聖域

-SANTI-U-


2


聖域 その後

-SANTI-U after-


「イルカ先生」
 居ない。
 時間はもう深夜だった。
 ”当分出入り禁止”と言われた。
 その”当分”を具体的(その方が我慢し易いから)に聞こうと思って来たけれど、当のイルカは不在だった。
 俺がこうして結局押し掛けることを見越しての対抗策だろうか。
「イルカせんせぇ〜」
 まさかあの体で任務は無いよな?
 不安が過ぎる。
 今朝、イルカは立てなかった。


               ***


 今朝、イルカの着替えを覗いた。
 決して覗かないでと言われていたのに上忍の技を駆使して覗きをやった。
 「約束を破ったら当分の間出入り禁止」
 破った。
 だって。
 だってさ。

 覗いただけでなく、我慢できずにイルカを押し倒してしまった。
 だって、あんな顔であんな風に愛おしげに俺の付けた跡に触れているのを見てしまったのだ。
 一瞬頭が真っ白にスパークしたようだった。
 それで後は下半身に正直に…
 だが、イルカが何時に無く暴れたので余計燃えちゃって縛りプレイまでしてしまった。
 イルカを縛ったのは初めての時以来だった。
 そう、最初は強姦だったから。
 あの時は酷いことをした。
 好きで好きで好きで好きで
 好きでどうしようもなかった人に酷いことを、俺はした。
 二回目からは拒まれなくなったけれど、長いこと、本当に長いこと、俺が触れる度にイルカは竦んだ。
 そんなイルカが哀しくて、苛々して、随分と殺伐とした関係を強いてしまった。
 イルカは笑わなくなり、人形にようになった。
 哀しかった。
 今はようやく優しい笑みと愛しげな仕草を手に入れることができたけれど、
 あの時の胸の痛みを忘れられない。
 それなのに今朝、俺はまたイルカを縛って無理矢理抱いた。
 否、犯した。
 両手首を合わせて括り、ベッドヘッドに吊るした。
「こんなのは嫌です、カカシさん」
 お願いです、と一回だけ懇願されたけれど止まらなかった。
 怯えた目をしていた。
 右腿の帯が邪魔だったので左足だけズボンを引き抜いた。
 上着も首に蟠る程度に捲り上げて乱暴に乳首を摘まむ。
 そうして愛撫もお座なりにジェルを塗りたくって性急に繋がった。
 朝日の散乱する中、眉を顰めて喘ぎ乱れるイルカ。
 明るい所は嫌だとイルカが言うので何時も暗闇だった自分達の閨。
 忍の目にはあまり意味はないと思っていたけれど、これは…
 違う。
 イルカの反応が違うのだ。
 俺は燃え上がってしまった。
 三回目に挑もうとして、もう許してください、と小さな声で請われてハッとした。
 昨夜も執拗に求めたイルカの体は、限界を訴えていた。


               ***


 右頬の張られた跡が熱い。
 イルカはまだ帰らない。

 腕の拘束を解いて先ず頬を張られた。
 その時のイルカの痛そうな顔。
 張られたのは俺なのに。
 そんな顔しないでよ。
 ごめんね、イルカ先生。
 縋る俺の髪をそれでも撫でてくれた。
 優しい人。
 七班を待たせていると知るや、般若と化したイルカに追い出されてしまったけれど
 出際に、約束ですから当分出入り禁止ですよ、と釘を刺されてしまったけれど
 俺は許してもらえたと思った。
 思ってた。
 でも、ほんとはまだ怒ってた?
 もしかして、最初のあの晩から、ずっと許してなかったのか。
「イルカ先生…」
 もう直ぐ夜が明ける。


               ***


「カカシさんっ」
 吃驚したイルカの顔。
「さ、寒いです、イルカせんせ…」
 俺はガタガタ震えながら訴えた。
「早く中へ」
 慌てて玄関の鍵を開けるイルカがぶつぶつと文句を並べる。
「まったく、あなたって人は、どうしてこう…!」
「だってぇ〜」
「だってじゃありませんっ」
 入るなりシャワーを全開にして湯気が上がりだした風呂場に押し込められる。
「とにかく、その泥を落としてよく暖まってくださいね」
「え? 俺そんなに泥だらけ?」
「まったく…!」
 イルカは呆れ顔で脱衣所を後にした。
「何か暖かい食事を用意しておきますから」
 少し離れた声がした。
 幸せの白い湯気。
「イルカ先生」
 ごめんね、こんな俺を許して。


