強姦
-PEACE MAKER, spinoff_03-
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荒縄で手首を縛り、足も右だけ膝のすぐ上辺りを縛って固定すると、イルカはやっとおとなしくなった。 左足は肩に担いでいる。 互いに荒く息が上がった状態だったが、口に布切れを詰め込まれたイルカの方が苦しそうではあった。 だが外してはやれない。 舌を噛まれては困る。 でもこれでやっと、今宵訪れた本来の目的を達するための下準備ができそうだと息が漏れた。 荒縄は勿論、幾つかの拘束道具、弱くはあったが媚薬入りの潤滑剤、コンドーム、そしてカメラ。 それら持参した諸々の物をイルカを組み敷いた布団の脇にばら撒くと、”仕事”に取り掛かる。
今夜はコンドームは使わない
全部この人の中に注いで残して行こう
この人が、今晩誰に何をされたか、忘れないように。
・・・
叫び疲れたか、涙も枯れたか、放心状態の彼の手首の縄を解くと、赤黒く鬱血した痣と縄目がその以外と白い肌にくっきりと浮かんでいた。 口から布も引き出し、そっとその唇に自分の口を押し当ててみる。 食い千切られても文句は言えないが、やっぱり痛いのは嫌なので様子を見ながら。 散々この人に苦痛を強いてきたのに、勝手だな、と一人笑った。 痛い事だけじゃない。 屈辱的な事も、気が狂わんばかりの快感も、泣いて許しを請われるほどの長く執拗な責め苦も…
「イルカ先生」
何度か唇を吸ったり舐めたりしてみたが、噛まれるどころか全く反応も無かったので名前を呼んでみた。 だが彼はぼんやりと虚空を見つめるばかりで、完全に意識が飛んでいると知れた。 目は開いている。 でもその目は現実を見ていない。 心はどこか余所に在る。 接吻けを深くしてみた。 噛まれない。 舌を探した。 先と先が出会うと、怯えたようにその舌が奥に引っ込むのと同期してヒクリと体も戦慄いた。
「イルカ先生?」
正気が戻ったかと口を離してもう一度名を呼べば、今度はぎゅっと目を閉じて応えられた。 完全拒否か。 でも放心状態のまま続行するよりずっといい。 彼は俺を意識する。 抱かれる自分を意識する。
ぐいと首の後ろに腕を通し、抱き締めて接吻けた。 深く深く口中を犯し、舌を追い回した。 彼は噛まなかった。 ただ苦しげに呻いていただけだ。 抱き込まれた俺の腕の中で弱々しくはあったが胸を押してきたので、口を塞いだまま下からガンガンと突き上げると、一回だけしがみつくようにギュッと胸元を握り、そして力なく腕を落とした。 後にも先にも、彼が俺に縋ったのはそれ一度きりだった。
・・・
「今晩伺います」
机の上に置かれた手が微かにピクリとしたのを見届けて踵を返す。 返事は要らなかったから。 彼は抗わない。 こうして訪問を告げておけば逃げ出すこともなく家に居り、深夜に戸を敲けば素直に開け、抱き寄せてキスをすれば抵抗無く腕の中に収まる。 褥に押し倒して体を開き、苦痛に歪みはするが拒否の言を紡がない固く引き結ばれた唇を吸いながら己を収め、好き放題に揺すり、掻き回し、突き上げ、何回かその体の奥深くに欲望の証を注ぎ込んで満足するまで、俺は彼を犯す。 彼は抗わない。 ただシーツを握り締めて耐えている。 それでも随分と喘ぐようにはなったのだ。 全く男を知らない体だったのに、後ろだけで達するようにもなった。 俺の腕の中で声を上げて、俺に中を突かれて登り詰め、俺に口を吸われて喉を鳴らし、零した涙も俺に舐め取られる。 ただ、俺に縋らないだけだ。 それと、あと彼が変わったとすれば、それは彼の顔付か。 少し痩せたかもしれない。 元々無駄な肉の無い体付きをしていた。 別に骨ばったというわけではないが、ほんの少しだけ顎が尖った気がする。 気の所為かもしれない。
「あ、あ、ん」
俺の前では殆ど口を利かない彼の声を忘れないのは、こうして喘ぎ声を聞けるからだとおかしくなった。 挿入する時の苦悶の呻き声。 甲高い達する声。 無体を強いた時の啜り泣く声。 好い場所を突いてやった時の水を含んだような艶やかな喘ぎ声…。 閨の中だけで聞くそれら彼の声は、今の時点では俺だけが知っている声達だった。
