で二三度顔をがしがし擦った。
「とにかく、俺はあんたに飽きたとか疎ましくなったとか一言も言ってませんよ。 どうしてそんな風に思うんですか」
「え、でも…」
 あれ、どうしてだったかな?
「でも、もう抱く気がなくなったから来ないって」
「そんな事も言ってませんし、抱く気が無くなった訳じゃありません。」
「じゃあ何で?」
「そもそも、何で俺があなたを抱いてたと思ってたんです?」
「……体の具合が、よかったから?」
 言った途端に、カカシの気配が剣呑なものになった。
「そんな風に思ってたんですか」
 声が一層低くなり、怒っている気配がびしびしと伝わってきた。
 それでも前ほど怖くはない。
 何が変わったんだろう?
 カカシはふぅと息を吐き、まぁ俺が全て悪いんだけど、と独りごちてから言葉を続けた。
「言っときますけど、俺とあなたの体の相性はあんまりいい方とは言えませんね」
「そう、なんですか?」
 正直、体の相性なんてよく解らなかった。
「そうなんですよ。 あんた、俺に抱かれると必ず歩けなくなってたでしょう?」
「あ、はぁまぁ」
「あんたが華奢すぎるんです。」
 ついでに言うと俺が標準より若干大きめなんでね、と呟くので、口淫した時のカカシを思い出して少し顔が熱くなった。
 確かに大きい。
「あ、じゃあ体の相性が悪いから面倒くさくなったとか?」
「もういいから、あんた少し黙ってなさい」
 カカシはもうたくさんだと言うように会話を中断した。
 むぅとして黙り込むとまた問われる。
「それで、どうなんです? 抱いて欲しい?」
「…」
 黙れって言ったくせに。
「よく考えて答えてください。 俺は、真剣です。」
 俺だって、俺だって真剣なのに。
 カカシを見上げて、カカシに見返される。
「せっかくあんたを解放してあげたのに、また俺の腕の中に戻ってくるの?」
 ああ、眩暈がする。
「また歩けなくなりますよ。 それにまたあんたを縛るかもしれない。」
 もう二度と離す気は無いし逃がさない
 それでもいいの?
 答えて
 くらくらする視界を一回閉じて、もう一度目を開けた時のカカシの真剣な顔を見て、胸の奥の方がじんわり熱くなる。
「抱いて、ください」
 喘ぐように答えた途端、ぐいと引っ張られて息も吐けないほど抱き締められ、口を塞がれた。
 接吻けは長く荒々しく、やがて立っていられなくなりガクリと膝が抜けると、壁に押し付けられて尚も続けられた。
 苦しくて呻くと、それは甘えたような鼻に掛かった喘ぎ声となって出た。
 カカシは、片腕で項をガッチリ抱き込んだまま深く口を併せ、舌で奥深くまで犯し、もう片方の手は頬と言わず首筋と言わず撫で回して、既に固く尖っている乳首をかりっと引っ掻いた。
「あっ」
 思わず口を浮かせて声を上げると、腰を強く引き寄せられカカシの股間と擦り合わせるように抱き締められる。
 カカシのそこは、怖いほど固く猛っていた。
「イルカ先生、俺今日は加減できませんから」
 覚悟して
 耳元でそう囁かれ
 抱き上げられて寝室の扉を潜り
 ベッドに下ろされる。
 何時かのように放り投げられたりはしなかった。
 カカシが自分のベストと上着をばっと脱ぎ捨て、その引き締まった上半身を晒した時、自分の胸が苦しい程ドクリと高鳴った。
 期待している?
 ドキドキと大きく拍動する自分の心臓に戦く。
 カカシがベッドに肩膝を突いて、自分をじっと見つめている。