               ***


「任務だったんですか?」
「はい」
 イルカの腰にへばりついて問う。
 体も温まって、お腹も膨れて、ぬくぬくとした居間でイルカに縋り付く。
 イルカはゆったり寛ぎながらカカシの上半身を膝に乗せて髪を梳いてくれた。
「体、平気だったんですか?」
「いいえ」
 ぱっと顔を上げてイルカの顔を見上げると、イルカは一回目を瞬かせて、それからくすくす笑った。
「なんて顔してるんです」
 くすくすくす
「だって…俺」
 あんなに酷い抱き方しちゃったし、と言えなかった。
「イルカ先生が俺の付けた跡を、Hな顔して見てるから我慢できなくなっちゃって」
「Hな顔なんてしてませんっ」
「してましたよー」
 ごつっと頭を殴られる。
 イルカの顔は少し赤らんでいた。
「昨日はアカデミーだけじゃなかったんですか」
「アカデミーは休みました。」
「…ごめん」
「はい」
 再びイルカの膝に懐いて腰に回した腕に力を込めると、イルカはまた髪を優しく梳きだした。
「任務が入ったんじゃないかって俺も思って、そしたら俺…」
「心配しました?」
 知らず言葉に詰まると、またくすりと笑う気配が伝わってくる。
「死ぬほど、心配しましたよ。」
 ぽつりと言うと、髪を梳くイルカの手がふっと止まった。
「ありがとう…ございます。」
 そんな、お礼なんか言われたら寂しい。
 イルカの手を掴んで、イルカの膝の上で仰向けに寝返りを打つと、耳まで真っ赤なイルカの顔が目に飛び込んできた。

 飛び起きて、イルカの体を立てた両膝の間に抱き込む。
 イルカは何時に無く素直に胸に体を預けてきた。
 いや、唯赤い顔を隠したかっただけかもしれない。
「ねぇイルカ先生、いつも覗くなって言うのは俺があんな風に我慢できなくなると思ってるから?」
「違いますよ。」
「じゃあ何で?」
「…」
 黙ってしまったイルカの気配を探りながら、辛抱強く待つ。
 イルカの気配は、どこか小動物のようだった。
「は…恥ずかしいからです。」
 胸に擦り付けるようにしているイルカの顔から耳から真っ赤だ。
「だから、昨日も言ったけど、俺もう全部知ってるよ? イルカ先生の好い所もかわいい所も」
 今更恥ずかしいって言われても、と言い募るとイルカは更に項を赤く染めた。
「恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ」
「どーしてー」
「だって俺はっ」
 はっとそこで口を噤んで、イルカは顔を上げてこちらを見た。
「なぁに?」
「俺は…」
「はい」
「俺は……あなたが好きなんです。」
 好きな人に見られるのは恥ずかしいです、自信もないし、とイルカは言った。
 この時の俺の感動を、誰が解ろうか!
 放心している俺をおずおずと見上げて、耳が真っ赤ですよカカシさん、とイルカが少し驚いた風に言った。

 俺が、この俺のことが好きだから、自分の体を見られるのが恥ずかしいって?
 あんな風に強姦した俺のこと許してくれて、剰え恥らうほど好きになってくれたって?
 自分に自信がなくて、それでなるべくなら隠しておきたいって?
 俺に、この俺なんかに嫌われたくないから?
 ほんとに?
 ………
 自信がなかったのは俺の方なのに。

「いつも暗くしてって言うのもその所為?」
 こくりと頷く。
「昨日の朝、すっごく敏感だったけど、それもその所為?」
 もうそれ以上言うな、と赤い顔で口端を引っ張られる。
 いででででで
「イルカ先生………」
 どうしてそんなに自信ないの。
 俺の愛情表現が足りないの?
 こんなに、こーんなに、あなたを愛してるのに。
 愛してるって体中で示してるのに。
 こんなに求められて、どうしてそんな風に思うの?
 もしかして体だけとか思ってる?
 すーっと頭から血が下がる。
 それだけは嫌だ。
 俺がどれだけあなたに見惚れ、どれだけあなたに焦がれているか。
 この胸を開いて見せてあげたい。
「ね、イルカ先生」
 と俺は提案した。
「俺があなたをどんな風に思って、感じているか、今度解るように全部言葉にしてあげましょうか?」
「い、いいですっ 結構ですっ」
 イルカはぶるぶると首を振った。
「遠慮は無用ですよ、なんなら今から試しに」
「ダメですっ!」
 イルカの声は強かった。
「えーーーっ」
 俺から出た声はかなり情けない。
「だめです。 約束ですよ? 当分オアズケです。」
「えー、”当分”は出入り禁止でしょ?」
「もう入れちゃったもんは仕方ないです。 でもHはオアズケです。」
「えー」
「えー、じゃないです。」
「じゃ、”当分”って何時までですか? 何日?」
「当分は当分です。」
「えー、それじゃ判んないですよー」
 くすくす笑われるのが気持ちいい。

 自信がないのは俺の方です、イルカ先生。
 いつも心の中で、ごめんなさい、俺を許して、と請うてきた。
 きっとこれからも、何回もあなたを困らせる。
 何回もあなたを傷付ける。
 ごめんね、ごめんなさい、イルカ先生。
 こんな俺を許して。
 そして嫌いにならないで。
 昨日までは、この最後の一言が言えなかった。
 だって、まず好かれてるなんて知らなかった。
 やっと少しだけ、イルカの聖域に入れてもらえたような気がした。


「ね、イルカ先生、他にも俺たくさん跡付けたと思ったけど、どうしてあそこだけ見てたの?」
 不思議に思っていた事を聞いてみる。
「あそこは特別なんです。」
 イルカは何とも言えない顔をして微笑んだ。





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