「ここ?」
緩く突き上げながら彼の中を探っていくのは楽しかった。 返事をしない彼の喘ぎ声の響きの変化だけで、幾つかの彼の好い場所を探り当てることができた。
「ここだね」
目に涙を滲ませて、唇を必死に食い縛って、だが彼の体は彼の意に反して俺に好い場所を教えた。 宝のある部屋を探り当てると、その戸口に俺の先端を押し当てて、そのまま伸び上がって彼の項を抱き込み口を塞ぐ。 そうしておいてグリグリと隠し部屋の入り口を抉ると、彼は腕の中で身悶えて泣いた。 それを許さず暫し責め上げ、程なく彼の正気が飛ぶのを待つのだ。 正気が無くなれば、或いは彼の腕が間違って俺に縋らないかと、そんな事を思っていた。
・・・
「やっと飽きられましたか?」
久しぶりに彼の日常的な声を聞いた気がした。
「いえ、そういう訳じゃなく、最初から今日までという契約だったので」
「そう…でしたか」
引き渡すと、彼はいつもと同じく、おとなしく抵抗もせず連れて行かれた。 それが少し苛ついた。
「今度は客としてお会いしましょう」
「…」
背に声を掛けたが、やはり返事は返らなかった。 振り向かれもされなかった。 いい仕上がりだったと思う。 完全にノーマルだった男をあそこまで抱かれる体にしたのだ。 きっと引く手数多になるだろう。 性格も素直だし、すぐに誰かに見初められて身請けされるかもしれない。 そうなればいい。 できるだけ早く。 でもそれまでは、廓の中でその細い足首を鎖で繋がれ、不特定多数の男達に来る日も来る日も弄ばれて過ごすのだ。 泣くだろうか。 呪うだろうか。 そうだ、呪えばいい。 自分の借金の形に友人の体を売るような同僚を呪い、そんな同僚を持った不運を呪うがいい。 既にソイツはコンクリートの足枷をされて東京湾の底に居るが、そんな事は知らなくていい。 ただ恨めばいいんだ。 そしてそれを生きる糧にすればいい。 そうだ、この俺も恨んでくれ。 嗚呼そうだ、恨みでも何でもいい。 彼に忘れられないなら、彼の記憶に残るなら。 俺は多分、彼を忘れられないから。
「店にはいつから出すの? 今晩すぐ?」
「いえ、これからタチの男達全員でマワシて具合を確かめてからですから、早くても明日の晩から」
「輪姦す?」
「店の仕来たりですよ、新人が入って来た時の。 ご存知じゃなかったですか?」
「いいや」
思わず知らず出た舌打ちに、仲介の男が驚いたように振り返った。 苛々が募る。 その何の関係も無い顔にさえムカついた。
「まさか…惚れたとか仰いませんよね?」
「…あの人を身請けするとしたら、幾らかな」
「カカシさん…」
溜息で答えられて更に苛つき、俺はその男を殴り倒してイルカの後を追った。 後は野となれ山となれだ。 たとえ行く手にあるのが追っ手に怯える逃避行の日々だけだとしても。 あの人が俺の手を掴むかどうかも判らない、でも…
「イルカッ!」
叫ぶようにその名を呼べば、彼は吃驚したように振り返った。 振り返って、小首を傾げ、そして俺の伸ばした右手をじっと見つめた。
***
「という夢を見ましてね」
縛り上げた体の上に更に体重を掛けてコレでもかと拘束し、コレでもかとグリグリと中を抉った。 イルカは疾うに正気を手放して喘いでいた。
「それでね、こんな感じだったかなぁって、今晩は縛りプレイにしてみました」
頬には幾筋も涙の跡ができていた。 焦点の合わない目は瞳孔も開き気味で、口に突っ込んでいた彼の額宛を引き出してやると、ゼイゼイと苦しげに胸を上下させか細く何かを呟いた。
「なに?」
聞き取れず、耳を口元に寄せて「もう一度言って」と促すと、彼はただ焦点の合わない瞳を彷徨わせて「いや、いやぁ」とだけ繰り返した。 手首の戒めも解いてやったが、緩く首を振り、嫌々とこちらを見ず、手は固くシーツを握り締めるばかりだった。 俺は堪らなくなって彼の頬を思いきり張り付けた。