 最後の猶予のつもりだろうか。
「あなたが、欲しい」
 口が勝手に動いた。
 カカシが獣のように覆い被さり、引き千切るように衣服を剥がれ、組み敷かれた。
 カカシの手で、口で、何回達かされたか解らない。
 腰を高く抱え上げられ、アナルを直接口淫され、舌を差し込まれ、抜き差しされても達かされた。
 泣いて嫌がったが許されず、唾液でどろどろになっても尚カカシの舌がアナルを犯す。
「もう挿れてくださいっ」
 堪らなくなって叫ぶと、股間に顔を埋めていたカカシがゆっくりと顔を上げてこちらを見、にたりと笑って伸び上がってきた。
「そんなこと言ってもらえるなんてね」
 獰猛な肉食獣のような凶暴な笑みを自分はうっとりと眺めて、また口が勝手に動いた。
「早く挿れて、早く、欲しい、あなたが、あうっ」
 カカシの片手にいきなり強く口を塞がれる。
「もう、それ以上、喋るなっ」
 脳が溶ける。
 カカシが唸った。
 もう片方の手で腿を掴まれ開かれる。
 カカシの猛った熱いモノが一気に自分の中に入ってきた。
「んんっ んっ」
 衝撃に喉が反り、背が浮いた。
 カカシは浮いた背にすかさず腕を差し込みきつく抱き締めると、いきなり激しく律動を始めた。
 ああ、これが欲しかったんだ、と思った。
 自分はなんて淫乱なんだろう。
 男に貫かれて揺さぶられて、それが欲しかったものだったなんて。
 相手がカカシでなくても、自分はやはりこれ程乱れるのだろうか?
 これ程感じるのだろうか?
 目を瞑って他の男に組み敷かれている自分を想像しようとして、気がついたらカカシの首にしがみついていた。
「カ、カカシさんっ」
「ん、なに?」
 はっはっと荒く息を吐くカカシの顔が目の前にあった。
 穴の開くほど見つめていると、カカシがキスの雨を降らせてくる。
「イルカ先生」
 カカシが律動しながら呼んだ。
「は、い、」
「イルカ」
「ああっ は、はい」
「俺の、イルカ」
 涙が溢れて、めちゃくちゃにカカシの頬や髪を弄り、伸び上がって接吻けをした。
「ん、んふっ カカシさん、ぁ、カカ、んん」
 自分がカカシの口を塞いで舌を差し込んでいたはずなのに、いつしか逆に侵されていく。
 頭を鷲掴みにされ
 口を隙間無く塞がれ
 突き込みが一層激しくなり
 苦しくて苦しくて
 信じられないくらい感じて
 好くて
 好くて好くて好くて
 一瞬呼吸ができなくなり、体がぎゅうっと引き攣った。
「うううっ」
 カカシの呻き声が聞こえ、体の奥に熱い物を感じる。
「あ……ぁ…」
 意思に反してびくびくとした痙攣が続く。
 目の前が真っ白だ。
 何も見えない。
 ちりちりと頭の端っこが痺れているような感じにぼんやり身を任せていると、意識が遠くなってきた。
 だが、何かにぴたぴたと頬を叩かれ、名を呼ばれる。
「イルカ、イルカ」
 やっとのことで瞼を押し上げると、ぼやけたカカシの顔が見えた。
「まだだよ」
 え?
 なに?
 なんのこと?
「んんっ」
 ずるずるっとカカシが自分の中から抜けていき、排泄感に思わず喘ぐ。
 くったりと体の力が抜けた。
 だが直ぐに震える体を引っ繰り返され、腰を引っ張り上げられた。
 後ろから、ぬぬぅっとカカシが入ってくる。
「うぁっ ああ、あああーーっ」
 もう指一本動かせないと思っていた体が大きく撓った。
「まだだって言ったでしょ」
 カカシが項に噛り付いて囁いた。

