聖域

-SANTI-U-


1


 そこはイルカの小さな聖域。
 イルカは着替える時そこに一人で入り、覗かないでくださいね、と何時も言う。
 着替えるところを見られたくないのだと。
「どうして? 俺はあなたの全てをもう見てるのに。 あなた自身でさえ見たことないような所まで。」
 全部この目は見てるし、この指は触れてるし、この舌は舐めてる…、と言ったところで殴られた。
「…痛いです。」
 頭を押さえた。
 とにかく、約束ですからね、破ったら当分出入り禁止です。
「はーい」
 おざなりな返事に胡散臭げな表情で応え、イルカは聖域に消えた。

 無駄に上忍。
 イルカはよく自分にそう言う。
 たぶん、こんな事をしているからだ、と自分でも思う。
 元暗部の実力をフルに発揮して気配を完全に絶つ。
 もし見つかったら”当分出入り禁止”。
 ”当分”ってどのくらいだ?
 まぁいい
 「決して覗かないで」と言われたら、それは”覗け”と言う意味だと昔話でも相場が決まっている。
 幻術まで使って少しだけ開けた扉の隙間を隠した。
 イルカはクロゼットから取り出した着替えを腕に持ち、ベッドサイドまで歩いている処だった。

 ベッドに着替えをぱさりと投げる。
 イルカは案外ぞんざいだ。
 あのベッドで昨夜も睦んだ。
 今はぴっちりメイキングされていて、乱れの少しも残っていない。
 イルカも昨夜は俺の腕の中であんなに艶やかに喘いだくせに。
 今は何だかその横顔が聖母子像のマリアのようだ。
 この聖域の所為なのか。
 イルカが徐に上着を脱いだ。

 おっ
 やばっ
 たったそれだけでちょっと腰にくる。
 イルカは上着の裾に両手を交差させて掛け、一気に上に捲り上げた。
 隆起する背筋と上下する肩甲骨に見惚れる。
 イルカは奇麗だ。
 背中や脇腹のすべらかな感触が蘇る。
 背すじを指で辿り、脇腹を揉み、両の胸の飾りに唇を押し付ける時は、何時も既にそこは硬く尖っている。
 ああ、マジでやばい
 ドキドキしてきちゃった
 イルカは忍服の黒いアンダーに首を通した。

 イルカのすらりとした細身の足が伸びている。
 なんだか少年みたいだ。
 それだけで欲情する。
 我慢だ、俺
 出入り禁止はごめんだ
 でも、今すぐあの足にむしゃぶりつきたい。
 俺がジレンマに苛まれている裡に、イルカは忍服の黒いズボンも穿き、右腿にホルダー用の布を丁寧に巻いていく。
 もう後はベストだけ。
 そうしたらもう無敵の”イルカ先生”が出来上がってしまう。
 また今夜、俺がこの手でひとつひとつ剥いでいくまで、”俺のイルカ”は”イルカ先生”でいる。
 イルカはベストを着込む前に、部屋の壁に掛かった小さな鏡に向かって髪を結い始めた。
 高く頭頂で一つに括られるイルカの黒い髪。
 それは、鼻の傷と共にイルカのイルカたる象徴。
 耳から顎にかけてのきりっとしたラインが露になって、後れ毛が色っぽい。
 夜まで忍の一字だ、俺
 辛い
 今すぐ押し倒したら怒るだろうな〜。
 言っとくけど、出入り禁止は嫌だからな、俺。
 髪を結い上げたイルカは、ふと鏡の前で動きを止めた。

 ?
 何見てんの? イルカ先生。
 イルカはちょっとだけ首を捻り、鎖骨の少し上辺りの赤い跡に指でそっと触れた。
 あちゃ〜
 あれって昨夜の…
 拙い、怒られる。
 少し首を竦めてイルカの様子を覗うと、イルカは鏡にちょっと近寄って一心に鬱血を見ていた。
 そうして愛おしげにそれを撫で、
 ふっと優しく微笑んだ。

 俺は、どくっと心臓の跳ねる音を聞き、
 気がつくと、扉を蹴飛ばして驚くイルカの前まで行って
 抱き締めて深く唇を併せていた。


               ***


「カカシ先生、おっそーいっ」
 三人の声がハモる。 何時も通りの光景だ。
「いや、今日はちょっと愛の迷路に…」
 サクラがずいと顔を覗きこんできたので、ちょっと仰け反って言い訳の言葉に詰まる。
「カカシ先生、またイルカ先生と喧嘩したの?」
 まったくもう、と呆れたように言うサクラは、もう興味を失ったように背を向けた。
 唯一露出している右頬の上半分にくっきり掌の跡があるから仕方が無い。
 イルカ先生も最近遣るようになったな〜。
 隠れる所に跡は付けないってか?
 まぁ俺も、似たり寄ったりだけどもね。
 だってあれは、俺のモノっていう印。

 因みに当分、出入り禁止だ。
 ”当分”ってどのくらいだ?
 今晩行って、聞いてみよう。
 あの聖域に居る”イルカ先生”に。





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