「イルカッ イルカッ 俺を見ろっ」
痛みにか、一瞬ビクッと体を竦ませた後、彼は薄っすらと目を開いて俺を見た。 それからポロリと新たに大粒の涙の雫を零すと、顔をくしゃくしゃに歪ませながらも歯を食い縛り、胸座を掴んで数度揺すぶり叫んだ。
「アンタなんか嫌いですっ もう離せっ この腐れ上忍!」
そして怒りに燃えた瞳でギリギリと睨みつけてきた。 俺は息を飲んで彼を、彼の怒り捲くる顔を見つめた。 迸るような生に満ちた、輝くような、活き々々としたイルカ。 これだ! これが欲しかったんだ。 夢の彼には無かったモノ…。 だけれども、そんなイルカの負けん気も長くは続かなかった。 彼は終にまた泣き顔になって俺にヒシッとしがみつき、今度こそ声を上げて泣き出した。
「カッ カカシさ、の、バカーッ ア、アンタなんて、大ッ嫌いだーッ」
「イルカっ…」
しゃくりあげ、両腕でぎゅうぎゅうと苦しい程しがみつき、首筋に顔を埋めるようにして大泣きするイルカを抱き締めて、俺はやっと安堵の吐息を漏らすことができた。
そうだ
アレは夢だ
ただの夢だ…
・・・
なぜ、彼との夢を見る度、彼を無理矢理犯してしまうのだろう。 現実での過ちは、もう二度と覆らない。 ならばせめて夢でくらいは、彼と普通に恋をして求め合った上で体を重ねられないのか。 なぜいつも強姦から始まってしまうのか。
「相変わらず細かな設定の夢ですねぇ」
と苦笑しながら、イルカは漸く俺に体を凭れ掛けさせてきた。 二人でゆったりと温めの湯に浸かり、イルカの体のあちこちにできた縄跡を擦る。 イルカはそれを俺に許し、俺自身をも許してくれた。 中忍ちゃん相手に必要なかったと言えば、まぁそうなのだが、最初の時でさえ縛ったりはしなかった。 それなのに俺は、何を確かめたくてこんな事を…。
当たり前の話だが、イルカは拘束されて犯された事に甚く腹を立て、中々機嫌を直そうとしなかった。 意思の疎通が無かったあの時とは違う。 今は一応(なにが”一応”だ?!)恋人なのだからコレは酷すぎる、と。 だから仕方なく夢の内容を話して聞かせ、やっと体に触れても暴れなくなってくれるまでに宥めることに成功した。 正直、シチュエイションに寄って得られる精神的快楽と、その後イルカを宥め賺すための労力を計りにかけたなら、まぁ十回に一回でも止めた方がよさそうだ、という結論に達した訳だ。 でもまぁ、何とか機嫌が直ってよかったよかった。 それでイルカはと言えば、まったく、形の大きい子供のようだ。 さっきまであんなに怒っていたというのに、もう夢の話に夢中になっている。 そして「極道ってなんですか?」とか「東京湾ってどこですか?」とか、青痣の残った手首を俺に擦らせながら根掘り葉掘り聞いてきた。 俺はただ、この腕が自分にしがみついてきた時の感触をひたすら反芻しながら、彼の機嫌を取り続けた。
「でもさ、アナタ時々断りも無く俺の夢に登場してくれるけど、今回のは違いますよね?」
項に接吻けても彼が怒らなくなったので、取り敢えず手を休めて気になっていた事を訊いてみた。 あんな自分、見られたくなかった。 それに、最後にイルカがどうしたかあやふやなまま起きてしまったので、どうにも寝覚めが悪いままだった。
「まさか! 俺だったら泣いて喚いて暴れ倒しますよ!」
思い出させたか、またちょっと怒ったような声を上げて彼は湯をバシャバシャと跳ねさせた。
「爪っ掻いて蹴っ飛ばして、アンタを思いっきり罵ってやります! 黙ってなんかいません!」
かわいいイルカ。 まだ腕の中でジタバタと暴れる。 それを後ろから抱き締めて、ドウドウと宥める。
「この腐れ上忍!って?」
「そっ…そうですよっ 恋人縛って犯そうなんて、脳味噌ド腐れてる証拠です!」
「そうだよねー。 アンタに限ってあんなおとなしいわけないよねー。」
「むっ 悪いですか?!」
「でも結局今日みたいに縛られて犯られちゃうんだよねー、弱中忍ちゃんは」
「弱中忍で悪うございましたねーっ」