 その夜は、最初の晩のように一晩中抱かれ続けた。
 違った事は、互いに互いを貪りあった事と、翌朝隣にカカシが居たことだった。
 
 
               ***


 今となっては、あの頃教えられさせられていた事を一切させてもらえない。
 ただ一つを除いては。
 それは”素直に喘ぐ”こと。
 偶にはカカシに奉仕したくて口淫をしようと蹲っても、「いいから」と止められる。
「あんたは俺の下で素直に喘いでりゃいいんです。」
 と顔から火を噴きそうな事を言われてしまう。
 そしてその通り、カカシの体に組み敷かれ、体を開かれ、揺さぶられ、喘がされ、達かされる。
 そんな毎日だ。

 先日、覗かないで欲しいと請うたのに着替えを覗かれ、剰え朝から押し倒されて事に及ばれた。
 その日は夕刻から任務が入っており、午前中はアカデミーに出ておきたかったので拒み抵抗すると、あろうことか縛られた。
 自分はまだ、カカシに縛られ行為に及ばれる事にトラウマがある。
 震えて止めてくれと懇願したが、聞き入れられなかった。
 弾けるような朝日の中で抱かれた事が無かったので、恥ずかしくて堪らなかった。
 カカシは何時に無く興奮し、二度三度と求めてきた。
 三度目に、さすがにこれ以上は任務に差し支えると思いもう一度許しを請うと、やっと離してくれた。
 だが、前の晩からの行為に加えての荒淫に結局歩けなくて、アカデミーは休まざるを得なかった。
 任務をほかす訳にはいかない。
 日中は体を休める事に専念し、なんとか任務をこなす事ができたが、帰りは明け方になった。
 帰ってみると、玄関の前にカカシが蹲っていた。
 寒さに震え、鼻水を垂らしたみっともない様子で、自分を見るなり泣きついてくる。
 正直、呆れた。
 この人、全然反省してない。
 出入り禁止の意味、解ってんのか?
 でも風邪をひかれても困るので、家に入れて風呂に入れて食事を出した。
 結局自分は何時もこの人を許してしまうのだ。
 それにこの人はズルイ。
 謝り上手で甘え上手でお強請利上手で
 今は一見自分に主導権があるように見える自分達の関係だが、結局最後には何時もカカシのいいようにされてしまう。
 それは最初の頃と同じ。
 カカシの事が怖くて堪らなかったあの頃、抗わず人形のように従うことを刷り込まれた所為なのか。
 自分には解らない。
 カカシがどう思っているのかも、解らない。

 どうして着替えを見てはいけないのか、とカカシは問うた。
 今更ではないか、と言うのだ。
 勿論、自分もそう思う。
 カカシには自分でも見ることのできない場所まで見られている。
 見られるだけでなく、彼はそこに躊躇無く触れ、舐めさえする。
 思い出しただけで恥ずかしくて堪らない。
 好きな相手に自分の恥ずかしい場所を見られたり、そんな言葉にもできないような事をされるのがどんなに恥ずかしいか。
 どうして解ってくれないのだろう。
 着替えだって同じなのだ。
 明るい所で体を見られるのが恥ずかしい。
 これが同僚とかだったら平気なのだ。
 同じ男同士、何を憚ることがあろう。
 でも、カカシは別だ。
 どうして解ってくれないのか。
 こんな自分、見られたくない。
 自信がない。
 幻滅されて嫌われたくない。
 また、置いていかれたくない。
 解ってほしい。
 好きだから。
 
 この「好きだから」の一言を言うのにも非常に勇気が要った。
 元々強姦されて出来上がった関係なので、その相手に「好き」と言って良いのだろうかと危ぶんだ。
 だって体が欲しかっただけかもしれないのに、好意を示されて重いと感じられるのは嫌だ。
 そう思うと怖くて、今までカカシに好きだと言ったことがなかった。
 やっとの思いで「好きだから」と言い、恐る恐るカカシの様子を窺うと、カカシは耳まで真っ赤に染めて放心していた。
 これにはこっちの方が吃驚した。

 それからと言うもの、カカシは事有る毎に「ねぇ俺のこと好き?」と聞くようになった。
 そう言えば、それまで自分のことを好きかと聞かれた覚えがない。
 カカシもカカシなりに、最初の間違った関係を悔やみ悩んでいたのかもしれない。
 あの自信の塊のような人でも、自信がない事があるのかもしれない。
 そう思うと、カカシの事が可愛くて堪らなくなり、なるべく「好き」と言うようにしている。

 今もカカシに組み敷かれ、緩く突き上げられながら囁くように言葉を強請られる。
「ねぇイルカ先生、俺のこと好き?」
 ほら変だ。
 ピンと立った犬耳が見える。
 後ろでぱたぱたと力いっぱい振られる尻尾も感じる。
「好きです、カカシさん。 あなたが好き」
 今の自分の、精一杯の気持ちを伝える。
 ぱたぱたぱたぱたっ
 尻尾の音。
 ふふ
 かわいい
「俺も大好き、イルカ先生」
 あ
 うれしい
 カカシの首にしがみついて、肩に顔を擦りつける。
 カカシを迎え入れている箇所が蕩けるように熱くなり、きゅうとカカシを締め付けているのが自分でも解った。
 精神の快楽と肉体の快楽が直結していることを知る瞬間だ。
「んんっ」
 しがみつく腕に力が入る。
 カカシの律動が速くなる。
「あ、カカシさん、好きです、好き、ぁぁ」
 うなされたように繰り返し、カカシの首筋に唇を押し当て、頬を擦りよせて喘ぐ。
「イルカ先生、猫みたい」
 かわいい
 と耳元で囁かれた。






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