後ろから見てもはっきりと判るくらいに頬を膨らませてイルカは剥れた。 そんな風に判り易いところがアンタのかわいいところだよ、と笑いが漏れる。 しっくりと胸に収まる体。 肌の感触。 体温。 腕の中に居てくれるだけで俺はらしくもなく安心して、らしくもなくまったりと和んでいた。 こういう感慨を何と言うのだろう。 あの夢の彼にも、こうしてやればよかった。 結局、後悔は先には立ってくれない。
「…」
「なに?」
気がつけば、イルカが少しだけ振り返って斜に睨んでいた。
「今、夢の”イルカ先生”のこと考えてたでしょう?」
「…それって」
膨れた頬に尖った口。
「は… ははっ はははっ」
「なっ なんで笑うんですかぁ」
湧き起こった感情に笑ったのだ。 これが笑わずにいられようか! 顔を幾分朱に染めて、イルカは更に顔を膨らませた。 そのかわいさ! そのいじらしさ。 それが嬉しくて堪らない自分。
「だって、アナタ今俺に焼き餅焼いたでしょ?」
「や、焼いてませんっ」
「焼いた焼いたっ!」
「焼いてませんってばっ!」
今や完全に向き直って握り拳を振り回して湯を跳ね上げて、イルカは真っ赤になっていきり立っていた。 それとは逆に、自分は笑いが止まらなかった。 いつもと逆だ。
「俺の気持ち判った?」
「判りませんっ だいたい、俺とアナタとじゃ…」
た・ち・ば・が…
立場が違う?
「立場って?」
「し、知りませんっ」
イルカはまた背中を向けて、顔を湯に浸けんばかりに俯いた。 読心された事に少し頑なになったようだった。 その後は、イルカの想いを表す文字は終ぞ現れなかった。 いや、さっき読めたのが、ここ暫らくぶりで会えてから此の方初めて読めたイルカの心だと、ハタと気付いた。 あの夢を見てから今夜まで、イルカには会えていなかったのだ。 会ってからさっきまで、俺は彼の思考を読めていたか? さっきのようなポップ文字でもって主張されるイルカの想いを、俺は見えていたか?
「ねぇ、イルカ先生… アナタもしかして」
適度な重さと暖かみを持って凭れかかっていた彼の背は、今は完全に俺の胸から離れていた。 彼の背が、彼の不安を表しているように思え、自分の右手を見る。 あの時、夢の彼は俺のこの右手を取っただろうか。 立場…。 上忍と中忍というだけでは勿論ないだろう。 抱く者と抱かれる者? 奪う者と奪われる者? 能動者と受動者ということだろうか。 もしかして、捨てる者と捨てられる者とでも思っているのだろうか。 そうやっていつも受身でいる彼がさっき自分に焼いてくれた。 それがどんなに自分にとって有り得なく嬉しいものだったか、やはりこの人には解らないのだろうか。 俺がどんなに考えても彼の本当の望みが何なのか、解らないように。 そして彼も、夢の彼のようにやはり自分との関係にどこか諦めを抱いているのだろうか。
俺は、もはや髪先と鼻先を湯に浸けて剥れている…いや、そうではない…不安を一心に隠しているイルカの腹に腕を回して引き戻した。 彼は頬こそ膨らませたままだったが、抵抗せずにまた凭れてきた。 そして体を弛緩させた。 彼は抗わない。 彼は俺の望みを読む。 そんな能力も無いくせに、彼は本能でそれをする。 怒って欲しい時に怒り、拗ねて欲しい時に拗ね、甘えて欲しい時に甘えてくれる。 そのくせ、そんな時に限って思考は読ませてはくれない。
「ねぇ、イルカ先生」
「なんですか?」
「もし…もしアナタだったらさ、あの時俺の手を取ってくれた?」
「あの時?」
首を捩じ向けて振り返り俺の顔を見遣ってきたイルカの顔の回りには、やはり言葉は浮かばなかった。 だが、俺が黙って右手を差し出すと、イルカは数瞬その掌をじっと見つめ、やがて自分の手をその上に重ねてキュッと握った。 俺はその手を握り返し、縄目の付いた彼の手首を湯から引き出すと、そっと接吻けた。 彼はそれを俺に許した。 俺は、それができる事の感慨を、ただひたすら噛み締めた。 それを幸せと言う。
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